「──う、ん。これは」
痛む頭を抱えて体を起こし、豊聡耳神子は辺りを見回した。
長い眠りから醒めたばかりのように、頭の回転が酷く遅い。
歯車が引っかかっているような感覚を抱えながら、自分がどこにいるかを徐々に思い出す。
そうだ、ここは墓場だ。
「──おはようございます。いえ、お早うというには随分遅いお目覚めでしたわね」
「……ああ、青娥か。お前の欲は相変わらずだからすぐ分かるな」
紫煙を燻らせながら、背後の暗闇から青娥が現れた。だらり、ふわりと神子の背中にもたれ、首に腕を回す。
「どのくらい眠っていた?」
「さあ? 私に取っては永遠も一瞬も同じようなモノですし。わざわざ数えてなどいませんし」
「……変わらないな、本当に。少し安心したよ」
「む。私を安心材料にしないで頂けません?」
青娥は少女のようにむくれてみせる。老人のように泰然として、幼子のように刹那的に。
そう振る舞うことこそ永遠を楽しむ術である、と青娥は理解している。
「しかし……そうか、そうか。それほど永く眠っていたか」
神子が目覚めたのは洞窟の奥に存在する夢殿大祀廟──すなわち墓所である。
とはいえピラミッドが墓所でありながら豪奢であるように、夢殿大祀廟もまた一般的な墓地とは似ても似つかぬ大霊堂。木造の塔や太古の遺物が眠る宝庫などがそこには存在する。
記憶を掘り起こすために周囲を歩き、庫を覗いて神子はぼやいた。
「宝物庫……中はガラクタばかりか? こんな古びた仏像やらにまだ価値があるのかは謎だな」
「要らないのであれば頂いても? 仏具でしょう、これら。必要ないですものね?」
「うん?
神子は宝物庫から踵を返す。
売り先があるということは需要があるということ。つまり未だ仏教はその勢力を衰えさせていないということだ。
わざわざそんな輩に価値ある仏具を渡す必要はない。ここで腐らせて置くのが良いだろう、と神子は判断を下す。
「そういえば布都の姿が見えないな。すぐ来そうなものだが」
「あら、お忘れです? 物部は『太子様を迫り来る危険からお守りせねばならぬので!』とか言って自ら夢殿大祀廟の入口近くで眠りについたのですけど」
「………………まだ寝かしといてやることにしよう」
神子は周囲を懐かしむように歩き、ふいに口を開いた。
「なあ青娥。神道は負けたのか?」
「それも答える必要のない問いですねぇ。貴女がいるのは新天地。神にも仏にも染まり切らないまま、神に仏に妖も共存する楽土ですもの。 ……ああでも、貴女の復活を阻止しようとした仏教勢力もありましたねそう言えば」
上に寺建ててるんですよ、と青娥は笑いながら夢殿大祀廟の天井を指す。その表情、その声色から神子はしっかりと欲望の声を聞き取った。
「例えその勢力が私を敵視していたとして、争うつもりはないよ」
「あら寛大なことで。喧嘩を売られて買わないなんて」
「別に黙って見ているつもりも無いさ。結局の所、信心は集うべき者に集う。であれば、私はただ民を導こう」
青娥は残念と呟いて肩を落とした。派手な戦闘や報復の応酬を期待していたのに、これじゃあ1400年前と大して変わらない。何か良い火種は無かったかしらと脳内を探り、ふと思い出した。
「そういえば、最近哀れな妖精を見かけまして。神に偏執されたり呪われたりと散々な目に合ってきた様子。眠気覚ましがてら、導いてあげたら如何です?」
「生憎と寝覚めは重いものが受け付けないんだ」
「数多の権謀術数を飲み干しといてよくそんなこと言えますわね」
「青娥が一番食えない相手だよ」
ははは、と笑う神子がなんとも昔と変わらないので、青娥はそのうち妖精をけしかけることを決意した。
▽
「お目覚めですか」
蘇我屠自古は神子のそばに揺蕩う青娥を一瞥し、それから喜色を満面に浮かべて神子に一礼した。
「……その体は?」
神子の視線は屠自古の足に向けられている。仙人の最下層、尸解仙と成る外法は問題なく成功したはずだ。その証拠に、死んだはずの神子の身体は少女特有の瑞々しさに満ちている。
であれば、屠自古の幽霊のような両足はどうしたものか。
神子の問いに、屠自古は目に怒りを宿した。
「魂を壺に封じ、いずれその壺が己の肉体へと変化する──。それが、私がとった尸解仙になる方法でした」
「そうだったね。当代一の名家に作らせた美しい陶器だった」
「けれど……布都のやつ、私の依り代を生焼けの壺とすり替えておいたらしいのです。おかげで壺は早々に朽ち、崩れ──帰るべき肉体を失った私は、こうして幽霊へとなり果てたわけです」
「それは中々に非道い話だね」
神子は苦笑いした。本人は幽霊であることに折り合いをつけているようだが、それはそれとして『布都を一発ぶん殴りたい』という欲が透けて見えるのである。
「それなら、目覚まし時計の役は君に任せようかな。布都は寝起きが悪いからね」
「……謹んでお受けいたします」
屠自古はふわふわと洞窟の出口の方へ飛んでいった。野次馬根性を隠そうとしない青娥もその後をついて行こうとして、
「おっと青娥、君はここで待機だ。この世界のことを教えてもらわねば」
「んな殺生な」
「仙人は殺しても死なないだろうに」
神子がそう言った直後、遠くの方で天をつんざくような悲鳴が響いた。
「……死なないよね?」
「多分」
屠自古は怒らせないようにしよう。神子は心に誓った。
前回の更新から一年と三か月が経ったそうで。
……。
……本当に申し訳ないです。時間空けすぎて昔の自分の文が幼く感じちゃって、小説ページを開けないままこんなことになってしまいました。
このタイミングで投稿したのは背水の陣というやつです。夏休みなので時間がないわけじゃないし。
で、お気づきの方もいると思いますが、最近少しずつ改稿を進めています。現在の時点で地霊殿まで加筆修正を完了しておりまして、例えば永夜抄のラストで咲夜さんがあっさりやられすぎ問題とか、地霊殿で伏線を張ったくせに全然回収できてない問題とか、純粋に何がしたいのかわかりにくいとか。
割と勢いで突っ走ってたとこあるので、全体の流れは変えずにブラッシュアップをしていく所存です。
相も変わらず原作に添えないとは思いますが、できる限りキャラの特色を損なわずに書いていきたいですね……。青娥と芳香の奥が深すぎて、注力してたら屠自古の言動全く安定しなくなっちゃいました。屠自古わからん。屠自古もっと登場してくれ。