時には明日が怖くなることだってある
けれど、だからこそ雪ノ下雪乃は
最後まで比企谷八幡を選び続ける
---八幡side---
「今日仕事早かったんだな」
「ええ。特に理由はなかったのだけれど、全業務何故かしら早く終わったわ。仕事もないのに社員を下手に残すのも良くないでしょう?」
「わあ、なんてホワイトなこと」
雪乃は、現在若くして社長をやっている。
見事に夢を叶え、父親の仕事を継いだわけだ。
とはいえ、やはり一筋縄ではいかないみたいで、ベテランの人からは七光りなどと呼ばれていた時期があったみたいだ。
...最も、1年もしないうちに言われなくなったらしいけど。
「ところで、希乃は帰ってるのかしら?」
「おう。ソファで寝てるぞ」
「そう」
そう言って雪乃は、そのままリビングに入っていった。それに付き添うように俺も中に入る。
「...よく眠ってるわ」
雪乃はソファで眠っている希乃の頭を優しく撫でる。
「まあ、なんか疲れたんだろう。さっき話をして、なんて言われて話をしたものの、その最中に眠ったからな」
「あら、それはあなたの話がつまらなかったのではなくて?」
「国語は得意だったが言葉選びは苦手なままですな」
「それは理解出来てないと言うのよ?」
「ちげえねえ」
少しトゲが弱くなったものの、雪乃の毒舌は健在だ。しかし、今となってはむしろ心地いい。住めば都だとかなんとやらだ。
「...コーヒー、入れてくれるかしら?」
「はいよ」
雪乃からのお願いで俺はキッチンへ向かう。その間に、雪乃は身支度を済ませてダイニングテーブルの椅子に座った。
インスタントでコーヒーを2人分作り、俺は雪乃の向かい側へ座ってコーヒーを雪乃に手渡す。
もちろん、この動作も片手だと少しやりずらい。こういう時は大体トレーに並べて運んだりする感じだ。
...まあ、結局のところこうやって少し工夫を凝らせば片腕でもなんとかやっていけるもんなんだとこの数年で気付かされた。義手をつけようなんて思っていない。
「ほい」
「ありがとう。...そういえば八幡、今日昼くらいに結衣さんに会ったの。ちょうど外回り中の休憩中に」
由比ヶ浜は何やらカウセリングか何かの仕事に就いたみたいだ。元々、由比ヶ浜結衣という女性は優しいし、何より話を聞くことがうまかったから、この仕事は天職だろうとは思ってる。
「はいはい、それで?」
「それで...、そこで本人の口から聞いたけれど、近々結婚するそうよ」
「...マジ?」
「マジ」
俺は目を丸くした。だってそうだ。何度もうちに遊びに来てくれてはいたが、彼氏がいるなんて話は1度も聞かなかったからな。
「なんたってそんな急に」
「曰く、比企谷君を驚かせたかったそうよ。といっても、私も付き合ってる人がいる、と昔聞いたくらいだったから驚いたけれど」
「そうなのか...」
由比ヶ浜にもついに相手が見つかった。それで由比ヶ浜が幸せになってくれるのなら、俺としては嬉しい限りだ。...あーでも。
「あー、というかその場合、苗字も変わるんだろ? 結構気に入ってたんだけどな、由比ヶ浜って苗字」
「あら、それを言ったら私だって変わったじゃない」
「一応はな。けど、社長業とかでは雪ノ下の名前使ってるから半分くらいだろ。なくなったわけじゃないし」
「それもそうね」
一応、雪乃の苗字は籍を入れている分では比企谷になってるが、仕事柄では雪ノ下を使っている。まあ、元々のスケールが違う分、そっち名義の方が動き回りやすいけど。
「...昔は、雪ノ下って苗字が、私を拘束する何かのようにしか思えなかった。それだけで強制される何かがあったし、息苦しさも感じた。...けれど、こうして振り返ってみると悪くないものね」
「逆に俺が婿入りするのは考えられないけどな...。怖すぎて無理だ」
「ふふっ、そうね」
雪乃はくすりと笑う。...本当に、可愛らしく笑うようになったな。
そういえばひとつ気がかりな事が...。
「ああ、ところで由比ヶ浜の話なんだけど」
「式はあげるそうよ。じきに招待状が来ると思うわ」
「うーん、それはそうだと思うんだけど...まさか平塚先生誘ってたりするのかなと」
「あー...。そうね。一応、呼ぶとは思うし、来るとも思うわ」
雪乃は目を逸らして、とても気まずそうにつぶやく。うん、俺も痛いほど気持ちわかる。あの人、結局独身貫くことを決めたみたいだし。
「でも、幸せの価値観は人それぞれ。結婚だけが幸せじゃないと思うわ」
「確かにな。...お前は、好きな人といることで幸せになれるって言ってくれたけどな」
「現に今、幸せでしょ?」
「まあな」
雪乃がいて、希乃がいて。
心の底から、胸を張って幸せと言える空間だ、ここは。
こういうのもなかなか照れくさいもので、俺は頭をかく。
「...ねえ、八幡。この幸せって、いつまで続くのかしら」
「何だ急に。弱気になって」
「私達ももう大人とちゃんと呼べる年齢にまでなったわ。...だからこそ、学生自体の頃みたいに怖いもの知らずでいれなくなる。時々、明日が怖くなったりするの。大切なものがなくなったらどうしようって。...あの時みたいに、立ち上がれるか不安で」
「...なーに」
俺はどん底を知っている。あの日味わった苦しみを知っている。
だからこそ言える。絶対になんとかなると。
妻に心細い思いをさせたままで終わる亭主になった覚えはないし、誰一人守れないくらい弱い男になったつもりもない。
だから...大丈夫だ。
少し心細げに俯く雪乃の頭を俺は右腕で撫で、そのまま抱き寄せた。
「二人でいるなら、大丈夫なんだろ? ...それに今は希乃も加わって3人だ。それ以外にも、周りに支えてくれる人はいっぱいいる。だから大丈夫だ。俺が保証する。...ちゃんと守るから」
「...そうね、ありがとう」
雪乃はそう言ったかと思うと、一瞬のあいだに俺の唇にキスをした。
俺は拒むことなく、目を閉じる。
それが終わると、雪乃は優しい眼差しでこちらを見つめた。
「...だから、これからもよろしくね、八幡」
「ああ。任せとけ」
雪ノ下雪乃はこれからも比企谷八幡を選び続ける。
だからこそ、俺も最後まで雪ノ下雪乃という人を愛そう。
そうして2人で歩む世界なら、きっとどこでも大丈夫だから。
---fin---
これで終わりです!
お疲れ様でした!
最初の方は評価低くて、心が折れそうでしたが、幾多の感想のおかげで失踪せずに終われました!
また会うことがあったら会いましょう!