「私要らないじゃありませんか」
青娥はふくれてみせた。神子の周囲にはいくつもの光の玉が浮かんでおり、それらの明滅に合わせて神子は何やら呟く。まるで会話でもするように。
聖徳太子の伝説──10人の話を一度に聴くという逸話は、やがて相手の欲を理解することでその相手の過去や未来を知ることができる能力に昇華された。
故に、神子は神霊の話を聞くことで幻想郷の歴史を知ることができる。青娥に情報収集を頼まずとも、神子の器の広さに惹かれてやってきた神霊はいくらでもいた。
「すまないね。思ったより話したがりが多いみたいなんだ」
「はいはい。神子様はお忙しいようですし、私は芳香のお散歩にでも出かけてきますわ」
「余計なことに首を突っ込むんじゃないぞ」
青娥は手をひらひら振って神霊廟から出て行った。夢殿大祀廟の出口は命連寺に塞がれているのだが……そこはそれ、抜け道などいくらでもあるのだ。
「あんまりやりすぎると百穴になってしまうわね。あれもあれで墓だから本質は変わらないけど」
手に持った鑿を鍵のように壁に差し込めば、するりと先端が突き刺さる。そのまま円を描くように手を回せば、ほんのわずかな穴が開いた。
障壁がわずかでも綻べば、それはもう無いのと同じ。仙術は空間を捻じ曲げることすら可能にする。
蟻の子1匹通れるかもわからぬ穴を抜け、静まり返った深夜の命蓮寺を尻目に、青娥は気の赴くままに飛んで行った。
▽
「
幽香さんは怪訝そうな顔をした。淹れたての紅茶を幽香さんに出しつつ、私も席に座る。
「それが、私が出かけている間にひまわり畑に来た奴の名前?」
「いや、名前じゃなくて……種族というか。仙術で操られてる死体のことをそうやって呼ぶんです」
「……」
幽香さんが眉をしかめた。
「土に還らない死体に何の価値があるのかしら」
「……偵察、とか?」
世の中にはゾンビアタックなる概念も存在する。タフな上に死んでも替えが利くというのは、それだけでアドバンテージになるのだ。
それに忘れちゃいけないのは、芳香さんがいるってことは青娥さんもいるってことだ。原作では自由気ままな存在として描かれた青娥さんだが、その実1000年以上生きる邪仙だということを考えると油断はできない。
「操られてるってことは、操ってるやつがいるのよね」
「そうだと思うんですけど」
「煮え切らないわね」
「いや……例の殭屍、光の玉を追いかけて迷い込んだ感じだったんですよ」
「ああ、アレね」
幽香さんは席を立ち、どこからか紙束を持って戻ってきた。
「なんですか、それ」
「新聞よ」
「幽香さんって新聞取ってたんですね」
「烏天狗に押し付けられたのよ。『友誼の証まではいかずとも、不干渉のお願いに』ってね」
脳裏に懐かしい顔ぶれが浮かんだ。そう言えば、妖怪の山のみんなに久しく会っていない。行きたいのは山々なんだけど、次に諏訪子様に会うと冗談抜きに離してくれなさそうなのが怖い。
黒い触手と湿った笑顔を思い出してげんなりしていると、幽香さんが目当ての紙面を見つけたように声を漏らした。
「……これだ。『幻想郷各地で霊とみられる光の玉の目撃情報が増加。お盆の時期を間違えたか』。あの烏天狗、なに頓珍漢なこと書いてるのかしら」
「筆者の主観が当てにならないタイプの新聞でしたか」
「事実だけ抜き取って読む必要がありそうね」
しばらく新聞に目を走らせていた幽香さんだったが、やがてあきらめたように新聞を机の上に放りだした。
「大した情報でもないけど……烏天狗の根城でも光の玉が確認できたらしいわ。現れたり消えたりしながら、どこかに向かっているようだ、と」
「ひまわり畑に来た光の玉も、どこかに行く途中だったんでしょうか」
「それも気になるけど、人間のいない妖怪の山でも確認されたって事実のほうが気になるのよね」
幽香さんは紅茶のカップを傾け、それから芳しい紅茶色の溜息をこぼした。
「なんにせよ、面倒事の気配がするわね」
「もう来ないと良いんですけど」
しかし、まあ。悪い予感というのは往々にしてよく当たるもので。
翌日、ひまわり畑で水を撒く私のもとに現れたのは、よりにもよって霍青娥さんその人だった。
「……ここはこわーい花妖怪の縄張りですよ。悪いこと言いませんから、早く帰ることをお勧めします」
「あらあら、怯えなくてもいいのに。そんなに花妖怪が怖いなら、連れ出してあげましょうか」
「私は自分の意志でここにいるので」
眼下の向日葵が、すべてこちらを向いている。幽香さんも来訪者の存在に気づいているはずだ。
「つれないのね。せっかくいい話を持ってきたのに」
「生憎とこれ以上良い生活が期待できないもので、遠慮させていただきます」
「もう。長い布には巻かれなさいな」
会話をしているようで、その実全く聞く耳を持っていない。私が何か言うのも待たずに、青娥さんはその言葉を口にした。
「己の境遇を知りたくはありません?」
「……境遇?」
「ええ」
青娥さんはにこにこ笑っている。
「六道ないし三千世界にあって、流れど川は川、動かざれど山は山、死せども人は人。それらの起源と行く末を見定めるのが仙術なれば──貴女がどうして幻想郷に産み落とされたのか、わかるかもしれませんわよ?」
ここで切るか迷いましたが、ちょっと冗長になりそうなのですっぱり終わらせます。次の回でようやく神霊廟組に会えるんじゃないかなぁ。どうだろう。相変わらず何も考えていないので何とも言い難いですね。
最後のセリフに関しては、割と適当なことを言わせています。
そもそも仙術という言葉は『なんでもできる』と同じレベルでやれることの範囲の広いものっぽくて、ネットで調べてもはっきりとわからなかったんですよね。
一応国立国会図書館のデジタルコレクションとやらで資料を軽く流し見たりもしたのですが、文体は古いわ漢字は難しいわ字はかすれてるわで読みにくいったらありゃしない。なのでこの作品における仙道はだいぶ正確さとかけ離れていると思ってください。