次第にそれは罪悪感を孕み、
噛み砕かれて大きくなり、
いつしか心は黒く蝕まれていった。
---雪ノ下side---
バァン、という衝撃音で、私は目覚める。
あの日から、もう何度目かの朝になっていた。
もちろん、目覚めたと言っても、眠れていない。
昨日も、そのまた昨日も、ずっと悪夢にうなされたまま、ただ時が過ぎていただけだった。
...でも実際、その悪夢は現実なんだ。
彼はまだ目覚めていない。死こそ避けたものの、いつ目覚めるかすら分からない状態らしい。
私のせいで、私が、あの時、もっとしっかりしてたら。
彼を傷つけることは無かったのに。
その罪悪感で心はどんどん削れていき、気づけば私は家から外へ出ることが出来なくなっていた。
「...うっ」
もう何度目かのフラッシュバックで吐き気を催す。幸い、吐くことは無かったが、代わりに溢れてきたのは涙だった。
「....ごめんなさい...、ごめんなさい...、比企谷君...!」
そうして私はまた泣き出した。とめどなく溢れる涙は止めることは出来ず、ただ時間とともに流れていく。
そうして泣いて、泣き疲れては眠る。そうして悪夢にうなされて、目覚めてはまたフラッシュバックして涙する。
ただそれだけの繰り返しが、確実に私の自我を崩壊させていく。
私は、気付かぬうちに、もうどうやって笑うのかさえ、忘れてしまっていた。
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事故から5日くらい経った。
カーテンを締切った私の部屋には光が差し込まない。それはわたしの心象も似たようなものだった。
家から出れなくなったどころか、気がつけば部屋を出る足でさえ少なくなっていた。傍からいえば引きこもりという分の状況に近い。
食事も部屋の前に置いてもらう感じになっていたが、あまり喉を通らなくなっていた。通っても吐いて無くなってしまう。
そうしてまたぼーっと、虚ろな目で遠くを眺めていると、部屋の扉がノックされた。私は感情の籠ってない声で返事を返す。
「...誰?」
「私だよ、雪乃ちゃん。...入ってもいい?」
「...あまり、入って欲しくは無いのだけれど...」
「...そっか。それじゃ仕方が無い。ここで話すとしますか」
「...」
ドサリという音が聞こえる。恐らく、姉さんがドアにもたれかかって座ったのだと思う。
この状況で退けることも出来ないし、何より、そんな気力ももう残っていなかった。
私がどう切り出そうか考えるまもなく、姉さんは唐突に話を切り出した。
「比企谷君が目覚めたよ、雪乃ちゃん」
「...え?」
「...本当に、驚くくらい良い状態みたい。即死級の事故だったらしくてね、こんな状態なのは奇跡に近いらしいよ」
「...そう」
私は...なんて言うべきなんだろうか?
安堵して涙が出るわけでもなく、今すぐに彼に会いたい衝動が生まれた訳でもなく...、私は、こんなに嬉しいはずの話を聞いてでも彼への罪悪感しか湧かなかった。
比企谷君が好きなのに、もう、愛してるなんて軽はずみに言えなくなった。悪いのは全部私だ。
そう分かってるのに、何も動けない。
「にしても、比企谷君は運が強いなー。あれだけの怪我で済んでるんだから、本当に大したもんだよ」
「...その、怪我の具合は?」
「...。本来、それは比企谷君の恋人である雪乃ちゃん自身が自分の目で確かめなきゃいけないことだよ?」
「...それは」
「分かってるって。...私もそんなに鬼じゃないよ、雪乃ちゃん。...心を病んでる雪乃ちゃんに、優しいお姉ちゃんが教えてあげる。...ただし、後はもう知らないよ?」
今日の姉さんは、少し優しく感じた。
...その優しさが、逆に痛かった。
私は、あの人のことを、自分の姉のことをちゃんと理解したことは1度もない。
知ろうとしても、知ることができなかった。
だから、恐れていた。距離を置きたかった。
でも、今こんな状況で、その優しさに触れて、信じてみようと思ってしまった。
だからこそ、邪気を孕んでいない声で真実を告げられた時に、私はまた絶望へと叩きつけられた。
「全身骨折、左腕切断。...それが、彼が生きるために払った犠牲だよ」
「...あ、ああ...」
彼の容態を聞いて、今度こそ私は崩れ落ちた。
彼が今置かれている状態が、その場で死ぬよりも何倍も地獄だと理解するのに、そう時間はいらなかったから。
「...ごめんね、雪乃ちゃん。...さっきも言ったよね、ここから先はもう知らないって。...だから、私はもう何も言わない。優しくはできないから。...それじゃ」
そうして姉さんは返事を待つことも無く私の部屋から離れていった。誰もいなくなったその場にはいたたまれない静寂のみが残っている。
...また、私一人だ。
慣れてたはずの孤独すら、いつの間にか恐れるようになっていた。でも、自分自身でどうにかできるほど、もう私は強くない。
誰かに頼ることしか、出来なくなっていた。
...ねぇ、比企谷君。私は...どうすればいいの...?
「うう...うあ...」
それでも涙だけは枯れ果てることなく私の頬を伝う。そして彼のことを思って、また胸が痛む。
...こんなに苦しい世界なら、私なんていない方がいい。
...だから、お願い。
誰か私を、雪ノ下雪乃を殺して...。
尺の悪さに定評のある人です。
こういう展開しか書けないのどうなの...?
それでも書き続けますが。
というわけで、これからも是非お願いします。
感想等ありましたら、ありがたく頂きます。