オリジナルの白黒プリキュア   作:ソラ

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第3話

 予定を消化し、生徒たちは三々五々に帰宅していく。

 ナツキは例によって、雪原と肩を並べて教室を後にした。

 

「あのねナツキちゃん、さっきスマホで市民大会について詳しく調べてみたんだ」

「あーりゃりゃ、いっけないんだぁ。スマホは学内では使用禁止だろう」

「もう、今日は授業じゃなかったんだから、ちょっとくらい良いじゃん。それでね、市民大会のルールなんだけど」

 

 エントランスの下駄箱で上靴からローファーに履き替えながら、二人は大会について話し合う。どうやら、ナツキの祖母に習っている空手とは、大分勝手が違うらしい。

 帰ったらおばあちゃんに相談しないとなぁ、とナツキが考えていると、隣に並んできた女子と肘がぶつかりそうになる。ナツキが咄嗟に身を引いて躱すと、舌打ちが聴こえた。

 毎度毎度、御苦労なことで、と女子の顔をちらりと見遣る。案の定、佐浦だった。

 

「あんたら、大会出るんだ? 市民大会とか、レベル低っ」

「なによ佐浦さん、私たちがどんな大会に出ようが、あなたには関係ないでしょ!」

 

 普段は穏やかな雪原だったが、佐浦に対してだけは、時折声を荒らげる。

 

「私なんて、去年の夏は都大会に出たよ。市の大会は当然優勝」

「あなたは柔道部でしょう。空手と柔道じゃ全然違うよ」

 

 口を尖らせながら言う雪原。佐浦は、ククッと小馬鹿にしたように笑った。

 

「そうだね、空手なんか柔道にくらべたら、子供の遊びみたいなもんだ。全然違うか」

「あなたねぇっ!」

 

 食ってかかろうとする雪原を、ナツキは「まあまあ」と宥めた。周りには下校途中の生徒たちが沢山いるのだ。喧嘩沙汰はまずい。

 

「佐浦、『あの時』のことは、悪いと思ってるんだ。謝るからさ、そろそろ許してくれないかな?」

 

 ナツキが頭を下げると、佐浦は目元に怒りの色を表しながら右手を伸ばしてきた。

 

「おっと」

 

 ブレザーの奥襟を狙ったそれを、ナツキは手首を掴んで止める。

 祖母の掌底に比べれば、どうということもなかった。

 

「こんなところで投げるのは勘弁してくれよ。ここじゃ流石に、受け身を取っても痛そうだ」

「あんたはいつもそうだ……あんたは、いつも、いつも」

 

 佐浦の言葉は、要領を得ない。彼女は右手をぐいっと引っ張り、ナツキの手から外す。

 そして、ポケットから丸めた紙クズを取り出し、親指でピンと弾いてナツキに寄越した。

 

「今度は捨てるなよ。ちゃんと読めバカ」

 

 捨て台詞と共に、佐浦は去っていく。

 

「なにあれ。佐浦さんって、ホント非常識な人」

 

 立腹している雪原をおいて、ナツキは紙クズを開いてみた。くしゃくしゃになったメモ用紙の中央には割と綺麗な字で、『今日の五時、清験神社に来い』と書かれていた。

 清験神社は、彼女たちが卒業した小学校の近くにある、管理者が常駐していない小さな神社だ。

 顔を並べて覗き込んだ二人は同時に、「果たし状?」と呟く。

 

「こんなの、行くことないよ。相手の予定も考えないで、失礼だよ」雪原は腰に手を当て、怒りを隠さずに言った。

「いや、まあ、一応行ってみるよ」

 

 誰もいない寂しい神社で、ぽつねんと待ちぼうける佐浦を想像すると、少し可哀想になる。

 

「行くの? じゃあ、私もついて行こうか?」

「用があるのは私だけだろ? 一人で行くよ、大丈夫」

 

 話し合いで解決できる、などと甘えた事を言うつもりはなかった。

 一発や二発殴られる程度の覚悟は必要かもしれない。そう思うと、どうしても憂鬱な気分になる。

 多少の事では揺らがない、強い心が欲しいと、静かに願った。

 

 

 

 

 

 黒木野家の道場で行われる空手の稽古に強制はなく、そして、制約もなかった。

 師である祖母の指導スタンスからして、やりたければやればいいし、やりたくなければやらなくていいという、本人の意欲に完全に任せたものだ。

 

 ナツキと雪原は畳敷きの床に二人並んで正座して、ナツキの祖母に向き合っていた。同じく正座している祖母の手には、雪原が自宅のパソコンでプリントアウトしてきた、市民大会の募集要項がある。

 

「市の連盟主催の大会か」一通り目を通し、祖母は呟く。

「出ちゃ駄目かな? おばあちゃん」

 

 今まで、大会などに参加したいと申し出た事は無かった。ただ愚直に、祖母との鍛錬に励んできた。

 強くなりたいという想いを胸に、一生懸命稽古をする。それだけで良かったし、それ以外の発想も無かったのだが、最近はどうも、自分の強さがどの程度か気になりだしているナツキだった。

 

「ナツキ、強さとは、なんだ?」

「えっ?」

「強さとはなんだ?」

 

 祖母の問いに、これは、遠回しに出場するなと言われているのかなと、ナツキの顔が俄かに曇る。

 強さとはなにか、むかし祖母に教わった武道における心構え、自身の空手の根底にあるもの。

 

「誇るものでも、振りかざすものでもない。揺らがないことが、真の強さ」ナツキは一息に言い切った。

 

 

──揺らがぬ心を持ちなさい──祖母がそう言ったのは、まだナツキが小学校四年生だった頃の事だ。

 不動心は空手道における心構えの基礎らしいが、ナツキはその意味を真に理解できているとは言い難い。けれど、その印象的な言葉だけは、今も鮮明に覚えている。

 

「ちゃんと覚えていたか……それなら、まあ、大会くらい出てもいい。桃香もね」

 

 一転、師の許可が出て、二人の表情がパッと華やぐ。

 

「良いのっ? おばあちゃんっ!」

「別にいい。大会に参加するくらい」

「ありがとうございます。おばあちゃん先生」

 

 喜ぶ二人だったが、祖母は募集要項が書かれた紙を指で示しながら、「しかし」と呟く。

 

「連盟のルールは、私が教えている空手とはかなり異なるよ」

「おばあちゃん、ルール知ってる?」

「もちろん把握しているさ。昔は、生徒を取って伝統空手を教えていた事もあるからね。ただ、必要な防具がないね」

「うちの倉庫にいくつかなかったっけ? フェイスガードとか見たことあるよ」

「倉庫にあるのは、古い型落ち品だ。連盟の検定に通らないよ。今の検定の規格は確か、ミズノのメンホーⅥだか、Ⅶだったかな」

 

 ナツキは、うっ、と喉を詰まらせる。防具を一揃い買うとなると、お金がいくら必要だろうか。

 日頃から無駄遣いは避けているが、お小遣いで足りるかはわからない。ナツキのしょぼくれた顔を見て、祖母は小さく笑みを洩らす。

 

「防具は、知り合いの道場から借りてきてあげよう」

「ホントっ? おばあちゃん大好きっ!」

「ただし、ルールはきっちり叩き込むよ。覚えられなければ、出場は無しだ」

 

 市民大会で採用されているルールは、指定の防具を着用した上で、コントロールされた打撃を相手に当てるという、全国的に広く伝播されたものだった。

 コントロールされた打撃というのは、いわゆる寸止めのことだ。寸止めでは当然、相手に大きなダメージはない。

 この大会は、打撃の強さを競うのではなく、寸止めで当てた打撃に応じて得られるポイントを競う、ポイント制の競技だった。

 

 普段の稽古では、ナツキと雪原の二人で組手を行うときのみ、寸止めすることにしている。

 祖母を相手にするときは、どうせまともには当たらないので、ナツキも雪原も、本気で突き蹴りを放つ。

 いつもの癖で全力の打撃を放とうものなら、大会では警告をくらうだろう。あまりに酷ければ、失格にもなりうる。

 

「相手を打ち倒す打撃は禁止だよ」祖母は戒めるように言う。

「大丈夫だよ。雪原と闘うときみたいな感じでやればいいんでしょ」

「熱くなりすぎないことだ。冷静な心で、闘いなさい」

「うん、わかってるって」

 

 ナツキは軽い調子で応じるが、それ以外にも連盟のルールの試合では、審判の指示に従って競技をすすめる場面が多い。今日の稽古は、祖母が審判役を務め、ルールに則った組手を繰り返した。

 

 

 

 

 

 稽古を終えた後、空手着から普段着に着替えたナツキは、「雪原とちょっと遊んでくる」と祖母にことづけて家を出た。

 時刻は四時過ぎ、佐浦との約束の時間には、少し早かった。

 

「時間潰しに、ゲーセンでも行くか?」

「んー、制服で行くのはちょっとなぁ」

 

 雪原は、学校から一旦自宅に帰ってはいたが、制服から着替えずに黒木野家の道場に来ていた。ブレザー姿でゲームセンターに行くのは、不良っぽくてちょっとイヤ、というのが雪原の言だ。

 

「それに、その格好のナツキちゃんと一緒にいたら、彼氏と制服でデートしてるって誤解されちゃうかも」

「そうか?」

 

 メンズの黒いジャケットに、青の濃いデニムパンツ。髪型も、女の子にしては短いショートボブ。ナツキの格好は後ろ姿だけなら、男子のようにも見えた。

 

「公園に行こ。神社にも近いし」

「ん、わかった」

 

 時間が潰せるなら何処でもいいので、ナツキは素直に頷く。

 しかし、彼氏だと誤解される、というのはゲームセンターだろうが公園だろうが変わらないのではないかと、多少腑に落ちないところはあった。まあ、雪原がいいなら、別にどうでもいいのだけれど。

 

 二人が訪れたのは、外周に五百メートルのランニングコースがある、中規模の広さの公園だった。

 そろそろ開花し始めている桜並木の下、赤煉瓦が敷き詰められた散歩道を、のんびり歩いてグラウンドへ向かう。

 近所の小学生たちが駆け回る長閑なこの公園に、二人が足を運んだのは久々だった。小学生の頃には、度々訪れては、ランニングコースを走り回ったりしたものだったが。

 

 散歩道を抜けた先に、防球フェンスで区切られたグラウンドがある。二人はフェンスの入り口から中に入り、隅に設置されている古ぼけた木製ベンチに腰掛けた。

 ナツキはデニムパンツが汚れるのも気にせずそのまま座ったが、雪原は座面にハンカチを敷いている。

 

 雪原の、こういう態とらしいくらいに女の子っぽいところは、ナツキにはない部分だ。そもそもナツキは、ハンカチなど普段から持ち歩かない。手が濡れたら手首を振って乾かすか、上着で拭いてしまう。

 性格的には余り似通ったところのない二人だが、何故か不思議と、気は合った。得てしてそういう方が、仲良くなりやすいのかもしれない。

 殆ど距離を置かずベンチに座ったナツキと雪原は、通知表の成績はどうだったとか、来年度のクラス替えが気になるだとか、他愛もない会話を交わす。

 

 彼女たちから少し離れたところで、キャッチボールをしていた男の子が、ボールを捕り損ねた。

 ナツキたちの足元に、ボールがてんてんと転がってくる。

 ナツキはそれをひょいと拾い上げて、座ったまま男の子に投げ返してあげた。手投げで返したわりに、勢いのいいボールが少年のグラブに収まる。彼は、「ありがとう!」と大きな声で言い、礼儀正しく頭を下げた。

 

「ナツキちゃんって、球技も上手いよね」

「別に、普通だろ」

「小学生の時、ドッジボールとか、いっつも最後まで残ってた」

「雪原も、そうだったと思うけど?」

「私は、逃げ回ってただけだもん」

「避けるのが上手いのは、運動神経が良いからだよ」

 

 公園で遊んでいる小学生たちを眺めていると、ふと、今より幾分幼い頃の佐浦の顔が、ナツキの脳裏をよぎる。彼女と揉めた時は、目前の小学生たちとそう変わらない年齢だった。

 

「実は私ね……佐浦さんには、ひとつだけ感謝してることもあるんだ」

 

 雪原も似たようなことを考えていたのか、その口から佐浦の名前が出た。

 

「私がナツキちゃんと仲良くなれたのは、佐浦さんのおかげでもあるから」

 

 

 

 それは、小学校四年生の時の話だ。三人はその時も、クラスメイトだった。

 

 

 

 クラスの担任教師は、年若く頼りない女教師だった。生徒と同じ目線に立った教育方針、といえば聞こえはいいが、要するに、生徒と友達になろうとするタイプだ。

 友人のように気安い関係を築きたいならば、最低限、集団のリーダーになれる器が必要だ。まだ子供だと舐めてかかると、小学生でも高学年に差し掛かる年齢の生徒たちは、大人に対して反撥する。

 

 特に、我が強くて弁の立つ、お山の大将タイプの子供でもいれば、途端に実権は教師から生徒へと移る。

 佐浦希美は、正にそういうタイプの子供だった。幼い頃から柔道を習っているという彼女は、腕っ節が強く口も達者なので、あっという間にクラスの覇権を握った。

 

 その事について、ナツキには特に文句もなかった。狭い教室の中などという小さな世界の覇権争いに、興味はない。

 事あるごとに教師に楯突く、佐浦の横暴な振る舞いに呆れ返ることも多かったが、表立って注意する気にはなれない。教師なら教師らしく、生徒を制御してみせろよという、担任教師への念望もあった。

 

 授業中だというのに、ガヤガヤと煩い教室。喧騒の中心には、やはり佐浦がいる。隣席に座っている数人の生徒たちと、取るに足らない話をしている彼女を横目に、ナツキはひとつ空咳をした。

 

 担任教師はオロオロと、蚊の鳴くような声音で「静かにしてください」と注意するが、佐浦の耳に届く様子はない。単に聴こえていないのか、聴こえていながら無視しているのかは定かではないが、また始まった、とナツキは無視して教科書を読み進めた。

 ナツキはいつも、授業が中断され始めれば自習をして過ごす事にしていた。クラスの授業が遅れるのは知ったことではないが、自分の勉強が遅れるのは勘弁してほしい。

 

「佐浦さんたちっ、いい加減にしなさいよっ! 授業の邪魔だわ」

 

 学級委員を務める雪原桃香が、椅子を蹴飛ばしながら席を立ち、佐浦たちに言い放った。生来正義感の強い雪原は、度々佐浦に対して注意する事があった。

 ナツキはその度に、やめておけばいいのにと思ってしまう。道理のわからない輩に正論をぶつけても、聞く耳など持つ筈もない。

 

「なによ雪原、私になんか文句あるの?」

「授業中に騒がないでっ、みんなが迷惑してるのっ!」

「みんなって誰よ? その『みんな』の中に私らは入ってないわけ? 学級委員のくせに、私らを仲間外れにするつもりなんだぁ。酷いんじゃない? 雪原ぁ」

 

 おちょくるような調子で佐浦が言い募ると、周りの集団も、囃し立て始める。

 

「酷い酷い、学級委員なのに差別するんだっ!」

「ていうかさ、雪原さんの方が煩くない? 授業の妨害しないでよ雪原さん」

 

 耳障りな笑い声が教室に響き渡り、ナツキは思わず顔をしかめる。

 佐浦の周りには、彼女に追従する子分のような女子たちが固まっていた。佐浦も含めた彼女たちの右手には、仲間の証明ともとれるお揃いのブレスレットが着けられている。

 安っぽいアクリルビーズで作られたそれは、ストリートギャングが揃いで彫る刺青の真似事のようで、ナツキには嫌悪感があった。

 

「学級委員なんだから静かにしてくださぁい、雪原さぁん」

 

 ブレスレットを着けた女子の一人が声高に言うと、雪原は渋面を作って押し黙り、席に座りなおした。

 ナツキはそっと振り返り、雪原の顔を見遣った。

 彼女は唇をひき結んで、悔しさに耐えていた。少し紅潮した頰が、僅かに震えている。けれど、瞳は揺れることなく、真っ直ぐに前を向いていた。

 

 強い瞳だ、と思った。まだ負けてないね、とも思った。ナツキは、彼女のような子が嫌いではない。むしろ好ましいと思う。

 ならば加勢してやるのが道理なのだろうが、どうもナツキは、相手を注意するという行為が苦手だった。

 対立するのが怖いわけではない。ただ、他人と意見がぶつかりそうになると、「あんたがそれでいいなら、勝手にしなよ」と流してしまう癖がある。口下手な自分は、面倒な口喧嘩が嫌いだ。

 特に佐浦のような癇癪持ちのガキ大将に注意しても、時間の無駄だと思ってしまう。

 

 拳で語り合えるならわかりやすいのだけれど、空手を喧嘩に使うことは、祖母から禁止されていた。

 八方塞がりで、どうも上手くない。大人ならこういう時どう対処するのかと、担任に目を向ければ、彼女はその両目を赤く腫らしていた。

 

──泣くなよ、大人なんだから。これなら雪原の方が、随分立派だ。

 

 担任教師は頼りにならないし、自分には佐浦を言いきかせる話術も気概もない。

 結局、今年一年は我慢して、クラス替えを待つしかないのかもしれない。

 

──あんたも諦めて、自習でもしてた方が良いのかもしれないよ、雪原。

 

 ナツキは心の内で、静かに嘆息した。

 

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