・・・・丈夫・・・・
大丈夫よ・・・・
その子なら、貴女の事、分かってくれる・・・・
安心して・・・・
私が声の聞こえた方を睨むと、そこには男子高校生が1人、堂々と寝ていた。寝てる男があんな事言うはず無い。寝言だったとしても女の声だったので、やはり違うだろう。となると・・・・
私は図書室のカウンターの真ん前で無神経に寝ている男のすぐ横を睨んだ。これらの言うことはいつもろくでもない。睨むだけ睨んで無視してしまおう。
私が睨んだ先にあったのは、花瓶だった。
私には、特別な力がある。何の役にも立たない、憎たらしいこの力は私の意思とは無関係に発動する。
私の力は、『植物の声を聞く力』。今聞こえてきたのも、おそらくこの花瓶に活けられた花からだろう。
他の誰にも聞こえない声が聞こえたところで、何も良いことなんてありはしない。植物の声は意外と大きく、人の声を遮ってしまう事もある。しかもどこに生えていてもおかしくないのでいつ話しかけられるかも分かったものではない。高級レストランに連れていってもらった時に、新鮮なサラダに話しかけられたのは今でも私のトラウマだ。私はさんざん気味悪がられ、この学園でもすっかりのけ者。利用者の少ないこの図書室に図書委員として入り浸り、花瓶ひとつ無い殺風景なこの部屋で孤独を謳歌していたというのに・・・・
「んーんん・・・・ばーちゃん?」
楽園を邪魔しに来た目の前の男が、寝言混じりに顔を上げた。銀髪に近い淡い色の、軽いウェーブがかかった金髪を伸ばしたひょろひょろのやさ男。女の子達にキャーキャー言われている学園1のチャラ男が、何故か入学当初から私に付きまとい、今日はあろうことか私の天敵である花束を持って図書室までおしかけてきたのだ。
「1年先輩とはいえ、未成人の女性にお婆ちゃんとは。失礼じゃありませんか、リク=マスタング。あと、よだれを拭きなさい汚い」
私は作り上げた委員長キャラから、極力冷たく感じるように低く平坦な声を絞り出した。
「にへへ・・・・良いじゃない、僕とマナの間なんだから」
「どんな間柄ですか。あと先輩、をつけなさい」
寝ぼけて、元々垂れている眼がさらに垂れている。大きな眼が眠そうに細められているのも、たまには悪くな・・・・おっと、何を考えているんだ私は。
「・・・・眠いならお家に帰って寝なさい。自学目的でも無いのに図書室に居座るのは感心しません。あとそこの花瓶も持って帰ってください。私が生花を嫌っているのは知っているでしょう」
柄にもなく少し動揺して、早口になってしまった。しかし冷たい言葉をかけられた当の本人はどこ行く風。全く反省している様子など無く、にこにこしながら私を見つめている。
「あ!良いでしょこの花」
聞いていなかったのか。急にぱっと眼を大きく見開くと、横の花瓶を手に取ってこちらに差し出してきた。
「これ、母さんが作ったんだ。凄いでしょ、これ造花なんだよ?」
私は花が嫌いだと、言ってあるはずなのに。こんな風に人の話を聞かない男も、私は嫌いだ・・・・え?造花?
「これ・・・・生きた花ではないのですか?では先ほどの・・・・」
私に語りかけてきた声は、植物の声ではない、のか?
「うん。生きた花は嫌いだってマナが言ってたから。逆にうちの母さんは花大好きで、造花も凄い綺麗なの作るから貰ってきたんだ」
ぐっと顔を近付けてくるリク=マスタングを視線を鋭くして牽制してから、私は花瓶を手に取った。あ、水が入っていない。まじまじと見つめないと本物でないと見破れない程に作り込まれたバラは
「綺麗・・・・ですね」
私に、久しぶりに花を綺麗だと感じさせてくれた。
「綺麗でしょ。 そうやってマナが持つとマナがもっと綺麗に見えるもんね」
うわああああ!油断していたら出たチャラ男の褒め殺し攻撃!即座にガチャンと花瓶を戻すと私は横を向いた。
「施錠します!出ていってください」
「本当なのにー」
「騙されませんよ。あと何でついてくるのです」
私が戸締まりをしている間にも何故かそばを離れないリク=マスタングは不服そうに口をとがらせていた。
「そんなに長くて綺麗な黒髪見たことないよ」
また褒め殺しの体勢に入ったようだ。動揺しないように一層気を引き締めると、私は首を横に振った。振った拍子に背中まで伸びている長い黒髪が眼鏡をかけている私の片目を覆い隠す。
「この髪は染めているのです。元々は貴方と同じ薄い金髪です。金髪は嫌いなので」
相手の金髪を特に当てこするつもりではなかったけれど、ちょうどいいので嫌いなものを1つ追加してみた。
うまい具合にリク=マスタングはショックを受けてくれたようだ。
彼はさほど背が高くないので、女である私とあまり変わらない身長なのに、しょんぼり肩を落とし私と完全に同じ高さの目線で歩き始めた。・・・・ふん、いい気味。
「ところで」
学園の正門まで近付いたあたりまでは無言だったが、さきほどの声の事が気になって私は口を開いた。あれが花の声ではなかったなら、一体なんだったのだろう?
「さっき貴方が起きた時。誰かの声がしませんでしたか?」
私は自分に宿る力により植物の声が聞こえる。しかしそれは他の人間の声と区別がつかないため、近くで別の話し声があったならば花の声と勘違いする事は、ある。
「ん・・・・死んだばーちゃんの声が聞こえた気がして起きたんだけど、そんなわけないからね。空耳だったよ」
金髪ショックからは立ち直り、背筋が伸びたために私のすぐ横を少し高い目線で歩きながらリク=マスタングは答えた。でも、私が聞いた声は確かに女性のものだったが、リク=マスタングの言うようなお婆ちゃんの声にしては若々しかったはずだ。
「お祖母様が亡くなられたのですか。
・・・・おいくつで亡くなられたのですか?」
変に思われはしないだろうか。しかし気になって聞いてしまった。だが、能天気この上ないリク=マスタングはその整った眉をひそめる事なくさらりと答えた。
「そーいえば歳は知らないなあ。母さんを産む時に亡くなったらしいからかなり若いはずだよ」
「やはり、そうでしたか・・・・ん?」
思わず"やはり"と言ってしまったが、それ以上におかしな事を、彼が言っていることに私は気付いた。
「お母様を産む時に亡くなったという方の声を、何故知っているのです?」
「・・・・?」
質問されたリク=マスタングは頭の上に疑問符を浮かべてぼけっとした顔をしている。
こちらが逆にしまった。余計なことを聞いて他人の事を詮索などしたくなかったのに・・・・。
「・・・・あ、そうか。マナは知らないんだね」
リク=マスタングがふと気付いたように声を漏らした。
「僕は、この学園の錬金学課特待生なんだ」