誰かのせいにする術を知らないでいた。
そうして溜め込んだ傷が溢れ出る時
きっとそれを止めることは容易くないだろう
---比企谷side---
事故から1週間と少しが経過した。
どうやら俺が目覚めるまで5日くらいかかったらしい。そりゃ確かに生きてた方が奇跡だ。
...でも、こんな状態で生きてるって言えるのか。
俺にはもう左腕がない。おまけに身体の至る所の骨折の方で、当分はろくに動けそうにない。
そんな後世にハンデを背負って生きて、長らえて、それで誰かのためになるなんて、今は思えなくなっていた。
...昔は、ただ雪ノ下を信じて、支えて、それだけでよかったのに。
今じゃもう、足を引っ張ってるだけだ。
「...はぁ、情けねえ」
俺は1人病室で呟いた。鋭く差し込む夕日が少し目に痛い。
時計に目をやると6時くらいだった。流石にこの時間から面会なんて来ないだろう。
...といっても、やることも無いし、できることも無い。
...寝るか。
そう思って枕に少し体重をかけたところで、病室のドアが勢いよく開いた。そこに立っていた人物に俺は驚き、声を失う。
とても意外で、今では想像できない人物。
...けれど、懐かしい、俺の恩人だった。
「久しぶりだな、比企谷」
「平塚...先生」
少し古臭い漫画のようなシーンを描いて先生は俺の病室へと入ってきた。少し時間の空いた再開だったが、そこは変わってないようで少し安心する。
「久しぶりですね。...わざわざ面会に?」
「当たり前だ。君は私の可愛い教え子だからな」
「言っても何も出せませんよ?」
「分かってる。...とりあえず座ってもいいか?」
「どうぞ」
平塚先生はベッドの隣のパイプ椅子に腰掛けて足を組む。これまで職員室で何度も見たような平塚先生の姿がそこにはあった。
「タバコは...っと、いかん、ここは病院か」
「流石にここが職員室と思っちゃまずいでしょ...。どんだけ職業病なんですか」
そもそも職場でタバコを吸うのも割と良くない行為だと思うが。
平塚先生はポケットに突っ込んでいた手を宙に泳がせる。そして動きを止めたかと思うと、俺の方を真っ直ぐ向いてきた。その目はもう笑っていなかった。
「...ひどい状態だな、比企谷」
「最悪の事態じゃないですよ。...もっと酷かったら、俺はもうここにはいません。...そう考えれば、マシってもんなんじゃないですかね?」
「...はぁ。やっぱり捻くれてるな、君は」
「どこら辺がですか?」
捻くれてる、と言われて、一瞬ピンと来なかった。昔は自分がねじ曲がった人間だという認識はあったのに、その認識はいつの間にか消えてしまっていたようだ。
「そこまで気づけなくなったんだな...。進歩の過程でそれがあるなら、別として...。...あまりストレートに言いたくないが、私は君の本心を、君の口から聞きたいんだよ」
「今どんな気持ち、ってやつですか?」
「...まあ、そうなるな」
自分の気持ち...か。
そういえば、あの日からろくにそんなことを考えてなかった気がする。怪我をしたことも、腕をなくしたことも、結果として受け止めていながら、そのうえで俺がどういう気持ちなのかなんて全く考えていなかった。
...だって、それを考えてしまえば、俺はもう雪ノ下の隣に居れなくなる気がしたから。
結局、そうやって現実から逃げていたんだということを、今、平塚先生に告げられた気がした。
「...先生も、酷なこと聞くんですね」
「...君がどうしても言いたくない、って言うのなら、私はそれ以上は聞かないよ。...けどね、さっきも言っただろう。君は私の可愛い教え子だ。...だからせめて、その教え子のよき理解者でありたいと思うんだ。
聞いたところで君の力になれるか分からない。君がしんどくなるだけかもしれない。...それでも私は、君を受け止めたいんだ」
見れば、もう既に平塚先生は涙を1粒流していた。
先生も先生で、不安で落ち着かなかった時間が続いたわけだ。...それに、自分の教え子が傷ついて、悲しまないはずはない。
だって、平塚静は、とても優しい人間なのだから。
「...俺は」
さっきまで装っていた落ち着きはとうに消え、息苦しい何かが喉につっかえていた。取れれば楽になれるのだろうか。
しかし、そんなことを考える間もなく、プツリと何かが切れた。変わりに堰き止めていた本心が滝のように溢れ出す。
「...なんで、俺がこんな目に会わなきゃいけないんですか...」
なんで、好きな人を愛することさえ許されなかったのか。
「なんで、こんなに苦しい思いをしなきゃいけないんですか...!」
長いこと生きていて、どれだけ一人でいても感じなかった辛さを、なぜ今になって感じなきゃいけないのか。
「腕なくして、学校にも行けなくなって、雪ノ下と会うことも出来ないで、俺は何を目印に歩けばいいんですか...!」
ああ、そうか。
俺は全てを失ったんだ。腕も、大切な時間も、そして来るはずだったそれなりに明るい将来さえも。
中途半端に命が残ったところで、俺の生きる価値なんて、もう存在していなかったんだ。
気づけば俺は絶叫していた。
宛先のない怒りを、一心不乱にぶつける。
「平塚先生! もう嫌ですよ! しんどいですよ! これ以上、何を頑張れって言うんですか! ...腕も、時間も、未来も無くして、俺はなんのために生きてけばいいんですか...! ...もう、無理ですよ...。誰のせいにすればいいんですか...。また俺が悪いんですか...」
平塚先生は何も言わない。ただひたすらうんうんと頷くだけだ。
「...平塚先生...、俺、頑張りましたよね?」
「ああ、君は十分に頑張った。...だから、もういいんじゃないか? 少しくらい休んでも。...答えなら、一緒に考えてやる。だから...」
そう言って平塚先生は鼻をすんと鳴らした。
「今ぐらいはさ...泣けよ、比企谷。...ずっと抱え込んだままじゃ、辛くてやってけないだろ?」
「あっ...」
プツリと涙腺がこと切れ、とめどなく涙があふれる。
あとの事なんてどうでもよく、今はただ辛いという感情だけが表に出ていた。
...ずっと傷つくことだらけだった日々は、もう限界のようだった。
「う、うああああああああ!!!」
前書きしっくりきた!
とまあ、そんな感じでテスト週間の作者です。
このシーンは当初から予定済みでした。次回まで続きます。
感想ご指摘評価等、全力で返させて頂きます。
それでは。
ここまで読んでいただきありがとうございます