それでも雪ノ下雪乃は、比企谷八幡を選ぶ   作:白羽凪

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恋というものは不器用で。
簡単なはずなのにまっすぐ届けることは出来ず。
またそうして人は傷つく。
そして比企谷八幡は、大切なものを失った。


第2話 消失

---雪ノ下side---

 

私は、比企谷君と歩むことを決めた。

あの時は、半ば強引だったと言っても過言じゃなかった。...けれど、そのずっと前から、私は彼のことが好きだった。

 

本当にいい加減で、だらしなくて、敏感なフリして鈍感で、...それでもって根は優しくて、妹思いで、他人思いで、不器用でいつも誤って。

そんな彼となら、一緒にいたいと思った。

 

...だから結局は、あの時彼に告白したことが、私が初めて自分で意志を持って行動したことかもしれない。

 

 

結局のところ、そんな過程はどうでもいい。

今、彼と一緒にいる、それが私の喜びなのだから。

 

 

 

---

 

 

5月の某日、ちょっとばかりの買い物に、彼に付き合ってもらった。

誘った理由なんて深いものはなく、ただ彼といる時間を増やしたいと思っていること、それだけだった。

 

少し脅しのような電話だった。けれど、彼は嫌げな顔一つせず現れてくれた。「暑い」だの「休みたい」だの言ってるけど、これは彼なりの自分の保ち方なんだと、最近では理解してるつもりだ。

 

...自惚れかもしれないけど、本当に嫌いなら、今こうやって一緒にいないはずだから...。だから、理解していると、そう信じている。

 

 

 

 

楽しいと思える時間は、すぐに過ぎ去ってしまう。

気がつけばあたりは夕焼けに染まり、ビルの谷間から日が落ちていくのが目に入った。

惜しいけど、もう帰らなければならない。

 

 

「...それじゃ、行きましょうか」

 

「御意」

 

 

私は比企谷君の右隣を歩く。彼の歩くスピードは少し早いけど、それに追いつくように自分も足を進める。

 

...本当は、この時間を愛おしいと思って、もう少しゆっくり歩いてほしいのだけれど、甘えてしまうのは、どこからしくないなと自分で遠慮する。

 

けれど、彼には彼なりの考えがあった。

 

私が彼の隣で、ただ遠くを見すえて歩いていると、不意に私の左手に彼の手があたった。しかもそれは不意なものではなく、故意的に。

 

 

「...なあ、雪ノ下。手、いいか?」

 

「えっ? ちょ、ちょっと...!」

 

彼が少しばかり強引に手を重ね、指を絡ませようとする。

しかし、周りにそれなりの歩行者がいたためか、その手を薄く払い除けてしまった。

 

 

 

 

あなたのことは、好きだけれど。

まだ、周りに自慢できるほど、私はあなたを愛しつくせていないから。

きっと、あなたの自慢の彼女ではないから。

 

 

...だから、ごめんなさい、比企谷君。

 

 

 

 

到底、そんなことは言葉に出来ず、少し頬を朱に染めて私は黙々と歩き出した。先程まで早いと思っていた彼のスピードより早く。

 

少し絡まってしまった思考に、私が履いてきた靴の踵が織り成す音が心地よく刺さる。

とはいえ、何も見てないわけでもなく、駅へと続く信号が青なことを確認して、私は歩みを進めた。

 

白線をまたぐ。

 

1歩。

 

そしてもう1歩。

 

 

 

 

 

 

...?

 

 

一瞬、私の世界から音が消えた。

さっきまで、周りに人がいたはずなのに、横断歩道を渡る足音はひとつしか聞こえない。ざわめく人の声も、ぱたりと止んだ。

 

 

何かおかしい...。

 

 

私は顔を上げて、辺りを見回す。そして、私の視界に巨大な影が映った瞬間、静寂を破って彼の声が聞こえた。

 

 

「何やってんだ雪ノ下! 早く渡れ!!」

 

「えっ?」

 

 

私から漏れた声は、彼の声に反応するものではなかった。

私の元に、1台の大型トレーラーが突っ込んでくる。その光景について漏れた言葉だった。

 

 

 

人は、本当にどうしようもない時、思考がおかしくなる。

私の場合、何も起きなかった。

 

 

と言うよりかは、何も考えることが出来なくなっていた。

 

 

パニックになることは無かった。声も出なかった。かといって冷静にいられる状態でもなかった。ただ分かることとすれば、あと数秒でこのトレーラーが私の体にぶつかるということ。

 

簡単に言えば、それ以降は、もう頭が真っ白になっていた。

 

 

 

そして、何も出来ないまま、トレーラーが私の体に触れようとしたその瞬間。

 

 

 

私の体は、トレーラーの進行方向とは違う方向へと突き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

「うっ!」

 

バァン! と、とても大きな衝撃音が鳴る中、勢いのあるタックルを受け、私は横断歩道の中間点に倒れ込んだ。

 

少し痛む体を持ち上げ、さっきまで渡っていた道の方を見る。

 

見れば、比企谷君が車道の上でうつ伏せに倒れている光景が目に入った。

 

 

 

「比企谷く」

 

 

 

 

グギャッ! バキッ! ズズズズズ...

 

 

 

その瞬間、うつ伏せで倒れ込んでいた比企谷君の左腕を、トレーラーが踏み潰していった音が聞こえた。

 

 

「えっ...?」

 

 

今度は、彼に向けられた驚きだった。

やがてトレーラーが血痕を残しながら走り去っていく。トレーラーが走り去った後には、大量の血を流し、左腕はぺしゃんこに潰れ、肉は引きちぎれ、骨が肘からとび出ていたりと、見るも耐えない悲惨な姿に変わり、その場に倒れ込んでいる彼だけが取り残されていた。

 

 

 

 

「あ、ああ...あああ...」

一気に腰の力が抜け、私の体はその場へ崩れ落ちる。

私は目の前の光景から逃げるため、1度自分の両手に目を落とす。

 

 

そして目を動かし、もう一度彼の姿が目に入った時、私の自我は完全に崩壊した。

 

 

 

 

「いや...いやぁああああああああ!!!」

 

 

 

そうした私の金切り声が、周りの沈黙を引き裂いた。

 

 

 

 

「何だ!? 事故か!?」

 

「ひき逃げだ! 救急車と警察を呼べ! トレーラーのナンバーは!? 誰か見てないのか!!?」

 

「後ろに木材積んでたぞ!! 警察に防犯カメラ使ってもらえ!! それより今はこっちだ!」

 

「救急救命! 誰かできるか!?」

 

「いや待て! 迂闊に触っていいのか!? ...これだけ血が出てるんだ、少し待ったほうが...。...心臓は...動いてるか。けど呼吸があやふやだ」

 

「反応もない。...それより、この左腕」

 

「ああ、ひでえな」

 

 

 

周りがざわつき出す。次第に通行中の車は止まり、救急車、警察を呼ぶ人間とその野次馬が集まり、瞬く間にサイレンの音が鳴り出した。

 

 

 

 

 

そんな光景の中、再び音が止まった。

また、私一人の世界だ。

 

 

 

...比企谷君を、助け...なきゃ...。

 

 

かろうじて残っていた最後の自我を元に、私は彼の元へ歩こうとした。

 

 

しかし。

 

瞬間、私の意識が深い底のほうへと沈んでいった。

次第に瞼が重たくなり、思考回路は真っ白になる。

 

 

 

 

 

 

 

もう、つい数分前まで何を考えていたか忘れたまま、私は意識を失った。




久しぶりにかしこまった前書きです。
これはこれで定期的にやりたいんですよね。

さて、今日はこの辺で。
感想、評価等頂いたらありがたく、真摯に受け止めますので是非お願いします。
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