目覚めというのは――それこそ嫌な眠りのつき方をした後の目覚めというのは、得てして最悪な場合が多い。目覚めたら何もかも終わる寸前であったり、既に終わっていたりなんてザラだ。
特に、あの地獄のような――
「地獄?」
地獄ってなんで知ってるんだっけか。寝起きの頭でぼんやりとそんなことを考える。あるいは薄暗くてじめっとしていて古臭いここが地獄なのかもしれない。
「……いや、ここどこ?」
私が目覚めたのはどうやら、和風木造建築の一室のようなところだった。地獄はこんなとこじゃない。私は立ち上がり、とりあえず部屋の外に出ることにした。
外にはいくつか歴史の教科書で見たような建物が建っていて、ふよふよと光の球のようなものが辺りを漂っている。
「……神霊廟」
私に気づいたのか、いくつかの神霊が私の周りを彷徨き始めた。何か訴えるようにも、戯れているようにも思える軌道で、ぐるぐるふわふわと飛び交う。
「なにか言いたいことがあるの?」
神霊は、応えるように一方向へ向けて飛び始めた。少し迷ったが、着いていくことにした。導かれるまま、建物の間を縫うように飛ぶ。神霊たちの目的はすぐに見つかった。
「……おや、君は」
建物の影からこっそり覗いたはずなのだが、部屋の主はすぐに私に気づいたようで、あちらから顔を出した。
「青娥が連れてきた妖精だね。私は豊聡耳神子。入ってくると良い、あまりもてなしの準備はできていないけど」
「あ、えっと、おかまいなく……」
やはりというかなんというか。これを聖徳太子だと言われても信じられないだろうな、というのが第一印象だった。為政者が皆こんなに綺麗な姿をしていたら、政治ももう少しやりやすくなるんじゃないかなんて、そんなことを思うくらいには美しい女性。
「……というか、そんな簡単に入っていいんですか?」
「構わないよ。君からは邪な欲が聴こえないから、直接話してみたくなった」
豊聡耳神子。厩戸皇子、聖徳太子の正体である彼女は、今まで見た中でもとびきりの優しい笑顔でこちらを手招いた。
▽
「なんだ、思ったより可愛らしいものじゃないの」
「人を捕まえて可愛いだのなんだの言うのは止めてくれますかね。その、なんか変な気分になるので」
「うーん」
よりにもよって私を膝の上に乗せた神子さんは、拍子抜けしたようにそんな事を言う。私はなんだかくすぐったくなって、目の前をふらふら飛んでいる神霊たちを見た。
「厄ダネと青娥から聞いていたから、もう少しおどろおどろしいものを想像していたわ」
「や、厄ダネ……?」
「幻想郷のいろんな奴に目をつけられてるトロフィーみたいな妖精だ、と」
「わあ言い返せない」
実際その通りである。しかも下手に捕まるとどんな目に遭うかわからないのが恐ろしい。
それに、私が一つの組織に属したら属したで軋轢が生まれそうなのも嫌だ。例えば守矢神社の巫女になったとして、取り返しに来たレミリア様と神奈子様が喧嘩する――なんて、万が一にも無いだろうけど、起きたら困るのだ。結局、根無草が最適解なのである。
……そんな無責任さがこんな事態を招いているって? 知らない知らない、私は妖精なので過去なんか振り返らないのだ。
「迷惑だと思ったらすぐ放り出して良いですからね。雨風が凌げるのはありがたいですけど、邪魔になってまで居座りたくはないです」
「ふふ、どうしようか。もし窮地に陥っても、君がいれば囮になってくれそうだからなあ」
「やめてくださいよ!?」
神子さんはくすくす笑った。
「冗談だよ。にしても、妖精というのはみんなこうなのかな」
「こう、というのは」
「素直で慎ましい欲を持っているのか、ってこと」
「うーん……悪戯の延長で何をしても良いと思っているようなやつばっかりですけど。確かに根は素直な子も多いですね」
手塩にかけて調教した――もとい菓子で釣って教育した紅魔館の妖精メイドを思い出す。思い出として語るなら、あれは悪くない経験だった。
「でも私、そんなに素直ですかね」
「わかりやすいくらい素直さ。変な話だけど君、私のこと好きだろう?」
「へっ?」
いや、東方に嫌いなキャラなんかいないけど。神子さんの曲だって何度も聴き直したくらいには好きなんだけどさ。
「それはもちろんす、好き……なんですけど。私の『好き』は信仰に近いっぽいですからね」
これは時系列でいうと風神録のころにわかった話だ。東方キャラクターみんな好き、みたいな私のオタク心はある種の信仰に近いらしく、これのせいで幻想郷に来たばっかりの神奈子様や諏訪子様がちょっと元気を取り戻せたらしい。
そんな事を限りなくぼかして言うと、神子さんは驚きを多分に含んだ声で言った。
「妖精も何かを信仰するんだ?」
「普通はしないと思いますよ。何かに縋る必要が無いので」
「そりゃあ何とも幸福に聞こえるね」
「幸も不幸もあってないようなものですよ。1番の不幸である死も妖精には縁がないですし」
「種族的に死を克服している、と?」
ああ、そういえば。神子さんはいずれ死ぬ人間の運命が不満で、仙人になることを決めたんだっけ。
「生きてないから死にもしない、が近いような気がします」
「でも君はほら、生への執着を持っているじゃない?」
「む……まあ、色々あったので」
探られて痛い腹は隠すに限る。元人間であることがバレると都合が良くないってのは、守矢神社で嫌と言うほど学んでいるのだ。私は適当に話を逸らした。
「普通の妖精は自然現象が形をとったものですから、死ぬのではなく
「へえ、君は何の自然現象なんだろう……いや、当てて見せよう」
神子さんは私の髪を一房すくってみたり、羽を撫でたりして思案しているようだった。
「他の妖精はどういうのがいるのかな」
「氷とか、春とか」
「何でもアリだなあ。すると、うーん。君は夕方の妖精と見た」
「夕方?」
私の反応に間違いを確信したらしい神子さんは、「一応、推論だけでも聞いてくれないか」と言った。是非是非、である。
「君から僅かに感じる神気は、明るいもの、暖かいものだ。感覚としては日光に近い」
「割と核心突きますね」
「そうなの? とりあえず、それで初めは太陽とか日光の妖精だと思った。けど、そうすると君から聞こえる
「……帰巣本能?」
「え、自覚してないの?」
そ、それって心のどこかで、無意識のうちに永遠亭とか守矢神社に帰りたがってるってこと……!?
「……」
「急にしおらしくなったね」
「いや……自分が寂しがり屋だと思ってなかったので……」
根無草とかイキってました……。
「恥ずか死ぬ……」
「死なないんだろ、君」
「妖精差別では? 訴えますよ」
「幻想郷の法は妖精も守るのか」
「まさか! 法律があったら私、労働基準法で大勝利してますよ。幻想郷に法律なんかありません」
「は?」
聖徳太子、すなわち彼女は為政者である。
為政者とは、ルールに従って人民を導く者である。そのルールとは仏教だったり神道だったり法律だったりするのだが──
「誰も君を守らないの?」
──得てしてそういうルールは、弱者を救済するような言葉を掲げているのだ。後ろから回された神子さんの腕に、私はドキリとした。
「……守るというのは、攻められるということですから。やっぱりトロフィーは誰のものでもない方が良い。火種になるのは勘弁です」
「君は──」
神子さんは呟いた。
「──君には随分と大事な欲が欠落しているらしい。どうも私は、それを君に伝えたいという欲に駆られているようだ」
Down or Up
いつか後書きで書いたような気もしますが、主人公が他人とやけに打ち解けやすいのは、その人が発する雰囲気とか気質を反射しているからです。同族認定されやすいって設定。こんなとこで言及するものでもないから、そのうち本編でも説明するけど一応ね。
あと神子さまは基本、弱者に対しては甘いです。さらに言えば起き抜けなので、言動もちょっとふにゃふにゃです(神子さまのカリスマをうまく出せなかった言い訳)