ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(下巻) 作:Edward
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シレジア攻略を進めていたイシュトーにもバーハラより召集がかかり、急遽踵を返して聖帝バーハラへ赴いた。
勅命を知らせる報に各公爵は遅れまいと息を巻いたのか、円卓には明らかに精彩を欠いていた。
「陛下は、何故勅命符を出してまで集めたというのだ・・・。」呟くように独り言を言う物まであった。
窓の外は不穏な雲が太陽を覆い、風が荒れて吹き出す。その場の雰囲気は重く、すぐにでも退席したい気分は掻き立てる。
円卓には公爵家の代表が座り、イシュトーはその外にある簡素な椅子に腰掛けて従者であるライザの手を握った。
不穏な空気を拭えぬまま、符を発令した皇帝アルヴィスが息子であるユリウスと黒いローブを纏った従者を連れて入室する。一堂に立ち上がり、跪いて向かい入れる。
「皆、無理な召集に欠けることなく集ったことに感謝する。」アルヴィスは円卓の中心を意味する純金の燭台の前に立ち、顔ぶれをみて軽い会釈をする。
それを合図に着座し、アルヴィスの招集した議題に耳を傾けるが、アルヴィスの口は重く、金縛りのように動こうとしない。
隣に立つユリウスは涼しげな表情を崩す事はなく、従者に至っては深いローブの中で不敵な笑みをこぼしているように感じた・・・。
「・・・・・・ユリウスに、一年を目処に帝位を譲る。」アルヴィスの重々しい言葉に各公爵家は沈黙を守る事は出来ず、ざわついた。
「陛下、何故ゆえ・・・。御身も健在である陛下が退位し、まだ成人に達していないユリウス殿下に帝位を・・・。」父であるブルームが進言する。それは皆の意見と同意であり、聞かない訳にはいかなかった。
アルヴィスの横にいたユリウスが、代弁するかのように進み出て口を開く・・・。以前の周りを包み込むような慈愛の雰囲気はなく、不安感を掻き立てるその佇まいに背筋の奥まで凍るかのようであった・・・。
「ブルーム卿のおっしゃる通りだ、私のような若輩者に其方らが従わねばならぬのはさぞ苦痛だろう。
・・・だがアルヴィスは所詮執政代理、私に帝位、いや皇位を持つ私に譲るのは当然であろう。
それに一年後は成人になる、何か問題があるか?」
「・・・一年後には成人しますが、なった途端に帝位を譲る事はなかったはずです。何故お急ぎになられるのですか?」
「アルヴィスの失策に私が失望したからだ。
この十数年、国内の安定したが国外の政策が進まぬのは貴殿らの責任ではなく、適切な政策を出さぬ事にあった。
各公爵家の伝達や兵力バランスを統制せず、各公爵家に全て委任する事で攻略が進まなかったのはこのアルヴィスの失策と私は見たのだ。
私はアルヴィスと話し合い、総意によって決まった話だ。」
「・・・ユリウス殿下のお気持ちに嬉しく思います。我ら公爵家にも攻略の遅れは威信にかけて進めております、しばしお時間を・・・。」ブルームも言葉を間違わないように必死に紡ぎ出すが、ユリウスの冷たい目が心を凍らせる。続きの言葉は、表情ひとつで潰された。
「ならぬ・・・、時間と期限はすでに過ぎている。
其方らが遅々として進まぬ攻略でシグルドが残した残滓が各地で成長をしている、これ以上の増長は国家の転覆につながるだろう。
その前に、私が指揮して確実に各地の反乱分子を潰すのだ。」
現在一番の勢力であるフリージ家のブルームですら物申せない、他の公爵家はただその成り行きを見て判断するしかない・・・。
「ほほほ・・・、素晴らしい提案ですわ。
ユリウス殿下の指揮の元でしたらシグルドの残党どもなどひとたまりもないでしょう。
・・・イシュトーがシレジアの反乱軍の最後の制圧を行います。必ずそこで戦果を上げ、殿下の前に首を持参するでしょう。」
「・・・油断はするな、彼の地にはかなりの手勢がいた。
おそらく、イシュトーだけでは荷が重いだろう。
・・・マンフロイ、手を貸してやれるか?」
「団員の復活には時間がまだ必要です。ですが、少しお時間を頂きましたら一個団体くらいにはなるでしょう。」マンフロイはユリウスに小さく伝える。
「それで結構、手を貸してやれ。」
「御意・・・。」マンフロイは一歩下がると、闇に溶けるようにその場から消える、その不気味な能力に皆訝しんだ。
「・・・殿下、先程の方は?」
「・・・ロプト教団の者だ、私の事業に手を貸してくれると言うので私の配下にした。」ユリウスの言葉に騒然とする。
「殿下!多少の事はご理解しますがロプト教団と手を結ぶのはいけません!ここは聖地、それを・・・ひっ!」ブルームの言葉はその場で潰える。ユリウスの怒りが禍々しい魔力を放ち、ブルームに向けた冷たい瞳が向けられた。
(バ、バカな・・・、この私が一瞬で気圧されるとは・・・、しかしこの魔力は・・・。)ブルームは心の底から生まれる恐怖に肝が冷え切ってしまう。
「・・・ブルーム、私の決めた事に意見するのか?」
「いっ、いえっ!決してそのような・・・。」
「私のやり方に賛同しない者はこの地を去る事だな。まあ逃げても最後には私がこの地を支配するのだ、最後には我の手にかかるのだがな。
・・・はははははっ!」ユリウスは高らかに笑うとその場を後にする。
残されたアルヴィスと公爵達は震えが止まるまで絶句していたのであった。
残された者は今の状況をよりよく知るアルヴィスに視線が注がれるが、アルヴィスには皇帝としての箔は剥がれ落ちたかのように小さく見えていた。
「・・・賛否発言はあるだろうが、今はユリウスの手腕を見て判断しよう。もしその手腕に問題があるようなら皆の意見で進退を決めようではないか。」アルヴィスは厳しい顔のまま絞り出した。
皇帝の言葉に殆どの者はそれに頷くがブルームだけはその日和見な言葉では晴れない程厳しい顔を崩さなかった。
(まだ成人にも満たない子供にわしが気圧されるとは・・・。魔力ではなくあの禍々しいオーラ、とてもヘイムの力とは思えぬ。)
ブルームはユリウスのあの冷たい目に身体は未だに凍てつき、いいようのない恐怖にしばらく苛まれた・・・。
イシュトーは先刻あった会議を夢現に思い出していた。父ブルームですら戦慄の会議はまだ数日前の出来事、覚醒してイシュトーはアミッドに敗れて捉えられたことを悟る。
手は前で手枷に繋がれ、片足のみ石床に刺さる楔に鎖に繋がれて拘束されていた。魔力は眠っている間に封じられており、魔法を試してみたが使える状態ではなかった。
辺りを見渡すが牢獄ではなかった。石煉瓦を積んだ何処かの砦だろうか、小さな窓から外を覗くと山間部の森林の中に立っており地上からでは見つける事は困難な場所であった。
ライザは大丈夫だろうか・・・、身を案じつつ誰かがこの扉を開けてくれる事を待つ。頭に鈍痛が残る中、ベットに横たわってその時を待つ事にする。空腹感がなく寝起きに小水を催す感じもない、日の傾き加減から気を失ってから3〜4時間くらいか、普通なら食事の配膳がそろそろあってもいいだろう、そろそろ誰かが様子を見つつ来るはずだ。
さまざまな思考を張り巡らせ、あたりか薄暗いと感じた時にその時は訪れる。扉の鍵を開く乾いた金属音がすると顔見知りの二人が姿を表す。
「お前たちか・・・。」イシュトーは呟く。
「お身体は大丈夫ですか?」クラリスは一礼する。
「最低限の拘束はさせてもらった、悪く思わないでくれ。」アミッドは食事を待ち、ベット横の机に置くと処遇に詫びを入れる。
「あれからどうなった?ライザは?」
「お前が捕らえられたと知って浮き足だったフリージ軍の隙を突いて撤退した、再度軍備を備えて突入予定だ。
・・・ライザは最後まで抵抗した。スリープで眠らせて、今は別室で手当てしている。」
「・・・そうか、もしもの時は撤退せよと命じていたなだがな・・・。ライザを殺さなかった事に感謝する。」イシュトーはアミッドの答えに満足する、その表情にクラリスは少し和らいだ。
「イシュトー、お前には聞きたい事がたくさんある。
素直に答えてくれるな・・・。」
アミッドの言葉にイシュトーはまっすぐ向き合う。二人の視線はぶつかり思考と感情が入り乱れる。
「条件を二つ、聞いてくれるか・・・。」イシュトーの提案にアミッドは眉をピクリとさせる。
「条件次第だ、言ってみろ。」
「ライザの身の補償を頼む。
それと君に話をする前にクラリス殿、あなたと二人で話がしたい。
俺を拘束しても牢獄に入れても構わない、どうしても貴殿の質問に答える前に確認したい事がある。」
「何故ここでその確認をしない、俺がいたら不都合なのか?」
「・・・・・・・・・・・・頼む。」イシュトーは頭を下げて実直にアミッドに頼みを入れる、意図はわからないがイシュトーはこれを拒絶すれば口を割る事はないだろう。
たとえライザの命を人質にしても・・・、それくらいの決意を感じた。
「時間は?」
「10分あればいい。」
「クラリス、お前はいいか?」
「はい、私は構いません。
イシュトー様がおっしゃりたい事は察しがついていますから・・・。」
クラリスはアミッドの言葉に頷いて答えた。
「わかった・・・。10分後、また来る。」アミッドは退室し、後にする。
二人はアミッドの靴音が消える事を確認すると、クラリスは近くにある素朴な作りの椅子に腰掛けてイシュトーを見据えた。
「お前のその目に、俺はどう写る?
以前、セイレーンの食糧庫であった時言っていたな。
俺はいつかお前たちと悲しい戦いを繰り広げる、とな。」
「・・・・・・。」
「俺の運命はどうなっている?」
「・・・・・・・・・わかりません。
あなたは今、進むべき道を無くしています。」
「・・・・・・そうか、私は運命すら見向きもされていないか。」イシュトーのため息混じりの言葉にクラリスは首を振る。
「それは違います。
あなたは苦しんでいるからこそ、進むべき運命と戦い、変わろうとしているからです。・・・イシュトー様、一体あなた程の方が何に怯えているのですか?」
「あなたの目には、俺は怯えていると見えますか?」
「・・・はい、私にはそう見えます。
貴方の葛藤と畏れが厚い雲のように覆われて、あなたの運命がうまく見通せません。」
「・・・・・・・・・。」
「イシュトー様、是非アミッド様に心の内を打ち明けて下さい。
アミッド様はきっとそれに応えてくれます。
アミッド様の為にも、お願いします。」クラリスは頭を下げる、その彼女の分け隔てのない人への労りがイシュトーの心を優しく撫でるように癒されていく・・・。
「ありがとう・・・。」クラリスに僅かに微笑んで答えたのであった。
「チッ!」アミッドそばにあったバケツを軽く蹴り、機嫌の悪さを表した。
「イシュトーがクラリスに心を開いた事に憤りか?」心の内を捉えた言葉にビクリとして振り返ると、そこにはレヴィンが皮肉に笑っていた。
かつて吟遊詩人と偽り、諸国を旅していた時の楽器の弦を一本指で弾き、椅子に腰掛けていた。
「・・・・・・。」
「クラリスは人を惹きつける魅力がある、・・・お前と違ってな。」
「あんたは、いつも・・・。俺に何が言いたい!
俺がイシュトーを倒したんだ!俺が真っ先に聞き出したいに決まっているだろ!」壁に腕を叩きつけて怒りをあらわにする。
「図星か・・・。」ため息混じりにレヴィンは一言呟くと、再び弦を一本弾く。その言葉にさらに怒りが込み上げる。
レヴィンは立ち上がり、楽器を置くとアミッドに向き直った。
「イシュトーにお前が勝てたのは単にお前の実力ではない。
イシュトーにはイシュトーの立場があり、正義がある・・・。その中の葛藤がありお前に負けた、それだけだ。」
「そんなの関係ない!俺は俺の正義でイシュトーに勝ったんだ!・・・なのにイシュトーの奴は!」
「・・・ならば、17年前に負けたシグルド達には正義はないと言うのか?勝った奴が正しいというのなら、大人しくグランベルの連中に屈服しなければならなくなる。」
「親父達の世代が負けただけだ!!」アミッドの言葉にレヴィンの眉をしかめる、明らかに怒りをあらわにしたレヴィンから張り付く空気が漂った。
「実力は認めるがまるで心が成長していないな、カルトが見たらどう思うだらうな・・・っ」
「黙れ!!」
アミッドから凄まじい魔力が放出される、その魔力にレヴィンすらはっとする程のものであった。
「レヴィン!俺は、あんた達が嫌いだ。
17年前に何も成し遂げてないあんた達が作った境地に俺たちを巻き込み、もがく俺達を否定するお前が大嫌いだ!!」アミッドの怒りが魔力を含み、当たりの物品が吹き飛ばされた。
凄まじい圧力にレヴィンは一歩下がるが、アミッドを見据え、睨む。
「アミッド、お前が俺たちを憎む心はそこにあるか・・・。
いいだろう・・・。お前が俺たちを憎む心、しかと受け取った。
・・・相手をしてやろう。」
「望むところだ!」アミッドの激しい心にレヴィンの風は動かない、いつもの眼差しがアミッドを捉え続ける・・・。
「兄さん!」騒ぎを聞きつけたリンダがアミッドに駆け寄り腕を取る。
「リンダは下がっていろ、これはレヴィンと俺の問題だ。」
「二人がかりでも構わんぞ。」レヴィンの挑発にアミッドは再び怒りに溢れるがリンダが腕に力を込めて嗜める。
「レヴィン様も、どうして兄さんを挑発するの?
今は力を合わせないといけない事くらいレヴィン様の方がよくご存知ではないですか?」
「・・・・・・・・・すまなかった、少し意地が悪かったようだな。
許せ・・・。」レヴィンはふっ、と笑うと踵を返す。
その足音は何故か寂しく、石廊に響いた。
「・・・・・・。」アミッドは奥歯に力が入る。小さくなる影を鋭く睨む、だがリンダが小さく震えているのを見るとその怒りは引いていった。冷静になったアミッドは絡まる腕を解いた。
「リンダ、・・・もう大丈夫だ。
・・・ありがとう。」
「兄さん・・・。」リンダを撫でる手は優しく、いつもの兄に戻っていることに安堵する。
「・・・そろそろ時間だ、俺はイシュトーの所にいく。」歩み出したアミッド、リンダから離れるたびに再び険しい顔に戻っていく。
(レヴィン、あんただけはいつか・・・。)指から血が滲む、しかしそれは先程の怒りからくるものではなかった。
(いつか、あんたの全てを超えてやる!)一人小さく笑みを浮かべ、アミッドはイシュトーの部屋へと赴くのであった。