東方逃亡精   作:鼠日十二

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あ……あ……


With Me

 雲が晴れて、太陽の光が向日葵畑に降り注ぐ。その光景は確かな実感を持って、私に勝負が終わったことを示した。二人の妖精を楽な姿勢にして介抱していると、ふと影がかかった。

 

「幽香さん」

「ご苦労様。思ってたより被害も出なかったし、よくやったというべきかしら」

「あはは……ありがとうございます。それでですね、こちらの二人は」

 

 日傘を差した幽香さんが物憂げ、というか面倒そうな顔をした。

 

「放っておきなさい。互いのためにも」

「お互い?」

「ええ」

 

 それきり幽香さんは黙ってしまった。私は少し逡巡して、幽香さんの言う通りにすることにした。ここで二人を介抱することが、なにか余計なことに感じたから。

 

 次の日私が向日葵に水をやりに来た時には、すでに二人は居なかった。

 

 

 

 

 

 それから数日、何事もない日が続いた。ある日、如雨露片手に向日葵に水をやりながら、そういえば自分は何でここにいるんだっけ、とふと思い返した。星蓮船は終わったんだろうか? 困ったことに私には星蓮船以降の原作の順番も内容もはっきりと覚えていないのである。

 

 もともと、原作の流れが見たいと言ってここまでやってきたわけだし、知らないストーリーともあれば尚のこと気になる。気になるのだが、ここでの暮らしにも慣れ始めた自分がいる。何というか、時間がスローなのだ。あまり誰か来ることの少ない太陽の畑は、至って平和だった。

 

「そういえば、私がここにいるのって、向日葵に気に入られたとかだったよね」

 

 お眼鏡にかなったんだろうか。向日葵の声は聞こえないので私には分からないが……。ともかく私は飛びながら如雨露を傾け続けるのだった。因みにこの如雨露、いくら傾けても水が尽きない優れもの。この実に幻想郷らしいアイテムを片手に向日葵畑を飛び回っていると、ふと声が聞こえたような気がした。

 

 

 

「うあー」

 

 

 

 ほらなんか聞こえる。先ほども言ったようにここには基本的に誰も来ない為、逆に迷い込んでくるのは厄介ごとの可能性が高い。しかし誰か呼ぼうにも、困ったことに今日は幽香さんが出かけていていないのだ。どうも茶葉の補充やらをしに人里の方に出かけているようで。

 

 

「むっしゃむっしゃ」

 

 

 近づいてる……? どうしよう、様子を見に行くべきか。少し迷ったが、最悪死んでもやり直せると思いなおし、こちらから近づいてみることにした。飛びながら辺りに目を凝らすと、向日葵の黄色の中にポツンと紺色が混ざっているのが見えた。アレだろうか。

 

「……あの。どちら様ですか?」

「うあ?」

「げっ」

 

 それは紺色の帽子を被り、額に札を張り付けた所謂キョンシーであった。口元に光の玉を銜えていて、目はどこか虚ろだ。そう、原作キャラの一人である宮古芳香だった。問題はなぜ神霊廟のキャラがこんなところにいるのかで。

 

「もぐもぐ……ごくん。私は芳香。光の玉を追っかけてここに来た」

「えーと、それは今飲み込んだやつです?」

「そうだ。食べたことなかったから気になったのだが……」

 

 芳香さんは残念そうに俯いた。

 

「あまりおいしくなかった。というか、味がしなかった」

「そ、そうなんですか……」

 

 暫く落ち込んでいた芳香さんだったが、突然がばっと顔をあげ、辺りを見回した。

 

「……おまえ、変なにおいするな」

「うそ!?」

「嘘じゃないぞ。生臭い匂いだ」

 

 慌てて袖の当たりを嗅いでみたが、そのようなにおいは感じられない。

 

「……それ本当に私ですか?」

「疑ってるのか? 私じゃないぞ、いつも青娥に綺麗にしてもらってるからな」

「心当たりないんですけど」

 

 というか、そもそも妖精に体臭なんてあっただろうか? たとえ匂いが付いているとして、幽香さんの紅茶か向日葵のだと思うのだが。首を傾げていると芳香さんは溜息をついた。

 

「もう少し体の手入れしたほうがいいぞ。私みたいに塩をすり込むとか」

「塩をすり込む……って、それはハムとかの肉を長期保存するための工程では……?」

「え゛っ」

 

 マジ? マジです。そう返すと芳香さんは目線を彷徨わせ、

 

「ち、ちょっと確認してくる!」

 

 と来た道を戻っていった。引き止める間もなく。たった数分の邂逅なのに、何故か、私はそこに平和な日常の終わりを感じた。

 

 

 

 

 

「せーがー! 私は保存食だったのかー!?」

「何を言っているの?」

「塩をすり込むのは肉の保存のためって聞いた!」

 

 すると蒼い髪を束ねた女性──霍青娥は僅かに視線を上に向けて、思いついたかのように言った。

 

「まさか。あれはハーブ塩だから香り付けになるのよ」

「……そうなのか? ならよかった」

「それよりも。あまり遠くに行かないように言いつけたはずだけれど?」

 

 それは芳香も分かっていた。その時は光の玉を追いかけることに夢中になってしまったのだ。なにせ、芳香の人生の中であんなものを見たのは初めてだったから。

 

「そ、それは……ごめんなさい」

「命令も守れない子は要らない……と言いたいところだけど。貴女は運が良いわ」

「そうなの?」

「ええ。面白いものと出会ったわね」

 

 殭屍……大陸の呪術であるそれは、死体に魂と制御の為の札を貼り付けることで成り立つ一種の使役術だ。青娥ほどの術者であれば、そこに視界の共有機能を追加することなど難しくない。

 

 青娥は思案する。芳香の感じた『生臭い匂い』と、視界を通して見た奇怪な妖精の魂。いや──アレは妖精などと言う生易しいものではない。陰陽、男女、日月……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうして存在できているかも分からない超特大の厄ネタ。賢者どもが何故アレを放置しているのかは知らないが……何かあるのは確定と見ていい。確か八雲紫がそろそろ眠りから目覚めるはずだ、その動きを見てからでも良いだろう。芳香の頭を撫でると、よく分かっていない芳香は曖昧な笑みを浮かべた。

 

「……にしても、髪に絡み付いていたのは蛇かしら。それとも蚯蚓? 生臭くて細長いと言ったら、案外蛙の舌かもしれないわね」

「なんの話?」

「呪いの話よ。それと、もうあそこには行かない方がいいわ。次は……しっかり覚えていてね?」

「わかった!」

「いい子ね」

 

 

 青娥は再び頭を撫でて、芳香の帽子に付いていたオナモミを指で潰した。

 

 




 今までずっと神霊廟が始まるまでのおよそ半年どうやって潰すか考えてきたけどよく考えたら今までそんなこと気にしてなかったのに気づいたので更新です。

 青娥娘娘は元ネタではそんな邪悪じゃないので、一応元ネタを含めた裏設定を用意し、それに沿ってキャラの肉付けを行っています。どうも芳香の生まれとかって語られてるところが少ないみたいで、捏造するしかないんですよね……原作から推理できるほど知識量ないし。

 なので、まぁ、そういう感じです。そのうちぼんやりと神霊廟が始まります。多分。
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