11代目の大空へ〜next generation REBORN〜   作:くぼさちや

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標的004「俺は風だ」

「体育館ではしてやられたが、なに。お前が窓から逃げることは我々も予想済みだ」

 

 テルたちを覆い囲むようにずらりと並んだ風紀委員たち。その一角が統制の取れた動きで道を開けると、おおよそ日本人とは思えないような体躯の少年が姿を現した。

 

「この風紀委員長、大哉からはな!」

 

 その衝撃は雷に打たれたかのよう、といえば大げさだろうか。テルは驚きに身をすくめた。

 

「だ、ダイヤ...だと...? プスッ、あいつの名前...っ、ダイヤっていうのか...?」 

 

「言うな、俺でも言わんとしてることはわかる」

 

 とくに名前について掘り下げることなく、翔一は言った。

 散々裏でネタにして笑い飛ばし、笑い飽きた後、といった具合なのだろう。暴走族か田舎のホストのような名前をさして気にすることなく正面の巨漢を見据えた。

 

「あんたらも暇だねぇ。賭場のひとつやふたつでこんな頭数揃えるか普通?」

 

「場合による。今回に至っては現金が賭けの対象になっている以上こちらも放置はできない。仲間内数人の間で留めておけばよかったものを、これだけの規模にまで広げたのだ。覚悟は出来ているだろう」 

 

「ハッ! 最初から捕まるつもりで悪さする中坊がどこにいんだよ。いつも通り、さくっと逃げさせてもらうぜ」

 

 翔一は先ほど飛び降りた校舎の窓を見上げた。そこには隣の校舎に逃げ込んだはずの横山と長嶋が窓から身を乗り出していた。

 

「兄貴!」

 

「風見さん!」

 

「おうお前ら、そっちは大丈夫か?」

 

「兄貴が外へ逃げるのを見て追いかけるのを止めたみたいだ。俺たちもすぐ加勢するからそれまでどうにか持ちこたえてくれ!」

 

「おいおい、俺が誰だか忘れちまったのか?」

 

 ハチマキのように結ばれた赤いバンダナをギュッと締め直すと、翔一は手のひらに拳を打ち込む。

 

「俺は風だ! 誰にも捕まらねえし、誰にも止められねぇ!」

 

 両手の拳を顎の高さに上げて構える。なにかの格闘技の構えとは違う、喧嘩握りの拳で周囲の風紀委員の動きを注意深く見渡す。やはり中学生の喧嘩にマフィアの戦いのような技量を求めるのも無茶な話だが、それでもゴロツキのようなファイティングポーズに若干の心配があったのだろう。

 テルは声を潜めて翔一に聞いた。

 

「ちなみにだけどさ、お前喧嘩とかできるタイプの不良なわけ?」

 

「あたりまえだろ? これでも並中じゃあ負け無しなんだぜ? けど、こりゃーちっと数が多いなぁ」

 

 翔一は校舎に向かって叫ぶ。

 

「政! 凛! 俺のロッカーからファルコンを持って来い! 猛烈超ダッシュだ!」

 

「わかった!」

 

「ウッス! 兄貴!」

 

「武器だかなんだか知らねえけど、どういうネーミングしてんだよ」

 

「こういうのには自分がテンションの上がる名前を付けるのが一番なのさ。で、そういうお前こそどうなんだよ」

 

「うん? どうって?」

 

「ギャンブルはつえーみたいだけどよ、腕っ節の方はどうなんだ?」

 

 見るからにテルの顔色が青ざめる。 

 一瞬、言おうか言うまいか悩んだ末、最終的には『あーこれダメなやつだ』と悟ったような翔一の表情に気づいて、テルはぼそっとつぶやいた。

 

「さっき、初めて人殴った...」

 

「うーわ...」

 

 預けた背中越しに、翔一のげんなりした声が聞こえてくる。

 正確には殴ったというより、意図せず突っ込んだというべきだろうがテルにとってはそんなことはさして問題じゃない。もはや人生初の暴力にパンチもヘッドバントもショルダータックルも同じことだった。

 

「頭引っ込めてろ!」

 

 翔一はテルの頭を上から強引に押し込んでかがませた。その視線の先では風紀委員の一人が手にした伸縮警棒をテルに向かって振りかざしていた。

 かがんだテルの上を翔一は滑るように飛び越え、突き出した右足の先が風紀委員のみぞおちにくい込む。

 

「ごふっ!」

 

 肺から一瞬にして空気が抜け切り、うめき声を上げて倒れるのを合図にしたかのように、囲んでいた全風紀委員が一斉に翔一に向かっていった。

 

「いぎゃあぁぁぁ! おわああぁぁぁぁ!」 

 

 しゃがんだ姿勢のまま両手で頭を庇って丸まるテルの頭上を拳や武器、肉と骨がぶつかる生々しい音が行き交う。

 翔一はこうした一対多での戦いに慣れているようで、四方八方から迫る拳を射なし、素早く反撃を繰り返しながら拳を振るう。それでも数の不利は否めず、押し寄せる生徒によって避ける空間すらなくなってくると、タックルで生徒の群れを力任せに押しのける。

 

「兄貴!」

 

 そのとき、馴染みのある声が頭上から響いた。先ほどと全く同じ二階の窓際に長嶋と横山がギターケースを抱えているのが見える。二人はすぐさま中身を取り出すと翔一に向かって投げた。

 

「おう!」

 

 翔一は正面にいた風紀委員に飛びかかるとそれを踏み台にして高く飛び上がった。

 校舎の2階に届かんばかりの高さでキャッチしたそれから細長いなにかが射出されると、照吉に掴みかかっていた風紀委員へ一直線に命中する。

 

「うがぁ!」

 

 スタリと、着地した翔一の手に握られていたのはボウガンと矢の入った筒だった。

 

「おーっと動くなよお前ら。そっちは拳だが俺は銃を突きつけてる。勝ち目はないぜ?」

 

 見るとボウガンにはすでに二射目の矢が装填されていた。矢先についている分銅が威嚇するように鈍く光っている。

 

「狼狽えるな! 相手は一人だ、構わず突っ込め!」

 

 大哉の号令に萎縮していた風紀委員たちは一斉に翔一へと向かっていく。

 

「やれやれ、それじゃあキツイの一発くれてやろうじゃあねえか」

 

 翔一は腰に下げた筒からもう二本の矢をボウガンに装填すると、引き金を引いた。

 三本の矢が一度に打ち出され、命中した三人が倒れる。その瞬間、風紀委員たちの足が止まった。

 

「そらもういっちょ!」

 

 同じく三本、ボウガンで矢を射る。正確に狙いをつけるでもなく、ひたすら矢を射り続ける翔一に近づけるものは誰もいなかった。ただひとりを除いて。

 

「ふん!」

 

 大哉が風紀委員たちの前に躍り出ると、ボウガンの射線に構うことなくガードを固めて突進した。それ目掛けて発射された三本の矢が両腕、頭にそれぞれ命中するが全くひるまない。

 

(コイツっ! 俺の矢を!)

 

「おおおおおおおおおーっ!」

 

 その勢いのまま突っ込んだ渾身のタックルが風見を吹き飛ばした。

 衝撃で宙に舞った身体が中庭の地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ!...ふぅ......」

 

 起き上がろうとするも、相当なダメージだったのか翔一はそのまま崩れ落ちた。

 

「よし、確保しろ」

 

 指示された風紀委員が倒れた翔一を左右の腕を封じるように抱えあげる。未だ足元のおぼつかない翔一に構うことなく引きずって行った。

 

「おい待ってくれ! 目的は俺だろう? 風見は助けただけだ。あんたも俺の持ってるカバンの中を見たろ!」

 

「風見が首謀者なのは既に調べが着いている。逆にお前のような生徒が風見一派に通じてるという情報はない。庇っているのだろう?」

 

「.........」

 

「校内の秩序を守るのが我々の仕事だ。賭場を開き金銭のやり取りをするなど断じて認めるわけにはいかない」

 

 大哉は大きく声を張り上げた。

 

「そいつを委員会室に連れていけ。二度と賭場など開かせないよう再教育処分だ」

 

「待ちやがれ、てめぇら風見に何をするつもりだ?」

 

「あくまで教員による一般的な教育指導だ。だがこいつを真似て同じことをし始める生徒が現れては面倒だ。それなら教員に引き渡す前に抑止のためこいつには見せしめになってもらう」

 

「てめえら...翔一をリンチにでもするつもりか?」

 

「なにか問題でも? あるというならかかってこい」

 

 そんな言葉とは裏腹に大哉はテルを一瞥すると、風紀委員と翔一を連れて背を向ける。

 刃向かえるものならば、と射抜くような眼光で付け足されたようだった。

 

(いいのかこれで? 俺はあいつならファミリーの、俺の守護者になれるんじゃねえかって期待してたんだろ? なのに俺はこのまま動けず黙ってあいつを見殺しにしようとしてるのか?)

 

 テルの食いしばった歯がぎしりと嫌な音を立てる。その瞳にある種の覚悟が宿った。

 

「それこそ本気で......いや、死ぬ気で立ち向かわなきゃ行けないんじゃねえのか」

 

「それなら死ぬ気でやるこった」

 

――――ズガン!

 

(え?)

 

 首から上が吹き飛ぶような衝撃がテルを襲った。脳天を銃弾で撃たれたと、そう直感した。

 そのまま受け身すら取れず、背中から地面に倒れ込む。

 

(なんだ。俺こんなとこで死んじまうのか......)

 

 視界がどんどん暗くなり、全身から力が、熱が抜けていくのがわかった。

 

(まじか...ははっ、指ひとつ動かせねえよ。どうせ死ぬんなら、死ぬ前に...死ぬ気で立ち向かってみるんだった)

 

 瞳孔が開き、ピクリとも動かないテル。しかし全身の細胞に炎が巡るかのように一瞬、テルの身体が光ったように見えた。

 

(どうせ死ぬなら、最後に死ぬ気で、戦って死ねば......)

 

 その瞬間、テルの全身であらゆるリミッターというリミッターが外れていった。

 

「時期に昼休みが終わる。とっとと済ませるぞ」

 

「あいや待たれよ......」

 

 立ち去ろうとする大哉の背に、声がひとつ。

 一瞬、ゾクリ、という恐怖にも似た感覚が大哉の背筋に走った。

 

「不定を正すその心あっぱれ。ただし多勢に無勢で一生徒を袋叩きにするなど不届き千万! その所業、風紀委員の風上にも置けぬ」

 

 大の字に倒れたまま、テルの口だけが動く。

 立ち向かってきたところで敵ではない。そう判断して戦力としてはほとんど無視していた。その考え自体は変わらない。

ただ、今なおそう思う片隅で小さく引っかかる棘のような違和感が大哉を苛んでいた。

 

(なんだ...? この男は?)

 

「血を流すことは本意ではない、だがと引かぬ言うならその拳、この俺が打ち砕いて見せよう!」」

 

 するとテルの額にオレンジ色の炎が灯った。それが周囲に波紋のように広がると、テルの着ていた制服が破裂するように四散する。

 

「復活!!」

 

 下着のみを残し、半裸で立ち上がったテルに大哉は動揺を隠せなかった。

 

(なんだこのプレッシャーは、まるでさっきまでとは別人のようだ。それにあの額の炎......)

 

 大哉は目を細めた。

 

(似ている、あのお方に。だがあの方のご子息は入学式以降ご自宅に籠られたままだ。俺ですらご挨拶は愚か顔すらお目にかかれていない)

 

 大哉は肩幅に足を開くと拳を固めて相対する。さっきまでのような油断はなく、全神経を張り詰めてテルを見た。

 

 


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