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「未来」は、今を生きる人々の選択の積み重ねの先にあるのだと……。初めから全て定められたものでは無いのだと……僕はそう信じている。
だけれども、ある種の『運命』とでも言うべき……大きな大きな何かの『流れ』は、……時の『うねり』の様なものはあるのかもしれないとは……少しだけ思っていた。
例えば、先のイーリスとペレジアとの戦争もその一つなのではないだろうか。
あの戦争の原因は、間違いなくそれよりも更に前……クロム達の父親が聖王であった時に引き起こされた『聖戦』が原因であり。そして、イーリスがその軍備の殆どを放棄してしまった事にもある。
それらの原因が存在する限り、クロムやエメリナ様が何れ程戦争回避に尽力していたとしても、規模の大小や時期は多少変わっっても、結局戦争は起きてしまっていただろう。
だがその『聖戦』の根本的な原因には、イーリスとペレジアの……ナーガ教とギムレー教の長きに渡る確執がある。
長い歴史の中で蓄積されてきたそれらは、両者を縛る目に見えぬ鎖であり、歴史の流れを左右する大きな『流れ』だ。
……そしてその大きな流れが引き起こす、変える事が難しい未来を、「結果」を。きっと人は『運命』だと言うのだろう。
あの日、僕とクロム達が出逢った事も、そんな大きな「流れ」の一つだったのだろうか……。
それとも、僕自身も最早覚えていない「僕」の選択の結果だったのだろうか。
それは、「僕」にも、そして僕にも分からぬ事だけれど。
ただ、あの日クロム達と出会えた事は、『運命』であろうとなかろうと、僕にとって掛替えのないものである事は確かだ。
……『運命』なんてものを漠然と考えてしまっているのには、先日新たに軍に加わった人物の事が大いに関係している。
今もイーリス城で両親の帰りを待っているのであろう小さな乳飲み子……クロムの一人娘である「ルキナ」。
その彼女と同じ名を名乗り、そして生まれたばかりの「ルキナ」と同じく偽装など到底不可能な左眼と言う場所に聖王の血筋を引く証である聖痕が刻まれた、その女性。
クロムや僕よりは多少歳下であろうが既に成人は済ませているであろう彼女は、「未来」から時を越えて来た「ルキナ」その人であると言う。
到底信じ難いその身の上であるが、彼女がこの世にただ一振りしか存在し得ない筈の……『炎の台座』と並んでイーリスの国威を象徴する至宝を携えていた事や、偽る事など出来ない筈の位置の聖痕や、こうしてその身の上を明かすまでにも幾度と無くクロムを助けていた事などから、それは確かなのだろうと、僕もそう思う事にした。
……尤も、他ならぬクロムがそれを信じたので、そもそも僕が信じる信じない以前の事であるのだけれども。
元より僕にとっては万が一にも彼女の身の上が嘘であるのだとしてもそこはあまり問題ではない。
問題なのは、「ルキナ」を名乗る彼女が如何なる事情があって、時を越えてまで彼女にとっての「過去」……僕達にとっての「今」にやって来たのかと言う事だった。
彼女が時を越えた理由は唯一つ。
「未来」を。彼女が確かに生きていた筈の本来生きるべきその時間で起きた事を、変える為……「無かった事」にする事。
それを唯一つの『使命』として、彼女は己の全てを賭けた。
彼女にとっての「過去」、僕達にとっての「未来」を変える。
……それが意味するものを、そしてその咎を。
……きっと彼女は覚悟の上で、「ここ」へやって来た。
「過去」を変えた結果がどうなるのかなど、彼女を「過去」へと送ったナーガでも……そして万象を見通す神でもない僕にも、その全てを解する事など出来はしないが。それでも彼女が辿り得る道を幾つか考え付く程度の事ならば出来る。
ただ、そのどれもが……彼女本人の明るい未来に繋がるとは決して思えないものばかりであった。
……どの様な「結末」に至るのだとしても。
彼女が……イーリスに残してきた小さな「ルキナ」ではなく、「未来」を変える為に、世界を救う為に、全てを捨てる覚悟で今「ここ」にやって来た『ルキナ』その人が。
……彼女がそれを成し遂げる為に差し出したものと代償にせねばならないもの、それらに見合うだけの対価を手にする事は、……より正確に言えば彼女の『本当の願い』は……叶うのだろうかと、そう思ってしまう。
「世界を救う事」が自らの『使命』であり『責務』であり……そして『望み』なのだと、彼女はそう言った。
成る程それは確かにそうであるのだろうし、その為に「過去」へとやって来たのも間違いは無いのであろう。
……しかし、それが彼女の『本当の願い』であると、その心の底にある「願い」であると言うべきなのかは、それはやはり違う気がする。
……彼女が、「父親」であるクロムを見ている時のあの目を……決してもう手に入らないと……もう取り戻せないのだと理解しながらも強く強く……希ってしまう、そんな余りにも強くそして苦しい渇望を滲ませた眼差しが、どうしても僕の脳裏から離れないのだ。
……僕には、『家族』と言うものが分からない、それを実感の伴うものとして感じる事は出来ない。
だから、それを喪う苦しみと言うものは。……そして故に生まれる渇望も、僕には分からない。だけれども。
彼女の……その身の上と、そして彼女の語ったその過酷な道程が確かであるならば。
彼女は、余りにも多くのものをその「未来」で喪っていた。
父を戦争の最中に喪い、母も……そして父の家臣達を始めとする大人たちを喪い、守るべき国も民も喪い……そして彼女自身の選択であるにせよ、彼女にとっての「故郷」を……彼女自身が依って立つべき「居場所」を喪った。
喪ってばかり奪われてばかりの彼女のその手に残されたものは余りにも少なく。
こうして「過去」へと渡ってきた時点で彼女が持っていたのは、その身体と父の遺品でもある神剣ファルシオンと……そして『思い出』だけであった。
両親から生まれて最初に贈られる宝物とも言えるその名前ですら当初は隠す他に無くて……それは今もそう変わらない。
……彼女が過去にやって来たばかりの時の事を、あの日……記憶も何もかもを喪った僕がクロムに拾われてから直ぐの時の事を思い出す。
初めて出逢った時の彼女は当然ながら今よりも年若くて。
……本来なら、親などと言った周りの大人達の庇護がもう少し必要であろう年頃の少女であった。
しかしその時点で、彼女は既に絶望的な戦いの矢面に立ち人類存亡の可否の重責を背負い何年も戦い続けていたのだ。
……今もイーリス城で安らかに育まれているであろうあの幼子の……小さな「ルキナ」に待ち受けているのが、そんな絶望しかない様な未来しか無いなんて、考えるだけでも胸が締め付けられる程に苦しくなる。
……しかし、ルキナはその絶望を全て経験してきたのだ。
そんな彼女が報われて欲しいと……せめてその『願い』が叶って欲しいと。そう思う事は、罪なのだろうか。
況してや、彼女の未来がその様な事態に陥ってしまったのは、邪竜ギムレーが蘇ってしまったからだと言う事もあるが。
それ以上に「未来の僕達」が戦いに敗れたからである。
もし「クロム」が命を落とさなければ、ギムレーが蘇ろうともルキナ一人に人々の「希望」が一身に背負わされる様な事も無かったであろう。
そんな事態を引き起こしたのは紛れもなく「未来の僕」だ。
「クロム達」が敗れたのは「僕」の策の失敗の所為であり、「僕」には「クロム」を守る事が出来なかったと言う……、この世の何よりも重い罪がある。
例え「クロム」達と運命を共にして、その戦いで命を落としたのだとしても、到底償う事も贖う事も出来ぬ事である。
「僕」は、ルキナから父親を……「クロム」を奪い、それと共に彼女にある筈だった未来を……希望を奪ってしまった。
……だからこそ、尚の事。
僕は、ルキナのその『戦い』の結末が、せめて彼女自身の『幸い』に繋がっていて欲しいと……そう思ってしまう。
「過去」を変えて「未来」を救い、僕やクロム達の至る結末を変えた先で、ただ独り『この世に有り得べからざる者』として……まるで「世界」を救う為の人身御供となる様な。
そんな結果では「報われない」と……そう思ってしまうのはある種の傲慢であるのだろうか。
彼女の『幸い』を願うこの想いが、「僕」の罪に対する後ろめたさからくるものなのか、或いはまた別の「何か」に根差すものであるのかは分からないけれど。
神か「何か」に祈りを捧げる様に。
彼女の『幸せ』が叶う事を、……僕は願ってしまうのだ。
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「過去」には、大きくは干渉しないつもりであった。
それは勿論、干渉し過ぎた結果、予期出来ず回避出来ない新たな『絶望の未来』への分岐が現れてしまっても、ルキナでは対処し切れない……と言う事情もあったけれど。
だがそれ以上に、「過去」の……記憶の中のまだ生きていた姿より若い『両親』に、関わり過ぎてしまう事を恐れていた。
……それは、本来この世界に存在しない筈の自分が『両親』に何か悪影響を及ぼしてしまうかもしれないと言う懸念でもあると同時に……、ルキナ自身が「錯覚」してしまう事を恐れていたからだった。
『彼等』は……ルキナの両親ではない。
同じ名を持ち、同じ姿をしているのだとしても。
記憶の中のその姿より幾分か若い『彼等』は、ルキナのよく知るその人達それその者では……ないのだ。
何かの干渉が無いならば恐らくは、もうルキナの記憶の中にしか居ない彼等と同じ道を辿るのだろうとしても、だ。
……それを裏付ける様に、ルキナの干渉によるものなのか、この世界の『クロム達』と、ルキナの記憶の中の彼等とは既に大なり小なり歩んで来た道が、置かれている状況が違う。
辿って来た過去が違うのならば、それがどれ程些細な変化であるのだとしても、『彼等』が本当の意味でルキナにとっての両親と同じになる事は無い。
要は、限りなく何処までも似通った……しかし確実に両親ではない人達にしかならない。
……それは、痛い程分かっているのだけれども。
それなのに。……それなのに。
ふとした瞬間の仕草が、声音が……その抑揚が、『彼等』の何もかもが、記憶の中の両親の姿に重なってしまう。
僅かに違うとは言え両親と『彼等』は「同じ」存在なのだと言えるのだから……それは当然の事なのだけれども。
ああ……だけれども、いや……だからこそ、か。
ふとした瞬間に、まるで……両親が今ここに生きている様な……目の前にいる『彼等』が両親その人であるかの様にすら、ルキナは感じてしまうのだ。
当然それはただの錯覚で、ルキナの思い違い……或いは殺しきれない「願い」に焦がれて見た儚く虚しい幻でしかない。
だからこそ、その錯覚はルキナを苛むのだ。
『彼等』と両親を同一視する事。
それは、両親への背徳であり……『彼等』への裏切りであり、そして……。この世界の、正真正銘『彼等』の娘である『ルキナ』への不義であった。
両親は……ルキナにとっての本当の『家族』は、もう皆死んだ、この世の何処にも居ない、もう二度と巡り逢えない。
……いや、それどころか、こうして「過去」に遡った時点で、両親達の存在は消し去られ、最早ルキナの記憶の中にしか存在し得ないのかもしれない。
……そうであるならばそれは、両親達を「二度」殺す事と同義であるのだろう。
大好きで、大切で、今も尚強く焦がれている。
だからこそ、それを理解しておきながらまるでその「面影」を『彼等』に重ねるかの様なその錯覚は、ルキナにとっては『彼等』を両親の代替品として扱っているも同然の行為であり、また……他ならぬ「死者」である両親の存在を否定しているにも等しかった。
誰も、真の意味では他の誰かの「代替」にはなれない。
それが、限りなく同一に近い他人であったとしても、だ。
それを理解し、そして自覚しながらも、その「過ち」を犯すのは、ルキナにとっては余りにも罪が深い事だった。
……ルキナが『過去跳躍』と言うヒトが侵してはならぬ神の領域に手を出してまでここに来たのは、埋める事など永遠に叶わぬ傷を『代替品』で埋める為などでは断じて無い。
「世界を救う」、「未来を変える」……。
それこそがルキナの成すべき事、果たさねばならぬ『使命』だ。
……例えそれが、本質的な意味ではルキナが本当に救いたかった『絶望の未来』を救う事にはならないのだとしても。
それが、本当に成すべきであった事──『「あの」絶望の未来』を救う事を成せなかった……それを諦めてしまった、失敗してしまった、……そんな敗北者の、ただの悪足掻きでしかなく、それですら自己満足にもならないのだとしても。
……そうやって足掻いた先に、「この世界」の『両親』にとっての未来に、あんな絶望以外の結末が生まれるのであれば。
……少しでも、ほんの一欠片でも、『意味』はあったのだと。
ルキナがこうして「過去」へとやって来た『意味』は、あの『未来』を見捨ててしまった事への贖罪や代償にはならないのだとしても。
……それでも何かの『価値』はあるのかもしれない、と。
ルキナは、そう思うのだ。
だからこそ、『使命』が果たされたその先に、ルキナの『居場所』が……『帰るべき場所』は無くても。
ルキナが抱え続けているこの『望郷』とも呼べるこの『願い』が叶う事は決して無いのだとしても。
自分の何を差し出したとしても、ただ一つ残されたこの『使命』だけは果たさねば……と、そう心に刻んでいる。
……だからこそ、恐ろしいのだ。
もし、「満たされてしまったら」……と。
ルキナの両親はもう居ない、何処にも居ない。
帰りたかった「あの頃」はもう何処にも無く……そしてそこに回帰する術もまた、何処にも無い。
……だからこそ、『両親』と共に過ごす時間は耐え難い程に『幸せ』なのだ。……それを「有り得ない事」と知りながら。
叶わぬ筈の『願い』が……あの絶望だけが支配した世界での終わり無き戦いの中で縋る様に見ていた『夢』の続きが。
ほんの少し手を伸ばせばそこに在る様にすら、思えて。
更なる「過ち」を、紛れも無い「罪」を、そうと知りながら、犯してしまっても良いのではないかとすら……。
求めていたモノが……如何なる絶望を乗り越えなくてはならないのだとしても、何を「対価」にする必要があるのだとしても、どうしても欲しかったものが、「今」そこにあるのだ。
あの温かな手が、「ルキナ」と……そう自分を呼んでくれるあの優しい声が、「望み」さえすればきっと叶う程近くに……。
それを欲しいと、叶えたいと。そう思う事を諦めてしまうのは、その心を完全に殺してしまうのは、とうに覚悟を決めているルキナですら……難しい事であった。
きっと……両親と同じく優しい『彼等』は、ルキナがそう望めば……望んでしまえば、それを叶えてくれるのだろう。
ルキナをもう一人の『彼等』の娘として……『家族』として、温かく迎え入れてくれるのだろう。
きっとルキナの『居場所』に、『帰る場所』になってくれる。
だがそれは……、……やはり望んではならない事、『叶ってはならない事』であるのだ。
ルキナは「この世界」に……「この時間」に、本来は在ってはならないその身に『聖痕』を宿す者であった。
聖王家の血に連なる事を示す『聖痕』は、ルキナの依って立つべきモノであり、そしてその身へ「世界救済」の『使命』を課す枷そのものでもある。
誤魔化す事の難しい左眼に刻まれた『聖痕』は……この世界の「ルキナ」と過たず同じ場所に刻まれたそれは、この世界に何時か何らかの『禍』を齎してしまうかもしれない。
悪意ある者に利用されれば、ルキナがそれを望まずとも。イーリスに……そしてこの世界に『禍』を齎してしまう。
どうかすれば、この世界の「ルキナ」を、ルキナ自身が脅かしてしまう可能性だってあるのだろう。
それだけは、決して在ってはならない。
邪竜ギムレーの復活を阻止し、この世界をあの様な『絶望の未来』から救ったとしても、それでこの世界から全ての争いの火種が取り除かれるのかと言うと、そんな事は全く無い。
ルキナの手の及ばぬ所に、この世界の至る所に、禍と争乱の種は眠っている。
……しかし、ルキナの存在如何に関わらず、この世に争いの火種が絶えないのだとしても、ルキナ自身がその火種になってはいけないのだ。
ほんの僅かな、まるで微睡の中の平穏なのだとしても、ルキナはそれを守らなければならない、壊してはならない。
……だからこそ、ルキナは望んではいけないのだ。
しかしそう理解していても尚、ほんの一言二言交わすだけでも、同じ戦場に立つだけでも。
ルキナの心の中の「何か」が少しずつ満たされてしまう、そしてこの『望み』を叶えたいと、『両親』に縋り付きその『愛』を求めてしまいたいと、そんな思いが少しずつ強くなる。
それが『願い』の代替に過ぎないと理解しながら……。
それは、余りにも幼く、そして身勝手な「執着」であった。
だからこそ、ルキナは「それ」が恐いのだ。
何時か、何かを決定的に間違えてしまうのではないかと。
そう、自分自身の弱さを知るが故に、その疑念を晴らせないからこそ。
ルキナは、関わる事を、恐れていた。
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