圧倒的だった。カズマは成す術も無く一方的にやられるしかなく、今は奴に頭を踏みつけられた状態で倒れ込んでしまっている。
…だが、これは当然の結果とも言える。奴が本当にバトルマスターなのだとしたら、ある程度レベルが高いとはいえ冒険者であるカズマが1:1で勝てるはずが無い。
確かにカズマはそんな冒険者という最弱職についていながら私達パーティーのリーダーとして数々の功績を立ててきた。しかしそれは、その場の状況や用いる事の出来る手段を最大限に利用したからこそだ。
そして今の状況はカズマにとっては不利でしかなかった。ギルド内という狭く逃げ場のない場所と周囲の冒険者を気にしているためだろう、カズマからすれば悪手でしかない”耐える”という事を強いられてしまっていたのだ。
「決まりだな。僕の勝ちだ」
カズマの頭を足蹴にしながら奴は笑っている。
1:1ということで手を出さないように我慢をしていたが、奴の周りを顧みない行動や言動。そしてなにより、仲間であるカズマを傷付け下卑た笑いを浮かべる奴に対してそれも抑えられなくなってきた。
ふと周りを見ると、まるで弱い者いじめとも言える光景を、皆悲痛な表情を浮かべて眺めている。しかしそんな中、まるで奴にとびかかりカズマを助けようというそぶりを見せる者も何人か見受けられる。
その中にはダストも居て、皆険しい顔つきで奴を睨みつけている…多分私も同じような顔をしているのだろう。
「よわっちいなぁ、お前本当にチート持ちなの?」
奴は追い討ちのようにグリグリと足を動かしはじめた。カズマはその足を止めるためだろうか、片手で掴むことぐらいしか出来ていない。
限界だ…これ以上カズマをいいようにさせて堪るか!
「やめ、やめてください!」
今にも奴に飛び掛らんとする私を止めたのは、めぐみんの叫びだった。
奴もその声に反応し、めぐみんの方に顔を向ける。
「お願いです…もうこれ以上カズマを傷つけるのはやめてください…」
めぐみんの瞳にはいまにも零れそうな涙が溜まっている。
「ふうん…めぐみんちゃんの頼みならやめてあげなくもないけど。じゃあさ、約束通り僕のパーティーに入ってくれるんだよね?」
ニヤリと笑う奴の顔は、いままで見てきたどんな人間よりも醜悪な顔だった。
「はい…ですから、もう…」
ポタリポタリと、めぐみんの瞳から溢れた涙が床を濡らす。
「めぐみん!まだだ!まだ俺は負けちゃいねぇ!」
今だ奴に足蹴にされたままのカズマが声を上げた。
誰がどう見てもカズマの負けは明らかだ、しかし…そんな強がりにしか見えない啖呵を切ったカズマの目はまだ死んではいなかった。
今までに何度か見た事のあるその目…どんな絶望的な状況であっても諦めず、糸のように細い勝機をつかみ取ってきた強い目をカズマはしていた。
「でも…でも!」
「いいから涙拭いてよく見てろ、こっからこいつ相手に大逆転する俺の雄姿をな!」
そう言ってカズマは、奴の足を掴む腕にさらに力を込めている。
だが、そうしたところで引きはがせるはずが…ん?あれは、もしや!?
「言ってくれるねぇ、どうやって反撃するか見せてもらうか!」
「ぐ、ううぅ」
奴は足に込める力を強め、カズマはその痛みからか声を漏らしている。
ギルド内の誰もが、ただの強がりだと思っていることだろう。だがそんな中、恐らく私だけがカズマが本当にしている事に気付けていた。
本当にわずかだ…目をこらしてようやく見える程かすかに、カズマは”ドレインタッチ”のスキルを発動させていたのだ。
カズマの就いている冒険者という職業の特性は、その自由なスキル習得にある。本職に比べて様々な点で劣るとはいえ、職に関係無くスキルを習得できるのだ。
リッチーというある意味では魔物と取られてしまう存在であるウィズから教えて貰ったそのスキルは、公には出来ないがカズマの切り札的なスキルである。効果としては魔力や体力を文字通り吸い取るものであり、本気になれば相手を干からびさせる事も出来る程凶悪なスキルだ。
先ほどからカズマが行っている事、それは相手に気付かれないほど緩やかにドレインタッチを発動して体力を奪う事だったのだ。
あんな状態になって尚、冷静に勝つための布石を打っているとは…やはりカズマはただ者では無い。あの強がりもめぐみんを安心させるためであり、それと同時に時間稼ぎでもあったのだろう。
なら私がやるべき事も決まっていた。勝つためにはあらゆる物を利用する、それが私達パーティーだろう?
「カズマ、お前は本当にこの状況から逆転できると思っているのか?」
突然の私の言葉に、ギルド内はにわかにざわつき始める。
「素直に負けを認めろとは言わない、だが私とてめぐみんの仲間の一人だ。お前は何でも一人で引き受け過ぎる…たまには私を頼ってくれてもいいんじゃないか?」
「ダクネス…」
めぐみんは私を心配そうに見つめてきた。
私は少しでも、めぐみんが安心出来るようにとニコリと笑って見せる。そして奴に向き直り、その下品な顔を睨みつけると。
「次は私が相手だ。貴様のような外道に、めぐみんは渡さん」
腰の剣を抜き、奴の顔に切っ先を向けた。そんな私の挑発を受け、奴はいやらしい笑みを浮かべ始めた。
ふん、何を考えているかなんぞ容易に想像がつく。戦闘に乗じて何をする気なのやら…だが、本当に私が相手をするのはまだ早い。何故なら…。
「ふざけんなダクネス!これは男と男の勝負なんだよ!」
予想通り、カズマは私を怒鳴りつけてきた。
「こんな状況からだって俺は逆転できる!大人しく見ておけ!」
私は奴に足蹴にされたままのカズマをじっと見つめる。
わかっているさ、こんな状況でもカズマは戦い続けているということは。さっきの私の言葉に嘘は無い、私もめぐみんの…そしてカズマの仲間なのだからこれくらいの手助けはさせて貰っていいだろう?
出来る限りの時間を稼げたところで、私は声には出さず口を動かした。
『信じている、頑張れ』
一瞬カズマは目を見開き、誰も気づけないほどのわずかな笑みを浮かべたのを私は見逃さなかった。
私はカズマのように読唇術のスキルは持っていない。しかし、確かにカズマの口はこの言葉を発していた。
『任せろ、ありがとう』
「ハッ!いくら強がったところで無駄なんだよ!それにしても仲間仲間とそんなに大事かね?ぶっちゃけ僕は一人でも十分つえーんだから仲間なんて要らないんだよ!」
奴はここにきて妙な事を言い出した。ならば何故こんなにもめぐみんに執着するのだ。
「サトウカズマさんよ、かわいい子三人も連れてリーダー気取りでうらやましい限りだな。この後輩にもちょっとは分け前よこしてくれてもバチは当たらないだろ」
「あぁ?なに言ってやがんだお前!」
カズマも奴の言う事の意図が分からないようだ。
「実は色々と情報収集はさせて貰ったんだ。お前ら大分活躍してたそうじゃないか?おかげで色んな話を聞く事が出来たよ。まあ今から活躍する僕にとってはどうでもいいことなんだけどね。僕が興味をもったのはめぐみんちゃんの事…」
奴はめぐみんのことを笑いながら見つめ、爬虫類のように舌なめずりをすると。
「めぐみんちゃん、魔法撃つと動けなくなるんだろ?身動き出来ない女の子相手にする事といったら…一つしか無いよねぇ?」
こいつは、何を、言ってるんだ?
あまりの言葉にギルド内は凍りついたように静かになる。
「お前がメンバーを手放したくないっていう理由もそういうことだろ?大丈夫、多少中古品でも気にしない。それに王都に行ったらもっとかわいい子も…」
ああ…ダメだ、頭では分かっていても体が勝手に動き始める。
ダストをはじめとする一部の冒険者達も我慢の限界だったのだろう。明らかに目つきが変わり、今まさに全員で奴を捕えようとしたところで。
「だああああぁぁぁ!」
「なっ!?」
カズマの叫び声と、奴の驚いた声はほぼ同時だった。
カズマはドレインタッチを最大まで発動させたのだろう、見えるか見えないかぐらいだった体力の流れがハッキリと見える程だ。急激な吸収によるものか、奴の体勢は足元からグラリと崩れて仰向けに床に倒れ始めた。
「『クリエイト・ウォーター!』」
カズマはそんな奴の両足を抱え、足全体に水の魔法を浴びせると。
「『フリーズ!』」
凍結の魔法で水を凍らせ、足を床に固定する事に成功した。
相変わらず初期魔法とは思えない見事な使い方だ。その早業にギルド中から驚きの声も上がっている。
「くそっ!」
だが奴も簡単にやられてはくれそうにない。普通ならばそのまま倒れそうなものだが、とっさに床に手をつき床への激突は回避していた。その反応の速さは腐ってもバトルマスターと言ったところか。
「バインド!」
だがカズマはその上を行っていた。奴がその氷を叩き壊そうとする前に、取り出したワイヤーを使いスキルで上半身を拘束したのだ。
「畜生!こんな紐…」
無駄だ。あのワイヤーはミスリル製、あいつがいかに強力な腕力を持っているとしても容易には破壊できない。しかもカズマはすかさず奴の首に手を当て、ドレインタッチを再度発動させていた。
これで詰みだ!後は奴が身動きが取れなくなるまでドレインタッチを続ければカズマの勝利となる。
まったく…本当にあの状況から逆転してしまうとはなんて男だ。周りの皆も驚きを隠せないのか、近くに居る者とどうやって逆転したのかを話し合っている。うう…カズマに口止めされているからドレインタッチの事は言えないが、『カズマはこういう手段で逆転したんだ!』と解説してやりたい!
「ひっ…やめ、やめろ!」
突然の声に現実に戻された。
その情けない声は奴の声で間違い無いが、その声の主を確認した私達が何よりも驚いたのは…。
「じょ、冗談はよしてくれよ?まさかたかが喧嘩なんかでそんなの持ちだすなんて…」
カズマが身動きの取れなくなった奴の首に、剣を突き付けている光景だった。
「たかが喧嘩?その喧嘩に刃物並みに危険な力を使ったのはどこのどいつだよ?」
カズマの声色は、今までに聞いた事も無いような冷たさだった。その普段との雰囲気の違いに、私も含めて全員が戸惑っている。
もう勝負はついている、なのに何故カズマはあんな追い打ちをしているのだろうか?カズマはもう片方の手で頭を押さえつけ、ドレインタッチを継続しながら動かないように固定している。剣は奴の首にピタリと押し当てられていた。下手に動けば切れるのが分かっているのだろう、奴は恐怖に引きつった表情でその剣を凝視する事しか出来ない。
「ついさっき、ダストをどれだけ痛めつけたかはお前が良く知ってるだろ。あれ、下手したら死んでもおかしく無かったんじゃないのか?」
「ちゃ、ちゃんと手加減したって…それにもう治ったんだろ?それなら…」
「殺す気が無かったら、結果的に死んでも良いのか?どうせ治るから、痛めつけても良いのか?なら…俺がお前の首を切って、死ぬ寸前まで放って置いても良いって事だよな?」
「ひぃぃぃ!やめろ!人殺し!」
カズマの言う通り、先ほどのダストの怪我は酷い物だった。もしあの場で私達が気付かなかったら、最悪の事態も考えられたかもしれない。
カズマが気付いてくれたのも大きいが、一番の要因はアクアだろう。アクアのプリーストとしての能力が桁違いに凄いのは私達が良く知っている。もしアクアのヒールが無かったとしたら、あの怪我が治るのにはそれなりの時間がかかったことだろう。
「アクア!」
「えっ!?は、はい!」
突然カズマに呼ばれ、アクアは慌てて返事をした。
アクアも例に漏れずにカズマの行為を眺めているしかなかったので、その驚き様は無理もない。
「お前、以前神器の封印をしたことがあったよな。コイツの能力も封印することが可能か?」
「えええっーと…」
何故ここでアクアに声を掛けたのかと思ったが、そういう事だったのか。
以前王都へと赴いた時の事だ。アイリス様が身に着けていた首飾りが危険な物だと知ったクリスとカズマは、王城へと侵入してそれを盗むという暴挙に出た事がある。
王城側の油断はあったとはいえその目標を達成したカズマ達であったのだが、結果としてはカズマ達だと気づかなかったアクアが首飾りの力を封印するという事で事態は収まったのだ。
あの首飾りが噂に聞く神器だった事には驚いたが、それ以上に驚いたのはアクアの方だ。そんな強力な力を持つ神器の能力を封じる…アクアのプリーストとしての力の凄さを再認識させられたものだ。
「…ごめんなさい。能力は神器のように封印するんじゃなくて”奪う”事になるの。だから…今の私じゃそいつの能力をどうにかすることはできないわ」
申し訳無さそうに答えるアクアに、カズマは小さく「そうか」とだけ呟いた。
「じゃあ…こいつの始末は、今ここで俺がつける」
「ちょ!?なんだよ始末って!?も、もしかして本当に?やめろ!やめてくれ!」
カズマの言葉に、奴はみっともなく命乞いをし始めた。先ほどまで自信満々にカズマを痛めつけていた姿とは雲泥の差だ。
初めから分かっていた事ではあるが、所詮はこの程度の男だったという事だろう。だがだからこそ、こんな事でカズマが手を汚す必要は無い。
「待てカズマ!何故そんな考えに至ったのかは分からないが無茶な事はするな!そんな外道でも殺せば犯罪だぞ、今ここで裁かなくても相応の場所というものがある」
私の言葉にカズマは無反応だった。
カズマは奴が妙な行動を起こしでもしたら即行動を起こす、そんな覚悟の籠った目で奴を睨み続けている。
「そいつの身柄は私が引き受けよう。どうせ叩けば埃が出る身だ、それにこのギルド内の全員が証人になってくれるだろう。そいつは二度と冒険者として活動が出来なく…」
「それじゃだめだ」
カズマは強く断言した。
「こいつがその気になったら生半可な拘束は意味が無い。刑務所だって楽々と脱獄が出来る程の身体能力をこいつは持っている。今回みたいな奇襲が成功したのはこいつが油断していたからだ…きっと二度目は無い。仮に裁判を受けさせたとして、こいつが反省するような人間に見えるか?こいつは…絶対に野放しにしてはいけない人間だ。だからここでケリをつけるしかない」
私の提案はあっさりと切って捨てられる。カズマの言う事はもっともであるが、奴の力についての言には妙に説得力が感じられた。
先程の会話でも、カズマと奴は何らかの能力?について話し合っていた気がする。カズマは奴の力の何を知っているというのだろうか?冒険者としては新米のようだが、いきなりバトルマスターになれた事と関係があるのだろうか?
「だからといって何故カズマがする必要がある!?仮にカズマの言う通り、そいつを捕まえる事も裁判にかける事も無駄だったとして…本来カズマはそういうことは嫌いなはずだろう?」
その私の問いかけに、カズマはわずかだが反応を示してくれた。
そう…私の知る限りカズマという男は、誰かを直接的に傷つけるという事を良しとしない性格だ。非情に感じる時があったとしても、それはモンスターを始めとした誰かに危害を加えかねない存在を相手にした時のみだったはず。
奴もそれに当てはまる存在ではあるが、いつもと違うのは奴が”人間”だということだろう。いくら冷静に非情にと振舞おうとしていても、剣を持っている手の震えや…見ているこちらが心配になるほどの悲痛な表情が今のカズマの心境を物語っている。
「こいつと俺は、同じ国の生まれだ…」
カズマがうつむきながら、ポツリと呟いた。
「魔剣の勇者…ミツルギの事を知っている人は多いだろう?あいつも同じなんだ。王都周辺で活躍している勇者って呼ばれてる連中、強力な武器や能力を持っているのは大体が俺達と同じ境遇でこの国にやってきている。その目的は魔王を倒す事、最初から持っている武器とかはそのために使われるべき物なんだ…」
同じ国の出身?カズマや奴だけでなく、主に王都で活躍している勇者と呼ばれている彼ら全てがそうだというのか?
そういえばめぐみんが言っていた、それらの人達は顔立ちが似ていると。もし本当に生まれた国が同じなのだとしたら、そういった特徴の一致はあり得る事かも知れない。
「それなのにこいつは!私利私欲のためだけじゃなく、人を傷つける事にも平気で使いやがった!俺は同じ国の出身だからといって、他の奴らが何をしていようが関係無いって思ってた。けど…コイツの事だけは放って置いて良いはずが無い!もしここでコイツを逃したらもっと多くの人が…」
カズマはそこで言葉を途切れさせ、こちらに顔を向ける。
その目は私達を…いや、私の隣に居るめぐみんを見つめていた。
「違うな。俺はただ…こんな奴に仲間を傷つけられたのが我慢出来なかったんだ。こんな奴を放置して、めぐみんが怖い思いをし続けるのが…嫌だったんだ」
そのカズマの気持ちに息が詰まる。私も一時期アルダープという男に付け狙われていた事があったため、そういった目で見られるという事の不快さは痛いほどに分かっていた。あの時カズマがあらゆるものを犠牲にして助けてくれなかったら…今の私は在り得なかっただろう。
「わわわ分かったよ!今後一切めぐみんちゃんに手を出したりしないって!そもそもこんな街なんかさっさとスルーしていくつもりだったんだ!この力だってモンスター退治にとかしか使わないって約束するよ!だから…」
「ダメだ。お前の言葉は信用できない。さっきも言ったけど俺は卑怯者なんだ。魔王軍の幹部を相手にした時も、逃げる脅す騙す…どんな手も使ってきた。そんな俺相手に、見え透いた嘘が通用すると思ってんのか?」
もう奴の表情には絶望しか無かった。
それは、どんな言葉を投げかけてもカズマが止まらないという事を悟ってしまったからだろう。
「皆…今から酷い事するからさ、出来れば見ないでいて欲しいな。事が終わったら後始末をして警察まで行く、だから良いって言うまで…」
「待ちやがれカズマ!」
カズマの悲痛な願いに誰もが覚悟を決めた時、静寂を破るような怒号が響き渡った。
「…ダスト」
「カズマ、お前の心意気ってもんは良く分かった。もし同じ立場だったとしたら俺も似たような事をするかもしれねぇ。けどよ…こんな汚れ仕事、これっぽっちもお前に向いてねぇ。お前は俺と違って、魔王軍の幹部とも渡り合えるくらいの有力株なんだぜ?ここでお前が冒険者をリタイヤするのがどんだけの痛手か分かってんのか?」
ダストはカズマに向かって歩を進めながら。
「そいつの始末が必要なのは間違いない、こんな奴は生きてるだけで迷惑だ。つーわけでトドメは俺に刺させてくれよ。…別にお前の為だけってわけじゃねぇ、こいつにはボコボコにされた借りもあるんだよ」
腰から剣を抜き、片手に持った。
「…ふっざけんな!お前みたいな雑魚が何いきがってんだよ!生きているだけで迷惑ってのはお前みたいな奴の事を言うんだ!僕は選ばれたんだ!女神様に選ばれたんだ!ずっとずっと我慢をして生きてきたんだ!お前みたいな奴を相手に!ずっと…死ぬまでずっと!その分良い思いするのが何で悪いんだよ!」
必死になって叫ぶ奴は、あまりにも滑稽だった。この場に居る誰もが、奴の言っている事を理解出来なかっただろう。そんな叫びを意に介さず、ダストはカズマ達に近づいていく。
「…ダスト、お前本当に良い奴だよな」
だが突然投げかけられたカズマの言葉に、ダストの動きが止まる。
その声色は優しく、心からの感謝の気持ちが込められているのが私達でも分かるほどだ。
「普段から悪い事ばっかしてるから今更だってか?お前も俺と同じで、本当に悪い事なんてやった事ないクセに。それにコイツの事情を良く知ってるのは俺だけだ…事情を知っているから、なおさら許せないんだ。それでも俺に負い目があるって言うんならさ、あんまり悪ぶらないで真面目になっちまえよ。実は色々と話には聞いたりしてたんだぜダストの事。ダストが本気になったら俺なんかよりもずっと活躍出来るんじゃないのか?」
カズマが説得に応じた場合、本当にダストが手を下したかは分からないが、それでもカズマを止める事は出来なかった。
ダストは何かを言い返そうとしたが、うつむいて口をつぐんでしまっている。
「…じゃあな」
「やめろ!やめろって!」
カズマの声、奴の叫び声。
ついにそれが実行されると感じ、私は反射的に目を瞑ってしまった。カズマが…あのカズマが人を殺す所なんて見たくなかった。
一瞬がまるで永遠のようにも感じられる。その永遠の中で、私はただただ祈るしかなかった。
『誰でもいい、カズマを助けてくれ。このままでは私の知るカズマが居なくなってしまう。神様…エリス様!私の教徒としての一生分の祈りを捧げます!どうか…どうか!』
「ダメだよカズマ君、それじゃあ誰も喜ばない」
”バンッ!”という、ギルドの扉が開かれる音。
そして…本当にエリス様が来られたのかと錯覚するほど、澄み渡り慈愛の籠った声。思わず目を開けてそちらを見る。
「…クリス?」
ギルドに入ってきた人物を確認して、声が漏れる。
そこに居たのは私の親友であるクリスだった。外からの光で輝くように見える銀の髪がまるでエリス様のようで、願いが通じたのかと錯覚してしまう程綺麗だった。
「う…あ…」
その呻き声に、慌ててカズマ達を確認する。
声は奴のものだったのだろう、恐怖に引きつった顔で首にあてられた剣を凝視していた。まだ決定的な事にはなっていなかった事に安堵したが、カズマの表情が明らかに変わっている。その顔は先ほどまでのどんな表情よりも苦しそうに見えた。
クリスは靴音を鳴らし、そんなカズマへと近づきながら。
「カズマ君は一番辛い選択をしてしまったね」
静寂の中にあるギルドで、クリスの声は良く通った。
「どうしようもない状況だったのかもしれない…けど、なによりカズマ君が一番傷ついてる」
「…違う!俺はどうなったっていいんだ!誰かが…誰かがやらないといけなかったから…。俺がやるのが一番良いと思ったから…」
「人を殺してしまう事に、良いも悪いも無いんだよ。カズマ君はそれを良く知っているでしょう?」
カズマは今にも泣きそうな顔になっていた。
クリスの言う通り、この場で一番辛いのはカズマだったのかもしれない。どんな理由であれカズマが人を殺すなんて事を許容できるはずが無いのだ。それはカズマの人となりを知っていればすぐに分かる事で、恐らくこの場に居る冒険者達の大半は同意見だろう。
「だからカズマ君が手を汚してしまう必要なんて無い。ここはあたしに…エリス様に任せてよ。エリス様はカズマ君のような優しい人には惜しみない加護を与える反面…」
クリスは奴に馬乗りになっているカズマの近くに座り込みながら。
「周りの迷惑になるような悪行をする相手には、天罰を与える場合もある女神なんだよ」
カズマは、すぐ間近でクリスに微笑みかけられて涙をこぼし始めていた。
「もう十分拘束してあるみたいだし、カズマ君は少し離れていて」
「………」
カズマは無言のまま小さく頷くと、ゆっくり立ち上がって…ヨロヨロとふらついた後に尻もちをついてしまった。
いくら攻勢に回っていたとしても、最初にやられたダメージは深刻だったのだろう。今すぐにでも駆け寄って、カズマを助け起こしてあげたかったが体が動かなかった。それはクリスがあまりにも堂々としていて、今から起こす何かを邪魔するのがはばかられたからだ。
「へっ…へへっ!今のうちに!」
そんな中、奴は拘束から逃れようともがき始めた。恐らくは、とりあえずの命の危機が去ったからだろう。
だが上半身はワイヤー下半身は氷で固められている上に限界までドレインもされている、例え脱出できたとしても時間はかかる。そんな無様な動きをしている奴を一瞥すると、クリスは懐からエリス教の紋章の入ったペンダントを取り出した。
「まったく…キミのような人はこの世界に相応しくない。もう一度女神様の前まで行って反省するといい」
「なんだと!?こんなのすぐ破ってやるから覚悟しろ!さっきからムカツク目で僕を見ている奴らもだ!僕が本気になればお前らなんて一瞬で…」
カズマの言う通り、奴の言う事は信用出来ないものだった。
まだ身動きが取れないという状況にも関わらずなお悪態をついてくるとは…ここまで性格が歪んだ人間を見るのは初めてかもしれない。
「無理だね。君のこの世界での冒険は、ここで終わるんだ」
クリスは奴の頭を片手で押さえると、もう片方の手を使ってペンダントを奴の額へと当てた。
「なんだよ!?何をする気だ!」
奴の声には耳を貸さず、クリスは目を閉じると小さな声で何かを呟き始めた。するとペンダントが光を始め、それは徐々に大きく眩しいものへと変わっていく。
「おい!何をしてるんだって言ってるだろ!」
遂に光は目を開けて居られないほどになった。
真っ白な視界の中聞こえるのは、奴の叫び声とざわつく皆の声だけだ。
「わあぁぁぁ!?」
ひときわ大きい奴の悲鳴後、光は収まって視界が戻ってきた。
クリスは”ふぅ”と一息をつき、ペンダントをしまって立ち上がると。
「終わったよ。これでキミはもうバトルマスターなんかじゃない、レベル1の冒険者だ」
「なっ!?」
奴の驚きはもっともだが、そのクリスの言葉にはその場の全員が驚いた。
「う、嘘つくな!どうやったらそんなこと…」
「さっきカズマ君も言ってたじゃないか?キミの持っていた力は魔王を倒すものだって。そんな力を悪用していたから、天罰を与えて頂けるようにってエリス様にお祈りをしただけだよ」
そんな事が出来るのだろうか?いや、クリスのエリス教徒としての熱心さは良く知っている。信仰に優劣をつける必要は無いと思ってはいるが、それでもその信仰の厚さは同じ教徒として尊敬するほどだ。
「そんな訳あるか!僕は最強のバトルマスターだ!」
「じゃあ確かめて見るといい。アクアさん、もう拘束を解いても大丈夫なのでバインドを解除して貰ってもいいですか?」
クリスはバインドを解けるスキル『ブレイクスペル』が使えるプリーストであるアクアに願い出た。
そのお願いにアクアはどうすればいいのかと周りを見回し始める。気持ちは分かる、正直なところこのまま拘束を続けていた方が安全なのだから。
「…アクア。大丈夫だ、やってくれ」
戸惑うアクアにカズマが声を掛けた。その決断に周囲はざわつき始めたが。
「わ、わかったわ。『ブレイクスペル!』」
他でも無いカズマが許可した事と、アクアは意を決して魔法を使った。
奴の上半身を拘束していたワイヤーがゆるみ…。
「ばーかっ!お前らバカじゃないか!?自由になればこっちのもんだ!後はこの氷をぶち壊せば…」
案の定、奴は周りを見下したように笑い始めた。
やはり拘束を解くべきでは無かったか!?
「オラッ!…あれ?このっ!」
私をはじめ、周りの皆は奴が暴れだすのを警戒していたが様子がおかしい。奴が何度殴っても足を固めている氷が砕けないのだ。
先ほどの強さを見るに、奴ほどのバトルマスターならあれくらいの氷塊簡単に壊せるハズなのだが…。まさか本当に…レベル1の冒険者になってしまっているんだろうか?
「無駄な事はやめて冒険者カードを見てごらん」
呆れたように言い放ったクリスの忠告に、奴は震えながら懐からカードを取り出した。そしてカードを確認すると、目を見開いて固まってしまう。
奴の反応を見るに、クリスの言った事は事実だったのだろう。エリス様にそんな権能があったという事とそれを仲立ちしたクリスに驚く反面、私は自身の力の無さを歯がゆく思う。もし私がクリスと同じような事が出来る程であれば…カズマをあんなに傷つける事も無かったのに…。
「………」
動かなくなった奴を見て、クリスはしゃがみこんで腰のダガーを引き抜いた。
もう何も出来ないということだろう、そのダガーの柄を使って奴を拘束していた氷を叩き割る。
「ああぁぁ!そんなハズは無い!僕はバトルマスターだ!お前らなんかよりも強いんだ!」
だがなんという往生際の悪さだろうか、奴は自由になったとたんに座り込んでいたカズマに掴みかかっていった。
「僕は強くなったんだ!前とは違うんだ!今だったら…あいつらだってボコボコにしてやれるんだ!」
奴は訳の分からないことを叫びながらカズマの事を殴りつける。
その凶行を止めようとする者が私を含めて数人居たが、すぐにその足を止めてしまった。
「なんでだよ!?吹っ飛べよ!ぶっ倒れろよ!」
それは奴の攻撃が先ほどの見る影もない程に弱々しいものだったからだ。
カズマも同じ冒険者という職業であるが、レベルが違い過ぎた。正直あまり褒められた方法では無いがカズマのレベルは冒険者としてはカンストに近い、奴とのステータスの差は比べるまでも無いだろう。
カズマはしばらく甘んじて攻撃を受けていたが、その殴りつけてきたこぶしを片手で難なく掴む。
「は、離せよっ!」
「………」
ほんのわずかだろう、掴んだ手に力を入れただけで奴の顔が恐怖に歪む。
カズマはそんな奴を憐れむように見つめながら。
「この街から出ていけ、二度と姿を見せるな」
そう言い放ち、掴んでいた手を振りほどいた。
「うっ…ううう…」
奴はカズマを、周りの人を怯えたような目で見まわすと、人をかき分けてギルドの外に出て一目散に逃げて行った。
終わりだな。奴にはもうバトルマスターとしての力は無い。仮に冒険者として再スタートしようとしても、ここまでの騒ぎを起こした以上ギルドからの支援を十分に受けれるとは思えない。もう脅威は無い…カズマの完全な勝利だった。
「「「うおおおおおおおぉぉぉ」」」
奴が去った後、どこからともなく上がった掛け声は次々と伝播していき。
最終的にはギルドが震えるほどの大音量へとなっていた。
「カズマよくやった!」
「カッコよかったぞ!」
等々、その中にはカズマに向けられた称賛の声が含まれている。はるかに強い相手からの逆転劇もそうだが、相手が度を超えた外道だったので皆腹を据えかねていたのだろう。
カズマはその声を聞いて恥ずかしそうに微笑を浮かべていた。
「エリス様最高!」
「クリスもお手柄だったぞー!」
同じようにエリス様と、その橋渡しを務めたクリスにも声援が飛ぶ。
クリスめ、頬の傷をかきながらも満更でも無さそうじゃないか。
「カズマ!」
今まで近寄りたくても行けなかった反動か、めぐみんが弾かれたように今だ座り込むカズマへと駆け寄っていく。
目には涙が見えていたがそれは嬉し涙だろう。私も同じだ、何よりもカズマが罪を犯さなかったという事に安堵しているのだ。
「なーんかエリスにいいところ持ってかれちゃった気がするんですけどー…」
アクアが口を尖らせながらそんな事を言う。
まったく…こんな時でもアクシズ教徒というのは、素直に称賛出来ないのだろうか?
「まー私じゃどうしようもならなかったのは事実だけどさ…せめて後処理で活躍しとかなきゃプリーストとしての名が泣くわね」
「アクア…そういうことは口に出さない方が良いと思うぞ?」
一足先にカズマに駆け寄っためぐみんは、泣きながらカズマにしがみついていた。
私とアクアもカズマに向かって歩を進める。アクアは言うまでも無くカズマを回復するため、私はとにかくカズマの事を褒めたたえて上げたくて仕方なかった。仲間として、女として、街の管理者の一員として…カズマにはいくら感謝の言葉を述べても足りないくらいだ。
カズマはしがみついているめぐみんの頭を撫でながらこちらへと顔を向ける。その顔は奴に殴られて痛々しいままなのにとても爽やかで…。
「きゃっ…!?」
そんな小さな悲鳴に、大声で満たされていたギルド内が一瞬静かになった。
「…え?」
その声は誰のものだっただろうか、信じられないような光景がそこにあった。
「カズ…マ?」
「あ…あああ…」
カズマがめぐみんを突き放し、めぐみんは呆けたようにカズマを眺めている。
何故そんなことを?いや…カズマの様子がおかしい。カズマは恐怖に引きつった表情で、めぐみんを、私達を、そして周りの皆を確かめるように順番に見ると。
「うあああぁぁぁ!」
カズマの叫びと共に、カシャンという金属音が鳴る。
カズマは立ち上がると、先ほどの奴のように人をかき分けてギルドの外へと飛び出していった。
ギルド内は先ほどとうってかわって静寂に包まれている。私達は一体何が起こったのか分からず、カズマが去っていった出入り口を眺める事しか…。
「アクア!カズマを追います!速度強化を!」
そんな中、めぐみんだけが動き始めた。
「え?え?え?」
「早く!」
「ス、『スピード!』」
アクアからの支援を受けると、めぐみんは杖、帽子、ローブを放ってギルドの外へと飛び出していった。
あまりの事態の変化に誰もが置いてけぼりを食らっている。本当に…何がどうなっているのだろうか?
「………」
ざわつき始めたギルド中で、めぐみんに続き行動を始める者が居た。クリスが無言のままカズマの残していった剣を拾い上げたのだ。
先ほどの金属音はそれだったのか、その剣の刀身には赤い液体…血が付着している。恐らく奴の首に当てていた時にわずかに切れたのだろう。
「クリス…カズマは何で出て行ってしまったんだ?」
ただ一人冷静に行動しているクリスに、私はこの場の誰もが抱く疑問を投げかけていた。
「その剣に何かがあったのか?何でもいい、分かる事があったら教えてくれ!」
根拠の無い事だが、クリスがまずカズマの剣を拾ったのには意味がある気がしてならなかった。先ほど、どうしようもない状況を打破してくれたクリスならと思わずにはいられなかったのだ。
私の言葉にその場の全員の視線がクリスへと注がれる。クリスは血の付着した剣を皆が見えるように掲げながら。
「あくまであたしの予想ではあるけれどね…カズマ君は恐くなって逃げ出したんだと思う」
語り始めたクリスの声はとても悲しげだった。
「あたしが知っている限り、カズマ君ってあんまり自分の国の事を話したりしてなかったよね?だから知らない人も多いと思うけど、カズマ君の居た国って凄く平和な国でね。あたし達からすれば信じられない事かも知れないけど…モンスターなんかもまったく居なくて、魔王軍の脅威も届かないような所なんだ」
あまりに荒唐無稽な事にクリスの言う事をすぐに信じる事が出来なかった。皆も同じなのだろう、わずかだがざわつく声が聞こえ始める。
「そんな環境のせいか、カズマ君の国は魔法やスキルがまったく浸透していなくてね。また別の技術は発展してはいるけど…すぐに傷を治したり、死んでも一回は生き返れるといった事は出来ないんだ」
出会った当時、カズマは時たま何でもない事に驚いたりしていたのはそういう事だったのか。特にスキルが無かったというのは初耳だ、私達の生活は半ばスキルによって成り立っている部分が多い。私達がカズマの国の事を信じられないように、カズマも今までの生活との違いに戸惑っていた事だろう。
「そんな環境だからこそ、カズマ君の国では”命”というものはことさら大事なものとされている。さっき言ったみたいに一度なら死んでも生き返れる訳じゃない、傷だってすぐ治せない以上悪化する危険性だってあるからね。だから…普通に生きていく上でなら、運が悪くない限り人の生き死にに触れる機会が全く無い。あったとしてもごく身近な人、例えば家族の臨終ぐらいだろう」
カズマの死に対する倫理観にはそんな背景があったのか。でもカズマは何故か何回も生き返って?むしろ自分の命を粗末に扱うような感じすら………いや違う!今でこそ無茶をする機会も少なくなったが、危険な作戦を立てる時はまず自分が囮になることを選んでいた。何時だってカズマが優先する事は私達仲間の安全だったはずだ。
「まぁそんな国柄とは無関係にさ、カズマ君が優しい人だって事はあたしが今更言う事でもないよね?カズマ君って”本当に誰かを傷つけるような事”した事無かったでしょ?」
クリスの言う通りだ。確かに普段の行動や言動に問題がある時もあるが、カズマが進んで相手を殺傷するような事は無い。
記憶に新しい事ならばウォルバクを相手にした時だ。相手が魔王軍の幹部であるというにも関わらず、まず諦めて貰えないかと交渉から入るほどだった。
「でも…カズマ君は気付いてしまったんだよ、自分が『人を殺す事が出来る人間だった』って事に。”人を殺す事”…確かに犯罪ではあるけど、カズマ君からすれば生きていく上で犯してはならない最大の禁忌の一つだったと思う。その罪の重さはあたし達では計り知れない。そして自分がそういう人間だったって事を”皆に知られてしまった”…それがカズマ君がここから逃げた一番の理由だと、あたしは思う」
そこまで話すと、クリスはハンカチを取り出してカズマの剣の刀身を拭った。刀身についていた血液は、カズマからすればその禁忌の証でもあったのだろう。
最初にめぐみんを突き放したのは…”自分はそんな事を出来る人間だ、危険だから近づかないでくれ”とでも思ったからなのか?皆を見渡して怯えた表情を浮かべていたのは…”罪を犯した自分は皆から糾弾される”とでも思ったからなのか?そんな…そんな事は…。
「ふっざけんな!」
突然の怒号に、ギルド内の全員がビクリと体を震わせた。
「カズマがそんなマネする事になったのは俺達を守るためだったんだろ!?怖がる?嫌う?あんな良い奴嫌いになるはずねぇだろうが!なんでそんな事ににすら気付かねぇんだよあのバカ!」
声を上げたのはダストだった。
「だから俺が代わりにやるって…なんで自分の方がいっぱいいっぱいのクセに俺なんかの心配なんてしてんだよ!」
ダストは見た事も無い程に怒りをあらわにしている。いつも冒険者相手に絡んでいる時とは違う、本当の怒りと憤りがそこにはあった。
「お前ら!こん中に少しでもカズマが怖ぇだとか思ってる奴はいねぇだろうな!?居たら正直に言いやがれ!考え改めるまでぶんなぐってやる!」
そしてその怒りは…カズマを思うが故の怒りだった。視界がジワリと歪み、頬を伝う感触で自分が泣いているのだと自覚する。
嬉しかった…ダストがカズマを思って怒っているのを見て、自分の事以上に嬉しかった。普段は頼もしさよりも情けなさしか目につかないのに、いざとなったら自身を顧みないほど頑張って…けど実際は誰よりも繊細で傷つきやすい。そんな誇るべき仲間であるカズマを、本気で心配してあそこまで怒ってくれるダストという人物が居る事に涙が出る程に嬉しかった。
「ダスト、そんなに怒鳴らなくても大丈夫だって」
周囲の皆を睨みつけているダストに近づいて、なだめる様に声を掛けたのはダストのパーティーメンバーの女の子だった。
「お前がカズマと仲が良かったのは分かるが、皆もカズマの事を分かってくれているさ」
「そうそう、カズマは良い奴だ。皆もそう思うだろ?」
それに続いて、同じくメンバーである男二人もダストの近くに寄ってきた。長髪の男のダストよりはやわらかい問いかけに、皆は近くの人と顔を見合わせ小さく頷くと。
「勿論だ」
「カズマが怖いとか、そんな訳無い」
「あいつはめちゃくちゃ良い奴だよ、間違いない」
口々にカズマの事を語り始めた。
「カズマが居なかったら以前街を襲ったデュラハンとかデストロイヤーを倒せなかったもんな」
「この前もクーロンズヒュドラで稼がせて貰ったし」
「そういやその時カズマって妙にやる気出してたよな?」
「ああ、それってダクネスの為だったらしいぞ?」
そんな中、一人の冒険者の言葉から私に視線が集まった。
「あ、ああ!実はクーロンズヒュドラの討伐は私のわがままでもあったのだ!最初カズマは嫌がっていたのだが…私の気持ちを汲んで作戦を立て、皆の力を合わせる事で勝つ事が出来たんだ!」
私の返答を聞いて、皆は「おおぉ!」と声を上げた。
あの時の事を思い出すと胸が熱くなる。私の為に全力を尽くしてくれたカズマに報いるため、私も覚悟を決めて居たというのにあの男は…。
「結局それってその後の結婚に関する事でもあったんだろ?」
「へー、そうだったのか?あの結婚式でも相当な事やらかしてたよな」
「あのダメ領主が居なくなったら戻ってきたらしいけどさ、ダクネスを助けるために何億エリスって金使ったんだろ?クーロンズヒュドラといい、仲間の為っていっても普通は出来ないって」
ギルドのあちこちからは、カズマがしてきた事を誇らしげに語る声が聞こえてくる。
ああ…この声をカズマに届けてあげたい。このことを知っていれば、カズマが逃げ出すことも無かっただろう。
「まったく…普段はただの調子乗りのくせにな」
「ああ、ちょっと酒飲ませておだててやればすぐ奢ってくれるよな」
「いや、最近警戒してきたのか前より奢ってくれなくなってきたぞ」
「たまにたけどクエスト行った後とかオススメだ!『どんな活躍してきたんですか?』とか聞くと一発だぜ!」
…あれ?
「その点女だと得だよねー。軽く色目使ったりするだけでオッケーだし」
「次会った時『もう騙されないぞ!』とか言ってるのに、ちょっと取り繕えばすぐ機嫌治るのは笑っちゃうよねー」
「ただ無駄にカッコつけてるのは少しウザいかなー…奢って貰って言うのもなんだけどさ」
ギルド内は次第に笑いに包まれていく。カズマらしいと言えばカズマらしいエピソードで盛り上がっているのだが…なんというか、その。
ふとダストを見ると、呆けたような困惑しているような…何とも言えない顔をしていた。多分、私も同じような顔をしている。
「あー…皆、その…」
「待って、ダクネス」
流石に止めようと声を上げようとする私をアクアが制した。
アクアは大きく息を吸い込むと。
「皆良く分かってるじゃない!カズマはいざって時にカッコいいだけじゃなくて、普段はチョロイひきこもりだって!今回は勝手に悩んだり怖がったりしてどっかいっちゃったけど、そこはうちのめぐみんが追っかけてくれてるから問題ないわ!絶対連れて帰って来てくれるから、私達はそんなカズマを迎えてあげる準備をしておきましょう!」
そんな身も蓋も無い事を大声で言い放った。
突然のアクアの発言にギルド内は一瞬静まり返る…しかし、その静寂の後。
「「「おおおぉぉぉ!」」」
という雄たけびがギルド内で湧き上がった。
アクアはその歓声に満足そうに頷くと。
「ここで問題なのは、どうすればカズマが戻ってきやすいかって事だと私は思うの。いくらめぐみんが慰めてあげてるとはいえ、カズマの事だからヘタレて躊躇したりすると思うのよね」
言う事はもっともなのだが、他に言い方は無いのだろうか?…まあ、皆が納得したように頷いてる所を見るに分かりやすい表現ではあるのだが。
「そ・こ・で!私は宴会をして迎えてあげるのが一番だと思うのよね!よーく考えてみてちょうだい。シーンと静まり返ったギルドと、どんちゃん騒ぎのギルド。落ち込んでるカズマが戻ってくるとしたらどっちがいい?絶対大騒ぎしてる方が入りやすいでしょ?」
それは…どうなのだろうか?アクアの言っている事は分かるのだが、カズマの心境を考えてみると…。
「それにー…これはチャンスでもあるのよ?戻ってきたカズマを皆で迎えて!落ち込んでるのを目一杯盛り上げて!それで気分を良くしたカズマさんなら…盛大に奢ってくれるに決まってるわ!」
………え?
「「「おおおおぉぉぉぉ!」」
先ほどよりも一際大きな歓声が巻き起こる。その声の中には。
「流石アクアだ!」
「伊達にカズマに一番たかってるだけあるぜ!」
「アクシズ教徒は弱ってる相手にも容赦しねーのな!」
等々、アクアを褒める?ような声がチラホラと混じっていた。
「善は急げだ!酒出せ酒!」
「料理もジャンジャン作ってくれ!どうせカズマ持ちだー!」
「派手な飾り付けもしてやるか!イベントのとか残ってるよな?」
全員が嬉々として宴会の準備に取り掛かる。私はその様子を呆然と眺める事しか出来なかった。
「ダクネス」
そんな私に声を掛けて来たのはクリスだった。
クリスはいつの間に拾っていたのか、カズマの剣の他にめぐみんの置いていった杖等も持っていて。めぐみんの持ち物を私に手渡すと、私を壁際まで引っ張っていく。
「いやはや、流石アクアさんといったところかな?暗くなっていたギルドに活気が戻ってきたよ」
「それはそうなのだが…これで良いのだろうか?」
本当にカズマが戻ってきやすい雰囲気になっているのかと、疑問を抱かずにはいられなかった。だがクリスは、まるで大した事でもないように軽く考えた後。
「ダクネスも本当は分かってるくせに、ほら見てごらんよ」
そう言ってクリスが指さした先、慌ただしく宴会の準備をしている冒険者達が。
「早く帰ってこねーかなーカズマ」
「まったくだぜ」
「戻って来たら最初なんて言おうか?やっぱり『おかえり』がいいかな?」
「それいいな!」
「ホント早く戻って来いよー、じゃないと宴会費用がどんどん膨れ上がっていくぞー」
「違ぇねぇ!」
「「「あっはっはっはっ!」」」
実に楽しそうな笑顔で、カズマの帰りを待ち望んでいた。
「カズマ君は愛されてるね」
クリスはまるで私の反応を楽しむように笑顔で語り掛ける。
きっと…今の私は彼らと同じ顔をしていたのかもしれない。
「ああ…まったくだ」
めぐみんの持ち物を近くの椅子に掛け、私も喧騒の中に入る為に一歩を踏み出した。愛すべき、大切な仲間を迎えるために。