ルークの自室にて、
「この楽譜、どうして捨てたの?」
そう言って耳郎が差し出したのにルークは見覚えがあった。
鍵無が書いたのではない、ルークが書いたものだった。
『これは歌えない』
「それはルークが物だから?兵器だから?」
『チガウ…』
「違わないでしょ?」
耳郎は、ルークはつくづく嘘をつくのが下手だなと思った。
「これ歌うからギター借りるね」
耳郎は部屋にあるアコースティックギターを手に取りもう一度楽譜に目を通した。何度見ても惚れ惚れする音楽がそこにはあった。
耳郎がこの楽譜が捨ててあるのに気が付いたのは、一ヶ月くらい前だった。その時の彼はひどく思いつめた顔をし、まるで自分を壊すためにと、がむしゃらに動き回っているような状態だった。
「フーッ…」
耳郎は歌う。
彼が歌うことを諦めた歌を。
その歌は悲しい歌だった。
“笑顔にすることはできないから笑顔にする人を守りたい”
ここだけ太字の赤ペンで書かれていた。
文化祭で歌った歌とは真逆のヒーロー像だったが、初めて奏でてみた時それが彼の想いだと気づいた。
それなのに曲調はとてもポップで…
掴めない唯一無二の独特な世界観が面白い曲だった。
また歌詞にドイツ語が含まれていて、巻き舌かつ高音な部分は発音やアクセントが難しかったが歌えるようになると楽しかった。
ヤオモモと2人で翻訳しながら歌詞を読んだ時は思わず赤面した。でも嬉しかった。
“音楽でヒーロー?”
“なれるに決まってる、すでに君は俺のヒーローじゃないか!”
“俺は君の 笑顔を咲かせるヒーロー姿が見たい”
ドイツ語の歌詞はもう少しあるが後はマジで恥ずかしいので割愛。
この曲はタイトルの部分が何度も書き直されて結局書かれないまま捨てられていた。ヤオモモと2人でタイトルをつけようとかと思ったがやめておいた。その方が綺麗。
だからこの曲は幻の一曲。
歌い終わってもルークの表情に変わりはなかった。
耳郎はギターを置いてルークの隣に座った。
「日本語、教えてあげるから」
ルークは耳郎を見る。驚いたのかちょっと瞳孔が開いていた。
「“個性”使ってたんでしょ?ホントは下手なくせに、言い訳してさ…
……バカ!!!」
ルークはバカ、上鳴はアホ、これは1-Aでは暗黙の了解。
『どうして気がついた?』
「ノート開いてたの見ちゃった」
『ノートって…日記のことか』
ルークの日記はドイツ語で書かれていた。ところどころに日本語の勉強の後が残っていたので耳郎は気がついたのだ。鍵無彗仁とは別の人間が時々目を覚まして彼の体を使っていることに…
「読めないから安心して」
『あぁ…』
すると耳郎はルークの両耳にジャックをさして爆音を流し込んだ!
容赦なさすぎてルークの耳から血が…
『すごい響く』
「表情変わんなすぎ!」
『…ハイ』
「このヘタレッ!!!」
『(どうしていきなり罵倒されているんだ?)』
「バーカ!」
ルークはこのままだとただ罵倒され続けると判断し、話題を変えることにした。
『……なぜ日本語ができないことがわかった?』
「書けないのは薄々気付いてた。あとルークの言葉選びが好きじゃない」
『言葉選び?よくわからないな』
「彗仁は喩えが上手で、歌詞が色んな角度から楽しめるけど、ルークは単調でつまんない。直接翻訳してる感じする」
『そうか、記憶が残ってもそこは残らなかったか…』
耳郎はルークの目に光がなく、返事も淡々としている様子を変えてあげたいと思っていた。文化祭で自信を持つきっかけを作ってくれたり、たくさん助けてもらったから、彼の変容ぶりが見てられなかった。
「どうして?」
『何のことだ?』
「なんであんなヤツに抵抗できないの!?」
『それは…』
「強いじゃん!バカ!!気づけよ!!あんなヤツどーってことないでしょ!」
耳郎のあんなヤツとはオールフォーワンのことを指す。
それに気がついたルークは変わらず単調なトーンで話した。
『訂正しよう。俺にとってあの方は大切なお方だ。昔の俺に唯一手を差し伸べてくれた方だ。
抵抗できる訳がないんだよ。精神的な依存があるから…』
「洗脳されてんじゃないの?」
『それに近いかもしれない。
俺は過去に人ならざるものとして嫌厭された。それを助けてくれたのがあの方だ。そうなるのも必然だろう?』
「それほどまでの過去って何なの?」
『思い出したくもない』
「…弱虫」
耳郎のこの一言にルークが明らかに動揺した。
「過去と向かい合わないなんて弱いだけじゃん!
ウチはちゃんと音楽と向かいあったよ?
ねぇ、ヒーローになるんでしょ?
それなら過去に打ち勝つ強さなきゃ無理じゃんか!」
ルークの動揺の色が強くなった。
耳郎は先ほどさしたジャックがそのままなので、ルークの心拍数の上昇も感じた。耳郎はそれがわかって満足したので彼の耳からジャックを外した。
『俺は強い…』
「言い聞かせてるだけでしょ?」
『違う!俺は……、俺はっ!』
そのままルークは頭を抱えてうずくまった。悪夢に魘されるかのようなうわ言を言いながら悶えている。
すると、ルークは青紫の炎を纏い始め、手の爪は鋭利になった。
「え…?ル、ルーク……?」
耳郎が声をかけるとルークは耳郎のことを見たが、口からは牙が生えていた。
彼の表情からは何も読み取れない。
「いきなり暴走とか聞いてない!マジで勘弁!」
耳郎はスマホでクラスのグループにやばいとだけメッセージを送ってグループ通話を開始した。
カメラを向けた先はもちろん目の前にいるルーク。
すると何人かが通話に入ってきた。
「見てわかるっしょ?説明してる暇ないから!すぐ来て!!」
そのままスマホを立てかけて耳郎はルークに話しかける。
「どーしたの!部屋が燃える!炎だけはどーにかして!」
雄英に入る学力が有れば何となくわかる。炎の発する光エネルギーの波長が短く人間が見える限界の色をしている。つまり超高温。
すると部屋のドアが開いて何人かが部屋に入ってきた。
切島が轟を連れてきていた。
「轟!氷でなんとかできないか!」
「あぁ、やってみる」
「カッチコチに凍らせとかねぇとやばそうだぜ!」
「あぁ」
そして轟がルークをガッチガチに凍らせた。
ルークはそのまま氷閉じの状態で眠りについているようだった。
「今のうちに運んどこうぜ」
切島がそう言って砂藤と共に運んで行った。
耳郎はグループ通話を切ってからその後について行った。
寮の中では危険すぎるので、氷に閉じ込められたルークは先生が来るまで寮の外に置かれた。
そしてしばらくして相澤先生が来て、共有スペースに全員が集められた。
「さっきのは忘れて良い。これから理由も含めて話す。ちょうど話そうと思っていたところだ。
えー、多分あいつは自分で過去を話さないと思う。だから俺から言うが、あくまで資料で残っていたり、(さっき終わったばかりの)取り調べの話だけで実際は分からないことが多い。
でもあいつの目はまだ死んでない。だから聞け」
そして相澤先生は語り出した。
ルークを縛りつける過去の正体を……
ピキッ…
───その時、寮の外で氷にヒビが入り出したのに誰も気づかない