ソードアートオンライン ~創造の鬼神~   作:ツバサをください

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 お久しぶりです。相変わらず多忙ですので、これからもこんな感じのペースになるかもしれません。


第六十九話 二つの決着

 ◇◆◇

 

 このゲームで手に入る最高級らしい金属でできた刺突剣が視認可能な速度を越えて襲いかかってくる。対抗できるのは死と隣り合わせの戦闘で培った感覚のみ。だが、足元の砂地がステップを妨害し、数回に一回は明確なダメージを貰ってしまっている。

 

 「……っ!!」

 

 このままではじり貧になってしまう。半ば強引に光剣を振るって髑髏の仮面をした奴の連撃を中断させた。気づけばこちらの体力は五割を切っていた。対して向こうは約七割といったところか。

 

 「随分と、なまったな、《黒の剣士》。今のお前を、昔のお前が見たら、どんな顔を、するだろうな。」

 

 フードの暗闇から赤い眼光を覗かせる《デス・ガン》。決して動かない筈の仮面の口元がニヤリと歪んだように見えた。その途切れ途切れの言葉が聞こえる度に、奥底に封じた記憶が蘇ってくる。

 

 「……きっと失望するだろうさ。でもそれならお前もそうじゃないのか?此処に《ラフィン・コフィン》はない。いつまでお前は、あの世界にいるつもりだ?」

 

 「ほう、意外と、思い出せたな。だが、言った筈だ。俺はお前に、名乗っていない。故に、俺の名前までは、わからない。」

 

 答え合わせをするように奴の腕に巻かれていた包帯が剥がされ、例のエンブレムが顔を覗かせる。それはあの世界で何度も見たもの。他者を傷つけるどころか嬉々として殺害した者であることの証明でもある。

 瞬間、脳裏に過る記憶が一つ。最早無視することができなくなった《ラフィン・コフィン》を討伐することになった時の最期のミーティングだ。

 

 「……《黒の剣士》。もうお前は、理解している筈だ。お前は俺とは、違う。お前は、我が身可愛さで人を殺し、あまつさえその意味を考えずに、忘れようとした、愚か者だ。」

 

 固く封じられた記憶が掘り起こされていく。受け入れるどころか向き合おうともせずに葬り去った暗い過去が、深い海底から浮かび上がってくる。

 確かあの場では首領であった《PoH》に加え、彼の側近の武器やスキルなどの情報を再共有した筈だ。その中には外見とプレイヤーネームも含まれていた。

 黙りこくってしまった俺を言い返せないと判断したのか、奴の赤色に輝く両眼がより一層不気味に瞬く。

 赤く光る眼、それをこの仮想世界で持っているのは知っている限り二人(・・)。一人は内に眠るもう一つの人格のようなものを解放した状態のソーヤ。そしてもう一人、その者も彼と同じく完全攻略されなかった鉄の城で出会った。いや、殺し合ったという表現の方が正しい。

 

 「無駄な努力を、止めろ。お前は、俺に倒され、《鬼神》と《竜使い》、そしてあの女が、殺られていくさまを、見ることしか、出来ない!」

 

 空気を切り裂き、奴の刺突剣が目にも止まらぬ速さで動き出す。その動きは見覚えがあるもの。あの世界でない故にエフェクトはないものの、完璧としか言い様のない程に再現された高速の突きが迫る。

 ああ、そうだ。あの時(・・・)も奴は俺を殺さんと攻撃を仕掛けてきた。剣を交えたのはそう長くなかったが、他の者より数段殺意が高かった。

 討伐戦が終わり、戦後処理を行っていたとき奴は俺に名乗ろうとした。しかしそれを俺は拒否したのだ。自身の愉悦の為だけに人殺しをするような者の名前など、聞きたくなかったから。

 更にその後に俺は人を傷つけたという事実が恐ろしく、二度と思い出さないよう記憶の深い場所に封じた。

 だから奴は名前を思い出せる訳がないと何度も俺を嘲笑う。己の手を血で染めた過去を恐れ、ただ逃げてばかりのお前とは違うと告げる。

 確かにその通りだ。何も間違ってはいない。だが、もう俺は逃げない。エネルギー切れが近いのか、刀身がバチバチと点滅しだした光剣にもう少し頑張ってくれと握り直し、こちらに突っ込んでくる黒い影をしっかりと捉える。

 脳裏に洞窟にて放ったソーヤの言葉が浮かぶ。あれは隣で問いを投げ掛けたシノンへのものだったが、俺にも当てはまることだった。

 

 『俺のような化物になりたくなければ、どれだけ時間が掛ろうと構わない、なんなら隣にいるキリトの力を借りてでも、お前は過去を受け入れる力を求めろ。』

 

 都合の悪い記憶だけを消すことなど不可能だ。俺は今まで忘れたふりをしていただけ。辛い過去に見向きもせず、無い物として扱っていた。しかしそれではなんの解決にもならない。

 散々拒絶し、消し去ろうとした忌まわしき記憶。迫り来る人間を黒い剣で迎え撃ち、斬り裂いていく俺自身。少し覗いただけでも吐き気を催す。

 身体が震えだして思わず目を背けそうになるが、強引に正面を向かせる。逃げるな、あれは間違いなく俺だ、俺は手に持った剣で人間を斬ったのだと言い聞かす。

 あの時は無我夢中であまり感じなかったが、今は斬った瞬間の感触をはっきりと思い出せてしまう。本当に柔らかい肉を切り裂いたような気味悪いものだ。

 同じデータで構成されている以上、モンスターとプレイヤーの差は無い筈なのだが、俺には全く別物に感じる。それはきっと、人間を斬ったという事実を気にしているということだ。

 

 『人を殺した過去を乗り越えたのならば、それは奪った命を何とも思わなくなるということだ。つまり、化物と化す。』

 

 ならば良し。他者を傷つけたことを忘れるな。聞こえてくる怨嗟の声に耳を塞ぐな、聞いた上で無視しろ。今は、それだけでも十分だ。

 

 「……!!」

 

 気づけば身体の震えは殆ど収まっていた。吐き気もない。過去を受け入れることができたのかと思ったが、違うだろうと即座に否定する。俺はまだ向き合うという一歩目を踏み出しただけに過ぎない。受け入れていくのはこれからだ。

 そして、俺は血みどろの記憶からとうとう奴の名を引きずり出す。赤をイメージカラーとし、今と同じような髑髏の仮面を被った刺突剣使い、その名前は……

 

 「ザザ。」

 

 「……!?」

 

 寸分違わず俺の心臓部分を貫こうとした刺突剣の軌道が狂い、必殺の一撃が弱攻撃へと成り下がった。全身の傷から生じる不快感を無視し、俺はもう一度奴の名前を叫んだ。

 

 「思い出したぞ。《赤目のザザ》、それがお前の名前だ!」

 

 直後、奴の身体に赤い照準が浮かび上がった。方向から見てシノンだ。この世界に来てそれほど時間は経っていないが、俺はその存在を知っている。

 照準予測線、ゲームならではのハッタリ要素を盛り込む為に採用されたもの。それが今、一発の幻影の弾丸となってザザへと襲いかかった。

 当てられるとは思ってなかった名前を当てられ、奴は動揺していたのだろう。少し考えれば撃つわけがないのに、身体が勝手に反応してしまった。低い怒りの声が仮面の下から漏れている。

 この瞬間が絶好にして最後のチャンスだ。そう判断した俺は光剣を振りかざし、攻勢に転ずる。この世界での愛剣は命中すればほぼ一発で体力を消し飛ばすことが可能だ。つまり、勝機は十分にある。

 しかしザザはそんな俺を嘲笑するように、装備の能力で姿を消し始める。手を伸ばすも届かず、掴みかけた勝利が転がり落ちていく。確実に仕留めねばカウンターでこちらが殺られてしまうのだ。

 他に打つ手はないのかと策を探すも、この状況を打開できるようなものは思い浮かばなかった。幻視したのは自身が刺突剣に貫かれる光景のみ。

 

 『キリト君!』

 

 『パパ!』

 

 ここまでかと絶望しかけた俺の耳に二つの声が届く。同時に左手に温かい熱が宿り、俺の左腰へと導かれる。掴んだのは今の今まで存在を忘れていた拳銃。途端、半ば自動的に身体が動き出した。

 

 「おおおぉぉぉ!!」

 

 咆哮と共に地を蹴り、自分自身を弾丸のように回転させて突っ込む。二つの剣を持って何度も繰り返した動き。今あるのは一丁の拳銃と一振りの光剣だが、大した問題にはならない。

 本来ならば左の剣を振り上げるところを、最早輪郭しか見えなくなっているザザへと発砲することで代用する。放たれた弾丸は剣線のように飛翔し、景色と同化しようとした奴を再び引きずり出した。

 

 「……シッ!」

 

 撃ち抜かれたであろう肩を押さえながらも、ザザは突撃をかける俺に刺突剣を振るう。幾つもの針が身体を貫き、残り少ない体力が更に削られる。だが、それでも残り全てを奪い去ることはできなかった。

 

 「終わりだ、ザザ!!」

 

 最後にもう一度奴の名を叫びながら、回転の慣性と身体の重量を全て乗せた右の光剣を左上から叩きつける。必殺の如き一撃が奴を捉えた。

 俺が力を込めていくにつれ、エネルギーの刃がザザの身体を斬り裂いていく。此処で終わらせる。ソーヤとシリカ、そしてシノンの所には行かせない。

 右肩から入った刃はそこに到着されていた例の銃もろとも胴体を両断し、左脇腹から抜ける。ゆっくりと二つになったザザの身体が崩れ落ち、赤いタグが浮かぶと同時にその動きを完全に停止した。

 

 「こっちはもう大丈夫だ……誰も死ぬことはない。だから、後は存分に楽しんでくれ。ソーヤ、シリカ。」

 

 満身創痍の身体に命令を下し、砂塵が舞う方角へと目を向けた俺はそう呟いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 月明かりが差し込む砂漠に鈍い音が響き渡る。この銃撃が飛び交う世界では明らかに場違いと言えるであろうそれの発生源となっているのは、越えてはならない境界線を越えてしまった二人の人間。いや、彼らを人間と言うには些か無理があるだろうか。

 瞳から発せられる赤い光を引き、片方の化物が己が得物を振るう。ただ近接武器ではないそれは相手の蹴りを真正面から受け、そう時間も経たないうちにポリゴン片となった。

 武器を蹴りで破壊した方の化物も同様に赤い光を迸らせ、逆手に持ち変えたナイフを喉元目掛けて振り下ろす。神速の一撃が決まるかと思われたが、突き刺さる寸前で割り込まれた片手に阻まれた。

 

 「シッ!!」

 

 「……ハッ!!」

 

 ナイフが刺さっている方とは反対の手に握られた光剣が横薙ぎに振り抜かれる。直撃すれば即死は免れない強力無比の反撃は、素早くナイフを引き抜くと同時に後退されて回避された。

 稼働時間が残り僅かな光剣を収納し、弾切れになった二丁の連射銃もとい鈍器を双剣が如く構える少年の格好をした化物の名はソーヤ。彼は内に飼う獣を限界まで引き出し、今この瞬間で人間らしき部分など会話能力程度しか存在しない。

 唯一残った武器であるナイフの耐久を確認するように一度目をやり、得物を構え直す少女の格好をした化物の名はシリカ。彼女は内に芽生えた狂気をその身に宿し、少し前に境界線を飛び越えて現在は彼と同じ場所に立っている。

 互いに残された体力がごく僅か。特に少女の方は数ドットしかない。決着はすぐそこまで迫ってきている。張り詰めた空気が場を支配する。それは観客席も同様だ。画面越しに伝わる緊張に誰も口を開けないでいた。

 ざりっ、と音がした。それがどちらから出たものなのかはわからない。ただ、それは残り数回であろうぶつかり合いを開始する合図となった。

 

 「「……ッ!!」」

 

 少年と少女は同時に飛び出した。右の連射銃のグリップが迫るも少女は瞬間的な加速で回避し、次の攻撃を妨害するように左腕を狙ってナイフを突き出す。それをもう一撃食らうと負けが確定する少年は回避を選択した。

 だが、それこそ少女の狙いだった。ナイフでの攻撃はブラフ。本命は回避した先に置いてある(・・・・・)蹴り。目の前にいる最愛にして最強のライバルの常套手段。変態的過ぎる機動から繰り出される回避不可能の攻撃。さらに、ナイフというダメージの高い方を囮にすることで見破ることも困難な一撃。

 

 「ガッ……!」

 

 横から迫る蹴りに気づいた少年だが、もう遅すぎた。そのコンマ数秒後に少女の最後の一撃を食らい、誰も倒せないだろうと思われていた小さな影が体勢を崩して倒れていく。

 名勝負をじっと見ていた観客達は熱狂のあまり立ち上がろうとしながら、渾身の一撃を叩き込んだ少女は脚を振り切った体勢のまま、少年を見ていた。

 

 「……アア、」

 

 誰もが決着だと思った。誰一人として、もう少しすればあの死神の身体の上に例の表示が出ると信じて疑わなかった。だから彼は最後に彼女に向かって、賛辞の言葉を紡ごうとしているのだと思った。

 

 「……本当ニ、」

 

 それはある意味合っていて、ある意味違っていた。

 確かに少年が今途切れ途切れながらも口にしようとしているのは、少女に向けた賛辞の言葉だ。そして、境界線を飛び越えて自身と肩を並べる存在となった彼女への感謝でもある。

 しかし、対等とも言えるライバルを得た獣の興奮がそう簡単に収まるであろうか。否、否である。初めての獲物ではない存在を相手に、獣はもっとだと言わんばかりにその興奮をさらに加速させる。

 

 「アリガトウ。ソシテ強クナッタネ、シリカ!デモ……勝ツノハ、俺ダ!!」

 

 赤い光が迸る瞳を輝かせ、片足を踏み出して転倒を防いだ少年はニヤリと笑い、光剣のスイッチを入れた。出現した刃は出現と消滅を繰り返し、あと一振もつかどうかといったところだ。

 前傾姿勢を取った少年は力いっぱい地を蹴り、少女へと迫る。それと同時に少女もこの激戦でボロボロになったナイフを構えると、やや遅れながらも接近する少年に向かって加速した。

 

 「「ハアァァァ!!」」

 

 月が隠れ、闇が少し濃くなった砂漠の中、二人の小さな死神がお互いに突っ込み、そして交錯する。繰り出された剣技は共に両者が出会った世界のもので、骨の髄まで深く染みついたもの。

 

 「「…………」」

 

 それぞれの得物を振り切った体勢のままでいた二人だが、やがて片方の影がばたりと倒れ、赤い表示を浮かばせた。狂気の力を我が物にした少女と、限界まで獣の力を引き出した少年。人間の枠を越えた二人の対決を制したのは……少年だった。

 エネルギーを全て使い果たし、柄だけとなった光剣を握り締める少年にはもう一歩も動く力がなかった。獣の思考回路を長時間使用した影響で、脳もぼんやりとしている。されど彼の心はこれまでにない満足感で満たされていた。

 

 「はぁ、はぁ……本当に楽しかったよ。シリk……ん?」

 

 ようやく訪れた静寂の中、少年は霞む視界に僅かな月光を反射してきらりと光る物体を見つけた。ちょうど彼の真上あたりにあるその物体は、回転しながら落ちてくる。できるのはただ見つめることだけ。

 

 「違った……引き分けだね。」

 

 その言葉を最後に、少年の肩に例の物体が突き刺さった。立っていた影がぐらりと傾き、勝者だった筈の者も地に倒れ伏す。赤い表示を浮かばせる彼を倒したのは、少女のナイフだった。

 最後の交錯の際、自身の攻撃よりも少年の方が早いと気づいた少女は残り数ドットの体力を刈り取られる直前、密かにナイフを放り投げていたのだ。

 当然、命中する確率など皆無に近い。されど少女はゼロにほぼ等しいそれを掴み取った。それはきっと、彼女の勝利への執着が成せたものなのだろう。

 騒乱が去り、砂漠には完全なる静寂が訪れる。そして、雲の間から顔を再度覗かせた月は、スポットライトが如く二つの影を照らし出す。

 揃って仰向けに倒れている二人の顔には、これまた揃って笑みが浮かんでいた。

    


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