この日本―
いや、世界には様々な一人称がある。
誰もが使う「私」「自分」……社会人になれば、きっと使うことになる。
一般的男児が使う「俺」「僕」……少し変われば「某」「拙者」「朕」とかになるだろう。
一般的女子が使う「アタシ」「アタイ」……少し変われば「ウチ」とかになる。
そんな様に一人称が沢山あって、十人十色な一人称がある。
なんなら、自分の名前を一人称に使う人もいるけれど―
その中で、私は何を使えばいいかわからない。
誰だって、自然と自分のことを指し示す時は自然に一人称が口から出てくるだろう。
でも、自分だけは……何故か自然に一人称を決めることが出来ない。
ここまで聞いたら、誰だって「どうして?」と考えたり、首を傾げたりするだろう。
まぁ、その理由は説明する上では、とても簡単なことだけれど……
原理はとっても難しいだろう。
何故ならそれは―
「あ、如月さんおはよー。
今日暇だったりする?
暇なら今日の掃除当番変わって貰えないかな、私たち予定あってさー。」
「あ、おはよう……えっと、お―
いや、わた、私は今日、ちょっと……」
「んー、何かありそうだしいいや。
他の人当たって見るねー。」
そう、こんな風に一人称を定めるのが難しいのは……
自分が、ティーエス……いわゆる、トランスジェンダー、と言う存在だからである。
元々自分は生まれた時、確かに男だったと言う自覚があった。
何なら、自分の記憶ではつい最近まで男子トイレ入ってたし、女の子に対してドキドキしていたことだってあった。
なのに、いつだったか。
いつからか、自分の胸は膨らみ、声も変わり、髪は伸びるのが早くなった。
その代わり自分の大切にしていた部分がなくなったりして大変だった。
でも……今こうして女子の制服を着ていたり、女子の格好をしていても違和感はないみたいだ。
誰からも笑われないし、「変じゃない?」と親に聞いたりしても「いつも通りじゃない」と言われる。
まるで、最初から自分が女だったかのように、誰もが自分―
如月まひろの変化に気付いてくれやしない。
このことに関しては、まだ誰にも言っていない。
言っていないから気付かれないのかもしれないけれど、言わなくても気づいたりするだろう。
自分は確かに前々から女の子みたいな体つきだったけれども……ちゃんと男子トイレに入ってたし。
体育の授業で体操着に着替える時もちゃんと男子更衣室で着替えてたし。
いやまぁ、言っても誰にだって信じて貰えないし、当然かもしれないけれど……
変な子だと思われたりしたら嫌なので、誰にも打ち明けられずこうして黙っている。
まぁ、困っていることなんてほとんどないし、生活にも支障をきたしてないからいいんだけどね。
トイレとかも体が覚えていたかのように問題なく対処しているし、服を着ることにだって意識していなくても自然と出来る。
……まぁ、困っていることを強いて言うのならば、見た目や性格から告白して来る男子がいる、って事かな。
私自身の見た目が可愛いことに関しては、自分だって否定はしない。
男の時からあまり見た目は変わっていないけれど、何度か「モデルやりません?」ってスカウトが来たことくらいはある。
……ん?男子に告白されたり、モデルのスカウトが来てもどうしてるのか、って?
いやいやいやいや、こう言う美少女、って姿をしていても中身は男。
だからそんなことはせず、独り身でいる気楽さを味わっているのです。
って、誰に解説しているんだっつーの。
「如月如月、あのウワサ聞いた?」
等と誰かに説明しているかのような思考をしていると、中学校に入学してからずっと同じクラスにいる友達の矢満田さんが私に話しかけて来た。
「何を?」
「集団自殺のことだよ。
ほら、ここの所ずっと噂になってるじゃん。
なんでもほら、最近三歳くらいの子も自殺したー、って。」
「三歳……自殺って言うか最早事故じゃないのかなソレ。
だってその噂、自殺方法は皆飛び降り、って聞いたよ?」
「まーまー、でも下は三歳、上は五十歳くらいまでで……
ホームレスやら幼稚園児、小学生やら政治家だの、上級国民まで飛び降りたって話題じゃん。
しかも、みーんなみんな同じ場所で、決まったかのように飛び降りるの。
それってさ、凄くない?
すっごい不気味だと思わない?」
矢満田さんは凄いまくし立てるように言うけれど……
正直三歳の子に関しては事故で、他の人は病んでたかなんかでしょ。
政治家とかだって新聞でボロクソに言われたりするし、上級国民……だったかは知らないけど。
勢い任せに飛び降りた人が偶然的に何人かいて、いい自殺スポット……的な扱いを受けちゃった場所がこんなに人が何人も自殺した、ってだけだろうね。
現に、その集団自殺が起きた場所って、廃墟かなんかのビルだし……
倒壊とかが怖くて警備員とかを付けるのも難しい、って言われてるだけだし。
「不気味ねぇ……誰かが呪いでもかけたんじゃないの?」
幽霊だの呪いだのってのは非科学的だし、あり得るわけがない。
今の私のトランスジェンダーに関しては……まぁ……それは私の記憶障害と処理しよう。
本当は私がおかしいかもしれないんだし、そこはまぁ置いといて……
「呪い?」
「ほら、オカルトとかで有名な……見たものは七日後に死ぬとかさ。
あとはこの間連載された漫画とかに乗ってた言霊とかさー。」
「それは違う奴だとは思うけど、私は呪いとかがあるって信じてるよ。
もしかしたら、今回の事だって呪いかもって思ってるし。」
……いや、冗談のつもりだったんだけど、なんか目が本気だ。
本気で信じているような表情でこっちを見てくる。
嫌な予感がしたので、トイレに行こうと席を立ったら、手を掴まれた。
「こうなったらさ、私たちも現場の方に行ってみようよ!」
「やだ」
「なんでさ、行っちゃおうよー。」
くっ、こうなったら今まで面倒だった予定を断るのによく使ってた秘技を使おう。
「今日は私ボールペン習字の稽古があるから!」
「そんなウソついてまで行きたくないの!?」
嘘ってバレてたか……
秘技、僅か数秒にして敗れたり……なんて言ってる場合じゃない。
「如月はさー、信じてないの?呪いとかさ。」
「信じないよ。
呪いなんて、結局の所ただの病気だったりするじゃない。
中学生にもなって、呪いだのなんだのって……
そんな科学じゃ起きないようなことがあるわけが―」
「何もなかったらジュース一本奢るよ」
「やれやれ仕方ない、非常に物凄く不本意だけど行くことにするよ。
ホントに仕方ないけど、奢りたいって言うのなら、仕方な~く奢られてやりますよ。」
「チョロいなー、如月。」
チョロいとはなんだチョロいとは。
中学生のお小遣いではジュースを買ったりしていては中々お小遣いが溜まらないから、ただ節約してて飲めない機会が多いだけだよ。
まぁでも、廃墟に行くだけでジュースがタダで飲めるのなら、行ってやろうじゃないか、その自殺現場とやらに。
「いやでも、ホント集団で色んな人が一斉に自殺ってなるとさ、もう呪いとかじゃないと説明がつかないよ。
如月に他の根拠があるなら聞くけどさ。」
「根拠か……確かに、こっちも根拠はないけど……」
「なら実在するかもじゃん。」
確かにこの規模の自殺は不思議で仕方がない。
死んだ人たちとは一切面識がないし、全部知らない人だけれど……
この町に住む以上、現場がそんなに遠くない場所である以上。
ちょっとくらい行ってもいいんじゃないか、と自分の中で少しばかり好奇心が湧いている。
いやまぁ、なんて言うか……何も起きないのなら、安心して行けそうだし。
「う……まぁ、何も起きないだろうしいいよ。
今日の放課後くらい、別にいいよ。」
「オッケー、じゃあとっとと残りの授業も終わることを祈ろーっ。」
と、私はなんだかんだで了承したので、放課後……
誰もが部活動に勤しむ中、三年連続帰宅部を貫くつもりでいる私と矢満田さんは寄り道のような形で、その廃墟に行くこととなった。
……うん、ただのボロボロな廃墟だ。
申し訳程度に立ち入り禁止のテープが貼ってあるけれど、こんなの切ろうと思えば誰でも切れる。
「……ホントに、ただのボロボロのビルじゃん。
鉄骨が剥き出しになってるとか、壁にヒビが入っているとか程度だし……
ただ大きいビルってだけで、飛び降り自殺には十二分な高さだろうけどさ……
何も変なことなんて、ないじゃん。」
「んー、私の勘では何かあると思ったんだけどなー……
まぁ、仕方ないね、じゃあ約束通り……好きなジュース一本奢ったげるよ。」
「わーい、じゃあ―」
私は矢満田さんの奢りに喜びながら帰り道にあるちょっとばかりお高い自販機……
そこには一度も飲んだことがないようなジュースが沢山あるので、その中から選ぼうと考えた。
だから、帰り道に向かって歩こうと振り返ると―
そこには、道がなかった。
「え?」
「……道が………な、い?」
私たちは、叫び声をあげるわけでもなく、ただただ……
足を止めて、茫然としているだけだった。
少し経つと、二人揃っては我に返ってから辺りを見回す。
それでも、やっぱり他に道はなく……あるのは気味の悪い……目がチカチカしそうな壁や天井。
人工的に描かれた模様にしか見えないけれど、趣味が悪いどころじゃない。
と言うか、さっきまで廃墟の前に立っていた私たちが何故こんなところにいるんだろうか。
「どこなのよここ……」
「そう言われても、こっちが知りたいくらいだよ……
でも、どこかに出口はあるかもしれないから、急いで探そう!」
「う、うん。」
変なオカルトモノを信じている矢満田さんは「〇〇の呪い?」「△△の因果……」とか呟いている。
しかも足がガタガタ震えているので、歩く速度は遅い。
……と言うか、こんな超常現象が起きていても、最近はコンピューターグラフィックの技術が向上しているから大して驚く事でもない気がする。
きっと、誰かがビルでこっそり実験をしていたら、偶然こっちに映っちゃったとか……
置き去りにされてた機材が偶然光ったとか……多分、そんなような……くだらないことだとは……思う……多分。
「ねえ如月、これってもしかして―」
「あぁはいはい、わかったから歩こう。
歩けばきっと出口は見つか―」
言いかけた所で、私たちの足はすっかりと止まっていた。
だって、目の前には―
「な、なに……アレ……」
この世のモノとは思えない生物―
勿論、ぬいぐるみや着ぐるみの類でないことがわかるナニカが、私たちの目の前に鎮座していたからだ。
その見た目は、様々な動物の体を無理矢理繋ぎ合わせたかのような悍ましい見た目をしていた。
そして、最悪なことにその化け物と私たちの目は合ってしまった。
その上に何か声をあげたのか、少しずつこっちに近づいてきている。
「に、逃げよう、矢満田さん!」
「で、でも……」
「でも!?何!?」
「こ、腰が……」
矢満田さんはその場にへたり込んで、動かなくなってしまった。
彼女の手を引いて走ろうにも、非力なこの体じゃ引きずることだって出来やしない。
どうすれば……どうすれば……
こうしている間にも、あの化け物はこっちに近寄ってきている。
矢満田さんを見捨てることは出来ないし、でもこのまま放置したら、私たちは……
「あぁ……や、やだ……こ、来ないで……」
「た、たす、たす……けて……誰か……誰かあああああっ!」
喉の奥から絞り出すような声を、私は必死に出した。
矢満田さんも神様に祈るようにして、助けを求めている。
体が麻痺してしまったかのように動かなくなった時―。
「助けを求められて―
今ここに参上っ!」
明るく、透き通るような綺麗な声が私たちの耳に入ってきた時。
風のように速い何かが、私たちを掴もうとしていた化け物の腕を斬り落とした。
……と、思ったら化け物の腕を斬り落とした誰かは私たちの目の前に降り立った。
「助けるのが遅れてごめんね。
でも大丈夫、ここからは反撃の時間だから。
……行くよッ!」
女の子―
恐らく中学三年生くらいの誰かが、不思議な形の短剣を持って、化け物に肉薄した。
風のように速い、そしてスパスパと化け物の体へ、少しながらも切り傷を作りながら、その傷を無数に増やしていく。
「んー、繋ぎ目が弱点か……
ならッ!」
短剣を持った少女は、壁を蹴ったと思うと、縦横無尽に動き回った。
それも、立体的に、上下左右に壁を蹴り、地面を蹴り、化け物自体も蹴る。
ピンボールのように跳ねまわった彼女は、いつの間にか化け物をバラバラにしていた。
化け物は繋ぎ目を綺麗に斬られ、もう形も残らずして―
消えた。
「よし、間に合ってよかった……と。
そこの二人とも、怪我はない?大丈夫?」
「あ、え、は、はい……」
短剣を持った少女……のことをよく見てみると、彼女はうちの学校の生徒だった。
確か、今日学校で少しすれ違ったような、そんな気がする。
……こんなコスプレイヤーみたいな恰好をされていたら、気づかないけれども。
すると、私たちを安心させるためか、茶色い髪をかき上げながら、少女は名乗った。
「私は碧、人々を助ける、希望から生まれ、人を愛し世界を守る、魔法少女。
このぬいぐるみみたいなのは、キュゥべぇ。」
少女―こと碧さんは、ぬいぐるみのような生き物を肩から手に乗せて私たちに見せて来た。
……どう見ても、この世の生物じゃない気がする。
いやだって、猫にも兎にもこんなのいなかったし……
「やぁ、さっきは危ない所だったね。
魔女の結界に普通の人間が入って生きてられるなんて、一種の奇跡だよ。
それも、いい魔法少女になれそうな子たちだから、本当に良かった。
ありがとう、アオイ。」
「やー、願い事を叶えて貰ったんだからさ、当然だよ。」
「ね、願い事……?」
碧さんはキュゥべぇと言う謎の生き物と何か話すと、キュゥべぇを私の手に乗せて来た。
あ、意外と軽い……
「君たちには……うん、素質があるから……だから―
僕と契約して、魔法少女になってよ!」