この素晴らしい街に祝福を   作:ぶたはこ

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4話:side-めぐみん

 息が苦しい。いくら支援魔法を貰っていたとしても持久力が上がるという訳じゃない。そもそもこんなに全力で走る事なんて久しぶりなのだから、あっという間に息が上がってしまうのは当然だ。

 けれど、そんなに必死になって走っているのに前を走るカズマとの距離はあまり縮まらなかった。普通に走れば支援を貰っている私の方が早いけれど、ここは街中で通行人も居れば障害物になるような物がをそこら中に置いてある。それらを避ける様に走るとすれば、どうしても減速をしないと避けきれないからだ。しかしカズマはそんな障害を苦にせずスピードを保ったまま走っている、きっと…無意識にだろうか『逃走』のスキルを使っているのだろう。

 

 あの時私が動いたのは、ほとんど反射的なものだった。私を突き飛ばした時や周囲を見渡した時のカズマの顔を見て、ただ放ってはいけないという衝動にかられて後を追ったのだ。

 そしてカズマを追ってギルドを飛び出し、その背中に追いすがりながらも私は考え続ける。”カズマは何で逃げ出したのか?”を、だ。人や物を避け、転びそうになる体を必死に支える傍らで頭もフル回転させて考え続けた。

 あの時のカズマの表情…あれは間違いなく恐怖や怯えを含んだものだった。既にあの男は去り、脅威は無くなっていたあの場で、一体何を怖がっていたのだろうか?

 カズマはの様子が一変したのは…私に抱きつかれていた時だったが、その時にカズマは何を見ていただろうか?…カズマが叫んで走り出す直前に聞こえた音、あれは多分…カズマの剣が床に落ちた音のはずだ。

 その剣には…赤い物が付いていた気がする。カズマが剣を使ったのはあの男を追い詰め首に当てていた時だから、あれはあの男の血で間違い無い。じゃあ自身の剣についた血を見た時ののカズマの気持ちは…?

 

「っ!」

 

 もしかしたらという考えが一瞬頭に浮かび、思わず目頭が熱くなる。ジワリと涙があふれそうになる目を乱暴にこすり、前を走るカズマの姿をしっかりと目に映す。

 今の考えが合っていたとしたら…絶対に、絶対にカズマを止めないといけない!だって…あんなに傷だらけになって、私の…皆の為に頑張ってくれたのに!

 

「はっ!はっ!ごほっ…ごほっ!?」

 

 カズマに声を掛けようとしてむせ返った。

 ただでさえ余裕が無いのに無理をしたからだろう…けど、私以上にカズマの方が辛いんだ。喉が潰れても良い。

 

「…っ!カ、カズマぁ!」

 

 必死に振り絞った声にカズマが反応を示してくれた。

 わずかにでも伝えないといけない、カズマは恐がったり逃げたりしなくて良いと。そんな考えは間違いなんだと。

 

「おね…がいっ!とまって!」

 

 私がカズマを”心配して”追っている事。他の皆もきっとカズマが戻ってくることを願っている事を少しでも!

 もうこれ以上は、私もだけどカズマも限界に決まっている。そういう意味でも早くカズマに止まって貰わないと。

 

「あっ!?」

 

 もう城壁も近く、まばらになった民家の路地にカズマは飛び込んだ。

 痛む体にムチを打ってすぐに路地を確認するが…。

 

「…はぁ…はぁ…んっ…はぁ…」

 

 民家の壁に手を添えて覗き込んだ路地には誰も居なかった。

 荒い息を整えながら路地の隅々まで確認をしても、木箱やタル等の雑貨があるだけ…でも、その人気の無さが違和感でもある。

 

「…カズマ、居るのは…分かって…います。潜伏…スキルを使って…いるのでしょう?」

 

 カズマが路地に入ってすぐ私が覗き込んだのに誰も居ない、そのまま走っていたら絶対に姿が見えたにも関わらずだ。ならば答えは一つしか無い。

 やはりカズマも体力の限界だったのだ。息遣いも何も感じないが、動けないでいるのならばそれでいい。これが最後のチャンスだ、ここでカズマに気持ちを伝えてあげなければ。

 

「そのままでいいので…聞いてください。カズマ…逃げなくても、いいんです。怖がらなくても…いいんです。私はカズマを…追い詰める為に追って来たんじゃ…無いんです。カズマを助けるために…私の、皆の気持ちを…伝えるために来たんです」

 

 息を切らせながらもゆっくりと、しっかりとカズマに言葉を投げかける。

 反応は返ってこなかったけれど、構わず続ける。カズマなら、絶対に聞いていてくれている。

 

「私の考えが…間違っていたら、すみません。きっとカズマは…」

 

 大きく息を吸い、無理矢理に息を整える。痛いほどに動く心臓が一際大きく跳ねた気がした。

 

「私達に知られたのが嫌だったんですよね?人を傷つける…殺してしまう事が出来る人間だったと知られて、怖がられたり、嫌われたりするのが…」

 

 ガタリと、木箱が音を立てた。

 

「そして…何より自分自身も怖くて、嫌になってしまったのでしょう?自分がそんな事を出来る人間なんだと気付いてしまって…」

 

 胸が痛い。今、私の言葉がどれほどカズマを傷付けているのだろうか?でも、カズマの痛みを私が知っているという事を伝えなくては。”それでも”カズマを想っているという事を伝えなくては。

 

「…私も分かるんです。自分がどれだけ酷い人間だったのかと気付いてしまった時の気持ちを…本当に自分が消えてしまいたいほどの…」

「…やめてくれ」

 

 先ほど音がした木箱の影から声が聞こえた。

 すると、今まで気づかなかったのが不思議なほどにハッキリとカズマの姿が見えてくる。

 カズマは座り込み、頭を両手で隠すような姿勢のまま。

 

「…分かってるなら、放って置いてくれ。…俺なんか…追ってこないでくれ。怖いだろ?…ひ、人殺しなんて。怖いだろ?」

 

 こんな、カズマの震えるような怯えた声は今まで聞いた事が無い。

 カズマの体は激しい運動と怯えからか小刻みに震えていた。時折聞こえる嗚咽は息が苦しいだけでなく、泣いているからなのだろう。

 

「…皆に、会わせる顔が無い。俺は…最低だ。ごめん…こんなのが、一緒に居て。…居なくなるから、許してくれ」

「そんな事を言わないでください。私も…皆も、カズマの事を怖がったり嫌ったりして無いです。むしろ…」

「………」

 

 私の言葉を遮るようにカズマは頭を横に振って拒絶の意を表す、その姿は見ているだけで胸が苦しくなるほど痛々しい。

 私は…覚悟を決める。私はもう大丈夫だから…カズマに助けて貰ったから。今度は…私がカズマを助けてあげないといけない。

 でもそれは、義務感とかお返しなんかじゃなく。あの時のカズマのように、ただ”相手を思い遣る気持ち”。大好きな…いつものカズマが帰ってきて欲しいから。

 

「…カズマ。あの時の…私がウォルバクを倒した後の事を覚えていますよね?」

 

 そう、私もカズマと同じように罪悪感に囚われてしまった事があった。

 

「あの時…私がウォルバクを倒さなければ、その場に居た人達だけでなく大勢の人が犠牲になってしまった事でしょう。ですが…それでも、ウォルバクは私にとっては特別な存在でした」

 

 今日のカズマと同じように、皆の為だからと思う事で自分の気持ちに蓋をした。

 

「命の恩人で…憧れで…目標で…そんな、私の人生を変えてしまったほどの相手を…私は…殺しました」

 

 殺したという言葉に反応したのか、カズマは顔を上げて私の顔を確認するように見上げてきてくれた。

 その顔は、たくさん殴られた傷と涙でぐしゃぐしゃな上に憔悴しきった酷いものだったが…私にとっては誇らしい、大好きな人の顔だ。

 私はそんなカズマと目を合わせたまま、ゆっくりと近づいて正面へとしゃがみ込んで目線を合わせる。

 

「…私は自分が許せなくて、辛くて…どうしようもなくなってカズマの元を訪れました。正直割と自暴自棄になって居たと思いますけど…そんな私にもカズマはとても優しかったですよね?」

「………」

 

 どこか戸惑うような表情で見つめてくるカズマに、私は今できる精いっぱいの笑顔向ける。そしてカズマの両手を自分の両手で包み込むように掴むと。

 

「カズマは私の事を恩知らずと罵ったり…人殺しと怖がったりしましたか?きっと自身もいっぱいいっぱいだったのに、不器用でも…精一杯の誠意で慰めてくれましたよね?あれが…私にとってどれほどの救いになったか…」

「そん、な…俺は、そんなんじゃ…」

 

 私は先ほどのカズマのように、”それは違う”とゆっくりと頭を横に振る。

 

「救われました。きっと…他の人に聞いても、私の判断は間違いないと言ってくれたでしょうが。私にとって…カズマの言葉は特別だったんです」

 

 包み込んだ手は私よりも大きいけれど、それでも人一人分の小さな手だ。こんな小さな手と、もしかしたら誰よりも傷つきやすい繊細な性格で、私を含めてどれだけの人を救ってきたのだろうか。

 

「カズマは私がどれだけ爆裂魔法を好きなのかを知っているから、あえてこう言いましょう。爆裂魔法よりも、カズマが大好きです。例えどんな事があっても…決して揺らぎません、ずっとカズマ傍に居ます。誰かの為に頑張れる貴方の為に私も頑張り続けます、どんな貴方も受け入れます」

「めぐみん…」

 

 涙が溜まり始めたカズマの顔を、自分の体で包み込む。両手で優しく、けれど決して離さないようにぎゅっと。

 

「こういうのを胸を貸すというのでしょう?あの時は私がカズマにしてもらいましたね。とても安心して、心地よくて、心が温かくなったのを覚えています」

「…めぐ…みん!うぅぅ…あああぁぁぁ!」

 

 せきを切ったようにカズマは泣き叫んだ。両手を私の体に回して、痛いほどに抱きついてきた。

 

「いっぱい泣いて、スッキリしたら皆の所へ帰りましょう。大丈夫、私がついてますからね」

 

 私はそんなカズマの頭を優しく撫でながら、少しだけ涙をこぼす。

 ああ…この愛しい人を救う事が出来て、本当に良かった―――。

 

 ―――いったいどれくらいの間そうしていただろうか。胸の中のカズマの嗚咽が収まり、カズマが落ち着きを取り戻してくれた事が分かった。

 だとすると、こうしていられるのもあとわずかという事になるのか…少し残念だ。これが母性本能というものだろうか?私の胸に顔をうずめ、泣いているカズマが子供のように可愛く思えてきたのだ。

 

「めぐみん…ありがとう、もう大丈夫だ」

「…後五分」

 

 うん、私もいっぱい走って頑張ったのだからこれくらいの役得はあって良いと思う。

 

「…頼むから目を覚ましてくれ」

 

 呆れを含んだカズマの言葉に、渋々従ってカズマを開放した。

 そのまま立ち上がったカズマの顔を見上げると。その顔はとてもスッキリした表情で、先ほどよりも涙の跡が酷くなってるにも関わらずとてもカッコよく思えた。

 無言で手を差し出すと、カズマはその手を取って私を立ち上がらせてくれる。

 

「ありがとうございます」

「…ん」

 

 カズマはそう言うと恥ずかしそうに目を逸らした。

 多分だけど、落ち着いたら泣いている姿を見られたのが恥ずかしくなったのだろう。そんなの気にしなくてもいいのに。

 私は持っていたハンカチを差し出しながら。

 

「使ってください」

「…サンキュ」

 

 ハンカチを受け取ったカズマは、小さくクリエイト・ウォーターを唱えてそれを軽く濡らす。

 そして涙の跡を拭き始めるが…鏡も無いので、はたから見ていて非常にもどかしい。

 

「カズマ貸してください、私が拭いてあげます」

「えっ!?い、いいって。自分でできるから」

「いまさら何を恥ずかしがってるのですか、私に任せて下さい」

 

 そう言ってカズマの持っているハンカチを奪い取ると、優しくカズマの顔を拭いてあげる。

 初めは困惑していたカズマだが、すぐに目を瞑って私に任せてくれた。この素直さはいつものカズマには無いもので、なんだか嬉しくなってくる。

 

「はい、これで大丈夫。男前になりました」

「そう…かな?」

「はい、今のカズマを笑ったりする人は居ませんよ」

 

 まだ目は赤いし、顔は傷だらけだが間違った事は言っていない。傷は男の勲章だという説も頷ける。私からすれば、今のカズマは歴代五指に入るカッコよさだと言えるだろう。

 私は少し照れているカズマに手を差し出しながら。

 

「じゃあ帰りましょうか。皆もカズマの帰りを待っているハズですから」

「………」

 

 カズマは恐る恐るといった感じで私の手を握ると、小さくだがハッキリと頷いてくれた。

 ついさっき全力で駆けて来た道を、私達はゆっくりと戻っていく。とりおりカズマは不安そうな顔をして立ち止まってしまったが。私は急かすことなく、ただ手をぎゅっと握って微笑みかけてあげた。カズマはそんな私に微笑み返すと、また歩き始める。

 そうして長い時間をかけてギルドの前まで戻ってきた。時刻はもう夕刻と言っていいぐらいで、空が夕焼けの赤さを帯びつつある。

 

「なんか、騒がしいですね?」

「…ああ、入っても…大丈夫かな?」

 

 着いたギルドからは、どう考えても宴会をしているような騒ぎ声が漏れ出している。

 カズマは当然として私も不安になってきた。あの後何がどうなって宴会なんてしているのだろうか?

 

「カズマ行きましょう、とにかく入らなければ分かりません」

「…ああ」

 

 カズマがまた不安そうな顔をしたので手をぎゅっと握ってあげる。大丈夫、何があっても私が居ると安心させてあげる為に。

 カズマは一回深呼吸をすると、意を決したように扉に手をかけた。

 

「お?帰ってきた。皆!カズマが帰って来たぞー!」

 

 私達がギルドに入ると、扉の近くでコップを手にした男の冒険者が大声を張り上げた。

 

「「「おおおぉぉぉ!」」」

 

 それに呼応するように、ギルド中の人達の視線が私達に注がれる。

 

「おかえりカズマ!」

「おつかれさーん!」

「主役だ!主役が来たぞー!」

 

 等々、皆笑いながらカズマにおかえりやねぎらいの言葉を投げかけてくれる。

 やっぱりカズマの事を怖がったり疎んだりする人達は居ない。だってそれ以上に、カズマがどんなに優しい人なのかを知っているのだから当然だろう。

 

「ね?私の言った通りだったでしょう?」

「ああ…本当に…本当に良かった」

 

 横目でカズマを見ると、その目にはまた涙が浮かんでいた。

 ふむ、少々恥ずかしいけどここはまた胸を貸してあげるべきだろう。皆が見ているけど関係無い。いや、むしろ私とカズマの関係というものしっかり認知させるというのも…。

 

「よっ。ようやく戻ってきやがったか」

 

 …悪くない。と、そこまで考えていた所でダストがやってきた。

 ダストも他の冒険者の例に漏れずにジョッキを片手にしており、まだ浅いようだが酔っぱらってはいるみたいだ。

 

「…ダスト」

「帰って来てくれるって信じてたぜ。心配かけさせやがって」

 

 そう言うとダストは、何時にない笑顔を浮かべながらジョッキを持っていない方の手で拳を作ってカズマに向ける。それは確か、昼間にギルドに向かう時にカズマとやっていた…。

 

「………」

 

 カズマは差し出された拳を見て少し戸惑ったようだが、ゆっくりとダストの拳に合わせる様に片手を…。

 

「なんつってな」

「なっ!?」

 

 カズマの差し出した拳は空を切り。ダストの拳がカズマの眼前に向けられる。

 

「ぐぁ!?なんだこれ!?」

「カズマ!?」

 

 瞬間、カズマが目を押さえて悶絶する。ダストは一体何をしたのだろう!?

 

「だーはっはっは!油断してんなよカズマ!搾りたてのレモン汁はどうだ?涙が出るくらい染みただろ?」

 

 レモン汁!?なんだってダストはカズマにそんなことを?

 

「ダ、ダストお前…」

「俺も当事者の一人だってのにコケにしてくれやがった罰だ。俺が本気を出せばあんな奴はちょちょいのちょいだったが、あんときはある意味お前に花を持たせてやったって事忘れんなよ」

 

 ダストは目をこすり続けているカズマに近づくと、肩に手を回してその顔を覗き込みながら。

 

「…ほんとによ、お前は荒事にむいてねぇクセに頑張り過ぎなんだよ。ちったぁ自分の向き不向きって奴をだな…」

「てい」

「のぉぉ!?」

 

 今度はダストが目を押さえて悶絶し始める。

 よく見てみると、いつの間にかカズマがレモンを手に持っていた。多分ダストが持っていたのを奪ったのだろうけど…本当にいつの間に?

 

「お前!?いつの間にスティールなんか使いやがった!」

「バカダスト!簡単に奪い取れるくらい近くに寄ってきたのが悪いんだよ!お前こそ油断しすぎなんだよ!もうちょっと相手を見てケンカ売りやがれ!」

 

 何故かカズマは心底面白そうに大笑いしながらダストを煽っていた。

 

「はぁ!?見てるっての!よわっちぃ奴にしかたかってねぇよ!つまりお前は弱い奴なんだから無理すんじゃねぇっての!」

 

 一方ダストの方も大笑いしていた。してやられた割には怒っている様子は無く、二人して肩を組んで涙を流しながら笑い合っている。

 

「………」

 

 その様子を呆然と眺めていると、不意に肩を叩かれた。

 

「…ダクネス、それにクリスも」

 

 振り向くとそこには二人が居て、少し困ったような顔をしながら微笑んでいる。

 

「まったく、こういう時ぐらい素直になれないものなのかなダストの奴は」

「あの二人らしくていいんじゃない?あれが男の友情ってものじゃないかな?」

 

 二人の言葉にもう一度カズマとダストを見てみると。遠慮なく煽り合う割りに二人は本当に楽しそうで、流れる涙を気にする事無く大騒ぎしている。

 …先ほどダストは、カズマがスティールを使ったと言っていた。けれど本当に使っているようなそぶりをしていただろうか?もし使って無かったとすると、目が見えないカズマがレモンを奪い取るなんて出来るはずが無い。もしかしたらダストは…。

 私の考えが合っているならば、本当に二人して素直じゃない。さりげなく相手を慮り、自然と気を遣い合っている割に時には容赦の無い言い合いまで繰り広げる。

 そんな不器用な男の友情を目の当たりにした私の気持ちは…。

 

「めぐみん、カズマを連れて帰って来てくれてありがとう」

「誰よりも先に行動を起こしてたし、絶対大丈夫だって信じてたよ」

 

 私はカズマ達から目を離さないまま。

 

「いえ、この様子を見れば分かります。きっと…この場の誰もがカズマを連れて帰ってくることが出来ましたよ。けど…もしそうだとしてもカズマは私が連れ戻したかった。その役目を誰にも取られたく無かったんです」

「そっか…そういえばめぐみんってカズマ君のことを…」

「というかですね、カズマを巡るライバルがこれ以上増えて貰っては困るのですよ。なんですかあの嬉しそうな顔は?さっき私が慰めてあげた時とはまた違うますが、あんな笑顔私には見せてくれなかったじゃないですか。好きな人の特別な表情というものは、自分だけが独占したくなるのが普通でしょう?今までは女性にだけ注意を払っていましたが、今後は男性にも…ダストにも気を付けた方が良さそうですね」

「「………」」

 

 妙な雰囲気を感じてダクネス達を見てみると。なんとも言えない表情を…いや、単純に引いていた。私は別に間違った事を言った覚えは無いのだが。

 

「う、うん。まぁそれは置いておいて…カズマ!」 

 

 ダクネスは私との会話を打ち切ってカズマに声を掛けた。

 呼ばれたカズマはその声を聞くと真顔に戻り、ダストから離れるとこちらに向かって歩いてくる。

 

「まずは礼を…カズマのおかげでめぐみんだけでなく、奴によって不幸にされたかも知れない多くの人達が救われた。本当にありがとう、カズマの仲間である事を私は誇りに思う」

「そんな…褒められるような事じゃない。むしろ謝らせてくれ、あの時…ダクネスの忠告を無視して、ごめん…」

「気にするな、奴はそれほどまでに警戒をしなければならない相手だった。今はカズマが無事に戻ってきてくれた事の方が何より嬉しい。もう…大丈夫だろう?」

 

 ダクネスの言葉にカズマはしっかりと頷いてくれた。

 私が繋ぎ止め、皆のおかげで強くなったカズマと私達の絆は、きっとカズマの中で揺るぎないものになってくれただろう。だからもう…大丈夫。

 

「あたしからもまずはお礼を言わせてもらうよ。カズマ君が押さえてくれたおかげでエリス様へのお祈りをする事ができた。あたしがした事なんてほんと大した事無いよ、最後に良いとこ取りしちゃってごめんね」

「そのお祈りのおかげで全部丸く収まったんだ。お礼を言いたいのはこっちの方だよ。…クリスは俺を救ってくれた、俺が帰って来れたのはクリスのおかげでもあるんだ。本当にありがとう」

 

 カズマにしては珍しく、深々と頭を下げてお礼を言っている。

 前々から気付いていたけれど、カズマはクリスに対して妙に礼儀正しいというか…なんか私達とは違った扱いをしている節がある。うん、これはクリスも要注意リストに入れておく必要がありそうだ。

 

「ふふっ、お礼についてはお互い様ってところかな。それよりも…忘れものだよ」

 

 そう言ってクリスが取り出したのはカズマの剣だった。

 

「………」

 

 カズマはその差し出された剣をじっと見つめているが中々手を伸ばせずにいる。やはりカズマにとって、人を傷つける事が出来る武器というものは忌避の対象…トラウマになってしまっているのだろう。

 

「うん、カズマ君が怖がっているのは良く分かるよ。けどね、私はカズマ君が全てを間違っていたとは思わない。確かにカズマ君がこの剣で行おうとした”手段”は間違いだったと思う。でもカズマ君の”目的”は、あの人の無力化…つまりあの人の脅威から皆を守る事だったでしょ?」

 

 カズマはクリスの言葉に小さく頷く。

 

「”手段”が間違っていたなら正せば良い。”目的”を間違えなければ、きっと多くの”手段”を見つける事が出来るはずだ。君にはそんな”手段”を一緒に見つけてくれる仲間が居るんだから」

 

 カズマはもう一度、今度は大きく頷くとクリスの持つ剣に手を伸ばし始めた。

 

「この剣もきっと、目指すべき”目的”を達成出来る素晴らしい”手段”になる可能性を持っている。大丈夫、カズマ君ならもう二度と間違った”手段”として使わないハズさ」

 

 カズマの手が剣を柄を掴む。

 

「銘をつける程の大事な愛刀なんだよね?カズマ君の元にお帰り…『ちゅんちゅん丸』」

 

 そう言ってクリスは剣から手を離した。

 なんて感動的なシーンなんだろう。悔しいがカズマの気持ちをしっかり理解しているからこその口上で、思わず目頭が熱くなってしまった。このエピソードはカズマが魔王をちゅんちゅん丸で倒した時、多くの人に語り継がれる逸話になる事間違い無いだろう。

 

「「「………」」」

 

 あれ?どうして皆黙っているんだろう?ここはカズマが再び手にしたちゅんちゅん丸を天に掲げ、それに大歓声が上がるシーン…。

 

「「「ぎゃはははは!」」」

 

 瞬間、ギルド中が笑い声に包まれた。

 

「ちゅんちゅん丸!?ちゅんちゅん丸だってよ!なんだそのだっせぇ名前!前に聞いた時にもったいぶって教えなかった理由それかよ!何が『俺がこの剣で魔王を倒した時に知れ渡る事になる』だ!んなマヌケな名前そんな事しなくても知れ渡るだろ!お前ネーミングセンス無さ過ぎじゃねぇ!?」

「ち、違う!これはめぐみんが勝手に!俺はもっとカッコいい名前を…」

「なっさけねぇ!よりにもよってアイツにつけられたのか!だはは…はおうっ!?」

 

 人一倍大きい声でカズマを…ちゅんちゅん丸を馬鹿にしていたダストが変な声を上げる。

 

「はうっ!…おふぅ!」

 

 それもそのはず。ダクネスから返してもらった私の杖の先端が、股間に叩き込まれたからだ。私の手によって。

 

「おい、私が名付けたカズマの剣に文句があるなら聞こうじゃないか?」

 

 よろよろと倒れ込んでビクビク痙攣しているダストを見下ろす。あんなにカッコいい名前をつけたカズマの剣を馬鹿にされるのは、私の名前を馬鹿にされるよりも腹が立つ。

 

「め、めぐみん…もうダストは喋れる状態じゃ…」

 

 カズマの声に振り向くと。カズマも含め、さっきまで大笑いしていた男達が揃って股間を庇うように前屈みになって居た。

 

「カズマー!ちょっと何変な格好で固まってんのあんたら?どいたどいた!」

 

 そんなシュールな光景を眺めていると、ギルドの奥からアクアの声が聞こえてきた。

 

「…アクア?」

 

 人込みをかき分けて現れたアクアはカズマの姿を見て一瞬安心したような表情を浮かべる…が、すぐにいつもの無駄に得意げな表情をすると。

 

「まったくもー!戻ってくるならもうちょっとタイミングってもんを考えてよね。最初の『おかえり』は私が言う予定だったのに」

 

 やれやれといったポーズを取ってカズマに近寄っていく。

 確かに。なんとなくではあるが、こういう時にアクアはいの一番に現れるところがある。なら、アクアはギルドの奥で何をしていたのだろうか?まさか飲んでいたという訳じゃ無いだろうし…。

 

「いやほんと、タイミング悪かったよなぁ。けどトイレ我慢したまんまじゃ感動のシーンも恰好つかないだろ?」

 

 そう言ってガハハと笑ったのは、最初に私達を見つけて大声を上げた冒険者だった。あー…それはなんというか、本当にタイミングが悪かったみたいだ。

 アクアはその冒険者を睨みつけると。

 

「ちょっとそこ!余計な事言わないの!あんたの口車に乗ったのが運の尽きだったわ!」

「そ、そうか…ごめんなアクア」

 

 しかし、そんな理不尽に怒っているアクアを見てカズマは素直に謝っていた。普段なら絶対在り得ない事にアクアは戸惑いを見せたが、やはり一瞬で立ち直り。

 

「もう!別にカズマが謝る事じゃ無いわよ。ただ一つ、文句があるといえば…」

 

 アクアはカズマに向かって両手を向けると。

 

「『ヒール!』。今回一番いい所はエリスに持ってかれちゃたんだから、もっと私の出番ってものを考えてよね。怪我をしたらすぐに私のとこに来る事!いーい?」

 

 一転。アクアは満面の笑みに加えてウインクをしながらカズマを指さした。

 本当に…普段が普段だから仕方ないとはいえ、揃いも揃って素直じゃない人ばかりだ。もっと私を見習って素直になればいいのに。

 カズマは驚いた様子で何回かまばたきをした後、穏やかな笑みを浮かべ。

 

「ああ、これからも宜しくな。アクア」

 

 カズマの素直なお礼にアクアは満足げに頷いている。そしてカズマの方も、そんなアクアを見てほっとしたような表情で笑みを浮かべていた。

 やはりこの二人の距離感は絶妙だ。普段は互いに本当に容赦の無い言い争いをしている(大抵カズマが優勢だが)のに、実際のところ互いにそんな関係を大事にしているというか…。とにかく私ではマネ出来ないような関係を築いている。カズマが大切に思い、カズマを大切に思う人が沢山居るのは大変喜ばしい事ではあるのだが…恋のライバルが増えてしまう事には少々危機感を感じずにはいられない。

 アクアはカズマの手を取ると。

 

「ほらほら!今日の主役はカズマなんだからこっちこっち!」

 

 そう言ってギルドの真ん中あたりのテーブルまで引っ張っていった。

 周りの冒険者はワイワイと騒ぎながら、乾杯するためだろうか互いのコップやジョッキに酒を注ぎ合っている。カズマが連れていかれたテーブルにも次々に酒や料理が並べられていき。カズマはジョッキを持たされ、アクアからお酒を注がれていた。

 

「私達も行こう、めぐみん」

 

 ダクネスに言われ、私達もカズマが居るテーブルにつく。

 

「皆準備はいい!?じゃあカズマ、乾杯の一言よろしくね!」

「お、俺か?…いや、そうだな。乾杯というか、皆には言っておきたいことがあるから…」

 

 カズマはジョッキを掲げると目を瞑って深呼吸をする。そして目を閉じたまま、一際大きく息を吸い込むと。

 

「ありがとう!こんな…どうしようもない俺を受け入れてくれて!おかげで俺はここに帰ってこられた!正直…戻ってきたら滅茶苦茶騒いでたから最初は戸惑ったけど、確かに静かにされてるよりは入りやすかったかもしれない。これ、多分だけどアクアの提案だろう?」

 

 カズマが目を開けて隣のアクアを見ると、アクアは得意げな顔を浮かべる。

 そうか、一体どんな経緯で宴会をしていたかと思ったがアクアが発案だったのか。普通、あんなに取り乱したり落ち込んだ人を迎えるのに宴会するなんて発想は出てこない。けどカズマの事をよく分かっているアクアなら、なるほどと思える。

 

「それで俺の気分を盛り上げて奢って貰おうなんて事も言ってたんだろ?長い付き合いだからな、こんな事考え付けるのアクアだけだよな」

 

 アクアはビクリと体を震わせると、あさっての方向を向いて誤魔化すように口笛を吹き始めた(上手に吹けてない)。

 流石カズマ、図星だったようだ。アクアの態度もだが、ギルドのあちこちからも「お~…」という感嘆の声があがっている。

 カズマはそんなアクアを見てニカッと心底嬉しそうな笑顔を浮かべると。

 

「やっぱりすげーよ、アクアも…それに乗っかった皆もさ!俺はそんな皆が大好きだぜ!だから今日の代金は全部俺の奢りだ!乗せられて良い気になっちまったチョロマさんに全部任せとけ!」

 

 カズマはジョッキを一旦下ろしてぐっとタメを作り。

 

「乾杯!皆!好きなだけ飲んで食って騒いでくれ!」

 

 ジョッキから中身がこぼれる勢いで乾杯した。

 

「「「かんぱーい!!!」」」

 

 そしてギルドが揺れる程の大歓声が響き渡った。早速カズマは数人の冒険者に群がられながら一気飲みを始めている。私はその輪に巻き込まれないように少し距離を取ると、持っていたジュースに口をつけた。

 相変わらず私にお酒を飲ませない事に少々腹が立つが、今日はたとえ飲めたとしても自重した事だろう。だってあの様子ならばカズマはまず間違いなく酔いつぶれる。となると素面でしっかりと看病できる人が必要という訳だ。今日は今まで以上にカズマとの距離を縮める事が出来たが、それ以上にカズマと距離が近い人の存在を再認識させられた。ここは今一度、宴会の後での私の存在というものをアピールするチャンスとも言える。だから…。

 

「今日は私も…誰も文句は言いませんよ。思う存分酔って騒いで、嫌な事は忘れちゃってください。お疲れさまでした、カズマ」

 

 私はジュースをもう一口飲みながら、冒険者の輪の中で笑っているカズマの姿を目に焼き付けた。

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