ネクストステップ   作:赤川3546

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慌ただしい午前

 とある事務所の一室、平時ならば落ち着いた雰囲気がありそうなこの部屋は現在、一人のスーツ姿の人物が電話をしながら忙しそうに歩き回っている。

 これから出かける予定なのか、時折ホワイトボードに目をやりながら必要なのだと思われる資料等を取り出したり探し回っている様子だ。

 ホワイトボードには「GIRLS BE NEXT STEP 予定表」と書かれており、四人分のスケジュールが書き込まれている。

 平日は基本的に学校と書かれているところから四人は学生のはずなのだが、平日にも予定が入っていることもある。

 更に四人揃ってアイドルフェスに参加と書かれている日もあるので人気が出始めているアイドルユニットといったところだろうか。

 そうなると、今忙しそうに準備をしている人物は――。

 

「おはようございます、プロデューサーさん」

 

 プロデューサーは声に驚いた様子で部屋の入口へと顔を向けると一人の少女が立っていた。

 短めの黒髪と綺麗に整えられた前髪が特徴的な、やや小柄な少女。

 

「一応、何度かノックをしたんですけど……気が付いていないみたいだったので」

 

 廊下でずっと待ちぼうけというわけにもいかなかったので入ったということのようだ。

 少女は気がついてくれなかったことが不服であったと伝えるようにわずかに眉毛を吊り上げる。

 

「いえ気にしないでください、入ったら気づかなかった理由も分かりましたし」

 

 わざとではないにしろ無視をしてしまったことを謝るプロデューサーであったが、少女は忙しそうにしている姿を見て納得したらしい。

 やや不満そうであった表情は穏やかな表情へと変化している。

 そんな少女の言葉と表情で、プロデューサーはほっと安堵の息を漏らした。

 そして、ホワイトボードを指差して予定よりだいぶ早い到着に対してどうかしたのかと尋ねた。

 プロデューサーが指差しているのは岡崎泰葉と書かれている欄である、彼女の名前だろう。

 

「早めの行動をと思っただけなんですけど……むしろ早く着きすぎて迷惑になってしまいましたね」

 

 準備のために急いで取り出した資料等が散乱している様を眺め、そして自分との会話のために動きが完全に止まってしまったプロデューサーを見て申し訳なさそうに泰葉は視線を下げた。

 しかし、プロデューサーは首を横に振る。

 

「少し焦っていたけど落ち着いた……ですか? それなら良かったです」

 

 泰葉は安心したのか笑顔を見せた。

 プロデューサーもつられて笑っている、そしてホワイトボードを指差し改めて忙しくなったと嬉しそうに語る。

 

「そうですね、番組に出演する関係で平日でもお仕事が入るケースも出てきましたし……今日もみんなそれぞれの現場に行っていて揃いませんから」

 

 プロデューサーと泰葉は二人して予定の埋まっているホワイトボードを眺めている。

 まだまだ空白の多かった少し前のことを思い出しているのだろうか。

 

「裕美ちゃんが肇さん、比奈さん、柚ちゃん、巴ちゃんと一緒に歌番組に出演」

 

 泰葉がそう呟くとプロデューサーは頷き、以前共に番組出演をしたときからのつながりでこのメンバーなのだと補足を入れた。

 プロデューサーがここにいるということは四人の誰かのプロデューサーが付き添っているのだろう。

 

「番組見ました、裕美ちゃんたちの話の内容はちょっと編集が入っていたみたいですけど五人の歌声はきれいに重なり合っていたと思います」

 

 だからこそ、歌を主軸とした番組に出演なのだろうと納得した素振りを見せる泰葉。

 仲間としてがんばってほしいと感じているようだ。

 

「そして、ほたるちゃんが茄子さん、歌鈴さん、芳乃ちゃん、朋さんとのミス・フォーチュン・テリングで旅番組の収録」

 

 プロデューサーは腕を組みながらまたしても頷き、ちょっとした不幸やドジを支え合ったりちょっとした幸運を喜び合ったり出発前のミニ占いコーナーや稀に発生する忘れ物捜索パートなどが人気のようだと補足を入れた。

 

「ユニットメンバーが個性的で色々なことが起こるから、見ていて飽きないというか……少しだけ心配になったりしますよね」

 

 いわゆる撮れ高のある収録なのかもしれないが、ハプニング等が多いようなので泰葉はハラハラしているらしい。

 このことに関してはプロデューサーも同意らしく困ったように笑っている。

 二人とも笑えているということは、深刻な問題までは起きていないようだ。

 上手いことバランスが取れているという証拠でもあるかもしれない。

 

「千鶴ちゃんも心さんと旅番組ですね、こっちは心さんが車を運転して出かけるバラエティですけど」

 

 プロデューサーは得意げに笑いながら、二人の軽妙なやり取りが視聴者を楽しませているらしいと語っている。

 どうやら二人を組ませて番組に出演させたことが絶妙な采配だと感じている様子だ。

 

「たしかに、年は離れていますし千鶴ちゃんは敬語を使っているのに二人の会話ってまるで同年代の友達みたいで不思議な関係ですよね」

 

 頷きながらプロデューサーは一緒に仕事をしたときからの関係なのだと説明をする。

 それを聞き泰葉も深く頷いた。

 

「分かります、私もお仕事を通じて色々な人と繋がりがありますから。ユニットを通じてみんなと仲良くなれたのも、お仕事のおかげと言えますし」

 

 その通りだと言うようにプロデューサーは笑顔で応えると、泰葉もその表情だけで満足そうには微笑んだ。

 そして、泰葉はホワイトボードの自分の本日の予定欄をまっすぐに見据える。

 社内のモデル部門で撮影……その予定を見る彼女の目つきは少しだけ険しくなったように感じられる。

 

「……え? いえ、別に嫌なわけではないですよ」

 

 プロデューサーは泰葉の表情を見て何かしら心配に思ったのか、ちょっとした質問を投げかけた。

 一応は社内の別部門での仕事なので、本人が乗り気でないのならば断わっても構わないと考えているようだ。

 泰葉自身は問題ないと考えているようだが。

 

「以前所属していた私に改めてアイドルとしてモデルを依頼とのことですから、しっかりと今の私を見せられるかなってちょっと不安に思っただけです」

 

 泰葉はかつてモデル部門に所属していた、そこからスカウトされ異動して現在に至るのだろうが今回の仕事はかつて所属していたモデル部門からの依頼。

 今の彼女を撮るということに意味があるからこその話なのだろうが、泰葉としては写真という形で成長した自分を見せることができるのか少し不安に感じているようだ。

 

「ステージに立つときのように表現や言葉で伝えることができない分、どう撮影に臨むべきかなって。向こうの所属だったとき、当たり前のようにやってきたことだったはずなんですけど……不思議ですよね、表現の幅が広がった……と言っていいんでしょうか」

 

 泰葉は思案するように目を閉じて少し首を傾げた。

 そんな彼女の動きを見てプロデューサーは優しく笑う。

 

「え、私なにかおかしな動きをしてましたか?」

 

 突然笑われたので嘲笑と勘違いしたらしく、泰葉はやや顔を赤くして気恥ずかしそうにしている。

 誤解に気づいたプロデューサーは手を横に振りすぐ訂正をした。

 

「そういうことではなくて……答えは簡単なのに気づいてないからつい笑ってしまった? そ、そうなんですか? 私の気づいていない初歩的な技術でしょうか……」

 

 泰葉が本当に悩み始めてしまったのでプロデューサーは困ったような表情で笑ってしまう。

 技術的な話ではなく、もっと根本的な解決方法なのだろうか。

 

「私は真剣に悩んでいるんです、なのにそんな笑わなくても……いいじゃないですか」

 

 拗ねるように泰葉はそっぽを向く、年相応な幼さのあるふくれた表情は愛嬌がある。

 その反応を見てプロデューサーは謝り頭を下げた、機嫌を損ねたと感じたのだろう。

 そして片目をうっすらとあけてちらりとプロデューサーの対応を眺めると、泰葉は明るく微笑んだ。

 

「冗談ですよ、中々教えてくれずに反応を楽しんでいたからお返しです」

 

 まいったなとでも言うように困り眉を作り笑っているプロデューサー。

 そして、本当に単純なことなのだと前置きしてから答えを口にした。

 

「既に前より成長しているから、そのまま撮影に臨めばいい……ですか」

 

 予想していた方向の答えではなかったのか、泰葉はきょとんとしている。

 身構えていただけに拍子抜けしているようだ。

 

「うーん……分からなくもないんですけど、そこまで目に見えて変わりましたか、私……?」

 

 内面的な部分、考え方であったり仕事への向き合い方は変化したと感じているものの、それが表面的にも分かるのかというと自信はない様子。

 自分の表情は自分で見ることができないので当然の疑問だろう。

 写真撮影という一瞬を切り取る仕事であるからこそ、要求されている一瞬を見せることができるのか不安なのは仕方のないこと。

 モデル経験はたしかに長いが、以前より変わった自分を撮影するという仕事である以上かつての撮られ方は求められていない。

 それを理解しているからこそ彼女は不安に感じているのだろう。

 その不安を汲み取ったプロデューサーは迷いなく頷き、客観的な意見を伝えた。

 

「笑顔が自然になってきている……ですか、それはたしかに自覚することが難しい部分ですね。そういえば、宣材の写真を撮るときにもこんな話をしましたっけ」

 

 アイドル部門に異動したばかりのころを思い出し、泰葉は楽しそうに笑っている。

 実はあの頃と変わっていないのではないかという自嘲のような感情も混ざっているかもしれない。

 プロデューサーもそれを感じたのか、あの頃よりもっと自然だと口にする。

 その言葉に安心したのか泰葉は柔らかい笑顔になっている。

 そんな彼女の表情を見て、プロデューサーは年相応な笑顔とも言えるかもしれないとも付け足した。

 

「作り笑顔になってしまっていた頃は大人っぽいと言われていたので、逆に安心したかもしれません」

 

 自然な笑顔と比較して硬さがあったのかもしれないが、それを作られたものであると思わせない演技力があったのでクールであると受け取られていたのだろうか。

 プロデューサーも頷き、だからこそ変に意識したりせず思ったまま撮影に臨めばいいのだと背中を押すような言葉を送った。

 

「分かりました……今の私をしっかりと見せることができるよう、心に従って撮影に臨みます」

 

 泰葉の目にはもはや迷いはないように見える。

 信頼しているプロデューサーからもらった言葉だからこそだろう。

 プロデューサーも大丈夫だと感じたのか穏やかな表情をして頷く。

 

「私はもう大丈夫です、ありがとうございます。……ところで、みんなの迎えとか諸々の準備の方は大丈夫ですか?」

 

 完全に意識が泰葉に向いていたのか、プロデューサーはポンと手を叩きまずは何を探していたのかを思い出すために呪文のように呟き始めた。

 そんなプロデューサーが腕を組み部屋の中をウロウロする姿を見守りながら、泰葉が一言呟いた。

 

「部屋に入ったとき、打ち合わせの資料がどうのって言ってた気がしますけど」

 

 それだと言うように再度ポンと手を叩くと、泰葉に感謝の言葉を伝えてからプロデューサーは目的のものがある場所へと即座に移動する。

 どうやら資料を保管していた場所も思い出したようだ。

 

「プロデューサーさんも大丈夫そうですね、……私は別の場所で少し時間を潰してからモデル部門に向かいます」

 

 もう一度話を始めてしまうとまたも意識が自分に向いて邪魔をしてしまうと考えたのか、泰葉はそろそろこの部屋を出ることを告げた。

 その意図を汲み取ったのか、プロデューサーは頷くと同行できないことを謝罪した。

 

「気にしないでください、見知った場所でのお仕事ですから。プロデューサーさんこそくれぐれも気を付けて行ってきてくださいね」

 

 事故に巻き込まれたり起こしたりしないようにと念を押され、プロデューサーは困ったような表情で笑っている。

 そして、はっきりと頷いてからありがとうと続けた。

 プロデューサーの言葉を聞いてから泰葉は振り返りドアに手をかける。

 

「行ってきます、プロデューサーさん」

 

 最後にそれだけ伝えると、泰葉は一礼をして部屋を出てから時間を潰す場所へと歩き出した。

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