重瞳の廻り者   作:退場部屋

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重瞳の廻り者

 蟲が波涛のように逆巻く気色悪い音が木霊する蔵内。

 乾いた喉から鉄臭い液体が持ち上がってくる感覚を覚える。せき止めきれず、それをバシャリと地面に吐き出した。

 暗く染まった血溜まりにはビチビチとミミズのような蟲がのたうち回る。これが自分の中にまだ数百数千蠢いているかと思うと途端口内に酸っぱいものが広がり、顔を顰めた。

 

「限界か?」

 

 地面にへばりつくように悶える自分の頭上から嘲笑を孕んだ声が投げかけられる。

 濁りきった眼を上に向ければ忌まわしき妖怪爺の顔が嗤っていた。

 

「諦めるわけ、ないだろ」

 

 皮下を蹂躙する蟲の激痛に反骨し、できるだけ余裕そうな風貌を顔に張り付ける。

 目の前の化け物には見透かされているような気もするが、体面くらいは取り繕っておきたい。せめてもの反逆、というやつだ。

 

「そうか。見上げた精神じゃのう」

「煩い。さっさとやらせろ」

「そう急くな。詠唱は頭に叩き込んでおろう?」

 

 もちろんだ、と答えると爺は目の前に刻まれている陣の中心に長い矛のようなものを設置した。

 確か聖遺物、とか何とか言っていたような代物だったはずだ。自分には点で分からないがアレがあればいくらか抽選される範囲を狭めて召喚することができるらしい。

 

「コイツは方天画戟、と呼ばれるものでな。飛将軍と呼ばれた者が得物にしたとされる礼装じゃ」

 

 方天画戟、という武器があることは何となくだが知っていた。

 ルポライターの仕事柄、そういった品々に造詣の深い研究者や考古学者に取材したこともあった。『呂布』と呼ばれる文字通り一騎当千の武将が使用していたとされてたが、現在では後世に捏造されたものとも伝わっている。

 

「今じゃ捏造だの何だのと言われているが、それでも逸話というものは残っているもの。少なくとも奴やそれに類する輩を呼ぶのに不都合はない」

 

 では疾くやれ、と先ほどとはうってかわってこちらを急かしてくる。

 耄碌ボケ老人が、と心の中で悪態をつきながら定められた詠唱をゆっくりと口にする。

 

 

──素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公

 

──降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

 

 周囲に漂う黒く淀んだ魔力が陣を中心に風を起こすように回転を始めた。

 

──閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 

──繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する

 

 

「なんじゃ……?」

 

 臓硯が怪訝な表情を陣へと向ける。

 自分の右手に刻まれた戦争への参加権、ないしは英雄豪傑を律する鎖であり契の令呪が妖しく光を放つ。

 陣の内から令呪と同じ、いやそれよりも濃い紅い輝きを放つ花弁が巻き上がる。

 それと同時にこの空間を侵略するかの如く濁流のように陣から溢れ出る全てを支配するかのような黒い魔力の奔流。

 初めから部屋に存在した魔力は真っ黒な絵の具をまっさらなキャンパスにぶちまけるが如く容易に食い潰されてしまった。

 

 その流れの中、至る所に空間を切り取るような一本線が現れ、ゆっくりと開かれる。

 

 線などではない。あれは、あれらは目だ。

 しかもただの目ではない。目の中に瞳が二つ────重瞳と呼ばれる代物だ。

 

 だが自分は花弁と瞳に囲まれようが不思議とそれに臆することは無かった。

 それどころか妙な安心感さえ感じてしまう。

 

 

 

 

 

────告げる。

 

 

 

 

 

──汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

──誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者

 

──されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者

 

 

──汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──! 

 

 

 

 暴風が巻き起こる。

 思わず目をつぶり、肌がその風に収まりを感じた頃にゆっくりと辺りを確認する。

 

 陣の中心に座するは、一騎の英雄。

 黒いオーラをその身に纏い、身体中の瞳はギョロギョロと忙しなく動いている。

 

 自分は彼の背後に影のような軍勢を幻視した。

 

 

 腕に何らかの砲門のようなものを取り付けた軍服の影。

 

 月桂冠を被り額が妙に光っている影。

 

 ハーケンクロイツがあしらわれた椅子でこめかみをつつく軍服を着た影。

 

 半身が腐食したようなもので覆われた巨躯の影。

 

 白い羽を身に纏い片目をギョロリとこちらに向けた鳥人のような影。

 

 本に何事かを書き綴るペストマスクをつけた影。

 

 そして彼の傍に寄り添う、にこやかな微笑みをたたえた少女の影。

 

 

 霧散するようにそれらは消え去り、彼の背後に展開される闇の中へと還っていく。

 

 

「サーヴァント・バーサーカー。真名を……『項羽』。問おう、お前が俺のマスターか?」

 

 

 漆黒のベールにあしらわれた重瞳の全てが周囲確認の動作を終え、射抜くような視線でこちらを見据える。

 

 その中から頭部に該当する部分のベールが剥がれ、彼の素顔が顕になった。

 

 自分にはどこかその英雄の顔が────悲しげに見えた。

 

 




「西耶と五虎将で酒盛り中だったんだが……」
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