希望と孤独の狭間で…   作:B.delta

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第29話  変調

鍵無が入院しているという病院に着いた一行だったが、未だ半信半疑だった。

戸惑いながら病室に向かう。

 

鍵無の病室に入ったA組の皆は、彼の顔を覗いた。

その顔は眠っているようにしか見えなかった。

誰の目にも死にかけているなんて映らなかった。

 

「君たちは彼のクラスメイトかい?」

 

後ろのドアから誰かが入ってきた。

 

「私は彼の執刀医だよ、

それで…君たちに少し質問があるんだ」

 

医者は鍵無のベッドの隣の椅子に腰掛けた。

 

「彼のことなら親族に聞かれた方が良いと思います!」

 

「君の言う通りなんだけど、共に生活していたのは君たちなんだろう?」

 

「最近の様子を知りたいのですね!失礼いたしました!」

 

飯田の解釈能力はとても高い。真面目だからこそのことだが、たまに話に水をさすのが玉に瑕である。

 

「うん、それで何か変わったことはなかったかい?胸を摩っていたりとか、些細なことでいいんだ。」

 

誰も特に何も思い浮かばない。

ほとんど一緒にいた耳郎でさえ心当たりはなにもない。

 

「鍵無さんはどうなさったのでしょうか?」

 

「え?君たち彼がどうして倒れたか知らないのか!?」

 

八百万の質問に医者がびっくり仰天する。

 

「先生は何も教えてくれなかったわ」

 

ケロ?と梅雨ちゃんが医者を見る。

医師は咳払いをしてから話し出した。

 

「ではまずその話をしようか、

 

倒れていた彼は心肺停止の状態だった。

胸を押さえていたから開胸手術をしたところ、彼の心臓には大きな穴があった。本来なら生きて産まれて来る可能性はとても低いくらいの先天性心疾患だよ。

 

でもそれが問題じゃないみたいなんだ。

不思議なのが、電気ショックを流したら心臓の穴がまるで“存在しない”かのように動いたんだ。

 

それなのに心臓の穴の他に異常は見つからなかったから困った話だよ…

その穴は塞いだけど、原因がわからないからまたいつ心臓が止まるのかわからない。」

 

「それでこれまで生きてたのか?」

 

峰田の質問に医者がうなずく。

 

「体育祭とかで目にしていたけど、あんな動きはあの心臓じゃ絶対にできないよ。

彼は生きているだけで奇跡って状態で日々を過ごしてたんだ。」

 

「おいおい、ウソだろ…?」

 

「じゃあ起きることは無いと思うけど、声をかけたりしてみてね。

私はこれで行くよ、もし何かあったら教えてね」

 

医者が行ったあと、誰も動かなかった。

 

「俺らと過ごしていた彼は何者だったんだ?

これより討論を始めようと思う!意見がある者は挙手を!」

 

「飯田ぁ、ここ病室だぜ…」

 

「すまない、忘れていた…」

 

飯田のツッコミ担当は上鳴で決定。

 

それから各々、声をかけたり手を握ったり、頬を抓ってみたり、色々なことをするが何にも反応がない。

 

「なんか魔法とかで起こせたらいいのに…」

 

 

葉隠の言葉に耳郎は思い当たることがあった。

 

──彼の仮面の裏には『命令を』と書いていた。

魔法ではないけど、命令をすれば起きてくれるのではないか、そう考えた。

まあ物は試しと言うしダメ元でやるしかない。

 

耳郎は鍵無に声をかける。

 

「鍵無、起きて、これは命令だよ?」

 

しかし彼は目を覚さない。

 

(『命令を』ってくせに起きないじゃん!

これだから言葉足らずは困んだよ…、)

耳郎はため息をついた。

やっぱり起きないかと諦めたその時、

 

「耳郎さん、鍵無くんの本名でもう一回言ってみたらいいんじゃないかな?」

 

病室に入ってからずっと鍵無を観察していた緑谷が口を開いた。

 

「えーっと、ルーク?起きて!これは命令」

 

すると鍵無の眉が動いた。

 

「反応したぞ!!」

 

切島や瀬呂が叫び、病室なのに騒がしくする。

 

「起きて、みんなを守ってよ?ルーク!」

 

 

鍵無の目は見開かれた。

耳郎はまさか本当に命令で起きるとは思わなかった。

 

『長い夢だった…、

 

おや?君たちがいるということはあれは現実だった?』

 

「起きた…?」

 

しかし明らかに鍵無彗仁とは口調が違う。

 

耳郎は彼の目覚めを喜べなかった。

自分が好きな彼はいなくなってしまったのだろうか?

切なさが押し寄せてくる。

 

『俺はルーク。

ルーク・ジェイル・ハンター、よろしく』

 

「鍵無じゃないのか…?」

 

『ごめんね〜、切島であってる?

 

俺にちゃんと鍵無彗仁の記憶は残ってるよ。もちろん彼の感情もね。

でも鍵無彗仁はそもそも存在しないからイイじゃん!

 

じゃあ寝起きの運動ににヒーローの卵である君たちを殺そうかな!!』

 

「え……!?」

 

全員に緊張が走り、身構える。

話している本人はすごい笑顔だ…

 

『なーんてね!冗談だよ!

 

鍵無彗仁の最期のお願いなんだ。「必ずヒーローになれ、そしてみんなを守れ」ってさ。

 

だから、「みんなを守れ」ってお願いされた以上、それにはちゃんと従うよ!

 

俺は元に戻った。

ただそれだけだから気にしないでね、記憶も力も全て戻ってきた。

 

なんか暗めのみんなに今ならサービスで何でも答えたげる!』

 

そう笑う彼はやはり別人だった。

抹殺されないで良かったと考えるしかないのだろうか?

複雑な感情が入り混じる。

 

すると緑谷が沈黙を破った。

 

「ルークくんの“個性”は何なの?」

 

『気軽にルークで良いからね!

ルカでもいいよ!!

 

んでね、俺の“個性”は「無」。

全ての存在を操る力さ!

時間、物質、生命…、何でも有るか無いかだけ定義できれば操れる。

瞬間移動とかはわかりやすいと思うなぁ。

 

あと、心臓の話は聞いたろ?

俺はこの世に生を受けた瞬間に“個性”が発現した。

心臓の穴の存在を無いものとして生きることができたのさ!

 

さすがに俺をはじめ誰もが最初“個性”に気がつかなかったけどね、俺の体は無意識に自分が本来死んでいる存在なことを理解してたみたい。

 

小さい時って死んだら天国に行くか地獄に行くかって話よくされるじゃん、だから俺の無意識下では、死ぬ存在が生きてることは罪だと認識して“地獄”が発現したんじゃないかなって思うよ!』

 

「そ、そっか…」

 

彼は得意げに話すが、あまりにも突然過ぎて誰もそのテンションについていけない。

 

『ほら、皆、文化祭終わってそんな時間たってないよ!

明るく行こうよ!』

 

こいつは本当にヒーローを消すという使命があるのか?

敵の事情ではあるがあまりにも軽く接されるのでちんぷんかんぷんだ。

 

「ルークちゃん、どうしてヒーローを消すのかしら?」

 

『んー、言われたから?

オール・フォー・ワンって言う俺の先生がいるんだけど、その人に「ルカは全員守れる。おまえはとても強い。だからヒーローって名前だけの守れない人間を消してこい、特にヘラヘラ笑ってるやつ」的なこと言われてOKしたの!』

 

そんな簡単に人の命を奪えることに誰もが怒りを覚えた。

しかしもう少し話を聞いてみようと様子を見ることにした。

 

「それは今も消そうと思ってる…?」

 

『まだ命令は取り消されてないからなぁ』

 

「その命令って取り消せないの?」

 

『んー、どうなんだろう?

…わかった!俺はチェスのルークだ!』

 

「「「「は?」」」」

 

どうやらルークは奇想天外な思考の持ち主のようだ。

質問の答えと全くあっていない。

 

『チェスではキングとルークさえ残れば、相手のキングを追い詰めてチェックメイトできるんだ。まあ単独でもチェックできるけどね、

それにルークには戦車とか城とかの意味がある。

 

だからヒーローをキングとして、俺はルークになる!

 

あ、ごめん、勝手に独自解釈が進んじゃった!

今のは忘れていいよ!

 

さっき響香に起こしてもらうときに命令されたから、過去の命令を上書きしたってことにする!

 

命令って言っても誰もが俺に命令できるわけじゃないからね!

そこらへんは気をつけて!』

 

「気をつけてって言われてもよ…」

 

瀬呂がため息をついた。

これが人殺しだと思うと、ただのサイコパスにしか思えない。

 

『じゃあまた後で質問受け付けるから、ちょっと響香と2人きりにしてほしいな!』

 

言動のいきなり具合は鍵無と変わりないので、みんな慣れている。

 

耳郎は何の話をされるのか内心ビクつきながらみんなが出るのを待った。

 

 

 

 

「話ってなに?」

 

『鍵無彗仁は響香をあまり笑顔にできなかったことを後悔してた。

だから俺がアイツの分まで響香を笑顔にしたいな!』

 

「でももう別人でしょ?」

 

『うーん、それは少し違うよ。

ちょこっとだけ俺も体を動かしてたんだよ?

 

俺は鍵無彗仁として生きているのは妙に長い夢だと思ってた。

明晰夢ってわかる?夢を自らコントロールするってやつ。

正直そんな類のものだろうなって思ってた。

 

でも今、あれが夢じゃないってわかって嬉しいんだ。

夢だったら大好きな響香に会えなくなる。

それはすごく悲しいって思ってた。

 

最後に送ったメッセージ、あれを送ったのは俺だよ。

あの時、これで目が覚めてしまっても響香のことがずっと好きだって伝えたかった』

 

「でもなんでドイツ語…?」

 

『あー、それは…

俺のスマホの基本言語がドイツ語でさ、日本語に変更する時間がなかったんだよ…』

 

そうルークは少し申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「日本語じゃないとわからないんだけど?」

 

『厳しいなぁ…、

まあドイツ語で打った俺が悪いけどさ…』

 

「はぁ…」

 

耳郎は前よりも明るく親しみやすくなった彼もちょっとイイかもと思った。

それに対しルークは耳郎が好きだからこそ、嫌われたかった。

 

『響香、俺を嫌いになるなら今のうちだよ。

 

俺は“個性”を使わないと生きれない人間だ、戦いで体力を使い切ったらどうなるかわからない。

それに仮に“個性”が消されたら確実にさようならだ。

こんな先のわかる人間なんて一緒にいて虚しくなるだけだろう?』

 

ルークは先ほどまでの笑顔よりかは少し口角を落として優しく話した。

耳郎はそれを首を振ってから否定した。

 

「いやだ。

ウチは最初の頃は守られないつもりでいた。

でも!すっごく悔しいけど、訓練とか見ててあんたと格の違いを感じた。

ウチは基本はさ、後方支援だから、やっぱ前で守り続けて欲しいなって思ってる」

 

『そっかぁ…、嫌ってもらえないかぁ…』

 

「そんなに嫌って欲しかった?」

 

2人は笑い合う。

結局のところ鍵無もルークも根本の優しさに変わりはないのだと耳郎は気付いた。実は自分に自信がないところとかは結構同じだ。

 

『じゃあ俺は落とし前をつけて来るよ』

 

「なんのこと?」

 

『時間を動かしに行ってくる』

 

そう言ってルークは立ち上がり、病室から出ようとする。

 

「え?まだダメでしょ…?どこまでバカなの?」

 

『うーん、そっか。

じゃあ後で今日退院できるようにカルテと医者の記憶を書き換えちゃおう!』

 

「チートに磨きがかかってる…」

 

耳郎は自分の彼氏の万能具合に驚きを通り越して呆れた。

 

「てかよく命令で起きたね?」

 

耳郎にとって正直これが1番の謎であった。

 

『だから俺は兵器なんだよ、俺は認めた人間の声で命令されたらほぼ従う。

たまーに従わない時があるけど、これまで従わなかったことは一回だけ、10年前だけだよ。

 

今、俺に命令できんのは響香と“先生”だけ、だから最悪のケースもあり得る』

 

「最悪のケースって?」

 

『えー、それ言う?

ん、まあ俺が敵になって雄英を血の海にするとか…』

 

ルークは考えただけでもおぞましいことを平然と言ってのけた。

 

「絶対禁止!」

 

『そうなるでしょ?だから落とし前をつけに行くんだ!』

 

ルークは今度は立ち上がらなかったが、その瞳には前と変わらない決意の火が灯っていた。

 

「危険なことはしないでよ?」

 

『大丈夫!

 

俺はもう二度と響香を俺が原因のことで悲しませたりしないことを誓うよ。

俺は敵連合との繋がりを切って来る。

 

でももしその時に、俺が失敗して完成品にされてしまったら…、

 

その時は俺を忘れて欲しいんだ!』

 

「完成品って…?ルークは物じゃない!」

 

『俺のことは、とても優れた脳無だと頭の片隅でいいから覚えていて欲しいんだ。

 

俺は日本で施術されれば完成だったのに逃げ出した。

船の時間ごと止めて、実験室を消し去り逃げたんだ。

 

俺は船員を殺したわけじゃない、

時間を止めただけ、

今ごろ船は錆びることなく海を泳ぎ、船員は死んだと思って燃やされたなら残念だけど、そのままなら腐ることもなく存在してるだろうね』

 

耳郎はルークが本当は人を殺してないことがわかり安心した。

しかし時間を止めるのは非人道的であることに変わりはない。

 

「そんな過去持っててさ、本気でヒーロー目指してんの?」

 

『俺の正直な気持ちを話そうか?

ヒーローになるのは、これまで鍵無彗仁が積み上げた物を無駄にしたくないから。

 

そもそも俺自体はヒーローは嫌い!鍵無彗仁として生きても俺はヒーローを好きになれなかった。

 

でも敵になれば響香が悲しむし、みんなを守れなくなるからこっち側にいる』

 

“ヒーローが嫌い”これは彼の口から初めて聞くフレーズだった。

 

「そんな気持ちでヒーロー目指してるとかみんなに失礼だよね?」

 

これは耳郎の正直な気持ちだった。

しかしルークの顔には、あの時は見逃してしまった悲しみが色濃く浮かび上がっていた。

 

『それに関してはごめん』

 

そしてルークは一息置いてから話し出した。

 

『俺からする最後の暗い話。

 

この世の中、“個性”が生まれてしまったからこうも複雑な社会になってしまった。そうだろ?

 

何が正義で何が悪かなんて俺は明確に判断できない。

悪いことやってればヒーローは実力行使で思いっきり殴り飛ばしてもいいの?

まあ正当防衛感はあるけど、自分自身、拳を奮っているのが醜くて仕方がない。

 

俺はいつもチャップリンの言葉を思い出すんだ。

“人を一人殺せば殺人者だ。

でも戦争で数百万人殺せば英雄になる”

 

社会には敵とみなす存在が必要なんだ。

それでヒーローの存在は正当化されてる。

 

別に敵を擁護するつもりは無いけど、ヒーローが絶対正しいとも思えない。

俺が正しいとも思ってないけどさ…

 

俺の最終手段はこの世界から“個性”を無くすことだ』

 

「そんなことしたら…」

 

耳郎はわかっていた。

でも彼が覚悟していることを口には出来なかった。

その決断がされれば、耳郎はどう生きればいいのか分からなくなってしまう。

 

『響香の思ってる通り、俺は死ぬ。

 

俺の“個性”=命だ。

この身体も“個性”でできていると言って過言ではない。

それが無くなればどうなるかは想像に容易いだろ?

 

骨も肉片も残らず、消える。

これが最終手段を使った場合の俺の末路。

 

いきなり“個性”が無くなって世の中は混乱するのは絶対だろうけど、爆豪みたいな自分を強いと思ってる惨めな人間もいなくなるし、無個性で苦しむ人間もいなくなる。

 

“個性”があるから生まれた優劣の差はなくなり、“個性”での人が亡くなるような争い事もなくなる。

 

災害時は不便になるかもしれないけどさ…』

 

耳郎は無言でルークの手を握った。

何も言わなかったのではない、言えなかったのだ。

にぎった手は前と同じくらい冷たかった。

 

『あくまで最終手段だから、

今のところ“個性”を消す気は全くないよ!

 

じゃあ俺は早く退院したいから一瞬失礼。』

 

そう言ってルークは指を一回鳴らした。

 

するとすぐに看護師が入ってくる。

 

「鍵無さん、退院しましょうね、じゃあお荷物こちらに置いておくので着替えて受付までお願いします。」

 

『ありがとうございます』

 

看護師が出て行ってから『簡単だろ?』と言った彼は、すごくあどけない少年の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

そのあと耳郎は先に病室を出てみんなと合流した。

遅れて身支度を済ませたルークが出てきた。

 

『お見舞いありがと、

じゃあ俺はこれから行くところがあるから、先に戻ってて』

 

みんなと病院を出たあと、ルークはそう告げて雄英の方向とは反対側に歩いて行った。

 

「気をつけてね」

 

そう耳郎が言ったら彼は振り返らずに手を挙げて、一瞬で消えた。




雄英への帰り道、

(そう言えば、ルークは物じゃないって言ったの否定されなかったな…)

八百万と歩きながら耳郎は思い出した。

耳郎はさらにあることを思い出し妙に納得できたので、ルークが戻ってきたらぶつけてみようと考えたのだった。
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