ブラッディ・バレンタイン   作:サイエンティスト

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 未だバレンタインデーの真実を知らないジャック君。知っていたら間違いなくプレゼントを受け取る時に赤くなりますね……。




義理と本命

 

 自室に赤ずきんたちからもらったプレゼントを置いて、その足で再び販売所へ戻りかぐや姫へのお菓子を購入したジャック。幸いお菓子はまだ十分に並んでいたので、貰った分のお返し用のお菓子も購入しておいた。

 お菓子の購入にあたり何故か一部の男性客たちからは可哀想な者を見る目というか、同情の視線を向けられていたのが少し気になったが、何故そんな目で見るのかと尋ねられるわけもない。なので結局ジャックはバレンタインデーに関しての知識が未だ欠如している状態であった。まあ人魚姫の言葉を信じるならアリスに聞けば教えてもらえるはずなので、さほど心配はしていないが。

 

「それにしても、まさかかぐや姫からもプレゼントをくれるとは思わなかったなぁ。まあプレゼントっていうか、僕が買ってきたものなんだけど……」

 

 手の中のお菓子を眺めつつ、ジャックは一人呟く。

 注文どおりお菓子を買って来たところ、何とかぐや姫はその内の幾つかをジャックにプレゼントしてくれたのだ。とはいえ手渡されたというか、買って来たお菓子の一部をそのまま持って行って良いと言われただけなので、これをプレゼントと言って良いのかは若干疑問が残る所である。

 

「まあ貰えないよりは良いよね。これで一応はかぐや姫にも仲の良い友達って認識されてるってことだし」

 

 どちらかといえば都合の良い友人と思われていそうな気がしないでもないが、そこはなるべく考えないようにした。

 とりあえず買出しもおつかいも済ませたので、これでゆっくり部屋で休めるはずだ。なのでジャックは廊下を歩いて再び部屋へと向かっていたのだが――

 

「ジャック……ちょっと、こっち……!」

「えっ? 誰か僕を呼んだ?」

 

 その最中、どこかから唐突に声をかけられる。周りを見渡しても姿が見えず、どこかの部屋の扉が開いているわけでもない。

 結局人の姿は見つからず、空耳かと思い再び歩き出そうとした所――

 

「私よ、私! ちょっとこっちきなさい!」

 

 先ほどよりもはっきりと声が聞こえ、その方向を目にしたジャックはやっと声の主を発見した。資材と壁の隙間というかなり狭い空間からこちらを手招きする、顔を赤く染めた親指姫の姿を。

 

「親指姫? どうしてそんなところに……あ、もしかしてまた狭いところで休んでたの?」

「う、うるさいわね! 良いからこっち来なさい!」

 

 指摘されて余計に顔の赤みを深くする親指姫。その様子と狭い場所を好む所から小動物的な可愛らしさを感じて、思わず頬を緩ませてしまうジャック。とはいえあまり笑っていると怒られそうなのですぐに表情を正し、親指姫の元へと向かった。

 

「ほら、あんたもこっちに来なさい!」

「そ、そこに……? そこはちょっと二人は狭すぎるんじゃ……」

「良いから! 来ないと後が酷いわよ!」

「は、はい!」

 

 一喝され、ジャックは素直に資材と壁の隙間にお邪魔する。あまり広くない自分の肩幅よりやや狭い程度の空間で奥行きもそれほどないため、必然的にほぼ密着するような状態である。

 

(どうして親指姫はわざわざこんなところに……というか、親指姫の匂いがしてちょっと心臓に悪いよ……)

 

 狭さの上に身長差もあってか、親指姫の髪から漂ってくるどことなく甘い香りが容赦なくジャックの胸を高鳴らせる。できる限り早くここから出て一息つきたいジャックであった。

 

「えっと……それで、どうしたの?」

「あ、あんた、今日が何の日か知ってる?」

「うん。バレンタインデー、だよね? 女の子が仲の良い男友達にお菓子をプレゼントする日、って聞いてるけど……」

 

 実際のところ、それが正しいのかどうかははっきり言って自信が無い。赤ずきんや白雪姫の反応からすると、もっと別の深い意味がありそうな気がしてならなかった。

 

「そ、そうよ! いつもは仲間内で配りあってたんだけど、今年はちょっと余計に用意しちゃって一個余ったし……と、特別にあんたにもあげるわ!」

 

 しかし親指姫はジャックの答えに頷くと、やはり可愛くラッピングされた小箱を差し出してきた。あくまでも残ったものを特別にプレゼントしてあげると強調しつつ、視線を逸らしながら。

 これが本当に余りものだったなら、幾ら親指姫でも耳の先まで顔を真っ赤に染めたりはしないだろう。きちんとジャックの分を用意していたものの、それを恥ずかしくて伝えられないからわざわざ余りものだと言ったに違いない。あまりの天邪鬼ぶりに、ついついジャックはくすりと笑ってしまった。

 

「ありがとう、親指姫。余り物でも嬉しいよ」

 

 もちろん笑ったことを怒られないよう、すぐにプレゼントに対する嬉しさの笑顔に変えてから受け取る。まあ狭さのせいでちょっと受け取りづらかったが。

 

「そ、そうよ、余り物よ! あと、それは義理だからね! 義理! 間違っても本命なんかじゃないんだから!」

「本命……? それってどういう意味なの?」

「なっ!?」

 

 図らずも義理の反対と思しき言葉を聞けて、思わず尋ねてしまうジャック。

 しかし即座に自分が間違ったことを口走ったのだと理解した。わざわざ余りもので義理であることを極端に強調していた親指姫だ。当然そこには素直に口に出来ない何かがあるに違いなかった。

 そして下手にそこを突付くと親指姫がどうなるか。それはこの暗がりの温度が微かに上昇したと錯覚してしまうほどに深く、顔を赤くしている姿が証明していた。

 

「わ、わざわざ言わせようと済んじゃないわよ、この鈍感男! 少しくらい察しろっての!」

「いたっ!? ご、ごめん! 何だかよく分からないけどごめん!」

 

 脛を蹴られ鳩尾を殴られ、何が何だか分からないままひたすらに謝罪するジャック。それでも今回ジャックの発言は相当な失言だったらしく、親指姫はなかなか落ち着きを見せてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたた……親指姫、あんなに怒るなんて相当気に障ったのかな……」

 

 結局親指姫を落ち着かせることはできず、というか宥めようとしたらむしろ余計に怒らせたため、やむなくほうほうの体で逃げ出したジャック。

 どうやら意味も分からないまま『そうだよね! 君が本命を僕にプレゼントするわけないよね!』と口にしたのはまずかったらしい。とりあえず親指姫の怒りを逆撫でするような意味だと分かったのは収穫だと言いたいが、そもそも何故怒っていたのかが分からないので結局大した収穫にはならないのが悲しい所である。

 

「うーん。何だか大量にお菓子を貰っちゃったなぁ。こんなにいっぱい食べきれるかな……」

 

 自室に戻り、貰ったプレゼントを置いていた机に更に追加でプレゼントを置く。かぐや姫からのものもカウントすれば、合計で六人からのプレゼントだ。小箱も大きさはかなりバラつきがあり、立方体に近いものもあればその三分の一くらいの厚さの物もある。中にどんなお菓子が入っているのかはまだ分からないが、プレゼントなのだから悪くなる前に食べ切ってしまいたいところだ。

 とはいえ食べきれるかどうかを心配はしても、悪い気分はしないジャックであった。何と言っても六人もの少女たちから仲の良い友達と認識されているのだから、こんなに嬉しいことは無い。

 欲を言えば他の血式少女達からも貰えれば嬉しい所だが、人魚姫の言葉を信じるならきっともらえるはずだ。まあ何人かはジャックと同様にバレンタインデーを知らないか、あるいは知っていても意味が理解できずにプレゼントをしないかもしれないが、そこは仕方ないことだろう。

 

(それにしても、結局本命ってどういう意味なんだろう……)

 

 親指姫が口を滑らせてくれたおかげで判明した言葉に対して、深く思考を巡らせて行くジャック。

 義理と本命。仲の良い男友達にプレゼントする。女の子にとっては恥ずかしい。これらの情報から考えると、義理とはあくまでも友達に渡すものであり、本命とは特に仲の良い友達に渡すものではないだろうか。すなわち言葉どおりあくまでも義理で渡す友達と、これからも仲良くして欲しい本命の友達。考えられるのはそれくらいか。

 一応他にも一つだけ思いついた仮説があるものの、ありえないことなので深く考えるまでも無く除外している。

 

(だけど、何か違う気がするんだよね……さすがにそろそろ誰かに聞きたいけど、プレゼントする時にあれだけ恥ずかしがってる女の子に聞くのはどうかと思うし、ここはハルさんにでも聞いてみようかな?)

 

 待っていればアリスが教えてくれるかもしれないが、さすがにそろそろジャックの好奇心も限界だ。というか情報不足による致命的なミスを犯している気がしてならなかったのだ。単なる行事でそこまで深刻な事態に陥ることはないはずだが、何故かそんな不安が拭えない。

 なのでジャックはハルが仕事をしている、あるいはサボっているであろう血式兵器製造所へと向かおうとしたのだが――

 

「きゃっ!?」

「わっ!? し、シンデレラ?」

 

 部屋の扉を開けた途端、目の前に一人の少女――シンデレラが立っていたので心底驚いてしまった。まあそれはシンデレラの方も同じらしく、飛び上がりそうになって青い髪を揺らしていた。

 

「び、びっくりしましたわ……ノックしようとしたら突然扉が開くんですもの……」

「ご、ごめん、驚かせて……」

「いえ、今のはタイミングが悪かっただけで、ジャックさんのせいではありませんわ。気になさらないでくださいな」

「うん、そうさせてもらうよ。それで……シンデレラも僕に何か用事があるの?」

 

 もしかしたら、と思いながら尋ねるジャック。案の定と言うべきか、シンデレラは尋ねられた途端に頬をぽっと染めていた。

 

「え、ええ。実は、その……ジャックさん、今日が何の日か知っていまして?」

「バレンタインデー、だよね? 女の子が仲の良い男友達にお菓子を贈る日って聞いてるけど、誰かにもらう度に僕の認識が間違ってるような気がしてならないんだよね……」

 

 実際その考えが正しいなら、親指姫や白雪姫はともかくとして赤ずきんがあそこまで恥ずかしがるとは思えなかった。絶対に何か別の意図があるか、ジャックが知らないバレンタインデーの秘密があるに違いない。

 

「い、いえ、それで間違いありませんわ! ジャックさんの認識は何も間違っていませんわよ! をーっほっほっほ!」

(この反応、やっぱり僕の認識は間違ってるんだね……)

 

 口では肯定しつつも分かりやすく頬を染めているシンデレラの反応に、やはり何か致命的なすれ違いがあるのだと確信するジャック。

 いい加減真実を知らないと取り返しのつかない事態になりそうな気がして怖い所だが、高笑いしつつ誤魔化しているシンデレラにはたぶん聞いても無駄だろう。

 

「そ、それはそうと、私からもプレゼントですわ! よろしければ受け取ってくださいな」

 

 そうして誤魔化しを終えたシンデレラが差し出してきたのは、やはり可愛くラッピングされた手の平大の小箱。さすがに親指姫や白雪姫ほどではないものの、十分にその表情は恥じらいに染まっていた。

 

「もちろん受け取らせてもらうよ。ありがとう、シンデレラ」

「感謝の言葉はいりませんわ。できれば気持ちは、もっと別の形でいただきたいですもの……」

 

 ありがたく受け取ったところ、若干独り言のような答えを返してくる。どこか期待の入り混じった表情を浮かべているあたり、お返しを非常に楽しみにしているようであった。まあ三倍返しなら無理も無い反応だ。

 

「うん。もちろん三倍にして返すよ。確かそれが正しいお返しのしかたなんだよね?」

「いえ、確かに正しいといえば正しいのかもしれませんけれど、私が言っているのはそういうことでは……」

 

 三倍返しという事実を伝えると、むしろどこか残念そうな表情を見せてくる。

 何故か必要最低限の知識しか教えてくれなかった人魚姫とは違い、お返しが三倍と教えてくれたのはおつうだ。少なくともお返しに関しては嘘も秘密も無いはずだというのにこの反応、もしかするとおつうが口にしなかっただけで他にもお返しの方法があるのかもしれない。

 

「もしかして他にお返しのしかたがあるの? 僕はバレンタインデーなんて今日初めて知ったから、できれば教えて欲しいな?」

「そ、それは知らない方が良いといいますか、できれば私の口からは語りたくありませんわ……」

(シンデレラが言いたくないお返しのしかた……?)

 

 何気なく尋ねてみた所、シンデレラはよりいっそう頬の赤みを深めた。しかしどこか期待を抱いているようにも見える面持ちである。

 ますます気になる答えと反応だが、最早尋ねても答えを得られないのは経験で分かっていた。むしろ親指姫の時のように怒らせてしまうことすらありそうだ。なのでジャックは非常に気になっているものの、決してそれ以上尋ねることはしなかった。

 

「そ、それではジャックさん、私は用事を済ませたのでもう戻りますわね! ごきげんよう! をーっほっほっほ!」

 

 それにどのみち、答えを尋ねるほどの隙は無かった。気が付けばシンデレラも赤ずきんの如く、素早くジャックの部屋から走り去っていったから。徐々に離れていく笑い声も、ほんの数秒で聞こえなくなるほどの速度で。

 

「……結局バレンタインデーって何なんだろう。本当に仲の良い男友達にお菓子をプレゼントするだけの日、なのかな?」

 

 その姿を見送り、手元に残されたシンデレラからのプレゼントを眺めながら本日何度目かの思考を巡らせてしまうジャック。

 人魚姫があんな堂々ととんでもない嘘をつくとは思えないので、少なくとも真っ赤な嘘ではないはずだ。しかし完全に正しいとも思えない。あの赤ずきんでさえも真っ赤になって羞恥心に耐えられず、逃げ出してしまうような驚きの理由がこのプレゼントには秘められているはずなのだ。

 

(……もしかして、好きな男の子に告白する日、とか?)

 

 もしもこのプレゼントが仲の良い友達ではなく、交際すら考えるほど大好きな異性に贈るものであるとしたら。それなら少女たちの反応にも納得できるし、義理や本命という言葉も何となく意味を察せる。そしてシンデレラが言う他のお返しの方法も、自分の気持ちに応えて欲しいという意味だと理解できる。

 バレンタインデーは女の子が好きな異性にお菓子を贈り、自分の気持ちを伝える日。そう考えれば全ての辻褄が合うのだった。

 

(――あははっ。なんてね、やっぱりさすがにそんなことはありえないよ)

 

 実はかなり早い段階でこの考えに至っていたものの、間違ってもありえないことなのでジャックは自らその考えを否定していた。何人もの少女達に想いを寄せられていると勘違いしているようで自意識過剰で恥ずかしいし、そもそもジャックは男としての魅力に乏しい。

 もしも義理が友達に贈るもので、本命とやらが好きな異性に贈るものであった場合、ジャックは最低でも二人以上に明確な好意を寄せられていることになるのだ。白雪姫と眠り姫は確定と言えるが、反応を考えるに親指姫と赤ずきん、それからシンデレラも怪しいと言える。

 本命のプレゼントを贈ってくれたのがほんの一人だけ、それこそ小さな頃から一緒に過ごしているアリスであったならこの考えを否定することは無かったかもしれないが、ここまで何人もの少女からプレゼントを貰っている今では否定しかできなかった。何故ならジャックは自分が何人もの少女達から、それも自分よりも強くて優しい子達に想いを寄せられるほど、魅力的な男だとは思っていないから。

 

「絶対何か他に秘密があるんだよね、バレンタインデーって……よし、早くハルさんに聞きに行こう!」

 

 知るのがちょっと怖いものの、いい加減気になって気になって仕方ない。それに何より、真実を知らなければまた自分に都合の良い自意識過剰なことを考えてしまいそうになる。

 なのでジャックはバレンタインデーの真実を知るため、今度こそハルの元へ向かうのだった。もちろんシンデレラから貰ったプレゼントを他の少女たちから貰ったプレゼントと一緒に、丁寧に置いておくのを忘れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛冶場のような熱気を感じる血式兵器製造所。バレンタインデーについて尋ねるためにハルの姿を探して歩くジャックは、やがてハルが日頃からよくサボっている奥の部屋に足を踏み入れた。

 

(あ、やっぱりハルさんここにいた。けど……何かいつもと違うような気がするな?)

 

 予想通りそこには仕事を放ってくつろぐハルの姿があり、隣にはくららの姿もあった。それだけならいつもと何ら変わり無い光景であるが、細かい部分が幾つか普段と異なっていた。

 一番分かりやすいのは二人の距離と表情。くららはハルに背中からおぶさるようにべったりくっついて顔を覗き込んでいるし、ハルは微かに頬を染めつつ若干戸惑い気味に視線を逸らしている。元々二人は仲が良いというか、くららが積極的に絡んでいるだけの気がするものの、今日はいつにもましてくららの押しが強い感じである。ハルが戸惑い気味なのはきっとそれが原因なのだろう。

 

(ハルさんに悪いけど、何か仲の良い親子みたいで微笑ましい光景だなぁ……)

 

 眼前の光景を分かりやすく表現するなら、甘える娘と戸惑う父親という言葉がぴったりである。非常に微笑ましい光景に、ジャックは思わず声をかけるのも忘れて眺めてしまっていた。

 

「あ、ジャックさん。どうかしたっすか?」

 

 やがてジャックに気が付いたくららが、特に気にした様子も無く声をかけてくる。その表情が満面の笑みなのはやはりハルとの触れ合いが幸せだからなのだろうか。まあハル自身はいかにも見られたくない姿を見られた、とでも言いた気に眉を顰めていたのだが。

 

「うん。実はちょっとハルさんに質問があって来たんだけど……もしかしてお邪魔だったかな?」

「そんなことないっすよ。まあ師匠はバレンタインのチョコをもらって食べてるところをジャックさんに見られて、ご機嫌斜めみたいっすけどね?」

 

 にっこり笑って答えるくららに、ジャックは思わずハルの口元に視線を向ける。

 いつもタバコを口に咥えているハルだが、今日は何故か茶色っぽい細い何かを口に咥えていたのだ。くららの口振りから察するとあれは棒状のお菓子、それもチョコレートなのだろう。もしかするとくららがハルにプレゼントしたのかもしれない。

 

「うっせぇ。お前がどうしてもって言うから仕方なく食ってやってんだろうが。何なら全部ジャックに渡しちまっても良いんだぞ」

「あーっ! 酷いっすよ、師匠! せっかく師匠のために販売所の手伝いを頑張りながらチョコレートを確保しといたのにその言い草っすか!」

「お前それ横流しじゃねぇか。本当碌なことしねぇな……」

 

 咥えていた棒状のお菓子をポキリと折りつつ、呆れの目をくららに向けるハル。

 まあバレンタインデーは正確に言えばお菓子ではなくチョコレートをプレゼントする日らしいので、品薄になる前に確保しておきたい気持ちは分からないでもなかった。物資が貴重なジェイルの中ではなおさらである。

 

「で、俺に何を聞きてぇんだ? チョコをもらった数なら見ての通り、こいつからのお情けが一つだ」 

「そ、そうっすね……自分からの、義理が一つっす……」

 

 棒状のお菓子をタバコのように咥えつつ答えるハルと、ぽっと頬を染めて義理と宣言するくらら。反応から察するに本当は義理ではないのかもしれないが、本命の意味が分かっていないジャックとしては確信はできなかった。

 

「実は僕、バレンタインデーのことを良く知らないんです。一応人魚姫さんが教えてくれたんですけど、女の子が仲の良い男友達にお菓子をプレゼントする日、くらいにしか教えてもらえなくて……ハルさん、良かったら教えてもらえませんか?」

「……ジャック、お前誰からプレゼントを貰った? あと渡す時様子がおかしかった奴も教えろ」

 

 何故かニヤリと笑いながら逆に尋ねてくるハル。

 様子がおかしかったというのは恥ずかしそうにしていた、という意味なのだろうか。だとするなら何人か様子がおかしかった少女がいる。ジャックは指折り数えながら答えた。

 

「えっと、人魚姫さんとかぐや姫は特に様子はおかしくありませんでした。でも親指姫に白雪姫、眠り姫、それから赤ずきんさんとシンデレラはちょっと様子がおかしかったと思います。何ていうか、凄く恥ずかしそうにプレゼントを渡してきました」

 

 今のところ、プレゼントをくれたのは計七人。その内妙に恥ずかしがっていたり、本命と言う謎の言葉を使ったのは五人だ。まあジャックが買って来たお菓子をそのままプレゼントにしたかぐや姫は、七人の内に含めて良いのか極めて微妙な所だが。

 

「うわーっ、さすがジャックさん! 師匠とは違ってモテモテっすね!」

(モテモテ……そういえばかぐや姫もそんなこと言ってたような……?)

 

 心底驚いた様子で感想を述べるくららは、何故かかぐや姫と同じ言葉を使っていた。

 確かに計七人もの少女から仲の良い友達と認識されているのだから、ある意味モテモテと言えなくもない。しかし別に恋愛感情に基づくプレゼントではないはずなので、これはそういうからかいの言葉だろう。ジャックはそう解釈した。

 

「ははっ、こりゃあ予想以上だな。しかもコイツ、まだアリスの嬢ちゃんの分が残ってるときたもんだ」

「ジャックさんこれから大変っすね、師匠?」

「だろうな。まあ一番大変なのは嬢ちゃんかもしれねぇけどな」

(……何の話をしてるんだろう? もしかしてお返しのこと、かな?)

 

 何故か憐憫の表情を浮かべて語り合う二人の姿に、微かな不安を覚えるジャック。

 確かにお返しのプレゼントは現時点でも大変なことになっている。何せ三倍で返さなければいけないのに返す相手は七人もいるのだ。単純計算でもジャックは二十一人分のお菓子を用意しなければならない。

 そしてもしアリスも皆と同じようにプレゼントをくれるのだとしても、この事実を知ればジャックの負担を考えて本当は欲しくともお返しはいらないと言うかもしれない。なるほど確かにジャックにしてもアリスにしても大変だ。

 

「ま、何だ。知りてぇなら教えてやるが、それは明日になってからだな。今は知らねぇ方が幸せな気分でいられるぜ、ジャック?」

「そうっすね。本命の人数と面子からして何かドロドロしそうな予感がするっすよ……」

「ど、ドロドロ……?」

 

 今度は明確な哀れみの目を二人揃ってこちらに向けてくる。

 一体何がドロドロなのかさっぱり分からず、そして何故知らない方が幸せでいられるのか分からず、ただただ困惑するしかないジャックであった。

 

「ま、むさ苦しい師匠にはそんな展開は訪れないっすけどね。仕方ないから自分がモテモテの気分を味わわせてあげるっすよ。はい、師匠! あーんするっす!」

「とりあえず明日になったらまた来い、ジャック。その時にお前の知りてぇことを教えてやるよ。今日のところは何も知らねぇ方が、お前も渡す方も幸せだ」

「は、はい。分かりました」

 

 満面の笑みのくららに棒状のお菓子で頬を突っつかれながらも、無視して真剣な表情で語るハルの姿にちょっとだけ噴出しそうになりつつ頷くジャック。

 知らない方が幸せでいられる理由は分からないが、何か嫌な予感がするのも確かなのだ。ここは大人しく助言に従っておいた方が賢明に違いない。それにもしかしたら明日まで待たずともアリスが教えてくれるかもしれないのだから。

 

「ほら、師匠! 早く口開けて食べるっすよ! せっかく可愛い女の子が食べさせてあげようとしてるんすよ!」

「はっ、お前そんな奴どこにいやがる――うおっ!? や、やめろ! 鼻の穴に突っ込もうとするな!」

(……それはともかく、ハルさんとくららは本当に仲が良いなぁ。まるで本当の親子みたいだ)

 

 まるで親子のようなスキンシップを交す二人の姿に再度微笑ましさを覚え、しばらくジャックはその光景を眺めて楽しむのであった。やはりバレンタインデーとは仲の良い人にプレゼントを渡す日であり、間違っても告白の意図は無いのだという理解を深めながら。

 

 

 

 

 

 





※ジャック君はバレンタインデーの真実に自力で辿り着きましたが、自己評価が低いためにありえないと決め付けています。

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