簡単なはずなのにまっすぐ届けることは出来ず。
またそうして人は傷つく。
そして比企谷八幡は、大切なものを失った。
---雪ノ下side---
私は、比企谷君と歩むことを決めた。
あの時は、半ば強引だったと言っても過言じゃなかった。...けれど、そのずっと前から、私は彼のことが好きだった。
本当にいい加減で、だらしなくて、敏感なフリして鈍感で、...それでもって根は優しくて、妹思いで、他人思いで、不器用でいつも誤って。
そんな彼となら、一緒にいたいと思った。
...だから結局は、あの時彼に告白したことが、私が初めて自分で意志を持って行動したことかもしれない。
結局のところ、そんな過程はどうでもいい。
今、彼と一緒にいる、それが私の喜びなのだから。
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5月の某日、ちょっとばかりの買い物に、彼に付き合ってもらった。
誘った理由なんて深いものはなく、ただ彼といる時間を増やしたいと思っていること、それだけだった。
少し脅しのような電話だった。けれど、彼は嫌げな顔一つせず現れてくれた。「暑い」だの「休みたい」だの言ってるけど、これは彼なりの自分の保ち方なんだと、最近では理解してるつもりだ。
...自惚れかもしれないけど、本当に嫌いなら、今こうやって一緒にいないはずだから...。だから、理解していると、そう信じている。
楽しいと思える時間は、すぐに過ぎ去ってしまう。
気がつけばあたりは夕焼けに染まり、ビルの谷間から日が落ちていくのが目に入った。
惜しいけど、もう帰らなければならない。
「...それじゃ、行きましょうか」
「御意」
私は比企谷君の右隣を歩く。彼の歩くスピードは少し早いけど、それに追いつくように自分も足を進める。
...本当は、この時間を愛おしいと思って、もう少しゆっくり歩いてほしいのだけれど、甘えてしまうのは、どこからしくないなと自分で遠慮する。
けれど、彼には彼なりの考えがあった。
私が彼の隣で、ただ遠くを見すえて歩いていると、不意に私の左手に彼の手があたった。しかもそれは不意なものではなく、故意的に。
「...なあ、雪ノ下。手、いいか?」
「えっ? ちょ、ちょっと...!」
彼が少しばかり強引に手を重ね、指を絡ませようとする。
しかし、周りにそれなりの歩行者がいたためか、その手を薄く払い除けてしまった。
あなたのことは、好きだけれど。
まだ、周りに自慢できるほど、私はあなたを愛しつくせていないから。
きっと、あなたの自慢の彼女ではないから。
...だから、ごめんなさい、比企谷君。
到底、そんなことは言葉に出来ず、少し頬を朱に染めて私は黙々と歩き出した。先程まで早いと思っていた彼のスピードより早く。
少し絡まってしまった思考に、私が履いてきた靴の踵が織り成す音が心地よく刺さる。
とはいえ、何も見てないわけでもなく、駅へと続く信号が青なことを確認して、私は歩みを進めた。
白線をまたぐ。
1歩。
そしてもう1歩。
...?
一瞬、私の世界から音が消えた。
さっきまで、周りに人がいたはずなのに、横断歩道を渡る足音はひとつしか聞こえない。ざわめく人の声も、ぱたりと止んだ。
何かおかしい...。
私は顔を上げて、辺りを見回す。そして、私の視界に巨大な影が映った瞬間、静寂を破って彼の声が聞こえた。
「何やってんだ雪ノ下! 早く渡れ!!」
「えっ?」
私から漏れた声は、彼の声に反応するものではなかった。
私の元に、1台の大型トレーラーが突っ込んでくる。その光景について漏れた言葉だった。
人は、本当にどうしようもない時、思考がおかしくなる。
私の場合、何も起きなかった。
と言うよりかは、何も考えることが出来なくなっていた。
パニックになることは無かった。声も出なかった。かといって冷静にいられる状態でもなかった。ただ分かることとすれば、あと数秒でこのトレーラーが私の体にぶつかるということ。
簡単に言えば、それ以降は、もう頭が真っ白になっていた。
そして、何も出来ないまま、トレーラーが私の体に触れようとしたその瞬間。
私の体は、トレーラーの進行方向とは違う方向へと突き飛ばされた。
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「うっ!」
バァン! と、とても大きな衝撃音が鳴る中、勢いのあるタックルを受け、私は横断歩道の中間点に倒れ込んだ。
少し痛む体を持ち上げ、さっきまで渡っていた道の方を見る。
見れば、比企谷君が車道の上でうつ伏せに倒れている光景が目に入った。
「比企谷く」
グギャッ! バキッ! ズズズズズ...
その瞬間、うつ伏せで倒れ込んでいた比企谷君の左腕を、トレーラーが踏み潰していった音が聞こえた。
「えっ...?」
今度は、彼に向けられた驚きだった。
やがてトレーラーが血痕を残しながら走り去っていく。トレーラーが走り去った後には、大量の血を流し、左腕はぺしゃんこに潰れ、肉は引きちぎれ、骨が肘からとび出ていたりと、見るも耐えない悲惨な姿に変わり、その場に倒れ込んでいる彼だけが取り残されていた。
「あ、ああ...あああ...」
一気に腰の力が抜け、私の体はその場へ崩れ落ちる。
私は目の前の光景から逃げるため、1度自分の両手に目を落とす。
そして目を動かし、もう一度彼の姿が目に入った時、私の自我は完全に崩壊した。
「いや...いやぁああああああああ!!!」
そうした私の金切り声が、周りの沈黙を引き裂いた。
「何だ!? 事故か!?」
「ひき逃げだ! 救急車と警察を呼べ! トレーラーのナンバーは!? 誰か見てないのか!!?」
「後ろに木材積んでたぞ!! 警察に防犯カメラ使ってもらえ!! それより今はこっちだ!」
「救急救命! 誰かできるか!?」
「いや待て! 迂闊に触っていいのか!? ...これだけ血が出てるんだ、少し待ったほうが...。...心臓は...動いてるか。けど呼吸があやふやだ」
「反応もない。...それより、この左腕」
「ああ、ひでえな」
周りがざわつき出す。次第に通行中の車は止まり、救急車、警察を呼ぶ人間とその野次馬が集まり、瞬く間にサイレンの音が鳴り出した。
そんな光景の中、再び音が止まった。
また、私一人の世界だ。
...比企谷君を、助け...なきゃ...。
かろうじて残っていた最後の自我を元に、私は彼の元へ歩こうとした。
しかし。
瞬間、私の意識が深い底のほうへと沈んでいった。
次第に瞼が重たくなり、思考回路は真っ白になる。
もう、つい数分前まで何を考えていたか忘れたまま、私は意識を失った。
久しぶりにかしこまった前書きです。
これはこれで定期的にやりたいんですよね。
さて、今日はこの辺で。
感想、評価等頂いたらありがたく、真摯に受け止めますので是非お願いします。