笑顔をうかべても、心は笑わない。
大切なものをなくして、あるいは心を壊して。
そんな世界に、幸せはあるのだろうか。
---八幡side---
「...そういう事か」
先程の夢のことを思い出す。確か『俗世の様子はわからない』と言っていた。けれどあの表情、あの台詞...、それはおそらく嘘だ。
多分、あの女性は俺がこうなっていたことを知っていて、且つ言わなかったんだろう。帰る足を躊躇わせては行けないからと。
その優しさは、それはそれでありがたかったんだが、俺としては何があろうと戻ろうとしてたぶん、教えて欲しかった節はある。
結果、こうして知った訳だが。
「うっ、ひぐっ、お兄ちゃん...!」
小町は緊張の糸が切れたのか、俺の体に当たらないようにベットの左側に身体を預けて泣き崩れる。その頭を撫でで慰めてやりたかったが、俺にはもうそれができる腕はなかった。
だからせめて出来ることはやろうと、俺は優しく声をかけた。
「悪いな小町、お兄ちゃんこんなで」
「ほんと...もう...! なんでこんなことばっか...!」
「...悪い。ほんとに...ごめん」
ずっとこうして自分を犠牲にしてきて、それで傷んでいたのは俺だけじゃなかったと、小町の涙で初めて実感する。
ずっと迷惑をかけてきた。次第に「あいつの妹だから」と小町自身の評判にも影響していたのかもしれない。
そんなことにすら、俺は気づかなかった。
そうだ。とっくのとうにそうだったのに。
俺はもう1人なんかじゃないなんて、そんな当たり前のことを、俺は知らないままでいたんだ。
それが悔しくて俺は、なけなしの力で歯ぎしりをした。
そんな中、由比ヶ浜がベッドフレームをコンコンと叩き合図を送る。俺は動かせる範囲で首を動かした。
「えっとね、ヒッキー。事故の話をしたいんだけど、どこまで覚えてる...?」
由比ヶ浜が泣きそうなのを堪えながら、震える声で俺に確認を取る。因みに当事者の俺の方は、吹き飛ばされた所までしか覚えていなかった。
「雪ノ下と買い物に行って、帰り途中で信号無視のトレーラーに撥ねられて...、って、そうだ! 雪ノ下は!?」
「大丈夫、ゆきのんに怪我は無かったよ。...その、ヒッキーが庇ったから」
「そうか...よかった...」
俺は初めて一息つけた。雪ノ下に何一つ実害がなかっただけで、俺の犠牲は報われたと言えるだろう。
...ただ、この場所にあいつがいないことが、唯一の気がかりだった。
「...それで、雪ノ下は今どこにいるんだ?」
「...」
俺がそう尋ねると、由比ヶ浜は俯いて黙り込んだ。その仕草で、俺は少なからず雪ノ下にも何かあったのだと推測した。
「...怪我がないってのは、嘘なのか?」
「それは本当。...ただね...、ゆきのんは...、ちょっとまだ、ここには来れないかもしれないの...」
「どういう事だ?」
すると、由比ヶ浜の頬を確かに水滴が伝った。こっちももう限界のようだった。
「その...ゆきのんは...心が壊れちゃって...、部屋から出てこれ無くなっちゃったの...」
そしてそれを言い終えて、由比ヶ浜も嗚咽を上げて泣き始めた。
由比ヶ浜からすれば、ある日をきっかけに自分が大好きだと思っていた2人が急に壊れた訳だ。...こんな状態で、平気で入れるはずもないのに。
それでも由比ヶ浜はこうして俺の目の前に来てくれた。...俺は、こいつになんて言葉をかければいいんだろうか。そこら辺の在り来りな言葉なんかじゃ、きっと伝えきれない感謝があるはずだ。
...でも今は、そんな言葉は発せれなかった。
俺の目の前では、俺の親しかった2人が泣いている。...泣かせたのは俺だ。
ああ、くそっ...。なんてかっこ悪いんだ。
俯瞰だらけの人生だったはずなのに、気がつけば周りすら見えてなかったのかよ...!
ほんと...最低だ。
だからこそ、俺は泣かなかった。
ここで泣いてしまっては、きっと俺のやった過ちは許されないから。
これが代償だ。
俺は、2人が泣き止むのを待ちながら、静かに目を閉じた。
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20分程たって、お互い余裕が出来たため、話は再開された。
「けどほんとに良かった...。医者が言うには、普通だったら死んでても、もっと酷い後遺症が出ててもおかしくない状態だったらしいよ?」
聞くところによると、俺は身体の至る所の骨折と左腕の切断で済んだようだ。即死級の事故だったため、これは奇跡に近いと言われてるようだ。
「そりゃ、信号無視のトレーラーが60、70kmで突っ込んでくる訳だしな、脳震盪も起きるだろうし、骨もバッキバキになるだろうよ...。...本当に、生きてたのが不思議なくらいだ。...けど、生きてるんだ。なら、それでいいんじゃないのか?」
「うん、そうだね」
本当はこんな笑ってできる話ではないはずなのに、俺は無理にでも笑ってみせた。
これ以上、誰かに心配をかけるのはごめんだ。迷惑をかけるのはごめんだ。だから...せめて、悲観はしないようにする。
その時、俺の病室のドアが開き、女性の看護師と医者のような人が入ってきた。
いち早く小町がそれに気づき、よいしょと腰を上げた。
「あ、そろそろ時間ですね、結衣さん」
「あれ、もういっちゃうの?」
「うん。元々そんなに長い時間面会できなかったし、今日も無理言って来させてもらったから。...それじゃ、ヒッキー! また来るから、元気しててよ!」
「うす。...ありがとな」
「うん! じゃあね!」
由比ヶ浜は、作りか素かよくわからない笑顔を精一杯俺に向けて、やがてドアの向こうへと消えてった。それについて行くように小町も病室から出ていく。
「...さて、比企谷さん。改めて診察に参りましょうか」
「...はい」
一気に部屋が静かになったところで、強面の先生が診察を始める。
俺は、先程うかべることができなかった苦痛を全面に出した表情を、この時初めて浮かべた。
やがて、それも終わり、病室に俺は1人残された。
窓から夕日が差し込む。...あの日も確か、こんな時間だった。
...あれ、今日が何日か聞くの忘れてたや。まあいいか。
...さて。
...心が壊れた...か。
「雪ノ下...」
俺が好きな、雪ノ下雪乃に会えない。それだけで、俺はまだ生きた気になれなかった。
うーん、前書きよ。
...いや、それだけじゃないっすね。
リハビリがてらといえど、さすがに今回のがひどいってのが、投票ではっきりしてますね。
何が足りないのかとかも教えていただけるとありがたいです(優しく教えていただければ尚更)
ここまで読んでいただきありがとうございます。