「そういえば、妖精も飲み食いはするのかな」と、思い出したみたいに神子さんが言った。
「いやなに、君を食客として迎えるのなら、少なからず食料のことも考えねばならないだろう」
「そこまで厄介になるつもりはないんですが……」
それに心配する必要もない。
「ええと、食事ですけど、する子もいるって感じです。私たち、食べないと死んじゃうってわけじゃないから……口にするものは結局、嗜好品の域を出ないんです。私の初めての職場なんか妖精がいっぱいいたから、甘いもので釣って言うことを聞かせてたりもしました」
「ああ、冥途というやつ。にしても、甘味か……」
ふむん? 神子さんのそれとは比べるべくもないが、彼女の思案顔を見て私にもピンときた。たしか聖徳太子の活躍した時代に、甘味らしい甘味は無かった気がする。いや、なんか牛乳を煮詰めて作る奴があったような気もするな? とはいえ、今とは比べ物にならないバリエーションの少なさには違いあるまい。
ここはひとつ、1000年単位の眠気も吹っ飛ぶ、目の覚めるような菓子を拵えるのはどうだろう。舶来の、西洋のやつでもいいし、和風のものでもいい。ケーキくらいなら紅魔館での無茶ぶりで何度か作らされたことがあるし、団子とか饅頭なら妖夢さんに作り方を教わった。少しでも腹持ちの良いものを……と虚ろな目で呟いていた妖夢さん。そういえば神霊廟では自機組だったっけ?
「君が何を考えているのか大体わかるけど、別に気にしなくてもいいさ」
そしてさらっと心を読む神子さん。うっかり思考が逸れたけど、たぶん私が甘味を作ろうと息巻いていたことに対するレスポンス。でも、もらってばっかだと不安になるのです。ホントは等量をお返ししたいのだけど、100%の反射は私には出来ないから、何かしらの形で還元したいのです。
そんなことを思っていると、さっきから無言で私を眺めていた屠自古さんが急に口を開いた。
「……たしか、保管していた法具の中に、食物を生み出す椀があったような……」
「ああ、そうだったかな。よく覚えていたものだ」
「そんな無法じみたモノが実在するんですか!?」
すると屠自古さんは微妙な顔をした。
「……確か、な。何か忘れている気がするんだが……」
「ふむ。とりあえず、持ってきてもらってもいいかな?」
「ええ、わかりました」
そう言って階段を昇って行った屠自古さんは、しばらくして赤茶けた木製の器を手に戻ってきた。
「何らかの呪的な防護が働いていたのか、朽ちずに済んだようです。とりあえず使えるように解呪してはみたものの、肝心の機構が生きているかは……」
「……コレ、いつか変な宗派を潰したときに出てきたヤツじゃないかな。『オオゲツヒメの臍』とかいう」
屠自古さんが私の前に置いたその器は、一見すると幅広で浅い、いつぞやの勇儀さんが持っていたような椀に近い形状である。ただし、その中央には小さな穴が開いていた。あそこから食物が出るんだろうか。相当昔のものみたいだけど、小麦粉とか砂糖とかバターみたいな最近の品物って対応してるのかしら──
「あ、ヴィー、こら!」
「んえっ」
などと想像した次の瞬間、私の身体が
「え、わ゛たじ、どう゛なっでますう゛?」
「喋ってはいけないよ、なかなか大変なことになっているからね」
神子さんの手にあたたかな光が灯る。そのまま彼女が私の身体を縦一直線に撫でると、すうっと痛みが引いた。神子さんが嘆息する。
「……はあ、まったく。呪的な防護と言うより封印だったわけか」
「なんだったんですか、これ」
「たぶん、神話の再現だろうね」
聞くところによると、『オオゲツヒメ』というのは神様の名前らしい。空腹のスサノオに乞われて食事を提供していたオオゲツヒメだったが、なんと食物を体内から──鼻とか口とか尻とか──取り出していたらしく、それを見て『汚えモン食わしやがって!』とキレたスサノオに殺されてしまったとか。その死体からはいろんな作物が生まれ、それが人の世に根付いたのだとか。そんな神話をモチーフに作成されたこの器は、食物を生み出す代わりに使用した奴を斬り殺すデメリットがついていたらしいのである。
「妖精でよかった……反射能力ついててよかった……」
「いや、済まなかった。人なら死んでいたところだ」
「いやいや、私が迂闊だっただけですよ。つい最近も、迂闊すぎると釘を刺されたばっかりで……」
──誰にだっけ? そんなようなニュアンスのことを言われたのは覚えてるんだけど。
「それに床も壊しちゃったし……うう、久々に大きなご迷惑をおかけしてしまった……」
私の反射はその割合こそある程度の融通が利くのだが、無効とか吸収でない以上はどこかしらに被害を転嫁せざるを得ないのである。安寧と傍観を求める私は、しかし誰かしらに迷惑やら責任やらをおっ被せて逃げる生き方しかできていない。こうも大きな被害を出してしまったのは紅魔館のワインセラー粉砕事件以来か……? 足元に深く刻まれた傷を沈んだ気分で眺めていると、ふ、と影が差した。
「屠自古さん?」
彼女は無表情で、しかし眼だけはまん丸に見開いて、私と視線のあう高さにしゃがみこんだ。それから顔をぺたぺたと触って、鼻先を指で押して、恐る恐る私のほっぺたを左右にぐにぐにと引っ張った。
「……殺してしまったかと思った」
「屠自古さんがやったわけじゃないです。それに私、この通りピンピンしてますから」
「悪かった。ごめん……ほんとに……」
私の胸元に顔をうずめて謝罪を繰り返す屠自古さんに対してどうすればいいかわからず、私は神子さんのほうを向いた。
神子さんは微笑みを浮かべ、「逃げずに真正面から受け止めてあげなさい」と言った。
……それが一番苦手なんだってば。
前回の更新からマジで遅くてごめんなんだ……!
2024も更新するよって言っておいてこの体たらく。いや実際、ここまで自由に書けるレベルに自分の精神状態を戻すのに結構な苦労を要したのは本当なの。
はじめに一番大事な今後の更新だけど……一応「現代河童」のほうを優先させてもらう形にはなると思う。ただあっちは書きたいことをちゃんと書くためのもので、質を維持するために時間が必要なんだけど、こっちは書きたいことをより原型に近い形で書き散らす形にするから、更新自体は楽になるはず。
あとその関係上、あんまし原作の設定準拠とか言ってられなくなってきちゃったので、過度なキャラ崩壊は無いにしてもキャラのブレがでたりするかも。誤字や設定ミスの指摘は歓迎してます。ただし反映されるかは私次第なのでそこは認めておくれ。
さてさて、あんまり予防線ばっか張ってても身動き取れなくなっちゃうからこのくらいにして……。最後に感謝だ。1年近く更新期間が開いたってのに読んでくれてありがとう。鼠日はかなりムラのある作風ですが、よければだらだらとお付き合いください。
感想もありがとう、マジでモチベです。更新してない間も『逃亡精待ってくれてる人、いるんだ……』という喜びが頭の片隅にあったのがデカい。
とりあえず、じゃーね。良いお年を。