東方逃亡精   作:鼠日十二

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この1話に含まれる文字数は2話分だぜ!


A Midsummer

 

 

 ところで、私は青娥さんに並々ならぬ警戒心を抱いている。知略策謀を巡らす一方で、行き当たりばったりに他人の人生を左右するような気まぐれさは、一般妖精としてはちょっと危険にすぎる。

 

 だから――せめてもの逃避として、私は青娥さんの提案を跳ね除けた。

 

「……遠慮します。境遇がわからなくても、私は十分生きていける」

「もう満たされているのね。幸せそうで何よりだけど……身体にも聞いてみなくちゃ、ね?」

「そのセリフすっごい怪しいんですけど!?」

 

 青娥さんがとても悪そうな笑顔を浮かべた。心底楽しそうな、愛玩と嗜虐が入り混じったような笑みだ。背筋に冷たいものが駆け上がるのを感じ、私は踵を返して全速力で飛んで逃げようとした。

 

 が。

 

「あ、あれ……?」

「身体に流れる氣をちょーっと乱してあげるとこの通り、前後不覚になるのです」

「わ、わっ、ちょっと――ぐぺっ」

 

 身体が思うように動いてくれない。酔っているような、足元がおぼつかない感覚、激しいめまい。そのままの勢いで顔面から向日葵畑に墜落した私は、土を吐き出しながら顔を上げた。

 

 するとなぜか、目の前に青娥さんがいた。這いつくばる私を屈んで見下ろしている。私は混乱した。

 

「えっえっ? 今後ろに……」

「どうしてかしらね?」

 

 何が何だかわからないが、ヤバいことだけは本能で理解した。殭屍にはなりたかない。どうにか逃げなければ、んどうやって逃げれば良いのだろう。

 

 よく働かない頭で「距離を取らなきゃ」と思い立ち、足に力をこめて立ち上がる。

 

「あっ」

 

 しかし思い切りバランスを崩した私は、そのままの体勢で青娥さんの腕の中に飛び込んでしまった。

 

「あら大胆」

「ちがいます!」

 

 振り解こうにも、弱った妖精の力では引き剥がすこともできない。その上相手が邪仙とくれば、分が悪いなんてもんじゃ無かった。

 

 なんてったって仙人というのは、自力で死神を追い返せるから不死とか宣う埒外の存在なのである。そして仙術というのは――

 

「う……」

 

 妖精には少し刺激が強すぎるらしい。額に指を当てられた途端、私はしめやかに失神した。

 

 

 

 

「……反射。本当になんでも跳ね返せるのね」

 

 僅かにブレる思考を整えて、ぐったりと力の抜けた妖精の体を芳香に渡し、青娥は空を振り仰いだ。

 

「ふう。花妖怪は動かないようですが……」

 

 太陽の畑付近を根城にするという、花を操る大妖怪。フラワーマスター。

 

「この向日葵を目と耳にしているかもしれないわ。さっさと帰りましょう」

 

 仙術による空間の連結。つまりはワープゲート。八雲紫のそれとは違い、発動までに一定の手順を要する()である。もっとも仙人である青娥ならば、それも時間をかけず済ませられるのだが。

 

 その一瞬の間に。

 

「せ、せーがー! あついー!」

「あら?」

 

 芳香の額の札が燃え出した。芳香は慌てて抱えていた妖精を放り出し、額の札をぺちぺち叩いて消火を試みる。

 

 しかし――その火は妖火である。燃え移ることなく、対象のみを焼き尽くす、邪なる火である。

 

 消火活動虚しく、芳香は煉丹によって鍛えられた身体のあちこちから煙を立ち上らせ、「ぐえー」と地面に倒れ伏した。

 

「――その妖精をどうするつもりかな」

「……あら、あら。こっちにもいるのね、妲妃みたいなのが」

 

 振り向き、青娥がいびつな笑みを浮かべた。

 

 向日葵に勝るとも劣らぬ、艶やかな金毛。ふわふわと漂う狐火は、主人の意のままに踊るおとぎの火。

 

 立ち並ぶ向日葵の間から悠然と姿を現したのは、八雲藍であった。

 

「生憎と急用でね。妖精を渡してくれるか」

「それこそご生憎様。こんな面白いもの放っておけるわけないわ」

「やはり、見立て通り外患のようだ」

 

 藍は懐から一枚の札を取り出した。

 

「スペルカードルールは?」

「ええ、それも面白そうだもの、知っています。無意味な戦いを避けるために、あるいは意味を持たせるために――殺し合いではなく美しさで競う勝負」

 

 悪くないわね、と青娥は笑う。

 

「ですが私、無益な殺生も大好きですわ」

 

 ピリ、と空気が張り詰める。太陽の畑を戦闘フィールドにする、その意味がわからない2人ではない。その上で青娥は笑みを崩さない。

 

「そんなに妖精が大事なら、奪ってみたら如何でしょう?」

「ふむ。その死体は放っておいて良いのか」

 

 藍は未だ煙を上げている芳香に目をやった。既に指先が動かせる程度に回復しているようだ――。

 

「死体は死体ですもの。でも、可愛い可愛い私の死体に先に手を出したのはそちらですし――」

 

 青娥はふう、と細く長く息を吹いた。仙人になるために修めねばならぬ技法の一つ――呼吸法である。疾病を止め、寿命を延ばし、猛獣や毒蛇を調伏することも可能にする、とか。

 

「少しは痛い目見てもらわなければ、示しがつきませんわね」

 

 ぐるるる、と重低音が響く。草むらかき分け腐臭と共に現れたのは、顔や胴体の半分以上が腐り落ちた大型の獣だった。額には札が貼られている。

 

「美しさ重視の弾幕勝負には使えませんから、ここで消費しちゃいましょう。あの狐、食べてしまいなさい」

 

 藍は札を構えた。

 

「……ここまで肉が削げ落ちていると、肥料にもならなそうだ」

 

 式の統率は藍の得意分野だが、戦闘だって大妖獣の名に恥じぬ強さを秘めている。そもそもスキマ妖怪の式に求められるのは、純粋な戦闘能力でもあるのだから。

 

 構えた札を三つに割き、獣の周囲三点に打ち込む。たちまち登った火柱が、腐った肉を灰にまで燃やし尽くした。

 

「ああ、あっけない。強化してないとこんなものかしら。でも死骸ならたっぷりあるから、もう少し楽しんでくださいな」

 

 どこに潜んでいたのか、さらに数匹の獣が姿を現した。より一層濃くなった瘴気が鼻を刺し、藍は顔を顰める。

 

「……急いでいるんだ」

 

 最強の妖獣と名高い九尾の狐。腕っぷしは強く、頭は切れ、何より足が速い。

 

「ふッ」

「おっと」

 

 腐った獣を置き去りに、一瞬で距離を詰めた藍の掌底を、青娥は片手でいなした。鋼を叩いているような感触に、藍は内心で「煉丹術だな」と呟く。打撃はほぼ意味を成さないと見て良い。

 

「ならば炎だ」

「でしょうねえ!」

 

 青娥の顔に影がさす。気づけば太陽の畑の上空に、分厚い雲が立ち込めてきていた。

 

「水剋火、と言いますもの」

 

 古代中国に端を発する五行思想によれば、水は火を消し止めるもの、すなわち相剋の関係性にあると言われる。

 

 ぽつ、ぽつと降り出した雨は、瞬く間に土砂降りの大雨へと進化した。濡れることを厭わない青娥と、濡れたそばから蒸発するほどの火を纏う藍。どちらが状況に適応できていないかは明白だった。

 

 そして――この場にはもう1()()、雨の影響をモロに受ける存在がいた。ドサっという音に青娥は音源の方を振り向き、それから少し驚いたような浮かべる。

 

「あら……あれ、貴女の式でしたっけ?」

 

 式、そして化け猫。どちらも非常に水に弱い。妖精を背負ったまま地面に倒れている橙を見て、ああ、と藍は声を漏らしそうになった。間に合わなかったのだ。

 

「時間稼ぎでしたのね。道理で本気じゃないと思った」

 

 青娥はわざとらしく思案するような素振りを見せて、それから思いついたかのように言った。

 

「アレを殺せば、少しは本気になりますか?」

 

 青娥の言葉が脳裏で反響する。

 

 

 ――ですが私、無益な殺生も大好きですわ――

 

 

 藍の表情が抜けた。

 

「……そうか。ならばその前にお前を殺そう」

「あら、死なないから仙人やってるんですけど」

 

 燃える。九つの尾が、土砂降りの雨の中でなお衰えぬ輝きを放ち、業火のように燃え盛る。

 

 青娥はさらに術を強めた。雨雲を重ね、押し込め、雷雲とする。不穏な音が天上から鳴り響いていた。

 

 一触即発の雰囲気は――

 

 

「それ以上は向日葵に迷惑だから止めなさい」

 

 

 ――より強い重圧によって塗りつぶされた。

 

 

「……風見幽香」

「あら、畑の主人さん」

 

 唸り声を上げていた腐った獣が、地面から生えてきた蔓に締め上げられて砕けた。傘をさした幽香は、青娥と藍を見て眉を顰める。

 

「続けたいなら他所でやりなさい。ここは貴女達が自由に使える広場ではないわ」

「……そうですねえ。興も醒めてしまいましたし」

 

 いつのまにか復活していた芳香が、力の抜けた妖精を背負って青娥のそばに戻ってきていた。幽香はそれを一瞥し、興味なさげに鼻を鳴らした。

 

「……幽香」

「何かしら。情を求めているのならお門違いよ」

 

 幽香は花の意思を汲むことを行動基準にするが、それ以前に花を守ることを最優先としている。向日葵と妖精を天秤にかけた時、向日葵の方が遥かに重かった。それだけのことだ。

 

「まあ、こちらも時間稼ぎでしたし、それなりに楽しめました」

 

 藍は札を構えない。正確には構えられない。この場で全力を出した場合、敵は青娥と幽香になりかねなかった。

 

 完成していた空間連結術によって笑顔のまま消えゆく青娥と芳香を見ながら、藍はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

「……」

「アリス――人形遣いから買った紅茶よ。味は保証するわ」

 

 藍は緑茶派であった。が、もてなしにケチをつけるほど良識がないわけではない。無表情のままカップに口をつけ、それから琥珀色の溜息を吐いた。部屋の隅では猫の姿に戻った橙が、タオルの上で丸くなっている。

 

 向かいに座った幽香は紅茶の香りを楽しみながら、おもむろに口を開く。

 

「で、どこまで耄碌したのポンコツキツネ」

「ポンコツキツネ!?」

「でなくてなんだというのかしら。化かし合いで狐が上手を取られるなんて、今どき説法でも流行らないわよ」

 

 幽香の口から放たれる指摘に、藍はうっと顔を顰めた。

 

「どうせあまり寝て無いんでしょう」

「ん、ああ……。結界の強度維持で、少しな」

 

 それは虚勢であった。藍は結界の強度維持のために、妖力とそれ以上の時間を注ぎ込んでいる。

 

 そも、博麗大結界はいくつもの法則と制約を緻密に編み込んだ一つの証明式のようなものだ。

 

 しかし夢の世界から「別世界の八雲紫の可能(メリー)」が引き寄せられた事で、博麗大結界に瑕疵が生じた。証明に穴が生じた。

 

 八雲紫はその開いた穴に、妖精を埋め込んで博麗大結界を再定義した。妖精の能力を取り込んだ、「興味を反射する結界」の完成である。一仕事終えた紫はしばしの眠りについた。

 

 大結界の管理を引き継いだのは藍だった。そうしてしばらくは問題の一つも無かったが――

 

「ある日から、結界の反射率が変動するようになった」

「ふうん」

「あの邪仙が幻想郷に入ってきたのも、反射率が揺らいだ時だろう」

 

 幽香はカップを傾けた。

 

「で、反射といったらあの妖精だからって、ヴィーのことを追っかけてたってわけね」

「……そうなるな」

「まったく、主人が有能すぎるのも考えものね。だからこそ寝てるんだろうけど」

 

 藍の頭の上に疑問符が浮かぶ。らしくない、わかりやすい表情に幽香は笑みをこぼし、ついでに毒を吐いた。

 

「このポンギツネ」

「ポンギツネ!?」

 

 なんだか銃で撃たれた報われない狐のような呼び様である。

 

「貴女、自分の主人に完璧で間違いの一つもないと思ってるクチでしょう」

「……間違いも何も」

 

 八雲紫は幻想郷の賢者である。つまり最高峰の知識と知恵を有しているわけであって、その判断がたとえ無意味に見えたとしても、後からすると最善手だった、なんて事は日常茶飯事なのだ。

 

 まさしく深謀遠慮という言葉が相応しい、そういう存在だと八雲藍は思っている。

 

 しかし――それこそ、認識のズレなのだと幽香は言った。

 

「主人の意見に頷くだけが忠臣なのかしら?」

「……私はへつらってなど」

「八雲紫がヴィーの出自について詳しく知らない可能性はあり得るのよ。八雲紫は全知全能なんかじゃないわ、ただのスキマ妖怪。知らない事だってあるの」

 

 言うなれば、「藍」とはコンピュータであった。外から入力された情報を処理する、それだけのものだった。対して「紫」とは、無理やり言葉に当てはめるなら超高度な人工知能である。

 

 紅茶の水面をじっと見ながら、藍は紫の姿を想像した。カケラも忘れた事がない、あの日の二択を想起した。

 

 ――愛玩動物か、それとも――

 

「そうか。紫様を信じすぎている――いや、違う。紫様に判断を依存し過ぎている、ということか?」

「さあね」

 

 にべもない返事に藍が顔をあげる。幽香は珍しくけらけら笑った。

 

「ああ、気分が良い。貴女ほどの妖怪がこんなに弱ってるのを見るのは楽しいわ」

「き、貴様っ……!」

 

 喉元まで出かけていた感謝の言葉を、藍は紅茶と一緒に無理やり飲み込んだ。僅かな渋みが脳を冴えさせてくれる気がする。

 

 ……もう一度考えてみよう。今まで、「結界の維持」という命令を遂行するために妖精を探していた。

 

 しかし、一歩引いてみれば――そも、あれだけの力を持つ妖精が存在すること自体、()()()じゃないか?

 

 そして、それについて考えることを紫様に押し付けるのは、式として正しい行動なのか?

 

「……考えることが増えた」

「視野が広くなった、と言うこともできるわ」

 

 藍は席を立った。

 

「また来ても良いわよ」

「2度と来ない……が。まあ。紅茶は美味しかった」

 

 橙に声をかけ、藍たちは去っていった。外は既に雨が止み、晴れやかな青空が顔を覗かせている。

 

 幽香はそれを見送って、ひとつ笑みを溢した。

 

 

「向日葵を気にしてくれたお礼ってとこかしら。あれだけ暴れて焦げ一つ付けないなんて、そういうところは器用なのよね」








1人称視点が何だかすっかり描きにくくなってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。作者は感想にケツを引っ叩かれ、慌ててこの話を書きました。おそらく年内最後の更新です。

例によって推敲などしていないので、時系列に粗があるやもしれませんがご容赦ください。

とりあえず神霊廟、あんまりにあんまりな書き方をしてしまった藍しゃまの深掘りとフォローをするつもりだったので目的は達成してます。

以下、補足。

焼けこげた芳香に対する青娥のリアクションが薄いですが、青娥娘娘は別に芳香のことが大事じゃない訳ではないです。むしろめちゃくちゃ愛していますが、それはそれとして彼女のタンク性能を信頼しているのであの扱いなだけです。

次。無益な殺生「も」大好きですわ、との言葉の通り、青娥は普通に美しいものを愛でる情を持ち合わせています。また無益な殺生と言っても自分の手で誰かを殺すのが好きというより、愛憎劇の成れの果てとしての殺生が見てて楽しいくらいの認識です。

『わあ、やっぱり人間って愚かですね!』くらいのノリ。

次。
ヴィーが結界と一体化するまでの軌跡があまりに読みにくいことで評判(作者調べ。脳内アンケートにより1人中1人が『読みにくい』と回答)なので、そのうち推敲します。多分加筆が入る。クソ雑な流れは本文に書いた通りなので、わかんなかったらそのままでも良いと思います。

最後に。
感想を頂いたのが23日で、それから必死になって書き上げた今回。戦闘シーンの表現力がザコすぎて1番時間がかかりました。橙ももうちょっと活躍させたかったね……。初期案では妖術で雲を吹っ飛ばしてもらう予定でした。

「にゃむにゃむ……血を舐め言祝ぎ九つ命、行燈油の化け猫太陽!」

トンチキな詠唱ですが、こう言うの考えるのは厨二心がくすぐられて楽しいです。本編では結局泥棒猫をやってもらった訳ですが。

次回次回詐欺をしそうですが、ようやく神霊廟に行けそうです。
ゆかりんは狸寝入りが得意です。狐には見破れません。
よろしくお願いします。
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