ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(下巻) 作:Edward
レヴィンはこの日のうちにミレトスから去る予定であったが、意識を失った少女を連れて街外に出るわけにはいかない。急遽宿をとろうとしても春の訪れを祝う中で宿はほぼ満室状態であった。春先の夜の気温は低くて今来ている薄手の純白ドレス一枚では体温があっという間に下がる、レヴィンは外套で彼女を包んで宿を探す。
「今から宿かい?こんな祭りの日だし、受けてくれる宿なんてないじゃないか。」飲食経営を営む店主に話を聞いても宿は見つけられず、レヴィンはいよいよ手詰まりになりつつあった。
最終手段はあるが、できればそれは使いたくない・・・。
諦めかけ、その最終手段を使おうかと思い立った時に店主の妻から声がかかる。
「宿は無理だろうけど、こういう時だけ開いている臨時ならもしかしたら空きはあるかもしれないよ。
よかったら一人あてがあるから行ってみるかい?」
「本当か?助かるよ。」
「ちょっとまってて、今地図書くから。」
・・・
・・・・
・・・・・
ようやく夫婦で経営する個人の臨時宿を見つけて事情を話し、夫人に少女の世話を頼む。
少し落ち着いたレヴィンはようやく一息つくことができた。
「もう少し早ければ、オイフェに頼めたのだがなあ。」レヴィンはオイフェのいた酒場に戻るが彼はすでに退席しておりどこの宿に泊まっているか聞いてもなかった。
いや、もしかしたら彼も今夜出立している可能性もある・・・。
レヴィンは取り敢えず湯浴みをし、まだ読めていない文献の書物を漁り目を通す。ご婦人が少女の清拭を終え、体には外傷がない事を聞くと安堵し、礼金を渡す。
「あの子、どこかの令嬢さんね。あんな綺麗な体をしている子なんてこの界隈ではいないわ。」
「・・・女将、一応この事は内密に頼む。もし身分のある者なら余計な口外はここにも迷惑をかける事もある。」レヴィンの過剰に多い礼金に気づかない夫人の口を止める、婦人もハッとして頭を下げるとそそくさと後にした。
「温かいスープを用意してあるから、もしあの子が起きたら飲ませてあげて頂戴。」
「わかった。」そういうとレヴィンは少女の部屋に入り、目が覚めるまで書物に目を通すことにした。
「静かな夜だ・・・。」不意に当たりの静かさにレヴィンは本を閉じた、カップの水に口をつけるともう随分と夜中に近づいていることに気づく。ため息を一つつくと、ようやく落ち着けるとばかりに着座した。
娘は目覚める素振りはない、レヴィンもそろそろ寝ようと思った時に大事なことを失念していた。
「あ・・・、俺の寝床・・・。」レヴィンは忘れていたが、どのみちこの宿には一部屋しかない。苦笑いをすると、予備のシーツを一枚出して椅子に深く座りシーツをかけて眠ることにする。
「明日、起きてくれればいいのだが・・・。」レヴィンはそう呟いてシーツに絡まる。目蓋を閉じればすぐに寝付けるが、不意に女将の言葉が気になり再度少女を見てしまう。
確かに身なりは良い・・・。人買いから買われて何かしらの事情であそこに打ち捨てられたとしても、上質の素材をふんだんに使った質素なドレスはない。人買いなら買う側に訴えるドレスや衣装で着飾るはず・・・。
余計な思考に陥ったレヴィンは頭を一度振って思考を追いやり、無理やり眠りにつくのであった。
・・・・・・
レヴィンの部屋はランプが消えてすっかり闇に包まれており、わずかな明かりは月のみ・・・。青白く光る月がレヴィンの泊まる窓に差し込んだ。
椅子に深く座ったレヴィンの膝から本が落ちるとその音に不意に目を覚ます。
「む・・・、寝ていたか・・・。」レヴィンは机に落とした本を戻すと、ベットで寝入っていた少女がその場に立っていたのだ。
「な!起きていたのか?」
「・・・敵襲・・・・・・。」少女の瞳は一点を見つめるのみでそう呟く。
「え?・・・な!!」レヴィンがほうける暇もなく、辺りに虹色に光る鱗粉がばら撒かれたように部屋を充満する。
「昏睡か!」咄嗟に己の内に秘める魔力を解放して抵抗する。
少女もまた魔力を解放させるとレヴィンよりも早く抵抗する、そして悠然と窓の外を見るなり飛び降りた。
「お、おい!」レヴィンは慌てて窓枠より階下を除くと少女は何事もなかったのようにふわりと降り立ち、レヴィンに続けとばかりに振り返った。
レヴィンもすぐさま飛び降りて着地するが、少女は既に裸足のまま駆け出していた・・・。すぐに走って追いついたレヴィンは彼女の横顔を見る。なんて麗しく、整った顔立ち・・・。幼いとはいえ、その雰囲気はまるで少女とは思えず一人の淑女のようであった。宿の女将が言うことも頷ける・・・、清らかな瞳がレヴィンに向けられた。
「この先に、・・・います。」すらっと細い腕が昏睡の魔法を使った場所を特定し、一つの庭園を指さした。
「彼らもこちらの動向は読んでます、・・・相当な手練れです。」
「戦うつもりなのか?君は一体・・・。」
「・・・レヴィン様、話は後ほど・・・。今は彼らを・・・。」少女の口調とは思えない。レヴィンの頭は混乱するが、確かに今はそんな事を言っている暇はないのも確か。豪邸の一角にある庭園の壁を少女はふわりと飛び上がる。
レヴィンはウインドを使って飛び上がり乗り越えた。
庭園は見事に手入れをされており、足場には豊かな芝生と所々に植樹した木々が新緑の息吹を与えていた。その草場に再び重力感じさせないように少女は降り立つと、その前には敵襲の対象者達が待ち構えるように立っていた。
「ユリア・・・、お前からきてくれるなら好都合。さあ来てもらおうか・・・。」待ち構えるのは三名、いずれも黒いローブを着込み素顔は見れない。だがフードの中なかみえる双眸は不気味に赤みを帯びていて、邪悪なオーラを纏っていた。
「・・・断ります、貴方たちにユリアを渡せません。」
「・・・・・・。」レヴィンはその口ぶりに彼女の正体をこの期に及んでも思考を巡らせていた。
「くくく、ならば無理にでもご同行願おう。少しばかり乱暴にはなるがな。」三人の魔道士から魔力が込められて、辺りから無象の邪気が溢れ出す。
春を迎えて、新緑の芝が冬に戻るかのように生気を吸われて枯れていく・・・、冬場に戻ったかのように芝は枯れ草と変わり果てた。
「ロプト教団か・・・、この子はお前たちに渡すわけにはいかんな。」レヴィンもまた魔力を纏わせて、少女の前へ出る。
「・・・レヴィン!貴様はマンフロイ様に殺された筈!!」
「地獄の淵から舞い戻ってきたのさ、マンフロイに復讐する前にお前たちから抹殺してやる!」レヴィンは魔力を解放し、魔道たちの先手を突いた。
「ライトニング!」邪気を照らす、光の圧力に消滅し魔道士達は防戦する。ユリアはレヴィンの腰にある護身用のショートソードを抜くと、単身魔道士に斬りかかる。
「お、おい!」
魔道士はまさかユリアが接近戦を演じてくるとは思わず、一人が斬られた。
「ぎゃあああ・・・!」ショートソードに胸を貫かれた魔道士は異様な叫び声を上げる。背中に突き抜けた剣は眩い光を放ち、闇の魔道士には耐えがたい光の魔力が身体の内から照らされたのだ。
再生能力が高い闇の魔道士だが、この攻撃には即死を余儀なくされた。
ユリアはそっと魔道士の胸元を押すと後ろに倒れ、光を帯びた剣を引き抜く。
「ウインド!」残る二人の魔道士は驚きの隙をついて、ユリアから風の魔法で吹き飛ばす。二人は魔法の準備に入っていたのでその前に牽制したレヴィンのタイミングは素晴らしく、抵抗もそこそのに二人はそのまま後ろに下がる。
「油断するな、まだ二人いるぞ・・・。」レヴィンはユリアの元に走り寄る、ユリアはそっと頷くと再び二人を見据える。
ひゅんと一回ショートソード振ると青白い光が淡く尾を弾いた。
レヴィンはその素質の高さに驚かさせる。
剣技もにわかではない、それに剣身に光の魔力を纏わせて内部から損傷させる技術と経験は一朝一夕で習得できるものではない。
何よりその身に内蔵する魔力が凄まじかった、静かに揺らぐ魔力から一介の魔道士では想像できないだろう。シレジアに帰ってきたカルトよりも魔力を有している、とレヴィンは踏んだのだ。
後衛に潜む魔道士はフェンリルを打ち出した、襲い掛かる闇の牙をユリアは簡単に光を帯びた剣を振りかざすと霧散して無に帰ってゆく。
狼狽する魔道士達をユリアの目が捉えると、剣から眩い浄化の光が放たれる。
「退きなさい、次は容赦しません。」苦悶に呻く魔道士達に警告する、ロプト教団員はおそらく上位にいる司祭クラスの者ではない。小物と少女は判断し、無駄な戦闘を避けたいと願い出た。
「馬鹿な・・・。素養を持つとはいえ、まだ子供に・・・。」狼狽する魔道士達にユリアはさらに静かな魔力を放出して格の違いを見せつける。瞳から揺らぐことのない意志を読み取った魔道士達は退かざるを得ない、さらに後ろにはレヴィンもいる・・・。
「ユリアよ、暫しの時間をやろう・・・。マンフロイ様がいつかお前を迎えに来るだろう、心せよ。」魔道士達は闇に溶け込むように姿を消す、彼らが残した言葉は決して虚勢を張って残した言葉ではない。
レヴィンはそう感じつつも、ここで争いが終わったことに安堵する。
「ユリア、と呼ばれていたな。その剣を返してもらおうか。」レヴィンはユリアの前に歩み寄ると、剣をもらい受けてローブの奥に仕舞い込む。
「何故俺のことを知っている?お前は何だ?」
「・・・レヴィン様。生前あなたとお会いした事はありませんが、あなたの事はカルト様よりお聞きしておりました。
カルト様がお慕いし、あなたをシレジアの王として国に残らせた訳・・・。お会いして、私もわかりました。」
「それは、カルトから聞いた、と言う事か?」レヴィンの言葉に一つ頷いた。
「私は、ディアドラ・・・。この子の母親です。
・・・私の残った力でユリアを逃し、この子の体を借りて彼らを追い払いました。」
「なんだと!それではこの子は!!」レヴィンの頭に巡った様々な憶測を読み取るかのように、ディアドラは再び頷いた。
「な、何があった。王家の者がロプト教団に直接襲われるなど・・・、ならば、アルヴィスはどうした。」
「混乱されるのは致し方が無いでしょう。・・・すみません、それを全てお話しする時間は私にはありません。
始まりは私のもう一人の子、ユリウスにあります。
ユリウスを止めて下さい。あの子を止めないと、この世は再び深い悲しみの世界に戻ってしまいます。」
「ユリウス・・・。」確か、皇帝陛下となったアルヴィスとディアドラの間に生まれた後継者であった筈・・・。そしてこのユリアとユリウスは双子の兄妹・・・。そこまでは各国にも情報が流れてきているので知る事は容易い・・・。
そこからカルトの最期の言葉と、今あった事を当てはめると、ユリアがディアドラの血を継ぎ聖戦士ヘイムの力を継いだのだろう。そしてユリウスが、聖戦士マイラより血を集約させたロプトウスの化身となる・・・。
そのユリウスを止めなければならない、・・・!
「まさか!封印が?」レヴィンの頭の最悪のシナリオが並んだがディアドラは首を振る。
「まだ、今は大丈夫です。
・・・レヴィン様、封印の地をお守り下さい。」ディアドラは片膝をついて崩れる。
「お、おい!」
「時間です・・・。
レヴィン様・・・。どうか、お願い致します・・・。
ユリア・・・。辛いでしょうがあなたの運命は、あなたの手で切り開きなさい、幸せになるのですよ。」自分を抱くかのように手を交差させ、ディアドラは逝った。彼女の最期の力で愛娘を守り、全うしたのである。
レヴィンは全てを悟るとその場で冥福を祈る・・・。ディアドラが最後に託した少女は過酷な運命を辿ることになる、レヴィンの顔は険しく、そして憂いを浮かべるのであった。
「はっ!・・・・・・、私は・・・。」ユリアは目覚めると、そこにはまだ険しさと憂いが混じった顔を残したレヴィンの姿をとらえる。
「目が覚めたか・・・。君はミレトスの街で昏睡していた、立てるか?」
「・・・・・・私は、一体?」レヴィンの手を掴み、立ち上がるがどうも要領を得ない・・・。どうしたのかとレヴィンは顔を覗き込むが、少女の顔は血の気がひいている。
「おい、どうした?」
「思い出せない・・・、私は・・・、誰?」少女の言葉にレヴィンは一瞬で思考する。
「まさか、記憶が・・・。」
「はい、・・・思い出せません。私が何者かも、・・・どこからきたかも・・・。」
(そうか・・・。実の兄に目の前で母親を殺されたんだ、記憶の一つや二つ吹き飛んでも不思議ではない。)
「おそらく、何かのショックで混乱しているのだろう。今日はゆっくり休もう。
・・・これも何かの縁、記憶が蘇るまで私の旅にでも付き合うか?」
「・・・ありがとうございます。この有様、とても一人で生計など立てられません。・・・あの、お名前は?」
「レヴィンだ・・・。君の名前は、・・・そうだな。
ユリアでどうだ?」
「レヴィン様、ありがとうございます。
ユリア・・・、まるで私の元の名前を知ってるかのよう。大切にします。」涙を一雫落とすと、笑顔を作る。
「ふふ・・・、そうか。ならば今日は早く休もう、明日からの旅は大変なものになる。」
「はい・・・。」レヴィンのそっと差し出した手に添えると歩き出す、その道中は無言であったがユリアはレヴィンの不器用ながらに温かな手に安らぎを与えられていた。
しかし大陸を蝕む大きな厄災が急速に広がりつつある中、ユリアは確実にその渦中へとひきづり込まれていくのをレヴィンはひしと感じ取っていた・・・。
「・・・生きてるか・・・。」声をかけられて、刈り取られそうであった意識を再び落とさないと踏みとどまる。ゆっくりと目を開け、うなだられた首を上げると兄が少し不安げに顔を覗かせていた。
「はい・・・、すみません。少し寝てしまっていました。」一本の針葉樹にもたれかかって寝ていたリンダはその樹を使ってゆっくり起き上がる。兄のアミッドは筒を取り出すとリンダに与える。
「ゆっくり飲め、魔力も少し回復する。」リンダは受け取ると喉の渇きもあり、一気に飲み干したい気持ちになる。
兄の言う通り、その気持ちを押さえ込んで一口づつ食道に通した。
「追撃、きませんね。」
「ああ・・・、さすがに今回の人海戦術でも押し切れずに功を急いだのだろう。第二波まで使い切ったかもしれん。」アミッドもまたかなりの疲労で肩で息をしていた、それでもまだ冷静な分析をしている兄の体力と魔力にリンダは安心する。
「・・・今回はこちらが勝機た。
ここで、こちらから追撃できれば奴らを根絶してシレジアに侵攻できるかもしれん。」
「さすがにそれは危険すぎます・・・。私達もかなりの被害、アーサーもまだ戻ってきませんし・・・。」リンダはアミッドが鼓舞するために発言したと思ったが、それは違っていた。兄は敵陣を見据え、決意を固めていた。受け取った筒を落として、兄の裾を掴む。
「だ、ダメです。兄さんの力は知ってますが、無茶すぎます!」
「・・・・・・リンダをここに残して勝手には行かんさ、心配するな。」頭をそっと撫でると、アミッドもリンダがもたれかかっている針葉樹にもたれる。小麦を固めた携帯食料をリンダに差し出し、自身も一口嚙った・・・。