文化祭の出し物が決まってから、俺も俺で準備をしてきた。
実は俺をはじめ、バンドメンバーは全員雄英生なのだ。経営科と普通科2人だ。そういう意味で英雄祭にjokersで出ることには全く問題はない。
そんなわけでミスコンの前にサプライズ出演してミスコンを盛り上げる計画を発案したのはお祭り大好きのAceだ。
仕事が早すぎるAceは、どうやら実行委員の人には話を通したらしいので、今後、何回か打ち合わせをするだけで大丈夫とのことだった。
ちなみにAceが経営科だ。こういうことに非常に長けている。交渉などはお手の物で、顔出ししていない俺らがサプライズ出演をするのはリハや打ち合わせの関係もあって大変なのだが、今回みたいに易々と実行委員からOKをもらってくる。ある意味恐ろしい男だ。
そんなわけでバンドの練習はしっかりやってる。外出届を出してスタジオに行って練習したり、ビデオ通話を繋げて練習したりして文化祭に向けて仕上げていく。また当日の段取りとか、いつ着替えるのかとか細かいチェックを重ねる。文化祭で正体がバレるのはしゃれにならない。
プラスして俺はAバンドのサポートに入ったので、練習している5人のためにステージの説明を聞きに行ったり音響の話をしたり、演出組と打ち合わせをしたり…、寝なくていい俺じゃなければ今頃倒れているくらいの多忙具合だ。
普通に楽器を教えるし、上鳴は初心者なのでチューニングを合わせてあげなくてはいけない。耳郎の本番でのアレンジを見据えて、爆豪にこっそりアレンジの加わりそうなところを伝えて、八百万にもアレンジに対応できるように編曲した楽譜を参考までに渡しておく。常闇はFコードを克服させなきゃダメだし、もう目が回りそうだ。
Aバンドの練習が休憩になった瞬間にギターケースを背負って寮を飛び出すのは日常茶飯事になり、俺は寝ることも食事を取ることも一切なくなった。
疲労や空腹は感じない体質だが、このギッチギチなスケジュールが解消したら意識が遠のきそうなくらいには体は悲鳴をあげているだろう。
すでに体重は数キロも減ってしまった。
休憩時間に抜け出しては、バンドの練習をする。俺以外は軽音楽部所属だから俺だけコソッとすればあとの3人は怪しまれることもなく視聴覚室で練習できる。そしてjokersの練習が終われば寮に駆け戻りAバンドの練習に加わる。
これの繰り返しだ。
そして俺の正体を知っている耳郎は夜に俺の部屋に来てノートを書いている。時々質問をされるが確認程度のことなので、耳郎の音楽知識は素晴らしいものだと感じる。これが習慣化して、21時くらいから夜遅くまで俺の部屋でノートを書いて自室に戻っていくのだ。
そして今晩も耳郎は部屋に来た。俺に言えることではないが、しっかり寝てるのか、無理してないか心配になる。
『無理はしないでくれよ』
「んー、だいじょぶ。」
これは聞き流してるな…
耳郎には俺のデスクを貸しているので俺からは後ろ姿しか見えないが、腕の動きからしてノートに多くのことを書き込んでいるのがわかる。
俺が耳郎の後ろに立ってノートをのぞいても気づかないくらい集中しているようだ。
『耳郎は優しいな』
そう言って頭をなでる。
「んー、ありがと……って、え!この手は何!?」
『耳郎をなでてる』
「ウチ、子どもじゃないんだけど、」
『頑張りすぎは良くない。たまには休んでいいんだ。』
「説得力なさすぎ…」
そう耳郎に笑われてしまった。
『笑うなよ、今日はもう戻れ。』
「ヤダ」
これは困った。無理やり戻すことも出来ないし…
「一緒に寝たい」
そうきたか…、これは彼女の精一杯の甘えなのだろうか…
『わかった。少し待ってろ』
俺の部屋にはベッドが無いわけではないのだ。本に埋まっていてベッドだと認識できないだけだ。
俺はその大量の本をベッドから下ろし、布団を敷く。10月になって気持ち肌寒くなってきたので、毛布も出した。
『準備終わった。寝よう?』
とデスクに向かっている耳郎に声をかけて一緒にベッドに寝て毛布をかける。
すると耳郎は静かに呟いた。
「なんで、楽器はやってくれないの?」
『すまない』
「いっしょに、音楽やんの、楽しみだったのに…」
『ごめんな…』
俺はただ耳郎に謝ることしか出来なかった。俺は耳郎に悲しい、辛い思いをさせてしまった。
しばらくの沈黙の間、俺は耳郎を幸せにしたいとだけ考えていた。
『なあ、響香。』
響香はいきなり名前で呼ばれて驚いている。
『俺は響香と皆が奏でる音を聴きたいと思った。響香と並んで立つのではなく、後ろから支えていたいと思った。』
俺は一気に響香との距離をつめる。
『まあ要約すれば大好きってこと!』
俺はそのまま響香の唇を食べるような深いキスをした。驚いて僅かに開いた口内に舌を割り込ませてゆっくり響香を味わう。遺伝子レベルで俺らは合ってる、そんな気がする。
すると息苦しくなったのか、胸を叩かれる。俺は名残惜しいが響香から離れた。
「んっ、いき、なりは…、ズルい……」
乱れた甘い呼吸は俺の理性を破壊してくる。
『ごめんね、寂しかった?』
もう一度優しく唇をついばんで抱きしめる力を強める。
「…寂しかった、でも忙しそうにしてたから我慢してた。」
たまに見せるこの一面が可愛くて仕方がない。
『確かに忙しいけど、何よりも響香との時間が大切だからいつでも甘えてほしい』
「ありがと、」
『明日は休日だね、何時に起こせばいい?』
「鍵無も寝るよね?」
『あぁ、寝るよ。(寝るとは言ってない)』
「どーせ寝ないくせに」
ああ、この目は全部見え透いている目だ。
『バレた?』
「ウソ下手すぎ…、寝てないし食べてないの知ってんだよ。」
『そこまでバレてたか…』
「だって食事してる姿は見ないし、毎晩部屋に来るけど、作業の進みとかみても寝てる雰囲気はどこにもないっつーか、この前一緒に寝てから寝てないでしょ?」
『言い逃れは出来なさそうだね…、認めるよ。その通りだ。』
「はぁぁ、そーゆーとこバカだよね、死ぬ気なの?」
『……いや、そんなつもりはないけど』
響香がとても納得がいかない顔をしている。
「今日はウチが、け、彗仁のこと離さないからなにがあっても寝て!」
ここでデレないでくれよ。
かわいすぎんだろ、ちょっといじめたくなっちゃうじゃないか…
『響香ちゃんからキスしてくれたら寝れるなぁー』
「な、何言ってんの!?調子に乗んな!このバ鍵無!!」
そういうとこもかぁいい、めっちゃ好きだなぁ…
「………っ!」
一気に響香が赤面したのを見てハッとした。
もしかして口に出てた?やばい、恥ずかしい。俺まで赤面してしまう。
「ウチのほーが好きだし!」
そしてそのまま勢いでキスされて、背中を向けられてしまった。
俺は呆気にとられたまましばらく硬直していた。
え、なにこれ天使ですか?
俺は響香を抱き寄せて密着した。お腹に手を回して抱き寄せたのだが、柔らかくて細くて暖くって、女の子なんだなって再認識した。
それに響香の香りが俺の鼻をくすぐる。
さっき一度建て直した理性の壁が崩れそうだ。
加えて、目の前に耳たぶジャックがあるのだ。それは俺にとって、猫じゃらしで襲うように誘われているみたいだ。きっと無意識なんだろうが…
俺が理性を必死に維持していると、響香のお腹に回した手にひとまわり小さな手が重ねられた。細っそりして少し冷たいその感触に俺の理性は限界を迎えた。
「ヒャンッ!ちょ、んっ、耳、はァ!ダメッ!」
俺は目の前にあった響香の耳を舐めたり甘噛みしたりし始めた。
響香は体をよじらせて抵抗しようとするが、その衣服の擦れた音さえも俺の欲をかき立てていく。
『好き、俺のものにしたい。』
「あぁ、そこでっ、喋るなァ…!」
響香が足をジタバタさせるので、俺の足を絡めて動けなくする。俺の手に添えられていた綺麗な手は何かに耐えるように口をおさえている。
俺はやばいとは分かっているのだが、耳を弄るのを辞められない。もっと反応が見たい、響香の甘い声は俺の脳を痺れさせる。もう中毒になってしまいそうだ。
『好きすぎてやめられない。』
「だからっ!んぁっ、話さないでっ!」
すると響香が全力で俺の方を向き、熱いが困惑の色もうかがえる瞳で見てきた。ここで俺の理性はやっと戻ってきた。
『ごめん!自制が効かなくなってしまった…』
響香は息を弾ませて、俺の胸に顔をうめる。怒ってない?
その胸にかかる熱い息遣いだけでヤバい、あー、かぁいいけど、やめてくれぇ…
俺は必死に平静を装う。
『マジでごめん。じゃ、じゃあ寝よ…?』
響香は乱れた息のままゆっくり首を縦にふった。
すると小さく声が聞こえる。
「我慢できてないじゃん…」
『本当にすまないと思ってる』
「でも、その、お、襲われるのも、悪くないかなって…」
『もう一回襲えって言ってます?』
「は?そんなんじゃないし!」
『スミマセンデシタ』
「マジで、これから我慢しろ!」
『善処します』
「じゃあおやすみ」
『オヤスミナサイ』
怒られてしまったが、怒っていながらもどこか照れた感じなのがかぁいい。
しかしなんで響香はいきなり一緒に寝ようと思ったのだろうか?
俺は幸せな気持ちで眠りについた。
翌朝、
朝が弱い響香はまだ夢の中にいるようだがそろそろ起こさないとマズい。
『おーい、おはよう。朝だよ』
「んー、はよー」
『響香さん、7時ですよ』
「起きるー」
はぁ、なんでこんなにかわいいんだろう?
朝から癒されて今日の1日が始まる。
最近の俺の必需品はヘッドフォン、いつも首にかけていて時間がある度にAバンドだったりjokersだったり、音の様々な確認をしている。
すると声がかけられる。
「鍵無、ここはどうすれば良いと思うか?」
常闇が頼ってくれるのが何気に嬉しい。前に爆豪に「粒立たせろ!」と叫ばれてから、暇さえあれば響香が書いたノートを持って来てアドバイスを求めてくれるようになった。ほんの少しだが、響香の手を煩わせたくないらしい。
俺は丁寧にアドバイスをする。
『……って感じだ。さっきのと比較するとこうなる』
俺は実際にギターを弾いて見せる。
「成る程。とても分かりやすかった。感謝する。」
『俺で良ければなんでも聞いて!』
「ああ、頼んだ。」
常闇が嬉しそうに今日の練習に参加していく様子を見ると俺の心も楽しくなる。ダークシャドウも嬉しそうにしていて和む。
そして今日もAバンドの練習が休憩になった瞬間にギターケースを持って寮を出ようとしたのだが…
「ちょっと待てや!」
爆豪に呼び止められるとは思わなかった。
『急いでるんだ。急用じゃないならいいかな?』
「そんなん断れ!」
なんだろう、よほどの急用かな?
『うーん、わかった。今回だけね』
俺はjokersのグループに《爆発さん太郎に捕まった、今日無理、ごめん》とだけ送信した。
『はい、できれば手短にどーぞ』
「手短にすまねェぞ、アホが!!こっち来い!」
『え、えぇえ。』
俺がついていけば、Aバンドがお昼を食べるところだった。
「俺が作ったもん食えねぇとは言わせねぇぞ!」
めっちゃ美味しそうじゃん、才能マン恐るべし!
ん?でもそーじゃなくて…
『用事ってお昼食べるだけ?』
なんか気を張り詰めていた俺がバカみたいだ。
「サンキュー、バクゴー!」
何やら上機嫌で上鳴が話す。
「ハァ?!こいつ呼ぶくらい簡単だ、クソが!」
「とかいっちゃって、おまえも心配だったんだろー!?」
「んだとゴラァッ!!
…ッチ!メシ食ってねェとか、死ぬじゃねぇか!俺が殺るまでこいつに死なれちゃ困んだよ!」
そうか…、“死ぬ”か……。
「素直じゃねーなぁ!
でも良かったぜ!俺らもだけどさ、特に耳郎と常闇が休憩時間になるといなくなるおまえを心配して浮かねー顔してたからさ、」
思ったより心配させて迷惑をかけていたようだ。
『それは申し訳ないことをした、ただ俺の予定が山積しているだけだ。無理のない範囲でやってる』
「テメェの感覚はズレてんだよ!この外人が!」
「まあまあ、それくらいにして、冷めないうちにお昼をいただきましょう」
久しぶりに食べる食事はいつもより優しい味がした。
そして久しぶりにずっとAバンドのメンバーと共にいた。
今夜も部屋に響香が来るはずだ。
そしていつも通り響香が部屋に来た。しかし今夜はいつもと少し違う。常闇、八百万、上鳴も一緒だった。
「いきなりだけどさ、みんな連れて来た。爆豪は寝た」
『いいけど、どうしたの?まあとりあえずどこか座って』
俺は適当に座布団を出して座ってもらった。
『あの?なにか…?』
「私たちから質問がありますの」
そんな面と向かって言われると緊張する。
『えーっと…、ナンデショウカ?』
「突然だが、死ぬ人間の顔をしている」
いや待て、マジで突然だな!しかもめっちゃ神妙な面持ちでこっち見てる。俺は死なねぇぞ?!
『そう見えるか?』
「最近、やつれてるってゆーの?なんか顔色悪いぜ!」
あの上鳴にまで言われたら終わりだな。
『いや〜、そんなわけないだろ?』
「そんなわけある!まぁ、ウチらは心配なの!練習とかでいつも一緒じゃん!」
『ごめん、』
「食事はとても重要ですわ。私たちが食事中もずっと楽譜に何かを書いていて一切口にしていないでしょう?それに耳郎さんから睡眠をとっていないとお聞きしましたわ…」
『概ね事実です』
なるほど、響香はこの確認がしたくて昨日一緒に寝たがったのか…
「ヤバっ!それはマジで死んじまうぞ!今すぐ寝ろ!」
『昨日寝たよ?』
「いや毎日寝るもんだからね!?」
正論すぎて返す言葉がない。
「俺らは心配だ。鍵無の音楽知識、技術は卓越している。Aバンドで耳郎を支えられるのは鍵無しかいない。それに俺はもっと教えて欲しいことがある。倒れられたら困窮してしまう。」
「オレモコマル!!」
常闇、それにダークシャドウまで…
「そうですわ!生音を聞いてアドバイスをくれる存在がいなくなれば、Aバンドのパフォーマンスの低下にも繋がりかねません!
いつも支えてくださる鍵無さんに言うのは失礼かもしれませんが、裏方が周りに心配をかけるのは表に立つ人間に影響を及ぼします!
理解なさっていると思いますが、Aバンドを支えると公言した以上はそういうことにも気を使ってください!!」
八百万の言葉は厳しいがごもっともだ。
「引っかかるもんがあるとギター握る手に力が籠んない気がすんだよな!
まあそれに録音だけじゃ無理があるっつーか、おまえの意見はあのバクゴーでさえ聞き入れるんだぜ?あー、専門性?それだったら耳郎にも劣らないじゃんよ」
上鳴は初心者でギターを覚えなければいけないから1番大変なのに…、俺はなんて迷惑を……。
「みんな心配してる。体を酷使すんのは良くない、いつも一緒にいればさすがにわかるよ、今の鍵無がツラそうに過ごしてるの。」
そう言う響香の方がツラそうな顔だ。俺がそんな顔をさせているのか…。
『本当にすまない。これからは食事は取るし出来る限り寝る。』
「俺たちが見張るからな!」
『はい…』
この後、めちゃめちゃ注意されて俺はうなずくことしか出来なくなった。
心配してくれるのはとてもありがたい。持つべきものは友達とよく言われるが本当にその通りだと思う。
俺は多忙なことに変わりなかったが、文化祭までこれまでよりかは健康的に過ごした。