LiPPSと過ごす意味のない日常 作:魚編太郎
「頼む周子! 俺の童貞を奪ってくれ!」
俺は土下座した。
見事なフォームから繰り出されるそれは、分かる人が見れば一流だと迷わず断言するほど完璧なモノだと自負している。
「……」
それなのに、周子の反応は冷たい。というかない。俺の渾身の土下座を無視してスマホをいじってる。知ってるか、人間無視されるのが一番こたえるんだぞ。
「ちょっとくらい反応してくれよ」
「死んでくれへんかなぁ」
やっと返事が返ってきたと思ったら、辛辣すぎてビックリした。
土下座してまで告白したのに、死ねって、そんなことある? 正確には告白じゃなくて、脱童貞させてって言ったけど、それはまあちょっとしたニュアンスの違いだ。むしろ素直な分、乙女心をグッと掴むまである。
今回はフラれてしまったが、俺は諦めない。
笑顔で更に話しかける。
「ははは、ツンデレめ」
「どっちかっていうとシューコちゃん、クーデレな見た目じゃない?」
「たしかに。じゃあクールにデレてくれ」
「液体化窒素かドライアイスあったかなあ〜」
「物理的! それにデレ要素はどこ!?」
「皮膚がデレっデレになるやろ?」
「うん。そのデレ要素はいらないな」
俺に冷たい(物理)な返しをする少女、塩見周子。
俺が管理人をしている寮に住む内の一人だ。
「実家に寄生してないで何かしろ」と両親に家を追い出され上京したものの、特にやりたいことも見つからず、バイトで小銭を稼いでその日暮らしをしているフリーターである。
ちなみに超のつく美少女(ここ重要)。
髪をブリーチして、ピアスなんかもつけている、これぞグレた箱入り娘! みたいな見た目だ。
普段はこうして大広間で特に何をするでもなく、くつろいでいる。
「今月家賃払わなくていいから、な?」
「大家さんさあ、歳下相手にそんな風で恥ずかしくないの?」
「ふっ。恥ずかしさなんてものは、とうの昔に捨ててきてしまったさ」
「えっ、なんでそこカッコつけたん?」
「今では全裸で町内会一周するくらいわけないぜ!」
「それはもう恥ずかしさとか関係ないんとちゃう」
「こないだやったら、寒すぎて風邪ひきかけたけど」
「本当にやったんかーい」
会話をしながらも、周子は少しもスマホから目を離さない。
そんな姿も様になっているけど、やっぱり顔を見ながら話したい。
よし、ここはひとつ……。
「周子」
「んー?」
「今日の夕ご飯はお前の好きな物を作ってやろう」
「え、マジ?」
バッとこっちを見る周子。
はい、物で釣りました。
それ以外に興味を惹ける物なんて、俺にはないから……。
か、悲しくなんかないぞ! 歳下の女の子に目を合わせて話してもらうためだけに物で釣ったからって、悲しくなんてないんだからねっ!
「えっと、周子の好きな物はダーツと献血と八ツ橋だったな。献立はその三つでいいか?」
「そうそう。献血がドリンク、ダーツがメイン、デザートは八ツ橋でお願いね」
「後はオードブル、スープ、魚料理、肉料理、サラダの五つか。お前はシューコ?」
「いやいや、シューコちゃんグルメ細胞入ってないから」
「で、実際のとこ何食べたい?」
「お鍋かなあ。豆乳ベースのやつ」
「豆乳鍋か。出汁と白菜がないな。誰かに買って帰ってもらうか」
「じゃあラインで流しとくね」
「食べ物のことになると素早いな」
「いや、大家さんの相手してるときだけ鈍いんだよ」
「ははは、ツンデレめ」
「液体窒素かドライアイスあったかなあ〜」
「飛ばしすぎ、飛ばしすぎ。さっき一回やったくだりとはいえとはいえ、会話だいぶ飛ばしてるから。急に俺を殺そうとしてるから」
喋りながらコタツを抜けて、キッチンへと向かった。
今の時刻は午後六時、そろそろみんなが帰ってくる時間だ。今日は寒いし、みんな早く夕ご飯を食べたいだろう。出汁と白菜はないけど、下準備くらいはやっておこう。
「……」
ふと背中に視線を感じて振り返ると、周子が変な物でも見るような顔でこっちを見てた。
「どうした?」
「んー。大家さんてさあ、変な所でマメだよね」
「まあな。昔雑誌で“マメな男はモテる”という記事を見て以来、俺はマメな男よ」
「発言ももうちょい気を遣えたらねえ」
「いやいや、俺発言にめっちゃ気をつけてるから。巷では“エチケットの鬼”や“紀元前以降で最高のフェミニスト”と呼ぶ声もあるというほどだ」
「お腹すいたーん」
「会話の流れ無視か、お前は。本能に忠実か」
周子はスマホを投げ出して、コタツに顔を突っ伏した。
こうなった周子はもうダメだ、テコでも動かない。どうでもいいけど、テコでも動かないって、ドラマとか本だとよく見かける表現だけどあんまり日常で使わないな。
「ただいま帰ったわ」
「たっだいまーー!」
対照的な挨拶と共に、二人の女の子が部屋に入って来た。
無駄に大人びている方が速水奏、ギャルな見た目の方が城ヶ崎美嘉。
二人とも同じ十七歳で、この近くの高校に通ってる。スーパーで買い物をしてきてくれたみたいで、二人で買い物袋を持っていた。
美嘉は埼玉県出身で、中学生の時までは向こうで暮らしていたのだが、中学校卒業と同時にモデルになったので上京。色々と縁あってここで暮らしてる。
モデルってだけあってスタイルは抜群だし、顔ももちろん可愛い。当然モテるのだが、それを鼻に掛けないし、誰にでも優しくてとっつきやすい。気の良いギャルを体現したような女の子だ。
奏は出身こそここと同じ東京なのだが、なんというか、複雑な状況で元いた高校を転校した。その時家から通うのがちょっと不便になったのと、両親と仲がこじれたりなんだりで、ここに越してきた。
十七歳とは思えないくらい大人びてて、ぶっちゃけ色香がすごい。見た目もそうなのだが、話し方とか雰囲気がもう女子高生のそれじゃない。周子も見習え。
「おかえり、俺の奏、寒かっただろ。今コーヒーを淹れるから、コタツに入って待っててくれよ」
「ありがとう。貴方のではないけれど、お言葉に甘えさせてもらうわ。お砂糖とミルクは甘さで蕩けちゃうくらいたっぷりでお願いね」
「はいよ。そんで美嘉、出口はあっちだ」
「うん、じゃあね★」
美嘉は買い物袋を置き、今入ってきたふすまから出ていった。
ここはでかい家を寮に改装した寮だ。今俺たちがいる大広間があるのが一階、そして二階にはそれぞれの個室がある。音からすると、美嘉はちゃんと自分の部屋に戻ったようだ。
その後、数秒経ったところで――ダダダダダダダッ! と駆け下りてくる音が響いた。次の瞬間ふすまを勢いよく開けながら、息を切らした美嘉が飛び込んでくる。
「はあ、はあ……帰らないよ!」
「長いノリツッコミだったな」
「まあ美嘉ちゃんはカリスマだからね。ノリツッコミも長いんだよ」
「カリスマ関係ない!」
全力のツッコミを入れながら、美嘉がコタツに入った。
美嘉いじりの流れは終わったな、と周子が再びだらけモードに入り、俺も奏のコーヒーと美嘉のココアの準備に取り掛かる。
しかし意外なことに、奏が再び美嘉いじりの流れに戻した。
「それで美嘉、なんで戻ってきたのかしら?」
「えっ、なんでって、お夕飯を食べるためだけど……」
ここは俺もノッておくことにしよう。
「いやいや、一人で食べればいいだろ」
「えっ、嘘でしょ? アタシみんなの分の食材買って帰って来たんだよ? しかもその間、奏とずっと「お鍋楽しみだね★」って会話してたんだよ? それなのに一人帰らされるなんてこと、あっていいの……?」
「みんなで鍋を突きたいのか?」
「突きたい!」
「ンフっ。ど、どのくらいシューコちゃん達と一緒に食べたい?」
「どのく……みんなと食べるためなら、アタシ、モデルだって辞める覚悟だよ!」
「ふふふ。莉嘉ちゃんが今、急病で病院に運ばれたって知らせが入ったら、どうする?」
「泣きながら病院行く。見なさい莉嘉! この涙は、お鍋のために流した涙なの! アンタはお鍋の分まで生きるの! って」
「謎の宣言を受ける莉嘉ちゃん」
「いやいや、案外素直に受け止めるかもしれないぞ。「分かったお姉ちゃん、アタシお鍋の分も生きる!」って」
「それを見て満足そうに立ち去る美嘉」
「そっか。莉嘉も成長してるんだね……」
「ちゃらちゃちゃっちゃちゃー」
「Good End!」
最後にそう締めくくった所で、ちょうどお湯が沸いた。
美嘉専用のマグカップと、奏専用のマグカップに飲み物を入れてコタツに持って行く。
「ほら、コーヒーとココア出来たぞ」
「ありがとう。美味しそうね」
「ありがと★」
「どういたしまして、奏。美嘉は対価として後でおっぱいな」
「アタシの身体安くない!?」
「だがもうお前はココアを受け取ってしまっている! グヒヒ、これで美嘉のおっぱいは俺の物よ!」
「うわあ、ゲッスイ顔してるわー」
美嘉が顔を真っ赤にしながら、こっちを睨んで来た。
他のメンバーは俺がセクハラしても無視か流すだけだけど、美嘉だけはいつも良いリアクションをしてくれる。これだから美嘉にセクハラするのはやめられない。すげえよミカは。
「こら、大家さん。あんまり美嘉チャンをいじめちゃダメだぞ」
そう言いながら入って来たのは、俺を除けば最年長の宮本フレデリカだ。
フランス人と日本人のハーフで、色々と目立つ見た目をしている、近くのデザイン系専門学校に通ってるパリジェンヌだ。
最年長女子らしくしっかりしたところもあるけど、意味分かんない会話をする筆頭その一でもある。初めてあった時、若い女の子の会話についていくのは大変だなって思ったけど、フレデリカが特別大変なだけだった。
「フレちゃんお帰り〜」
「ボンジュール、シューコちゃん」
「それただいまの挨拶なん?」
「そうだよー。たぶん!」
「あっ、ケーキ買って来てくれたん。どこの?」
「んふふー、シャンゼリゼ通りのレ・シューで買ったんだ」
「シャンゼリゼ通り庶民的やね〜」
フレデリカからケーキの箱を受け取って冷蔵庫に入れる。その途中で周子が鼻をヒクヒクさせてた。いや、そこから嗅いでも分からないだろ。
「フレちゃん、志希は一緒じゃないの?」
「昨日までは一緒だった!」
「今日は一緒じゃないのね。……はあ、あの子どこいったのかしら。お腹が空いたのだけれど……」
「あいつ匂いフェチだし、フレデリカを換気扇の下にでも置いとけばくるんじゃね?」
「わーお! フレちゃん置くだけだね」
「美嘉はちょっとどいててくれな」
「なんでよ!? アタシも良い匂いするから!」
「こんぶ出汁的なー?」
「うまみっ! 確かに良い匂いかもしれないけど、そういうことじゃなくて!」
「お線香みたいな匂いかもしれないぞ」
「別物が寄ってきそうだね」
「わーお、美嘉ちゃんってばお盆ー。おぼんdeごはんだね!」
「音だけっ! もう普通に意味わかんねえから」
「お腹空いたーん」
「だから、自由か。いやフレデリカがご飯屋さんの名前出したけど」
そうこうしている間に、奏がケータイを取り出して電話をかけ始めた。そして、同時に、後ろの押し入れから音楽が。
「なんで仰げば尊し?」
「知らん。またあいつの謎ブームだろ」
こないだは軍歌にハマってた。爆音で聴きながら爪のにおいを嗅いでトリップしてた。危ないやつだ。普通に『ダメ。ゼッタイ』やってるやつより怖い。
「にゃはははー、バレたちゃったか。実は最初から押し入れに居たのでしたー!」
押し入れから勢いよく飛び出してきた少女、一ノ瀬志希。ここに住む最後の一人だ。天真爛漫にちょっと猫を足したモノに服を着させたような奴で、興味が三秒しか持たない。というか『ギフテッド』という天才で、三秒もあれば大体のことは理解する。
まあそんなことはどうでもよくて、大事なのは外見だ。ちょっとロールした髪の毛にクリンとした瞳、黙ってれば美少女という言葉があるが、こいつは黙ってなくても美少女なのだ。性格が壊滅的でも全部許せる。ちなみに、意味わかんない会話する奴その二だ。
「まったくもう。そんなところにいたのね。もっと早く出てくればいいのに。……いつからいたの?」
「さあねー。観測したのは今、だからそれより前ってことは確か。てことで、今日の志希ちゃんはシュレディンガーの志希ちゃん!」
「シュガーバターのシキちゃん? なんか美味しそう!」
「うん。あたしクレープになっちゃったねー」
「おーい。意味わかんない会話すんな」
「なんで?」
「混ざれなくて寂しいから」
「にゃはははー。それは失敬。飼い主を寂しがらせるようじゃ、ペット失格かにゃ?」
「おいやめろ。その、自分をペット呼ばわりするやつ。あらぬ誤解を生むだろ」
「でも間違ってないでしょ? 露頭に迷ったあたし、拾ったキミ。ほら、ハートフルなストーリーの予感! 全米が泣いた! ってことで、これからも仲良くやっていこー!」
「はいはい。奏が嫉妬しない程度にな」
「いきなり私に振るのやめなさい。それに、私は嫉妬しないわ。させる側なの」
なにその返し、かっこ良すぎる。
またひとつ奏の美しさを知れたことを神に感謝していると、ちょいちょいと袖を引かれた。見ると、そこには不満げな顔をした周子。
「なんか忘れてへん?」
「えっ? ああ、今日も可愛いな、好きだぞ」
「いやなにその最悪のタイミングな告白。そうやなくて、お腹空いた」
「ああ、わるいわるい。今作るわ。ちょっと待ってろ。美嘉も、悪いんだけど、四年くらい待っててくれな」
「悪すぎるよ! スペシャリテでも作るの!? そんなに待てないよ!」
「ふぅ。短気だなあ」
「お夕食を四年も待てる人って、気が長いっていうか、ボケてると思うけど……」
そういいながらも、美嘉は食器を並べ出した。いいやつだ。次いでフレデリカも、寝起きの小鳥が巣から落っこちた時みたいな、なんとも言えない鼻歌を歌いながら手伝い始めた。
「…………別に、二人もくつろいでていいんだぞ?」
「ふふーん。フレちゃんはくつろいでるよ」
「そういうこと★」
流石カリスマモデル、と思うくらいに、とびっきりのウィンクをしながら美嘉が言った。俺は嬉しくなって、思わず素直な気持ちを言ってしまう。
「お前ら……ちょっとなに言ってるかよくわかんねえわ」
「なんでよっ! こうして手伝いすることが逆に安らぎみたいな、そうゆう感じじゃん」
「ああ、なるほどね……はいはい。ほーん、ふーん…………」
「いやいやいや。全然理解できてないじゃん! 莉嘉にスマホの使い方教えてもらってる時のお父さんとおんなじ顔してるよ!」
「あー、その例えわかるわー」
「お父さんのとこだけ共感された!?」
いつもの下らない話をしていると、ふと美嘉が真面目な声を出した。
「あ、そうだ。ひとつ頼まれて欲しいことがあるんだよね」
「しょうがないな。それじゃあ明日、ご両親に挨拶に行くか」
「なんかすごい勘違いされてる!? ってそうじゃなくて、アタシの仕事を手伝って欲しいの」
「えっ、モデルデビューすんの、俺」
「あははっ、それも面白いかも★ でも残念、今回はエッセイのお誘いなのでしたー」
「エスエムのお誘い……?」
「え、エスっ――! ば、ばばば、バーカバーカ! 大家さんのバカ!」
顔を真っ赤にした美嘉は、口を腕を組んでそっぽを向いてしまった。
流石に悪いことをしたかな、と思っていると、後ろからフレデリカに小突かれた。『いい加減にしなさい!』ということらしい。話さなくても、なんとなく雰囲気でわかる。
「あー、なんだ。ふざけすぎたよ。すまん」
「……ん。いいよ。実はそんなに怒ってないから。それより、反省してるんだったら、ちゃんとアタシの話を聞くこと! わかった人!」
「はい!」
「うん、よろしい!」
元気に手をあげる俺と、それを褒める美嘉。怒り方が自然と反省を促す感じがする。上手く言えないけど、なんかこう、お姉ちゃんでカリスマなんだなって思ったわ、今。
「それで、実はさ、コラムを頼まれたんだよね」
「実はって……そんなの、いっつも書いてるだろ」
「いつもとはちょっと違うんだよね。普段のはアタシの生き方とか、モデルとしての心構えなんかを書いてるんだけど、今回のテーマはアタシの日常生活なの」
「カリスマギャルのプライベート、的なことか?」
「そう、それ!」
そう言えば、最近はそういうのが流行ってるってどっかで聞いた気がする。舞台の上も見たいけど、その裏側を見たい人が多いとかなんとか。ちょっと違うかもしれないが、モーニングルーティーン動画とかに近い感じか。
「それでね。アタシが寮に住んでること話したら、そこでの生活風景を書いて欲しいって頼まれちゃってさ」
「えぇ……。大丈夫なのか、それ。ここでの会話出したら、荒れるぞ。アメリカが」
「どんな会話してるのアタシたち!? 普通に雑談してるだけでしょ!」
「まあそうだけど」
いや、マジで雑談しかしてないぞ。
美嘉のファンが求めてるオシャレさとかそういうのは、一切ないけど大丈夫なのか。
「そういうのは別で出してるからいいの。住み分けだよ、住み分け」
「日本とブラジルくらい居住地ちがうだろ。環境の違いで読者の人が体調不良おこすまである」
「それが受けるの。というわけで、許可ちょうだい。具体的な名前は伏せるから、ね」
「まあ、いいけど」
「やった★ じゃあ、執筆よろしくね」
「おう。…………いやいやいや、待て待て待て。そんな★が弾けるウィンクしながらカリスマ去りしてもダメだぞ。今、なんて言った?」
「ファンのみんなが、なにより大事だよっ!」
「そんなセリフ言ってないだろ! そうじゃなくて、最後になにかとてつもないこと言ってなかったか?」
「探せ! この世の全てをそこに置いてきた……」
「それは某海賊王の最期の言葉だろ! 確かにとてつもなく大事だけどな! って違えよ! 俺が執筆するとかどうとか、言ってただろ!」
美嘉は汗をだらだらかきながら、目をあっちこっち泳がせていた。
「きゃ、客観的な視点が欲しいんだってさ。それで、その……テヘ」
「可愛く言ってもダメだぞ」
「だから、試しに大家さんに書いてもらうおっかって言ったら、通っちゃったんだってば! 悪い!?」
「なにその最悪の開き直り! 悪いわ!」
「……いや本当に、ゴメン」
打って変わって、申し訳なさそうに謝る美嘉。さっきはああ言ったけど、正直、可愛さだけで許しちゃいそうになる。
どうしたものかと考えているうちに、夕食の準備が整った。みんなで『いただきます』をしてから食べ始める。
「でもさあ」
と話し始めたのは周子。
「大家さん暇じゃん。書いてあげればー?」
「お前に言われたくないわ。それに俺は、日々みんなが快適に暮らせるように努力してるんだ」
「例えば?」
「この世に光をもたらした」
「天地創造やないか。週末以外にも休み作って」
「お前は毎日が休みだろ」
「まあねー。……真面目な話、ちょっと気になるなあ。大家さんがシューコちゃん達の日常を書くの」
「ほら、周子もこう言ってる!」
「でもなあ……」
気は、乗らない。
そもそもそれ、俺が書いていいのか? 美嘉を見たい人達が、俺たちの日常を見て面白いと思うのだろうか。ちょっとしたコラムとは言え、炎上しないだろうかとか、色々な考えが浮かんでしまう。
よし。美嘉には悪いが、やっぱりこの話は断ろう。
「ねえ、大家さん、私も見たいわ」
「直ぐに執筆に取り掛からせていただきます」
そうと決まれば、飯なんか食ってる場合じゃない。なんたって俺の奏の頼みだ。
「とりあえず、十万字くらい書くか!」
「コラムどころかエッセイ本が出せちゃうよ! そんなに書かなくていいから!」
「じゃあ九万九千九百九十九文字くらいにしとくか」
「一文字しか減ってないっ! そんなに書くことないでしょ」
「九万九千九百九十七文字は奏への愛を描くから大丈夫だ」
「それはもうラブレターやない? 他の二文字はなに?」
「最後に『美嘉』って書いておく」
「せめてフルネームで書いてよ!」
「ちょっとスペース空いてないな」
「アタシのコラムなのに!?」
しょうがない。
奏が美人すぎるのが悪いのだ。
「でもさあ、俺が居ていいのか? なんか、美嘉の周りに男がいるってスキャンダルになりそうじゃないか?」
「んー、どうだろ。アタシの事務所は恋愛自由だけど……」
「美嘉、俺のことをそんな風に思ってたのか」
「違うよ! 恋愛自由だからどう思われてもいいってだけ! あ、アタシが大家さんをどうとか、あ、ありゅえないかりゃ!」
「うーん、天才のシキちゃんでさえなんて言ってるか解読不能ー!」
「うりゅさい!」
「にゃはははー」
こほん、と美嘉は咳払いした。
「とにかく、一応、編集さんに見せるから大丈夫だと思う」
「載せちゃダメな要素は弾くってことか」
「うん」
「えっ、じゃあ、大家さんの登場シーン全部カットもありえるん?」
「俺はどんだけ危険人物なんだよ。なくなるぞ。ページ、なくなるぞ。俺ずっとここにいるんだからな」
「それじゃあ、キミ、犬とかになるかもよ。美嘉ちゃんのイメージのために。大家から看板犬にジョブチェーンジ」
「わーお! ううん、わーん! だね」
「すげえ意味わかんねえことになるけどな。犬が吠えてるのに、何事もなく進んでく会話になるぞ。仮に今日をコラムにしたら冒頭とか、犬に液体化窒素かけようとしてるシーンになるからな」
「なんか、他の団体から怒られそう」
「じゃあじゃあ、あたしは猫になるーー!」
「『じゃあ』の意味がわかんねえよ。それに犬と猫と人間で囲う鍋ってなんだよ。すげえファンタジーな世界観だな」
「なるほど珍百景とかでありそうね」
「それじゃあフレちゃんはマカロン!」
「うーん、シューコちゃんは狐かな」
我が寮から続々と人が消えていった。しかも一人……一個? は生き物ですらない。
「人の方が少なくなっちゃった!? ど、どうしよう奏!」
「あら、いいじゃない。犬と猫とマカロンと狐に囲まれながら、二人で楽しくやっていきましょう」
「そんな四面楚歌で楽しくやるのは無理だよ!」
「カリスマギャル、城ヶ崎美嘉の日常は、マカロンに起こされるところから始まる」
「美嘉ちゃん起きてー!」
「マカロンが起こしにやってきた!?」
「わお! メルヘン! はっ、もしかして美嘉ちゃんの髪は地毛だったとか?」
「違うよ! 毎月染めてるよ! ギャルだよ、メルヘンから遠いよ!」
「じゃあ、メルヘン要素追加のために、キティちゃんのサンダルを履こう」
「それはダメ! なんか、いろいろダメじゃん、それはさ!」
……ギャルではある。ただ、カリスマギャルではないかもしれないな。
「ところで、大家さん」
「どうした俺の奏」
「貴方のではないけれど、鍋、美味しいわ」
「今!? いやまあ、ありがとう。……今ァ!?」
「何で二回、それも時間差で……そんなに驚くことかしら。女の子からの感謝は、素直に受け取っておくことよ」
「ああ。そうするよ。まあ、我ながらよく出来てるとは思った。でも鍋はちょっとやばかったな」
「どうして?」
「酒が飲みたくなる」
「あら、飲めばいいじゃない」
「いいのか?」
ここにいるのは、最年長のフレデリカも含めて全員未成年だ。だから普段は、飲まないようにしてる。
「あっ! じゃあじゃあ、あたしがお酌してあげるー!」
「お、マジか。じゃあまたの機会にな」
「うん。自然な流れで断られたねー。でもダメ。シキちゃんはやると決めたらやる女の子なのでした」
そういって白衣のポッケからお猪口を取り出した志希。いやどういうことだよ。
困惑する俺達をよそに、志希は上機嫌に冷蔵庫へと走っていった。そして「失礼します」と、普段よりちょっとだけ色っぽい声でお猪口へと注ぐ。……お醤油を。なみなみと。
「いや、飲めと?」
「ささっ、グイッと」
「無理だよ! 塩分過多で死ぬわ!」
「そう思いまして、減塩をご用意させていただきました」
「他に気回すところがあったよなあ!?」
「お客様ったら、お元気がよろしいことで」
「さっきからその『出来る若女将キャラ』もなんなんだよ。ちょっとイラッとするからやめろ」
「ご冗談を……さ、お口の方から迎えてあげてください」
「あ、それじゃあ失礼して――とはならねえから!」
「うーん、ノリ悪くなった?」
「なってねえよ。お前の頭が悪くなったんだよ」
「勿体ないお言葉でございます」
「これで勿体ないの!? どんだけ自己評価低いんだよ」
一通りの流れが終わると、志希は飽きたらしい。全部投げ出して、食事を再開した。
「こらっ、志希ちゃん。お醤油を出したんだから、ちゃんと使わないとダメだぞ」
「えー。シキちゃん、気分じゃなーい」
「ちゃんとしないと、大豆の神様からジェリービーンズアタックされちゃうよ」
「うーん、痛くなさそう……」
ふしょうぶしょうながらも、志希はフレデリカの言うことを聞き始めた。流石フレデリカだ。頼りになる女だ。パリジェンヌだ。
フレデリカがいないと、こいつ、平気で食べ物で遊んだりするからな。こないだなんて、トマトの中に注射器で牛の血入れて『即席殺人現場!』と言って投げてきやがった。イカれてる女だ。ギフテッドだ。
「話を戻すけど、それじゃあ、今日の会話を文にして送ればいいのか?」
「うん★ よろしくねっ!」
「どうなっても知らんぞ、マジで」
世間での美嘉のイメージと、ここでの扱いは随分と差がある。それにここの住人――俺と奏でを除く――はアホばっかりだ。世間に出していいものだろうか。
まあ編集さんがどうにかするだろ。
どうにかする、よな?