バレンタインデー当日。ジャックくんはいくつチョコレートをもらえるのか……。
「ねえ、つう。今日は街の様子がちょっと変じゃなかった?」
「変? それはどんな風にだい?」
数少ない男手として解放地区に買出しに向かい、役目を終えて黎明へと戻る道すがら。自ら男手としてカウントしたために隣を歩いているおつうに対して、ジャックはそんな疑問を投げかけた。
「うーん……何と言うか、どことなく浮ついてるっていうのかな? 妙にそわそわした空気を感じるっていうか……」
今日は何故か解放地区の人々の雰囲気が普段と違った。道行く男女に始まり販売所の店員に至るまで、皆何かを心待ちにしているように若干落ち着きがなかったのだ。特に若い男性にその反応が顕著であった。
おまけにおつうと買出しを行っている最中、何故かジャックに対してやたら刺々しい視線を向ける若者たちが多かった。視線だけならともかく、街の人々の雰囲気まで違うとあってはさすがに疑問を捨て去ることは出来ない。
「ああ、それも仕方ないよ。何せ今日はバレンタインデーだからね?」
(バレンタインデー……?)
なので駄目元でおつうに聞いてみたのだが、あっさりと答えが返ってきた。
とはいえジャックはバレンタインデーなど初めて聞く言葉であったため、それがどのような日なのか分からなかった。分かっているのは男女が、特に若い男性が何故かやたらに浮つくようになる日、ということくらいだ。
一応は同じ若い男性であるジャックとしては、自分は何も知らないのは仲間外れな気がしてとても嫌な気分であった。具体的にはお前は男ではないと言われているような気がして。あまり男らしくないのは自覚しているので、これ以上それに拍車がかかるのはごめんである。
なのでバレンタインデーとは一体何か、おつうに尋ねようとした所――
「――あっ、いたいた! おつうちゃーん! ジャックさーん!」
ちょうどその瞬間、向かっている方向からジャックたちに声がかけられた。
見ればそこには眩しい笑顔を浮かべ、長い髪を尾ひれのように揺らしてこちらに駆けてくる少女――人魚姫の姿があった。
「おや、姫。そんなに急いでどうしました?」
人魚姫がジャックたちの元に辿り着いたところで、おつうはにこやかに笑って王子様然として話しかける。
しかし笑顔で駆けてくる恋人の姿を目にした時、明らかに女の子そのものな笑みを浮かべていたのをジャックは見逃さなかった。まあ王子様として振舞っているものの、おつうも女の子なのでその辺は仕方ない。
「えへへ……おつうちゃん、今日が何の日か知ってる?」
「ええ、もちろん。僕が気付いていないとでも思いましたか?」
(あ、何かつうも街の人たちみたいにウキウキしてるような……?)
人魚姫に問われて先の態度を崩さずに答えるおつうであったが、その微笑みは明らかに深さを増していた。先ほど解放地区で何度も見かけた、何かを期待しているような感じに。
おつうの王子様としての振る舞いすら崩してしまうバレンタインデーとは一体何なのか。気になって気になって仕方が無いジャックであった。
「さすがはおつうちゃん! じゃあこれを――はい! ジャックさんにプレゼントだよ!」
「ありがとう、姫――って、あれ……?」
「えっ? 僕に? どうして?」
二人の様子を眺めつつバレンタインデーとやらに想いを馳せていると、人魚姫は何故かジャックに向けて小さな小箱を差し出してきた。赤いリボンでラッピングされた、片手に収まる程度の紙の箱を。
反射的に受け取りながらも、ジャックは突然のプレゼントに理解が追いつかなかった。尤もそれはおつうの方も同じようで、呆気に取られた表情のまま固まっていた。
「あれ? ジャックさん、もしかしてまだ誰からももらってないの?」
「う、うん……というか、そもそもどうしてプレゼントをもらえるのかも分からないんだけど……」
「あっ、そっか。ジャックさんも今日が何の日か知らないんだ。今日はね、バレンタインデーなんだよ?」
「バレンタインデー……さっきつうも言ってたけど、それってどんな日なの?」
「バレンタインデーっていうのはね――あっ、そうだ。アリスさんが一番詳しいから、アリスさんからプレゼントを貰った後に聞いてみると良いよ? とりあえずは、女の子が仲の良い男の子にお菓子をプレゼントしてあげる日、って覚えておけば十分かな?」
「へぇ、そうなんだ……」
人魚姫の簡単な説明で、色々なことに納得がいく。
仲の良い女の子からプレゼントをもらえるなら、それが何であろうと男なら嬉しいに違いない。解放地区で見かけた隠せぬ期待を滲ませる男たちの様子はそういうことだったらしい。謎が解けて幾分すっきりするジャックであった。
「ありがとう、人魚姫さん。あ、お菓子もありがとうね?」
「どういたしまして。ジャックさんにはとってもお世話になったから、これくらいは当たり前だよ」
もちろんジャックも嬉しかったので、改めてお礼を口にして受け取る。
仮に誰かが今の話を聞いていたとしても、人魚姫の言葉の裏に隠された意味が理解できたのはこの場の三人だけに違いない。まあジャックも前の世界ではおつうたちにお世話になったので、どちらかといえばお互い様という所だろう。
人魚姫もそれが分かっているのか、ジャックと共にどこか苦笑染みた笑みを浮かべていた。
「ひ、姫……僕には……無いのかい……?」
(うわぁ……つう、凄く悲しそうな顔してる……)
しかし若干一名、苦笑どころか今にも泣きそうなほど悲痛な表情をしているものがいた。人魚姫からプレゼントがもらえると思って期待に胸を躍らせていたらしいおつうである。普段人魚姫の前で浮かべている自信に溢れた王子様の微笑みは、今や完璧に傷ついた乙女のそれであった。まあ気持ちは分からないでもなかったが。
「もうっ、おつうちゃんったらそんな悲しい顔をしないでよ。ちゃんとおつうちゃんには特別なものを用意してあるから、後で、ね?」
「そ、そうか! 良かったぁ……!」
人魚姫のその言葉に、たちまち元気を取り戻すおつう。先ほどまでの悲痛な面持ちが嘘のような眩い笑顔すら浮かべている。やはり愛する少女からのプレゼントは特別なものらしい。
(それにしても人魚姫さん、僕にプレゼントをくれた時はいつも通りの調子だったのに、つうに対しては何だか恥ずかしそうにしてる。やっぱり大事な人へのプレゼントだから緊張するのかな?)
喜びを噛み締めているおつうは気づいていないようだが、人魚姫はジャックの時とは違ってどこか恥ずかしそうな顔をしていた。ただお菓子をプレゼントするだけだというのにあんな反応をするとは非常に初々しい反応である。何だか微笑ましくてジャックは頬が緩むのを感じていた。
「それでおつうちゃん、私がジャックさんにプレゼントしたのを見て、ヤキモチとか焼いちゃったりした?」
おつうがひとしきり喜びを噛み締めたあたりで、人魚姫はどこか面白がるような笑みを浮かべてそんなことを尋ねる。まるでヤキモチを焼くことを望んでいたような言い方である。しかしおつうは即座に首を横に振っていた。
「いや、実を言うと僕にはプレゼントが無いのかもしれないショックで、それどころじゃなかったんだ……」
「もうっ、私がおつうちゃんの分を忘れるわけないでしょ?」
「ごめんよ、姫……だけど、それだけ姫からのプレゼントは楽しみだったんだ」
「それじゃあ今回はそのお詫びもかねて、とびっきりのプレゼントを用意してあるから、その……楽しみにしててくれると、嬉しいな?」
「も、もちろんだよ! 姫もお返しは楽しみにしていてくれ!」
何故か妙に頬を染めて控えめに言う人魚姫と、満面の笑みで頷くおつう。おつうの反応はともかくとして、何故人魚姫がそこまで恥ずかしがっているのかはジャックには良く分からなかった。まあ何にせよ二人が幸せそうなので問題なしだ。
(本当に二人は仲良しだなぁ……でも人魚姫さん、もしかしてつうにヤキモチを焼かせたかったから目の前で僕にプレゼントをしたとかじゃ、ないよね……?)
先の発言のせいでちょっとそこが気になるが、わざわざ尋ねる勇気も無ければ二人の邪魔をする気も無い。なのでジャックはここらでお暇することにした。
「えっと……お邪魔みたいだし、僕はそろそろ行くね?」
「え? あ、ああ、分かった。ジャック、バレンタインデーのプレゼントは三倍返しだから、貰ったらどんなお返しをするかを考えておくべきだね。特に君の場合は本め――むぐっ!?」
「そうだね、おつうちゃん! さあジャックさん、きっとお部屋で待ってればみんながプレゼントを持って訪ねてくるから、今日はお部屋にいた方がいいよ!」
「あ、うん。それじゃあ、そうしようかな……?」
何か言いかけたおつうが人魚姫に口を塞がれる光景を最後に、ジャックはその場を後にする。姿が見えなくなるまでおつうは口を塞がれながらももごもごと何か言いかけていたが、にっこりと笑っている人魚姫の無言の圧力がちょっぴり怖くて引き返すことはできなかった。
(それにしても、さっきつうは何を言いかけたんだろう? というかどうして人魚姫さんに口を塞がれたのかな……?)
単純に考えれば何か言ってはいけないことを言おうとしたか、ジャックが知るべきではないことを教えようとしたかのどちらかだろう。とはいえバレンタインデーとは何かを今さっき初めて教えてもらったジャックには、それ以上の推理はできなかった。やはりアリスが一番詳しいならアリスに教えてもらうべきか。
(仲の良い男友達にプレゼントをあげる日、か。本当に誰かプレゼントをくれるのかな? 一応嫌われてはいない、と思うけど……)
ジャックは自分にできることを精一杯頑張っている。他の人たちはともかく、少なくとも血式少女たちはそれを理解してくれているはずだ。皆との関係は良好だし、仲の良い友達と言っても過言ではないかもしれない。少なくともジャックの方からはかけがえのない仲間たちで大切な友人たちだと思っている。
まあそれでも実際にプレゼントをもらえるかどうかは別問題だろう。なのでジャックは変に期待はせず、できるだけいつも通りに過ごすことにした。
「あっ、いました! ネムちゃん、ジャックさんがいたよ!」
(あれ? この声は……白雪姫?)
そんな風に心を決めて買出しの荷物を置き、自室に戻る道すがら。血式少女達の部屋の前を歩いているとどこか緊張気味の声が耳に届き、視線を向けてみれば廊下を駆けてくる白雪姫と眠り姫の姿があった。
いつも眠そうな顔をしている眠り姫は普段通りに見えるが、白雪姫だけは何故か妙に顔が赤い。しかしその割には瞳に決意にも似た光が宿っているのが不思議だった。
「二人とも、どうしたの? 僕に何か用かな?」
「えっと、ですね……あの……その……」
目の前で立ち止まった二人に声をかけるも、白雪姫は要領を得ない答えを返してくるばかり。頬の赤みは先ほどよりも深みを増していて、視線を右往左往させる様は多大な緊張を感じさせる。
一体どうしたのかと首を傾げてしまうジャックだが、幸い尋ねる必要は無かった。緊張に固まっている白雪姫に代わり、眠り姫が前に出てきてとあるものを差し出してきたからだ。
「これ……ジャックに、プレゼント……」
「えっ? これって……」
眠り姫から手渡されたのは、可愛くラッピングされた手の平大の小箱。ついさっき見た、というか人魚姫から渡され今も手に持っているものと似たような物だ。さすがにこの状況で何も分からないほどジャックは鈍くなかった。
「今日は、バレンタインデー……ジャック、知ってる……?」
「うん。さっき人魚姫さんから聞いたんだけど、女の子が仲の良い男友達にお菓子をプレゼントする日なんだよね」
「んー……半分、正解……」
(あれ、半分ってことはまだ秘密があるのかな? もしかしてつうはそれを教えようとしてくれたのかも……)
だとすれば人魚姫はわざと教えなかったことになるのだが、あえて黙っているメリットがあるとも思えない。状況的にはかなり疑わしいものの、いまいち確信できなかった。
「白雪姉様も……ジャックに、プレゼント……」
そんな風にジャックが頭を悩ませていた間に、眠り姫は頬を紅潮させている姉の後ろに回って優しく促していた。どうやら白雪姫からもプレゼントがあるらしい。二人に仲の良い友達と認識されていることが分かって、とても嬉しい気分になれるジャックだった。
「白雪姫も僕にプレゼントがあるの?」
「あ、は、はい! えっと、その……う、受け取ってください、ジャックさん!」
そうして、白雪姫も同じように小箱を差し出してくる。
ただしその顔は最早火が出そうなくらいに真っ赤で、小箱を差し出す手は緊張からかぷるぷると震えている。まるで一世一代の勇気を振り絞ってプレゼントを渡そうとしている姿に、ジャックは暖かな気持ちと微笑ましさを覚えた。
「うん。ありがとう、白雪姫。眠り姫もありがとうね?」
「ん……どういたしまして……」
「あわわ……し、白雪、ジャックさんに渡してしまいました……!」
二人からのプレゼントを喜んで受け取り、微笑みを返すジャック。嬉しそうに微笑む眠り姫はともかくとして、白雪姫はまた一段と頬の赤みを深くしていた。
(うーん……それにしても、どうして白雪姫はお菓子をプレゼントしただけなのにあんなに赤くなってるんだろう?)
その様子に対して、ジャックは至極真っ当な疑問を抱いてしまう。
確かに白雪姫は恥ずかしがりやな所があるので多少は理解できるものの、プレゼントの相手は白雪姫自ら仲が良い友達と認めているジャックだ。それならもっと軽い気持ちでプレゼントくらいできそうなものだが、何故ここまで恥ずかしがって緊張しているのか。
「じゃ、ジャックさん! 白雪のそれは……どちらかと言えば、その……」
「えっ? これがどうかしたの?」
「――い、いえ! 何でもありません! それじゃあ失礼します、ジャックさん!」
「あっ、白雪姫……行っちゃった。本当は何が言いたかったんだろう……」
プレゼントに対して何か伝えたいことがあったようだが、恥ずかしさと緊張が限界を迎えたのか、白雪姫は赤い顔のまま笑顔で走り去ってしまう。
単純に白雪姫が恥ずかしがりやなだけだったのか、それともバレンタインデーにはまだ知らない秘密があるのか。情報が不足しているジャックにはどちらなのか皆目見当がつかなかった。
「……ジャックは……プレゼントの意味、知ってる……?」
立ち去らなかった眠り姫が、小首を傾げながら尋ねてくる。
プレゼントの意味自体は教えられていないが、推測は難しくない。仲の良い友達に渡すのだから、恐らくは友情の印や親愛の情を表すものに違いない。
「仲の良い友達に贈るみたいだし、友情の印とかそういうものだよね?」
「んー……大体、そんな感じ……」
(大体、ってことはやっぱり何か間違ってるのかな? でも人魚姫さんがわざわざ嘘を教えたとは思えないし……)
正解とは答えず、思わせぶりな微笑みを浮かべる眠り姫。
やはりバレンタインデーにはまだ教えられていない秘密があるようだ。人魚姫が教え忘れただけと思いたいが、あの様子から考えると意図的に口にしなかったに違いない。まあ少なくとも嘘はついていないのだろう。
「じゃあ……ボクも、行くね……」
「あ、うん。僕も部屋に戻ろうかな?」
眠り姫も教えてくれる気はないようで、部屋に戻る素振りを見せる。
なのでジャックも無理に聞き出そうとは思わず、自分も部屋に戻ろうと踵を返したのだが――
「ジャック……白雪姉様も、ボクも……義理じゃ、ないよ……」
――そんな事を言われて振り向いてみれば、ぽっと頬を染めた眠り姫の姿がそこにあった。相変わらず眠そうな表情だが、何故か今だけは瞳に熱いものが浮かんでいる気がした。
「えっ? 義理じゃないって何のこと?」
「ん……秘密……!」
気になって問いかけると、にっこりと満面の笑みを返される。しかし問いには答えず、眠り姫はそのまま立ち去ってしまった。一体義理ではないとはどういう意味なのか。
(何だろう。僕、絶対何か知らなきゃいけないことを教えてもらってない気がするな……)
眠り姫の言葉の意味、白雪姫のあの様子。そしてお菓子のプレゼント。圧倒的に不足しているバレンタインデーの知識では、残念ながらそれらの情報から答えを導き出すことはできなかった。少なくとも仲の良い男友達にプレゼントを渡すだけの単純な日ではないと思うのだが、いかんせん情報不足である。
やはりバレンタインデーに詳しいらしいアリスから、できる限り早く答えを教えてもらうのが賢明だろう。そう結論付けたジャックは三つのプレゼントを抱え、その場を後に――
「ああ、話し声がすると思ったらやはりジャックでしたか~」
――しようとした所で、近くの部屋の扉が開き中から声をかけられる。姿を現したのは珍しく自分から部屋の外まで出てきたかぐや姫であった。
「あ、かぐや姫。ごめん、うるさかったかな?」
「いえいえ、別に気にしていませんよ~。ジャックが部屋の前に来ていることが分かって、ちょうど良かったですしね~」
(あ、これはまた何かお願いされる流れだ……)
にっこりと嬉しそうに笑うかぐや姫の様子から容易にそれを察するジャック。まあ基本的にいつも顔を合わせれば確実に何かをお願いされているので、最早お決まりのようなものなのだが。
「実は、わらわは今甘いお菓子を口にしたい気分なのです~。そういうわけで、何でもよいので買ってきて頂けませんか~?」
「甘いお菓子……?」
そのお願いに対して、思わずジャックは小首を傾げる。
別に普段のお願いと違う所があるわけではない。何か食べ物を持ってきて欲しいとか買って来て欲しいとかはわりと頻繁にあるお願いだ。問題なのはタイミング。女の子が仲の良い男友達にお菓子をプレゼントする日に、甘いお菓子を買って来て欲しいというお願いをしてきたのだ。まさかかぐや姫もジャックにお菓子をプレゼントしてくれるのだろうか。
(……いや、僕に買いに行かせて僕にプレゼントっていうのも変だよね。ただの偶然、かな?)
しかしプレゼントする相手にプレゼントを買いに行かせるわけが無いはずなので、きっとただの偶然だろう。まあ面倒くさがりのかぐや姫ならやりそうなことなので、断言はできないのが悲しい所だった。
「おや~、ちょうどお菓子を持っているじゃないですか~。何ならそれでもわらわは構いませんよ~」
「あっ、これは僕へのプレゼントなんだからさすがにダメだよ。ちゃんと買ってくるから、かぐや姫は待ってて?」
かぐや姫が人魚姫たちからのプレゼントに手を伸ばしてきたので、咄嗟にそれを庇うジャック。これがただのお菓子だったならあげても構わないが、これは一応ジャックへのプレゼントなのだ。それなら貰ったジャック自身が食べるのが礼儀というものだろう。
「あ~、それはプレゼントでしたか~。ふふっ、ジャックはなかなかモテますね~?」
(モテる? どういう意味だろう、仲の良い友達へのプレゼントだよね……?)
その反応だけで全てを察したらしいかぐや姫が、意味深なことを言ってニヤリと笑う。このプレゼントは仲の良い男友達へのプレゼントのはずなので、モテるとかそういうことは関係ないはずだ。
しかしかぐや姫の笑みが微笑ましいものを見た時のそれとは無縁な感じであったため、何らかの含みを持たせているだけなのかもしれない。
「まあ、わらわにお菓子を謙譲して頂けるなら何でも構いませんよ~? なるべく早くお願いしますね、ジャック~?」
「う、うん。すぐ買ってくるよ」
買出しから戻ったばかりだが後回しにしてかぐや姫に恨まれるのも嫌なので、ジャックはすぐさまお菓子を買いに走ることにした。
普段なら販売所でもお菓子などそうそう売っていないが、今日に限ってはそれなりに陳列されていたので問題は無い。恐らく今日はバレンタインデーだから販売されているのだろう。
そんなわけでジャックは一旦かぐや姫に別れを告げると、まずは人魚姫たちからのプレゼントを置くために自室へと再び足を向けた。
「……あれ? 赤ずきんさん?」
すると、部屋の前に赤ずきんの姿があるのを発見した。
ジャックに急ぎの用事でもあるのか、部屋の前でうろうろ歩き回ってコートの裾を翻している。何やら罰が悪そうな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
「赤ずきんさん、どうしたの? 僕の部屋の前でうろうろして」
「わっ!? じゃ、ジャック……びっくりしたぁ……」
声をかけたところ、飛び上がりそうなほど驚く赤ずきん。見ればその顔は真っ赤だ。声をかけられただけで酷く大袈裟ならしくない反応であるが、赤ずきんだって女の子なのだから別におかしくはないはずだ。なのでジャックは別段不思議には思わなかった。
「驚かせてごめん。でも、僕の部屋の前で何をしてるの?」
「あー、いや……実はジャックに用事があったんだけど、部屋にいなかったから戻ってくるのを待ってたんだ」
「それなら後でも良かったんじゃ……あ、もしかして急ぎの用でもあるの?」
「うーん……急ぎって言えば、急ぎかな……」
答える赤ずきんは頬を赤くしたまま視線を彷徨わせる。そして恥ずかしそうにもじもじとしながら、時折ジャックの方に視線を向けてくる。
その様子はいつもの赤ずきんとは異なりとてもしおらしいと言えるもので、ジャックは何だか無性に可愛らしく思えて胸の高鳴りを感じていた。
(な、何か今日の赤ずきんさん、凄く可愛いなぁ……あっ、もしかして赤ずきんさんも……?)
この恥ずかしがる様子には見覚えがあり、理由に思い至って手元を見下ろすジャック。そこにあるのは人魚姫たちから貰ったプレゼント。赤ずきんの反応はこのプレゼントを手渡す時の白雪姫の様子にそっくりだ。ということはもしかすると――
「……こ、これ! ジャックにあげるよ!」
声を張り上げ、赤ずきんが渡してきたのは予想通りのもの。可愛くラッピングされた小さな小箱であった。これが何かなど最早尋ねるまでも無かった。
「あたしには似合わないことだっていうのは分かってるんだけどさ……受け取って、くれるかな……?」
頬を染め、どこか自信無さ気に尋ねてくる赤ずきん。その様子が普段の元気いっぱいな様子とは異なるせいか、無性にドキドキしてしまうジャックであった。
「似合わないなんてことないよ。ありがとう、赤ずきんさん。喜んで受け取らせてもらうね?」
「そ、そっか! 良かったぁ、受け取ってもらえて……」
喜びを隠さず笑顔で受け取ると、赤ずきんは心底ほっとした表情で胸を撫で下ろす。どうやら赤ずきんでさえも恥ずかしがるどころか緊張すらしていたらしい。確かに仲の良い友達同士であることを示すプレゼントを異性に渡すのは恥ずかしいのかもしれないが、あの赤ずきんがここまで緊張や羞恥を示すものなのだろうか。
(あ、そういえば白雪姫や眠り姫はプレゼントが義理じゃないとか言ってたっけ? 意味は良く分からないけど、赤ずきんさんもそうなのかな?)
まあ女の子には色々あるはずなので緊張や羞恥に関しては棚上げにするものの、代わりに浮かんできたのはそんな疑問だ。きっと義理という言葉にもバレンタインデー特有の意味合いがあるのだろう。
「ねえ、赤ずきんさん。赤ずきんさんのは義理とかそういうのなのかな? それともまた別の意味だったりする?」
「えっ!? あ、や、それは……!」
とりあえず義理なのかそうではないのかを尋ねてみた所、赤ずきんはかつて無いほどに頬を赤く染め言葉に詰まっていた。どうやら義理なのかそうでないかを明言するのは非常に羞恥を伴う行為らしい。
「あっ! も、もうこんな時間だ! ごめんジャック、あたし用事を思い出したからもう行くよ! じゃあね!」
結局赤ずきんは恥ずかしくて答えられなかったらしく、明らかな誤魔化しと分かる言葉を残すと疾風の如き早さで走り去っていった。具体的にはコートの裾がほぼ水平にたなびくくらい早かった。
(うーん……白雪姫と同じような反応ってことは、赤ずきんさんも義理じゃないってことかな? というかそもそも義理の反対って何て言葉なんだろう?)
ただしその反応からどちらなのかある程度察しはついていた。まあ察しは付いても意味が分かっていないのであまり関係はなかったが、やはりバレンタインデーとやらには隠された秘密があるに違いない。
(本当に、このプレゼントには一体どんな意味があるんだろう。それに義理と、その反対の意味……凄く気になるけど、何だか知るのが少し怖くなってきたなぁ……)
人並みに好奇心があるので知りたいという欲求はあるジャックだが、同時に何かとても嫌な予感がしてならなかった。
それと何だかとても大事なことを見落としているような、深く考えれば思いつくようなことを見落としているような、そんな致命的なミスを犯しているような気もしていた。
※人魚姫がジャックにプレゼントしたのは当然ながら義理チョコ。その他の子はご想像にお任せします。