ソードアートオンライン ~創造の鬼神~ 作:ツバサをください
誤字、脱字や矛盾点などがございましたら教えていたただくと嬉しいです。
それでは第二話、ごゆるりお楽しみください。
◇◆◇
日が沈み、暗くなったフィールドに俺は出た。俺以外のプレイヤーはほとんど見あたらない。
しかしよく目を凝らし、耳を済ませば、所々にプレイヤーがモンスターを狩っている光景が目に入った。その慣れた様子から十中八九、このゲームのベータテスター達だろう。
「ぶるるる……がぁ!!」
「ん?《フレンジーボア》……だよな?」
そして思考に浸る俺のもとにも、モンスターが現れた。色は青く、イノシシに近い体だ。間違いない、俺がずっと狩り続けていた《フレンジーボア》だ。
だが様子がおかしい。青いイノシシの目は赤く染まっており、好戦的な目をこちらに向けている。
昼間に狩っていた青いイノシシの目は赤くなかったはずだし、こんなに好戦的でもなかったはずだ。明らかに様子がおかしかった。
「……そんなこと関係ないか。俺はただ、お前を狩るだけだしな。」
考えても現実は変わらない。そう判断した俺は、腰に着けている鞘から右手で《スモールソード》を引き抜く。そして左手を背中にまわす。
その左手で背負っていた《ブロードランス》を持ち、構えた。
この状態の時、俺は複数の武器を装備していると判断され、ソードスキルの発動が不可能になる。それはこの剣の世界において、致命的なことだった。
しかし、そんなことはわかりきっていた。もう既に、この現象が起こることは知っているからだ。
フィールドに出て、買った武器を一通り試した後に効率を求めて武器を二つ持ったことがあった。その時、ソードスキルが発動せずに焦ったことは記憶に新しい。
それでもどうにかできないかと様々なことを試した結果、ある方法を俺は見つけた。
「がぁぁぁぁぁ!!」
「うるさいな……。今すぐその口ぶち抜いてやろうか。覚悟しろ、イノシシもどき。」
あまりにもうるさい青いイノシシに思わずキレてしまい、ドスのきいた低くて自分でも恐ろしいと思える声が出てしまった。この声が出るのは、記憶が正しければあの日以来だったか。
あの日を境目に、俺は俺じゃなくなってしまった。今の俺と昔の俺とでは何もかも違っている。
そして雄叫びをあげながら、突進してきた青いイノシシの口内に俺は《ブロードランス》をやり投げの要領で突き刺した。《投擲》はまだ取っていないので、ただ単に投げただけだ。
青いイノシシが勢いを止め、突然襲いかかった刺すような痛みに悶絶を始めた。
俺は右手に残った《スモールソード》で片手剣ソードスキル《レイジスパイク》を立ち上げる。刃に青い光が宿った。
それを青いイノシシに叩き込む。それが終わると同時に、俺は空いている左手で突き刺さっている《ブロードランス》を握った。
すると、ギィンと何かがぶつかり合うような音が響いた。その音を聞いた俺は、右手も《ブロードランス》に持ち替える。そして俺はすぐさま両手槍ソードスキル《プレオン》を立ち上げ、叩き込んだ。
「……やっぱり、硬直がキャンセルされている。だが、タイミングがシビアだな。」
「うがぁぁぁぁぁ!!」
実験結果を確認するように呟きながら《スモールソード》を拾った俺の背後で、HPを全損させた青いイノシシはポリゴン片と化した。
今行ったのは、複数の武器を装備しているとソードスキルが使用不能な現象を利用したものだ。
ソードスキルは一度立ち上げると、システムアシストによって体が勝手に動き出す。しかし全身が自動で動くわけではない。
ソードスキル使用時、自動で動くのはそのソードスキルの動きに関係するものだけだ。片手剣ならば、武器を握る手や足などは自動で動くが、何も持たないもう一つの手は自分の意志で動かすことができる。
だから俺はソードスキルが終わる寸前に、自分の意志で動く左手で《ブロードランス》を握り、無理矢理に複数の武器を装備している状態を造り出した。
そしてこの状態になった瞬間に、ソードスキル使用不可の現象は発生する。それが例えソードスキルを発動中だったとしてもだ。
これによって発動中のソードスキルはキャンセルされ、硬直時間なしで行動が可能になる。これを俺は《スキルキャンセラー》と呼んでいる。
……とはいえ欠点もある。両手槍等の両手で持つ武器は新たな武器を持つ手が無い為、それ以上繋げることができないことだ。
つまり今の俺には《片手剣》から《槍》に繋げることしかできない。スキルスロットがまだ二つしかないので、新しいスキルが入れられず、この二種類のソードスキルしか扱えない。
次のスキルスロットには何を入れようか……。そんなことを考えながら、俺はやたら好戦的になった青いイノシシを狩り続けた。
◇◆◇
時間が深夜へと突入し、フィールドが漆黒に覆われていく。フィールドで狩りをしていたプレイヤー達も、続々と《はじまりの街》へと戻っていく。
しかし、俺は街には戻らない。だって誰かと関わったとしても、皆が俺を裏切ることは目に見えているのだから。そして街中は誰かと関わりやすくなってしまう。
俺は《はじまりの街》に背を向けて、フィールドの奥へと進み始めた。
やはり数年前に、あれだけのことがあったからだろう。時々だが、俺の視界に写る人が皆揃って俺を見ているような錯覚に襲われることがある。そんな状況でゆっくり休めやしない。
考え事をしながら暗闇に包まれたフィールドを見渡す。……青いイノシシのリポップが少なくなってきている気がする。少し前は、一匹屠っている間に二匹程集まってきていたはずだ。しかし今は、こちらから探しに出ている始末。
このフィールドにいる青いイノシシは、近いうちに出てこなくなってしまうだろう。
それなら、もっと深くに行ってモンスターを狩ればいい。フィールドに出て何もしないよりも、モンスターを狩る方がいい。
俺は何もしないのが嫌いだ。例えば、いじめの現場を『自分は関係ない』と遠巻きに見るような腐った人間のように。
そして俺は奥へと進む。この時、俺は予想だにしていなかった。
ある青年との早すぎる再開を果たし、そこで再び腐った人間を見ることになるとは。
◇◆◇
奥へ進むと木々が密集して生えている森があった。その森で、俺は青いイノシシよりも少しばかり手応えのありようなモンスターと遭遇した。
図体は俺よりも少し大きいぐらいか。見た目は完全に植物のバケモノだ。足下には無数の根と思われるモノが蠢き、茎と思われる胴体の上半分は不気味な口で埋められている。
俺はその植物のバケモノに視線を集中する。すると植物のバケモノの名前が浮かび上がってきた。
そのバケモノの名は《リトルネペント》。明らかに《リトル》ではないだろうと、製作者に内心文句を言いながら背に担いでいる《ブロードランス》を持ち、投擲の構えをとる。
「さて、お前も俺の実験台になってもらうとしようか……。」
未だに俺に気づいていない植物怪物に向かって《ブロードランス》を投擲した。それと同時に《スモールソード》を抜き、《レイジスパイク》を立ち上げながら接近する。
片手剣には他にもソードスキルが幾つか使用可能なのだが、俺にとっては扱いにくいものばかりだった。いや、《レイジスパイク》が扱いやすすぎたと言った方がいいだろう。
「きしゃぁぁぁ!!」
投擲した《ブロードランス》が突き刺さってやっと、植物怪物は俺の存在に気が付いたようだ。背を向けていた体をこちらへと向ける。そして在りもしない目を向ける。それは怒りを表しているように見えた。
怒ったと思われる植物怪物は手の役割を果たすのであろう触手を振り回し、俺に叩きつけようとする。
「……遅い!」
しかしその動きは、俺にとっては遅すぎた。俺は振り下ろされる触手を難なく掻い潜り、がら空きになっている胴体に《レイジスパイク》を叩き込んだ。
そして剣を振り抜く勢いのままに背後をとり、突き刺さっている《ブロードランス》を握った。
ギィンと音が響き、《スモールソード》が纏っていた光が消える。《スキルキャンセラー》成功だ。そして俺は《ブロードランス》に新たな光を纏わせた。
「……これでもくらっとけ!」
俺は、植物怪物を脳天から一気に縦に切り裂いた。両手槍ソードスキル《アクシオン》。《プレオン》が突きに対し、《アクシオン》は切り下ろし。どちらも扱いやすく、状況に合わせて使い分けられるから俺はどちらも愛用している。
メニューを開き、獲得経験値を見る。やはりフィールドの奥に来たからだろうか、経験値が青いイノシシよりも多い。加えて、素材アイテムとかいうものも手にはいる。何かはよく分からないが、まぁ持っておいて損はないだろう。
俺は新たな植物怪物を探しに、森のより奥深くに向けて足を進めようとした。だが、周囲に何者かの気配を感じ、ある一つの草むらに視線を集中させる。
「……そこに誰かいるんだろう?隠れてないで出てこい。」
すると、俺が見ていたその草むらから二人の青年が出てきた。そしてそのうちの一人を見た俺は目を見張った。何故ならその青年は……もう会うとは思っていなかった青年だったのだから。
「……キリトか。何用だ?特に用がないなら、俺はもう行くが。」
平静を装い、キリトに問うた。色々あって、自分の感情を表に出さないようにすることは当たり前になってしまった。
無意識にトゲのある言葉を返し、背を向けて歩きだそうとした俺を、キリトは呼び止めた。
「待て待て、用ならある。今から俺達と一緒にクエストの攻略をしないか?」
「……クエスト?何で俺もなんだ?そこにいるもう一人とですればいいだろ。」
「僕達には今クエストをクリアする為に、《リトルネペントの胚珠》が必要なんだ。お願い、手伝ってくれないかな?」
俺はもう一人の青年に目線を移す。キリトよりも少し背が高い。革の鎧らしきものを身に纏って、手には円形の盾を持っている。
その青年は、人のよさそうな笑みを浮かべている。しかし、その笑みは何かを隠しているようにしか見えなかった。
かつて、俺の信用を裏切って玩具にしたクズ野郎と同じような、作られた笑み。その笑みをその青年は俺に向けていた。
「……お前、名前は?」
「僕はコペル。それで、手伝ってくれるかな?」
《コペル》と名乗った青年は相変わらず、人のよさそうな笑みを浮かべている。それがやはり何かを隠しているように見えるのは、俺の錯覚だろうか。
……俺はかなり疑い深くなってしまったようだ。もしかしなくても、あの日々があったからだろう。
キリトと会うのは二回目になるが、まだ関わりは浅い。今回もそれほど関わらなければ大丈夫だろう。
それに疑ってばかりいては、俺にこの世界を勧めてくれた母親に申し訳ない。
「……わかった。俺はソーヤだ。」
「ソーヤ、ありがとう……それはそうと、お前は何で此処にいるんだ?てっきり《はじまりの街》に留まっているものだと思っていたのに。」
キリトがやや驚きながら俺に問う。当然のことだ。デスゲームが始まった時、俺はキリトの誘いを『足手まといになるから』と言って断ったのだ。そのはずなのに、俺は今キリトと同じ場所にいる。驚くのも無理はないだろう。
「……街には戻りたくなくて、フィールドの奥に進んでいたら此処にいた。そんな感じだ。」
「……お前には驚かされてばかりだな。ベータテスターでもないのに、デスゲーム初日でこんな場所にいるなんてな。」
「えぇ!?ソーヤ、ベータテスターじゃないのにもう此処まで来たの!?」
キリトの言葉にコペルが驚きの声を出す。その言葉からして、コペルもベータテスターのようだな。
しかし、コペルの様子がどこか演技じみているように見える。やはり、何か隠しているのだろうか。
「……何かおかしいか?」
「いやいや、ベータテスターでもないのに此処に来たことに驚いたんだよ。」
「そうだぜソーヤ。それとそろそろ行こうぜ。あっちにリトルネペントがいるみたいだ。」
キリトが森の一角を指さす。そちらに目を凝らすと、そこには植物怪物が二匹程いた。しかし、俺が狩っていた奴とは少し姿が異なっていた。
一匹はあの不気味な口が付いた胴体の上に、小さな花が咲いていた。もう一匹は小さな花の代わりに、大きな実が付いていた。
それを見たキリトとコペルは、声をあげる代わりに体で喜びを表現した。おそらく、あれが探していた奴なのだろう。
「キリト、あの《実付き》を任せてくれないかな?キリトとソーヤが《花付き》を倒すまで持ちこたえるよ。心配しないで、絶対に実を割るようなことはしないからさ。」
「わかった。……死ぬなよ、コペル。」
「……乗りかかった船だ。仕方ない。」
コペルが《実付き》と呼ぶ植物怪物に向かっていき、俺とキリトは残った《花付き》とやらと相対する。
キリトも俺も《スモールソード》を構え、植物怪物を睨んでいる。
今、《スキルキャンセラー》をキリトに見せる訳にはいかない。まだ俺は、キリトを信じられないのだ。また裏切られるかもしれないと恐怖しているのだろう。
それとコペルのことだ。コペルは、自分から面倒な役割を受け持った。それが俺には善意ではないように見えた。どちらかというと、何かを狙っていて、それを隠す為のように見えた。
とはいえ、キリトは完全にコペルを信用している。キリトは誰でもすぐに信用しているように感じる。俺もそうだし、クラインもそうだ……。羨ましい限りだ……。人をそんな簡単に信じるなんてな……。
「何ボーッとしてんだ、ソーヤ。俺達も行くぞ!コペルを待たせる訳にはいかない!」
「……っ!すまない。」
俺は思考を中断し、キリトと共に植物怪物へと斬りかかった。
◇◆◇
「これでっ!」
「終わりだ!植物怪物!」
二本の光を纏った《スモールソード》が《花付き》の植物怪物を切り裂いた。HPがゼロになり、ポリゴン片が爆発四散する。
ファンファーレが鳴り響き、俺のレベルが上がったことを知らせる。これで俺のレベルは3になった。しかしスキルスロットは増えない。一体、いつになったら増えるのだろうか。
そんなことを思いながらメニューを操作し、《リトルネペントの胚珠》を実体化する。どうやら目的のものは俺の方にドロップしたようだ。
「……キリト、これであってるか?」
「ん?……ああ、それだ。恩にきるぜ。ありがとな、ソーヤ。」
「……お礼を言われる筋合いはない。俺がいなくともお前らは大丈夫だったはずだ。それと……《実付き》とやらの実を割るとどうなるんだ?」
「……その実からすごい臭いがでてきて、それにつられたリトルネペント達が好戦的な状態で集まって来る。もしそうなったら、確実に俺達は死ぬだろうな。」
それを聞いた俺は妙な胸騒ぎがした。まるでキリトの言葉が今にも現実になりそうな感じだ。
その妙な胸騒ぎを覚えたまま、俺達は《実付き》の植物怪物の相手をしているコペルの元へと向かった。
コペルはHPにまだ余裕がある状態のようだった。五割未満のイエローゾーンになっておらず、そのHPはグリーンに保たれていた。
「コペル!こっちは終わった!手伝うぞ!」
キリトがコペルのもとへと駆け寄っていく。コペルはこちらに振り向き、どこか安堵したような顔をした。
そんなコペルの様子を見た俺は、今まで俺が疑っていたことは杞憂だったのだろうと思った。
そして、キリトとコペルを信じてみてもいいかなという思いが芽生えた。
俺は誰も信じないし、信じられたくもない。裏切られることがないように、誰かと深く関わらない。
しかし、俺は変わらなければいけない。このままだと、母親の最期の言葉に乗せられた願いを無下にすることは明白だ。
あの腐った世界で、両親は唯一俺を裏切らなかった。だったら俺から裏切るなんてことはしてはならない。もし裏切ったのなら……俺はあのクズ野郎どもと同じになってしまう。
「コペル!?何を!?」
キリトの声が漆黒の森に響く。俺はそれにつられて、コペルの方を見る。
そして俺は、再び腐った人間を見た。それは、俺の心に芽生えたばかりの思いを散らすことになった。
コペルはソードスキルを立ち上げていた。それは《バーチカル》。そのスキルの攻撃モーションは……縦の切り裂き。それをここで使うという意味は……
「止めろぉぉぉ!コペルゥゥゥ!!」
キリトの静止の声も虚しく、《実付き》の頭上に乗っかっていた実がコペルのソードスキルによって真っ二つに割れる。辺りに鼻をつくような臭いが充満した。
そして俺は見た。実を切り裂いたコペルの口角が少し上がっていたことを。
深夜の森が突然地響きに襲われる。この強烈な臭いにあてられた植物怪物がこちらに向かってきているのだろう。
「……ごめん、母さん。俺はまだ誰かを信じるなんてことはできそうにない。目の前でまた腐った人間を見てしまったからさ。」
俺は《スモールソード》を右手に、《ブロードランス》を左手に持つ。この際、出し惜しみなんてしている場合じゃない。今は生き残ることが最優先事項だ。それ以外、今はどうでもいい。
地響きが収まる。そして俺の前にいたのは……何十匹かも分からない植物怪物の群れだった。
だいたい一週間前後に一話ぐらいのペースになると思われます。
ですが、二週間以上空いてしまうこともあるかもしれませんので、そこはご理解のほどよろしくお願いします。