11代目の大空へ〜next generation REBORN〜 作:くぼさちや
石作りの道を散歩するように歩く一人の青年。道行く誰もが視線を向けた。
足取りは軽いが隙がなく、光沢を放つ黒いスーツはその業界独特の緊張感を発しながらも、オレンジのラインの入った帽子の縁に乗ったカメレオンがそれを和らげている。
やがて入ったのは黒ずんだレンガに趣を感じられる古びたバー。
「オヤジ、いつものやつを頼む」
「エスプレッソか? 相変わらずだなリボーン。お前、もう酒飲めるくらいの歳にはなったんだろう?」
「俺も20歳を過ぎたからな、飲むときは飲むぞ? それにこれから仕事なんだ。しばらくはイタリアに戻れねえだろうから、こいつともしばらくお別れだ」
そう言った青年は出されたカップを持ち、軽く息を吹いて冷ましながら立ち上ぼる香りを楽しむ。
そんな様子を見て、長い付き合いになるというのに、自分ではなく自分の淹れたコーヒーに名残惜しさを感じられたことにマスターは苦笑をこぼした。
「人気者は忙しいねぇ。この前来たボンゴレの若旦那から聞いたぜ? 最近じゃあ中華マフィアや日本でも桃巨会なんてヤクザまで勢力を伸ばしてるって話じゃねえか。とうとう暗殺者の出番かい?」
「いいや、今回は殺しの仕事じゃねえんだ。本業のヒットマンとは別の、俺のささやかな副業でな。今日の便で日本に飛ぶ」
「副業って......まさかあのボンゴレの若旦那、とうとう腹決めたってのかい?」
答えることなくニヤリと笑い、カップを傾ける。独特の風味が喉を伝うと、その残り香を吐き出すように大きく息を吐いた。
「......また長い旅になりそうだ」
○
6畳ほどの間取りの部屋は、私物を乗せたスチール製ラックが左右の壁にところ狭く並んでいるせいでどこか細く、狭く感じる。
その奥のデスクに詰まれた空のカップ麺の数がそのまま、ここの住民がどれだけの間部屋に篭っているのかを物語っていた。
そんな窓も塞がれ、照明も点いていない部屋を照らすのは、少年が持つタブPSの明かりひとつだった。
みっともない手前まで伸ばしっぱなしの長い髪と不健康そうな白い肌、つり上がった目はその目元の隈と相まって邪悪な人相を作り出している。
「っと......ようやくイベント終わった。明日からはランキングマッチか。MMORPGはイベントが多くてやべえ」
沢田照吉15歳。職業ニート。
ボンゴレファミリー10代目の子として生まれ、中学校入学してからほどなくして登校拒否。
しかしそんな暗い、引きこもりのサンクチュアリの一角が突如、
────ドゴォォォォン!!
鼓膜の奥を殴り付けるような轟音と共に爆破された。
「......は?」
瓦礫と化した部屋の扉、を含めた部屋の一面を足で踏み越え砂煙の中から現れた黒い影が唖然とした照吉の瞳に映った。
「まったく、逃げてばかりで情けねえとこは親父譲りだな。ツナと同じで鍛え甲斐がありそうだ」
「誰だよあんた?」
「俺の名はリボーン。イタリアから来たお前の家庭教師だ。お前の親父から直々に教育を任されてな、これからお前を一人前のボンゴレ11代目に鍛えてやるぞ」
ボンゴレ11代目、照吉にとってはそんな肩書きは青春ともどもとっくにかなぐり捨てた名だった。
リボーンを名乗る青年を品定めでもするように眺める。すると鼻で笑ってみせた。
「冗談じゃねえよ。マフィアのボス? 学校からも普通の社会からも逃げて引きこもり決め込んだ俺に裏社会握れってか?」
その反応は大方リボーンの予想通りといえた。しかし当然、ダメダメな中学生の手綱の握り方は心得ている。
かつてに綱吉にそうしたように、強硬策に出ようとした。
「じゃあさ」
そのとき、おどけていた照吉の目が獲物を狙う獣のそれに変わったことをリボーンは見逃さなかった。さりげなく、帽子の位置を正すような仕草で縁に乗せた形状記憶カメレオンのレオンに指を添える。
それは殺し屋がホルスターの拳銃に手を伸ばしたに等しい行為だ。
「俺とゲームをしようぜ?」
「ほう」
デスク脇の収納から照吉はトランプを取り出すと手早く山札を切る。
「勝負はポーカーの五回先取、あんたが勝てば煮るなり焼くなりボスにするなり好きにしろよただし、」
歳不相応なほどに邪悪な笑み。
シャッフルによる紙と紙が擦れ合う音の間を縫って照吉は言う。
「俺が勝ったら、あんたには是が非でも親父を説得して俺をボス候補から外させてもらうぜ。次期ボスの教育任されるくらいだ。若いとはいえ信頼されてるんだろなあうん?」
嫌味を含んだ照吉の言葉。あからさまな挑発だ。
(来るときは有無を言わさず部屋から放り出すつもりだったが......)
リボーンはニッと笑う。
「いいぞ、おめえの勝負に乗ってやる」
「よし決まりだ」
〇
「ワンペアだ」
「俺はスリーカード。ずいぶん不調だねぇ殺し屋さん?」
ここまで照吉の3連勝、対してリボーンはただのひとつも白星を挙げていない。
再度手札を配り直す。
「そいじゃあ俺から、1枚チェンジだ。」
そう言って照吉が手札を1枚、山札に戻そうとした瞬間だった。
―――ズガン!
リボーンの放った銃弾が引き抜いた照吉の手札を撃ち抜いた。
貫通した鉛の塊が頬を掠めていった直後、殺気すらこもった一言が照吉の脳天を穿つ。
「舐めるなよ。俺を誰だと思ってやがる」
放った銃弾は1発、しかし照吉の手から落ちたトランプは2枚。いずれもまったく同じ箇所に風穴が空いていた。
手札重ね、イカサマだ。
「そんな小細工が通じるのは三下までだぞ。悪りぃが俺は超一流のヒットマンなんだ」
「......ああ、確かにマジで恐れ入った。それで? この勝敗はどう決める? 言っておくがイカサマ=即負けなんてルールはねえぜ?」
「このワンゲームは無効だ。当然続行すんぞ? ただし」
リボーンが見せたそれは照吉が勝負前に見せたそれとは質の違う、獲物を狙う肉食獣ですら生温い殺し屋の眼光だった。
「ここからはマジだぞ」
〇
「......スリーカードだ」
「残念。ロイヤルストレートフラッシュだぞ」
照吉は無言のまま山札を切り、再度配り直す。
「......くそっ、ワンペア」
「ロイヤルストレートフラッシュだ」
カードを回収して配り直す。
「フルハウス......」
「ロイヤルストレートフラッシュ......」
「てめえどういうイカサマしてやがるこの畜生がぁ!!」
最後の最後で出したフルハウスという渾身の手札も虚しく、叩きつけるように照吉はトランプを投げ打つ。
ほどなくして5敗、それも一方的な最強札による5連敗。
「カジノ運営もマフィアにとって必要なスキルだぞ? 当然手広くやるためにはこういう技術も要るもんだ」
そう言うとリボーンの持っていた手札が虹色に光った。それがニョロリと形を変えてカメレオンの姿に戻ると帽子の縁に鎮座する。
「チートじゃねえか!!」
「負けは負けだ。おめえには大人しく11代目になる覚悟を決めてもらうぞ」
「ふざけんなよ!」
照吉はディスクに拳を叩きつけた。
「親父も親父だろ! どうして今さら、俺なんだ! まさかこんな引きこもりに本気でボンゴレ継がせる気でいんのか? だいたいだな!」
「うるせー」
「へぶしっ!」
リボーンの容赦ないハイキックが照吉の顔を捉えた。
そのままきりもみ状に吹き飛び、頭から豪快に床へ突っ込む。
「......一つ聞かせろ」
鼻っ柱を抑えて言った。
「質問はさっきと同じだ。どうして今、そいでもって俺なんだ? 候補は他にもいる。それにオヤジもまだまだ現役だ。ボスの代替わりにはいくらなんでも早すぎんだろ」
現ボスである綱吉は本部のあるイタリアから照吉を離し、平和な日本で生活を送れるよう取り計らった。それが子を守ろうとしたのか、母親を死なせてしまった事への罪悪で突き放したのかはわからない。
それでも照吉はマフィアの世界からはずっと遠いところで生きていくものだと思っていた。
「ボンゴレは裏社会において圧倒的な支配者だ。その長い伝統と格式、強大な戦力を誇る反面、ツナは力による勢力統一を望んでねえ。海外諸国の勢力はもちろん、傘下のファミリーに対しても対等で有り続けちまった。これまでは台頭する勢力がありゃ秘密裏に戦力を削ぎ、場合によっちゃ総力を挙げてこの世から葬る。だがツナがボスの座についてからは無闇に抗争を起こすことを避けてきた」
「......ああ、まあ親父らしいよなぁ」
「力による支配は業を生む。それを良しとしねえツナだからこそ今のボンゴレがあるのも間違いねえ。だが今はそれが詰んじまってる理由でもあるんだ」
「詰んでるだと?」
「ある勢力がここ数年で一気に勢力を拡大してきてやがる。それこそ、ボンゴレの天下が揺らぎかねねぇほどにな」
ボンゴレに並ぶ勢力が台頭、後のことは火を見るよりも明らかだ。マフィア間の抗争による覇権争い。裏社会を力で制してきたかつてのボンゴレに成り代わろうとするファミリーが現れたのだ。
「ペスカトーレファミリー、今ボンゴレとの戦力は拮抗状態だ。正面から総力をあげて衝突すればどっちが勝とうが多大な被害が出る。そこでツナが出した答えが双方のファミリーの後継者と6人の幹部候補を代理に立てて行う、戦力統一戦争だ」
「その後継者に親父が選んだのが俺ってのか?」
「ああ、これがツナを含むボンゴレの上層部が出した最も血を流さず、各勢力を取り込む手段だ。おめえはそのために、6人の守護者を集めなきゃいけねぇ。ツナがお前くらいの歳にそうしてきたように、信頼し、命を預け合えるような、固い絆で結ばれた仲間がな」
‘仲間’という言葉が照吉に重々しくのしかかった。長い引き籠りの中で人との接点を絶って生活してきた照吉にとっては難しい話だ。
「お前ずいぶん気軽に言ってくれっけどさ、ほんとに俺にやれると思ってんの?」
「どうにかなるんじゃねーか?」
半笑いで聞いてくる照吉にリボーンは僅かに口角を上げてニッと笑ってみせる。
「お前、勝負に関しちゃ投げ出したことねーだろ?」
「は? お前何言って」
「ポーカーの最後の勝負、お前はあそこでフルハウスを出して見せた。どんなイカサマかは見破れなかったが、あれが偶然とも思えねぇ」
相手は理屈不明のロイヤルストレートフラッシュ。
そんなイカサマに挑み、それでもなお貪欲に、勝ちを求め続ける。
勝てなかったとしても、次も負けるとしても、違う結果を導き出すために己の頭脳と知略と戦略の全てをもって最善を模索する。
それが沢田照吉という少年だった。
「最後まで諦めずに、戦い続ける根性と気構えだけなら、ある」
見た様子、自分とは大して歳も離れていないであろう青年の、そんな偉そうな物言いが自然と受け入れられたのは照吉に流れるボンゴレの血がリボーンの力量を悟ったからなのかもしれない。
「とりあえずなってみるか、ボンゴレファミリーのボスに。ついでにボンゴレも救ってやるよ」
ゲームが楽しくて堪らない子どものような笑みが、不健康な人相によって歪んで見える。
高揚していた。自分が持つ全てをもって挑んでなお巨大な敵。ボンゴレとペスカトーレ、2つのファミリーが対等する裏社会という名の巨大なゲーム盤。
「お、ずいぶんと大きく出たじゃねえか。言っておくがファミリーを束ねるのは楽じゃねえぞ?」
「心配ねえよ。だってあんた、俺をボスにしてくれんだろ?」
「ああ、俺がみっちり11代目に相応しい男に鍛えてやる」
「じゃあ決まりだな」
照吉はシャツの内側に手を伸ばすと、首から鎖で下げていたリングを指にはめた。
それは10代目ボスの綱吉が自身のボンゴレギアの一部を加工して複製したボンゴレリング。照吉が正統後継者である証だ。
「まずは6人の幹部候補、守護者を集める。」
その瞳の奥には、野望と策謀に満ちた闘争心が揺らめいていた。