体が揺れている…良い匂いがする…体の前に暖かくてやわらかい物がある…。
「…あ」
目を開けると綺麗な金の糸…いや、髪の毛か?…これはもしかして。
「ん?起きてしまったか?」
揺れが収まり、目の前からダクネスの声が聞こえた。そうか…俺はダクネスにおんぶされているのか。
「…ああ、悪い…降りるよ」
「いい、もうすぐ家だ」
「そうですよ、降りてもフラフラでまともに歩けないでしょうし。このまま帰りましょう」
横からはめぐみんの声が聞こえる。段々と記憶が蘇ってきた、俺は宴会で飲みまくって…。
「…わかった」
降りようとしてわずかに起こした体をダクネスに預ける。たまには甘えるのもいいだろう、ああ…また寝てしまうくらい心地良い。
「気分は大丈夫?お酒が原因だと魔法は効かないから私じゃどうしようも出来ないけど…ポーションはいっぱい用意してるからどんな症状でも大丈夫よ!安心して、ちゃんと触らないように気を付けたから水にはなってないから!」
めぐみんとは逆側から聞こえたアクアの声にそちらを見ると。心配そうな顔をしたアクアが俺の顔を覗き込んでいた。
「…とりあえずは大丈夫だ。というか…宴会の後なのにアクアが酔って無いって珍しいな」
「え?…な、なに言ってるのよ。折角のカズマのおごりなのに飲んで無い訳無いじゃない!後で明細を見てビックリするといいわ、お酒代の一割くらいは私のだから!」
「………」
ちょっと全額奢るって言ったのが怖くなったが、とりあえずアクアがウソをついているのは分かった。伊達に長い付き合いじゃないし、そもそもアクアはウソが下手だからな。
「ふふっ…カズマ、アクアはこう言ってるが本当は全然飲んでないぞ。カズマが酔いつぶれる程飲むだろうと思って、万が一に備えて酔わないように我慢していたみたいだ」
「ちょ!?や、やーねぇダクネス!そんな訳無いじゃない!べ、別にカズマが心配だったからじゃないですしー…さ、最近飲みすぎだったから自分の体をいたわってあげただけですしー」
いやほんと、へったくそだな。…でも、あのアクアが俺の為に酒を我慢してくれたのか。
「なぁアクア…」
「ん?なになに?」
アクアは俺の呼びかけにすぐ近寄って来た。俺の気分が悪くなったのかと思ったのか、その目には心配の色が見える。
「ありがとうな、今俺がこうしてられるのはアクアのおかげだ」
「………」
俺の率直なお礼を聞いて、アクアは目をパチクリとさせて固まった。確かに俺らしくも無い事言ってるのは分かるけど、そんな信じられないようなリアクション…いや、こんな機会はもう無いだろうし言っちまおう。昨日たまにはデレろとか言ってたし。
「普段は絶対言えないけどさ、俺はアクアと一緒にこの世界に来れて良かったって思ってる。どんなチート武器や能力よりもアクアを選んで正解だった。ほら、さっき見せてくれた宴会芸…『花鳥風月・極』だったっけ?苦労して取得したって言っただけあって俺は本気で感動したぜ。宴会スキルなんかにポイント50も使うとかアホらしいとか言われてたけどさ、いつか魔王を倒したりして戦う力がいらなくなった時、本当に必要なのは宴会芸みたいな人を楽しませるスキルかもしれない。俺も料理とか戦闘に関係無いスキル取っちまってるしな。アクアとしてはちょっと複雑かもしれないけど…これからも一緒に面白おかしくこの世界で過ごしてくれると嬉しいな」
…言っちまった。普段なら恥ずかしいし調子に乗るだろうから言えない事を全部。まぁいいか…嘘ではないし、今日はそういう気分なんだ。
「…ありがとうごじゃいます。これからもよろしくおねがいしましゅ…」
アクアは顔を真っ赤にして上ずった声でそう呟くと、ゆっくり後ろを向いてしゃがみ込んでしまった。
「やばいー…こんなカズマさんはやばいー…」
アクアはそのまま小声でブツブツと呟いている。
やばいのは自分でも分かってるけど…お前そんなリアクションも取れたんだな。デレろとか言ってる割に、いざ褒められるとここまで恥ずかしがるのか。
「ん?」
服の裾が引かれる感じがしたのでそっちを向くと、何故かふくれっ面のめぐみんが俺を睨んでいた。
「どうしためぐみん?」
珍しくアクアを褒めた俺を見て、脳に異常が無いかとか心配になったのかな?
「ずるいです。アクアだけじゃなくて私も褒めてください」
「へっ?」
「………」
いや、今のはそういうんじゃ…でも、このめぐみんの表情を見る限りそんなの関係無いっぽいな。そりゃあ昼間俺を慰めてくれた時にしっかりとお礼は言えて無かったけど…流石にあそこまでされて何も考えていなかった訳じゃない。しっかりと準備と覚悟をしたうえでお礼と返事をする考えだったのだが…仕方ない。
「…まずはあの時、俺を追ってきてくれてありがとう。あの時めぐみんが居てくれなかったら俺自身…どうなっていたかわからない。返そうとしても返せないくらい、たくさんのものを貰った気がする…。また改めてお礼とか返事とかはするけど…本当に、助けてくれてありがとう、めぐみん」
シンプル過ぎる気もするが、今言える最大限の気持ちを込めてお礼を言う。本当はもっと言いたいことがあるけれど…そこはめぐみんも空気を読んでくれるだろう。とりあえずアクアとダクネスが居る前じゃ無理だ。
そんな俺のお礼を聞いためぐみんはアクアのように照れるでもなく、かといって大げさに喜ぶでもなく。俺の目をじっと見つめたまま。
「まったく…お礼と返事は喜んで受け取りますけど、お返しとかは別に考えなくて良いんですよ」
ダクネスにおんぶされた俺の頭を、精一杯背伸びして撫でてきた。
「あの時の私は、ただ自分がやりたい事をしたにすぎません。それはカズマが、私やダスト…他の皆の為にあの男と戦ったのと同じなんです。カズマは普段人気だとか報酬だとかを口にしたりしますが、いざという時はそんなのを度外視して皆を助けてくれています。私がしたのもそれと同じなんですよ」
「………」
「私は…カズマに出会ってから今まで沢山助けられてきました。お返しをするというならこちらのほうです。もしそれでもというのであれば…カズマは今まで通り、自分が思うようにやりたい事をしてください。それはきっと今日のように、ちゃんと皆から返ってくるはずですから」
そう締めくくり、めぐみんは優しく微笑んでくれた。
なんというか…あまりの感動に逆に涙も出ないほどだ。胸のあたりがじんわりと熱を帯びてあったかさを感じる。めぐみんの『今まで通り』という言葉が頭の中で反響する。そうか…『今まで通り』でいいんだ。
「わかった。そのほうが俺らしくていいか?」
「はい、カズマらしくて良いと思います」
俺がニヤっと笑うと、めぐみんも嬉しそうに笑ってくれた。本当に、めぐみんには敵わないな…。
「うっ…ううう…」
「ダクネス?」
気が付くと、体が揺れていた。いや、ダクネスが…泣いている!?
「お、おいダクネス大丈夫か!?やっぱり降りた方がいいか?」
「違う、大丈夫だ…ただあまりの嬉しさに涙が…ううう」
おぶられたままでよく見えないが、結構ボロボロと泣いているのだろう。地面に落ちる涙の音がぽつぽつと聞こえた。
そんなダクネスの顔を見て、めぐみんはハンカチを取り出して涙を拭いてあげている。
「んんっ、ありがとうめぐみん。…カズマ、めぐみんの言う通りだ。多少滅茶苦茶な所もあるが、お前はお前のままで良いんだ。私達はそんなカズマの事が好きになったんだ…だから、そうやって頑張ってきたカズマが報われているのが…私は自分の事以上に嬉しいんだ」
「…ダクネス」
ばかやろう、そんな事言われたら俺こそ泣きたくなっちまうじゃねぇか。…そうだ、アクアとめぐみんにはお礼を言ったのにダクネスにだけ言わないっていうのは無いだろう。ここまで来たら遠慮は無しだ、ダクネスにも普段は言えないけど感謝したい事はいっぱいあるんだ。
「ダクネスこそ、たまに自分が役に立ってないみたいに落ち込んでるときあるけどさ、お前は十分自分の役割を果たしてくれてるぞ。貴族としての肩書は勿論大きいけど、クルセイダーとしてのダクネスもしっかりと役立ってる。俺達って妙に強敵と戦うような場面が多いからさ、そんな時どんな攻撃も耐えられる壁役が居るってかなり安心出来るんだ。派手な活躍はしなくても、ダクネスは縁の下の力持ち的な活躍をしてくれてる。これからも色んなものから俺達を守って貰っていいか?」
「ううう~…もちろんだ~!こんな私を頼ってくれて、上手く使ってくれたり褒めてくれたりするのはカズマしかいない~」
よっぽど嬉しかったのか、ダクネスは泣きながら喜んでいる。
ああ…素直になるって気持ちがいいな。今日は自分がどれだけ幸せ者なのかを心底思い知らされた。だから…柄にもなく、無条件に皆に笑って貰いたくなっている。
「ああもう。ダクネス、気持ちは分かりますが泣き止んで下さい。アクアもいつまでも照れてないで、家はもうすぐなんですから早く帰ってカズマを休ませてあげないと」
「わかってるけど~…ああー…だめ、顔がにやけちゃう…」
「うん…うん、帰ろう。すまないなカズマ」
「いいって。いくら時間がかかっても、帰る所は無くならないんだから。俺達のペースで行こうぜ」
俺の言葉に皆は頷いてくれた。そしてゆっくりと、俺達の家に向かって歩き始める。
そのゆったりとした揺れに俺の意識は段々と遠くなり、家の扉を通ったあたりでもう限界になっていた。
意識が途切れるその寸前、皆が声を揃えて…。
「「「おかえりなさい」」」
…ただいま。聞こえたかな?