ある日の夕方。
鈴仙・優曇華院・イナバは人里で薬を売り終え、夕飯に遅れぬよう永遠亭に帰るところであった。
仕事が終わると心に余裕が出てくるもので、思わず赤く染まる空と反対に輝く月を見上げては、太陽と月が一緒に見えるのは理屈は分かっても不思議だなぁ、などとぼんやりと思う。地上も月面も同じ日光を享受しているのに、その間には途方もない距離が開いている。そして、それ以上の確執も。
張ったふくらはぎを労いながら迷いの竹林を進んでゆく。此処では闇雲に進んではならず、きちんとした法則、進み方のようなものがある。鈴仙も初めは何回も迷い、その度に妹紅に助けられた記憶がある。彼女はその辺は竹を割ったような気質で、輝夜に恨みはあっても迷い人を助けるのに躊躇はないようだった。
不死人の心情を量るのは無限大を100で割るようなものだが、割るという行為自体は成立する。全てを理解した気になってもいけないが、理解しようとしないのもまた不誠実である。無限に比べりゃ年端も行かぬ鈴仙も、彼女たちが退屈を蛇蝎のように嫌うことはよく知るところである。
鈴仙はふと、視界の端に仄かな光を認めた。竹林の藪の中から漏れる、僅かだがはっきりとした輝きに、鈴仙は竹の中から現れた姫の伝説を思い出した。
「……聞いたことあるシチュエーションね」
はてさて、蛍の光か妹紅の炎か。何にせよ話の種にはなるだろう。草かき分け薮払い、ずかずか進むと小さな広場に出た。
「……あの時の妖精だ」
記憶に新しい、妙ちきりんな妖精が猫のように丸まって浮かんでいた。いつぞやの異変の際に輝夜が気に入り、手ずから逃したあの妖精である。なぜここに、と鈴仙は呟いた。
迷いの竹林はその名の通り、方向感覚を失わせる特異的な領域である。誰かに運ばれたというより、自然発生したと考えるのが合理的だ。では一体どうして、彼女は竹林で生まれ直したのか?
しばらく悩めどこれといった結論が出ず、鈴仙は連れて帰ることにした。放置は悪手であろう。そいで考えても分からないものは、より分別のつく人に投げるのが吉である。一度招いたことのある相手を警戒する必要もあるまい。そっと抱えると、月が陰るように光が消え、地球に惹かれて妖精が腕の中に収まった。
「……ま、姫様が楽しめるならいいか」
妖精がいた頃の輝夜は随分楽しげであった。しかし慣れとは恐ろしいもので、目新しいものは徐々にラベリングされていく。せっかく新天地に来たというのに変わり映えしない生活が続いては、肉体朽ちずとも精神が腐る。
しかし……薬売りついでに人里の小さな事件を報告するのが鈴仙の日課であるが、それだけで退屈に歯止めは効かない。力不足を痛感するところであるが、鈴仙は主人公というタマではなかった。自分から動いて物語を生み出すような勇気は無い、だってここじゃあ冒険は常に死が付きまとうのだから。いつも刹那的で生も死もどうでもよさそうな妖精のようにはなれなかった。
「頼むよ起爆剤。きっと姫様の鬱屈を粉々にするんだから」
永遠亭に爆弾を持ち込むような気分で、鈴仙は帰路に戻った。
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目覚めてやることといえば状況把握である。なにせ私、うっかり気絶したり死んだりするので、どこで意識を取り戻すか分からないのである。
まず服。妖精標準装備のワンピースではなく、和風で緩めの服装に変わっている。自分で服を変えることはないので、誰かに着替えさせられたに違いない。
それが誰なのかと言えば、十中八九私を後ろから抱きしめている誰かさんだろう。上等な布団の中で、私はぐるりと首を回し、艶やかな黒髪を見つけた。僅かに懐かしい香りがする。
私は彼女の名を呼んだ。
「輝夜さん、輝夜さん」
「ん………うう。こんなに寝たのはいつぶりかしら……」
「あの、腕ほどいてもらえませんか」
「だめよ。貴女、あったかいのだもの」
そう言いながら輝夜さんは私の後頭部に顔を埋めた。
そのまますんすんと鼻を鳴らす。
「か、輝夜さん、その」
「夜と朝の香り。しばらくは退屈しないわ」
「それはいいんですけど、あの。恥ずかしいのでやめてほしいというか」
「んん……」
「あの、聞いてます?」
あっこの人二度寝を決めようとしてる。どうしてここにいるのかとか、色々聞きたいことがあるのに。私の全身を撫でようとしてくる輝夜さんの腕の中でもぞもぞしていると、急に障子が空いてにやけ面のてゐさんが顔を出した。
「朝ごは……ん、ウサ…………。いや、間違えたウサ。朝ごはんは二時間後に延期ウサ」
「まって! 置いてかないで!」
「つれないわね」
輝夜さんのホールドが強くなった。3回タップしても離してくれなさそうである。
「やるなら薬を飲んでからにするウサ。後が怖いウサ」
「何の!? どういう意味ですか!?」
てゐさんは「あとは若い……若い? とにかく2人でごゆっくり〜」と、来た時と同じようににやにやしながら戻っていった。
「……輝夜さん? もう触ってくるのは諦めましたが、私のへそに何の恨みが?」
「んー、うふふふふ」
「あッ何となくわかりました妖精にもへそあるのね不思議ねえって感情でしょ! でも人間の形を再現してるだけなんでただの凹みですからね! 触っても良いことないですからね!」
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えらい目にあった。
結局あの後散々お腹をもちもちされ頬擦りをぐりぐりとされ以下略。寝起きなのに精神的に疲れた私を軽々と抱えて食卓へつき、輝夜さんは私を膝に乗せて食事を始めた。
「……随分ツヤツヤしてるわね、姫様」
「お楽しみだったウサ。姫様の手はウサギを一瞬で堕とす魔性ウサ。妖精如きに耐えられるわけないウサ」
「ちょっ……負けてないですが!?」
思わず口を出すと、輝夜さんが「そうなの?」と私を見下ろした。そうなの?じゃないですが。負けてませんが。負けてないですけど分が悪いので、話を逸らすことにした。
「あの、私はどうやってここに?」
「あ、それは私がヴィーさんを竹林で見つけて連れてきたの。迷惑だったかしら」
「いえいえ、そんな事……は……」
鈴仙さんの回答を聞いて、ようやく自分が一回休みになったことを理解した。復活するまでに何日が経った? 何より萃香さんとの約束は? 正直それが一番心配だったのに……
「お口開けて」
「あー」
「はい、あーん」
というか、どういう経緯で死んだのだ私は。お空さんのメルトダウンに巻き込まれたのか? 困った、分からないことが多すぎる。もきゅもきゅ白米を噛み締めながら、私は記憶の糸を辿った。
「あれマジ?」
「口調崩れてるわよ」
「ごほんっ。あれマジウサ?」
▽▽▽▽▽▽▽
気づいたら朝食が終わっていた。何を言っているのかと思うかもしれないが、私にも分からない。あれよあれよと輝夜さんの部屋に連れて行かれ、やや興奮気味に経緯を聞かせてと頼まれ、永夜異変からこれまでを語り合える頃には昼時であった。
▽
……あそこまで大っぴらに語って良いのかしら。話の端々に有力者の弱みが散りばめられていて、妄想かと疑うレベルで都合が良い。
まあいいか。情報はいくらあっても良いし、あの妖精の存在自体が交渉札として強い。囲っておいて問題はないだろう。最悪身代わりにでもしたら良い。永琳はそっと輝夜の部屋のそばを離れた。
どうも。みずねです。
今回は前回と殆ど期間が開いてないのであまり後書きに書くことはないですなぁ。だんだんタイトルも頭の中に浮かんだ単語を垂れ流すっていうあたまわるわるな感じになってきたし。そろそろしっかり前みたいにタイトル考えようかな……。
この文読んだだけでヴィーの能力が変化していることがわかった方はおそらくいないでしょう。いたら怖いわ。変化としては元の能力に一文字漢字を足すだけなのでそこまで大きく変わりません。誤差レベルと言ってもいいかも。
永遠亭は輝夜さんのキャラがかなり立っているので私としても書きやすくてありがたい章であります。なのでこんなすぐ更新できたんですね。
でも次の更新は未定です。理由はお分かりでしょう。
最後に。
最初から実に初心者らしい文章であったこの小説がついに評価バーが満タン赤になって作者としては嬉しみを感じております。最初は薄い黄色でじわじわと伸びてきてここまで辿り着いたのでなんだか感慨深さが凄い。一度でも最高まで行けたって記念にスクショとったわ。
読んでくださってありがとうございます……!
ではまた。