「ふむ、グレイラットか」
「盗人⋯⋯なんですね」
羽の騎士を倒した広場で呪い師と合流した私達はグレイラットの話を聞いた。私は協力者が増えるのは嬉しいと思っていたが、修道女は良くは思ってない様子だ。
「おう。呪い師曰く、口八丁な貴族より手八丁な盗人の方が信用出来るんだと」
「吾輩達が奴にとって利益の出る相手だと分からせている間は裏切りなどせん。それに盗人故に有用な物も売ってるだろう。利用しない手はない」
私はそれに同意して頷くが、修道女と監視者は納得しづらいのだろう。悩んでいる様な声を漏らす。
「まあ、グレイラットの事は取り敢えず置いておこう。まずはこの先についてだ」
そう言って広場を少し抜けた先は、左には少し開けた通路。右には小さな階段がある。
「この別れ道⋯⋯右の道は最初の篝火に戻るエレベーターがあっただけで特に何も無かったから恐らくこっちの道が先に進めるだろうが、ロスリック騎士が見えただけでも三体いたんだ」
「流石に二人で相手する訳にいかないので戻ってきたんですよ」
「俺が魔術でふきとばしてやろうか?」
「いや、もし倒しきれなかったら全員相手するハメになる。ここは吾輩の呪術の出番だ」
呪い師は何か策があるのか先に行く。私達もそれについて行くと、呪い師はロスリックの槍騎士の前に出た。ロスリック騎士は呪い師という標的を見つけ走り出す。
「呪い師、危ないぞ! 何をしている!」
私がそう叫ぶと同時に呪い師がロスリック騎士へ呪術の火を向け、何かを詠唱する。すると謎の音が聞こえたと同時に騎士の頭にピンク色のモヤが現れた。すると⋯⋯
「行け、我が傀儡よ」
「なっ⋯⋯!」
モヤが現れたロスリック騎士が、何と近くのロスリック騎士に攻撃を仕掛けたのだ。これはどういう事だ? 何故同士討ちを始めたんだ?
「おい、おいおいおい! こりゃあどういう事だよ呪い師!」
「《魅了》ですか。考えましたね」
「うむ。修道女は知っている様だな」
《魅了》
イザリスの魔女の一人
クラーナの特別な呪術
敵を魅了し、一時的に味方とする
生命とは炎に惹かれるものであり
こうした業もまた呪術の一側面であろう
性別に関係なく使用できる
ほう、呪術の一つだったか。しかし、イザリスの魔女の呪術まで記憶しているとは呪い師は博識なのだな。
暫くすると魅了したロスリック騎士が残り、効果が出ている間にその騎士も倒す。ふむ、魅了している間は幾ら攻撃しても反撃されないから便利だな。
だが集中力をかなり削るらしく連発は厳しく、一部の敵にしか効果が無い様だ。使い所を考えなければならないな。
その後残ったロスリック騎士と、騎士長らしき青いサーコートのロスリック騎士を倒した私達はその近くの建物の扉を開く。中は薄暗く、奥に一人の老婆が座っている。
「⋯⋯あの老婆は?」
「分かりません。ですが遠目から見た感じは亡者では無いようですよ?」
「取り敢えず近付いてみようぜ」
「うむ。ここで立っていても始まらないだろう」
私達は慎重に歩を進める。ある程度近付くとその老婆は私達に気付いたのか口を開いた。
「おお、お待ちしていました。火の無い灰よ。私はエンマ。この城、ロスリックの祭儀長」
祭儀長⋯⋯祭儀は確か聖所や神殿で行われる儀礼の事だ。ここはその様な場所なのだろうか。
「ふむ、もしや王子の乳母か」
「何?」
「ええ。良くご存知で」
呪い師に聞くと、どうやらロスリックにおいての祭議長は王を支える三柱の一つなのだそうだ。そして祭議長は常に女であり、王子の乳母だったという。
「⋯⋯何故そんな三柱の一人がここに?」
「貴方に伝えることがあるのです。薪の王たちは、この城にはおりません。皆、帰っていったのです。この城の麓に流れ着き、淀んだ、かつての故郷へと」
「はい、存じています。私達はその故郷に向かう旅をしているのです」
「なら話は早い⋯⋯高壁の下に向かいなさい。大城門の先、この小環旗が貴方を導くでしょう」
そう言ったエンマは私に一本の旗を手渡す。ふむ、これを大城門の前で掲げれば良いのか?
「分かった。小環旗を授けてくれた事に感謝する」
「ええ⋯⋯そして、注意なさい。大城門には、番犬がおります。忌々しい、冷たい谷の番犬が⋯⋯」
冷たい谷の番犬⋯⋯三人に顔を向けると何も知らないのか首を振るう。ふむ、取り敢えず警戒しておくことにしよう。
私達はエンマに礼を言うと建物を出て先に向かう。大城門とやらが見える階段に亡者が三人程いたが、亡者程度取るに足らない。早々に倒して先に進んだ。
そして大城門前の開けた場所に着く。何故か冷気が漂っており、不穏な空気が流れている。
「⋯⋯貴公ら、気を付けたまえ。何やら嫌な雰囲気がする」
「はい。分かっています」
「⋯⋯何か寒いな」
「うむ。何故冷気が漂っているのか分からぬ⋯⋯」
私達は辺りを警戒しながら進み、蔦が絡んだ大城門に手を伸ばす。すると後ろから謎の声が聞こえた。
何事かと思い振り向くと、何やら不穏な空気を漏らす“穴”がそこに現れていた。
「っ⋯⋯一体何だ!」
「りゅ、竜狩りさん⋯⋯あれ⋯⋯」
修道女が震える手で穴を指差す。目を凝らして穴を見ると、そこから冷気を纏った巨大な鎧と─────
『王たちの番人 魔術師マギア に侵入されました』
─────灰色の霊体の姿をした、魔術師が共に現れた。
『灰よ。高壁の下に向かう事を阻止する冷たい谷の番犬と、王の番人たる魔術師を退け給え』
─────冷たい谷のボルド&魔術師マギア
「っ⋯⋯!」
頭に、グンダの時に聞こえた謎の声が響き渡る。これは⋯⋯ボルドとマギアを倒さなければ先に進めないという事か。
「貴公ら、武器を構えろ! 相手は私達を殺す気の様だぞ!」
「わ、分かりました!」
「成る程、文字通りの番犬とその飼い主って事か」
「ふん、冷たい冷気など我が呪術で押し返してやろう!」
私達は自分達を鼓舞すると武器を構える。それと同時にボルドは雄叫びを上げ、マギアはボルドの背中に乗り、器用に立つ。
「攻撃は私が引き付ける! 修道女と監視者はボルドに、呪い師はマギアに攻撃を仕掛けてくれ!」
「分かりました!」
「ほいよ!」
「ぬぁははは! 吾輩に任せたまえ!」
私が指示を飛ばすと三人は頷き、散開する。マギアは辺りを見渡すとボルドを杖で叩く。するとボルドが動き出し、背後にいた呪い師に向かって突進した。
「ぬぉおおお!?」
呪い師は間一髪それを回避する。そうだ、奴にはマギアという考える目がある。杖で叩きボルドを操ったとすれば、グンダの時の様な誘導は不可能と考えた方が良いだろう。
「貴公ら、攻め方を変える! まずはマギアを倒す事に専念するんだ!」
そう叫び、私はタリスマンを取り出して《太陽の光の槍》を投擲する。マギアはボルドをバックステップさせて避けると、ボルドはメイスで地面を擦りながら私に近付き、振り上げる。
「ぐっ⋯⋯!」
すぐさまタリスマンを盾に変え、それを防ぐ。巨大故に強烈な一撃。更に冷気が付与されているのか、私の盾が少し凍り付いた。盾受けはあまり賢くないな。
「フンッ!」
目の前にあるボルドの頭部へ斧を振り下ろす。だがそれをものともせずに右手を振り下ろした。私はそれを何とか回避する。
⋯⋯瞬間、私の目の前が青く染まり強烈な衝撃が脳を揺さぶる。恐らくだが回避した時に生じる一瞬の隙を、マギアが魔術で追撃したのだろう。
「ぐっ⋯⋯」
私はすぐさま体制を立て直すと、回避ではなく走り距離を取る。多少無様な姿だろうが、死んでは元も子もない。
「ふっ⋯⋯はぁあああ!」
ボルドが私を追おうとした隙に、修道女が背後から近付き跳躍。更にボルドを踏み台にしてマギアに斬り掛かる。
だがマギアはそれをしゃがんで避けると右手に持つ鎧貫きで反撃。修道女はまたボルドを蹴り付け、跳躍して回避した。
「《ソウルの結晶槍》!」
「《浮かぶ混沌》! 《苗床の残滓》!」
魔法持ちの監視者と呪い師はそれぞれ結晶槍と浮かび上がる火球、残滓を投擲する。浮かぶ混沌は暫く漂うと数個の飛沫をマギアへ飛ばした。
マギアは結晶槍と残滓は避けたが、浮かぶ混沌の飛沫が数発当たる。だが威力が乏しいのか、ボルドから落とす事は出来なかった。もっと大きな隙を狙い、強力な一撃で引きずり下ろすべきか。そう考えた私は斧から槍に持ち替え、それを逆手に持ち盾を構えて好機を待つ。
「《ソウルの結晶槍》! あぁっ、クソが! 器用に避けやがってよお! っ、危ねえ!」
マギアは魔法や攻撃が飛んでくるとボルドを操りそれを避けつつ、三人が見せた隙を狙ってソウルの矢やソウルの太矢を飛ばす。
「アァアアアア! イライラするなぁクソッタレ!」
「落ち着きたまえよ、監視者! そうだ、弓はどうだ! 結晶槍よりも正確に狙えるだろう!」
「その手があった!」
監視者は杖から白い木の弓へと持ち替え、強く引き絞る。すると大きく引き絞られた矢が黄金の魔力を纏い、ほぼ透明となった。
「喰らえっ!」
監視者はその透明の矢を放つ。だがタイミング悪くボルドが走り出し矢が当たる事は無かった。
だがマギアはその透明の矢に警戒したのだろう。左手のレザーシールドを構えて頭部を守る。だがその行為は視界を狭める事となった。
「ぬぅ、ああああ!」
私はマギアの視界が狭まったのを見逃さず、恐らく一番見えていない筈のマギアの左前方に移動して槍を投擲する。
ドスンッ、という鈍い音が響き槍はマギアの胴体に突き刺さる。その衝撃でマギアはボルドから滑り落ち、地面に倒れた。
「ようやく降りてきましたね!」
そして一番近くにいた修道女が大曲剣を振り下ろし、マギアにトドメを差す。マギアは苦しんだかの様に手を伸ばすと、そのまま粒子となって消えていった。
「よしっ、マギアは倒した! 残るはボルドのみだ!」
「やりましたね竜狩りさん! まさか槍を投げてマギアを落とすとは!」
「⋯⋯何か、美味しい所を持ってかれた様な気がするのは俺だけ?」
「気にするな、監視者」
私は修道女から槍を受け取るとソウルの業で仕舞い、斧を取り出す。
すると、ボルドが突然として雄叫びを上げメイスを地面に突き立てる。それと同時に目が青く光り、先程よりも強い冷気が辺りに放出された。
「な、何だ!?」
突然の事に驚いているとボルドが突進してくる。反応が遅れた私はその突進に直撃。凄まじい衝撃が私を襲い視界が目まぐるしく変わる。そしていつの間にか私は壁に叩き付けられていた。
「ガッ⋯⋯!?」
「竜狩りさん!」
相当強力な一撃だったのだろう。そのたった一撃の突進により、私は腕を動かすのすら辛くなった。血を吐いたのか鉄の味がする⋯⋯骨が何本か折れているな。内臓も損傷しただろう。死んでいないのが不思議な程だ。
「マギアは⋯⋯前座という、事か⋯⋯」
制する者が居なくなった事により、その番犬は秘めた狂暴さを一切我慢する事が無くなった訳か⋯⋯これはボルドから倒すべきだったか? まったく、詰めが甘いな⋯⋯。
そんな事を、不思議な程に冷静な思考で考えていると目の前にボルドが迫る。ボルドの背に向かって三人が攻撃を仕掛けているが、奴は一切興味を示さずにメイスを振り上げる。
そしてメイスが振り下ろされた瞬間⋯⋯私の意識はブツンと途絶えた。