ソードアートオンライン ~創造の鬼神~ 作:ツバサをください
今回は総集編です。次回からはキャリバー編、そして本作の最終章であるマザーズ・ロザリオ編と続きます。
◇◆◇
「皆さん、こんにちは!約一年ぶり、おふらいんの時間です!司会は同じくアスナです!そして……」
「解説のキリトです!って……何でこの格好なんだ!?」
後方支援を得意とする種族、ウンディーネ特有の青い髪をしたアスナの隣に座るキリトは自己紹介を終えると早々に自身の姿について不満を漏らした。今の彼の姿はガンゲイル・オンラインでのもの。つまり男の子と言うより、男の娘に近かった。
「何でって……今回はファントム・バレット編の振り返りでしょ?私はガンゲイル・オンラインにログインしてないからこの姿だけど、キリト君はその姿があるじゃない。」
「そうそう、俺だってこの格好なんだからキリトも我慢しようよ。」
二人とは別の声が響いたかと思えば、扉の向こうから三つの影が姿を見せた。その影のうち二つはもう一つよりも小さく、髪型までそっくりであった。
「ソーヤは別に恥ずかしく思ってないないだろうが!というかお前ら、勝手に出てきちゃ駄目だろ!」
「まぁ、呼ぶ手間は省けて良かったんじゃないかな。それでは改めてゲストの皆さん、自己紹介をお願いします!」
「こんにちは、ソーヤです。」
「シリカです!あ、ピナはお休みです。」
「スナイパーのシノンよ。よろしく。」
「よし、それじゃあ早速振り返りを始めるぞ!最初のシーンはこれだ!」
キリトの声に応えるかの如く、大型モニターに電源が入る。映し出されたのは、ミラーガラスの前で愕然とする少年とそれを指差して笑う少女の姿だった。
~ソーヤ、男の娘になる~
「はい?」
思わずそんな声が出た。俺は現実でも妖精の世界でも自分の手に髪が垂れてくる程にまで伸ばしたことはない。故に今の状態が理解できなかった。
微かに聞こえてきた笑い声に前を向けば、シリカが口元を片手で覆って笑いをこらえながら反対の手で近くのミラーガラスを指差している。
嫌な予感をこれでもかと感じながらシリカが指差したところにまで歩み寄り、目を見開いた。これ程までに驚いたのは本当に久しぶりのことだ。
「こ、これは!?」
正面に映っていたのはシリカに酷似した少女であった。後ろに彼女がいる為に判別がつくが、もし別々にモノクロで画像を見せられた場合、見分けることができるか怪しいぐらいに眼前の少女は彼女に似ているのだ。
背丈と肉付きは予想通り妖精のときと大差ないが、肌と同様に白くなった顔がやけに女のものに近づいてている。その上、急成長を果たした黒髪がシリカと同じようにツインテールで纏められていた。
やや大きくなった瞳の色は黒と赤のオッドアイに変化し、無闇に光を放っている。一瞬獣が出ているのかと思ったが、この瞳は偶然引き当てたもののようだ。
「……。」
無言で右手を挙げれば、ミラーガラスに映る少女も同時に左手を挙げる。それを素早く戻せば、向こうも同じ速度で腕を動かした。
これは何かの間違いだろうと一筋の希望に賭けてみたが、やはり目の前の少女が俺の銃の世界における仮の肉体のようだ。落胆のため息を一つつき、未だに笑い続けているシリカへと向き直った。
「笑わないでよ、シリカ!もう十分笑ったでしょ!?」
「あはははは!だって、だって、ソーヤさんが女の子に……あはははは!!」
「!!」
シリカの言葉に俺はある可能性に気づかされ、慌てて両手で自分の胸部分に手を当てる。そこには幸いにも平らで固い胸板があるだけだった。この身体は限りなく女のものに近いが、性別はちゃんと男のようだ。一瞬危惧した性別転換の事故は免れた。
今日のフルダイブ型ゲームでは大抵のものが性別転換を不可能としている。だがシステムも完全ではない。茅場の叔父さんが言っていた『人の意思の力』という例があるように、性別が変わるなどというビックリ事故が発生してもおかしくはないのだ。
~《第五十三話
見た目は双子の姉妹、中身は義理の姉弟》より~
「はぁ……何でこのシーンから始まるの?」
「それは……私にも分からないです。何ででしょう?」
「きっとキリト君の誤解を解くためじゃないかな。ほら、さっきソーヤ君は今の格好を恥ずかしがってないって言ってたから。」
「そんなことで選んで欲しくないんだけど……。」
アスナが推測したこのシーンが選ばれたかもしれない理由を聞き、ソーヤはため息をついて項垂れる。その様子を無言で見ていたシノンだったが、突如ソーヤとシリカの前に移動すると屈みこんで二人を見比べ始めた。
「シ、シノンさん?」
「それにしても、見れば見る程似ているわね。これで性別が違うのだから不思議だわ。」
「や、止めてくれ!ほら、次のシーンに行くよ!」
~ソーヤとシノンの邂逅~
「どうすれば……貴方のような力が手に入るの?」
水色の少女の問いは予想していたものだった。何故それほど執着しているかは不明だが、彼女はただただ純粋に力を求めている。俺と同じ力を彼女は手に入れようとしているのだ。
即座に俺は首を振った。俺がこの力を手に入れた経緯を話そうと思えば話すことはできるが、信用できない人間に俺の血濡れた過去を話すつもりはない。
さらに言えば、俺の力は普通の人間がどれだけ努力しても決して手に入れることができないものだ。
「俺の力はお前が望む強い力ではない。お前の仲間が言っていただろう、『化物』だと。俺はもう人間の皮を被った化物だ。この力は、俺の力は化物そのものだ。」
「誤魔化さないで。貴方は私と同じ人間。だったら私だって同じ力を手に入れられるかもしれないじゃない。だから教えてよ、貴方がこれまで何してきたのk……!!」
「では逆に問うぞ。お前は現実世界で人間を殺すことに多少なりともの抵抗を感じるか?自分をいじめてくるクズ野郎でも構わない、自分が守りたい者の為でも良い、お前は誰かを躊躇なく殺すことができるか?」
少女の言葉を遮り、俺は彼女に問いを一つぶつける。久しぶりにドスの効いた声が出た。俺の過去を探るような言葉を発した彼女に若干の殺意が芽生えているようだ。
「……!!」
それを聞いた水色の少女は両目を見開いた。髪と同じ水色の瞳に写る感情は驚愕。知っているのか、そう言っているような表情を彼女は浮かべている。だがそれはすぐに引っ込んだ。
「まぁそうだろうな。この世界ではともかく、現実世界で人間を殺すことに抵抗を感じない訳がない。だが、俺は感じない。むしろ達成感すら感じてしまう。殺ったと喜ぶんだ。」
「……。」
「理解したか?俺は正真正銘の化物だ。俺の力は化物の力そのものだ。何一つ誤魔化してはいない。……これで話は終わりだ。じゃあな。」
~《第五十四話 死神、化物》より~
「これはソーヤ君とシノンさんが初めて出会ったシーンだね。あれ?でもシノンさんはスナイパーでしょ?見る限り二人は敵同士だったんだろうけど、どうしてこんな近くにいるの?」
「それはこいつが私の狙撃を避けたからよ。しかも一発目は撃つ前にね。今思い出してもおかしいとしか言えないわ。一発目なんて完全に背後かつ視認は困難な距離だったのに。」
「おいソーヤ、おかしいだろ。流石に俺でも撃たれる前に対応するなんて不可能だぞ。」
そう言いながらキリトの視線はソーヤへと向けられた。普段ならば言い返そうとする彼だが、今はそんな素振りなどなくただ呆れたようにため息をつき、首を振っている。
「あの、私からすればキリトさんも十分おかしいと思います。それと、キリトさんだって《デス・ガン》の狙撃を撃たれる前に避けてたじゃないですか。」
「そうそう、それに至近距離で私の銃弾を斬ったりもしたしね。」
「うぐっ、そう言われれば何も言えない……。ん?」
シリカとシノンの指摘により無事ソーヤと同様の化物判定を受けたキリトは反論出来ずに沈黙する。しかし何かを見つけたようで、ニヤリと笑みを浮かべた。
「だったら、ソーヤの方がもっとおかしいってことを見せてやる!次のシーンはこれだ!」
「俺がおかしいということはもう決まってるのね……。」
~ソーヤの異常な迎撃手段~
「ようやく会えたな。」
「そうだな!《死神姉妹》の片割れサンよぅ!!」
対戦相手の男はホルスターから小型の連射銃を取り出し、愚直に突進してくる少年に標準を合わせる。流石準決勝まで勝ち残った人間、彼の一回戦の相手とは向けられる殺意への慣れが違う。それでも若干指の震えがあるのは人間を逸脱した化物に本能的な恐怖を感じているからか。
男の銃口から伸びる幾つもの半透明な赤の線が少年を捉える。それを確認した彼はあろうことか回避を選択せず、走りながら器用に太ももの拳銃を二丁手に持って前に構えた。勿論予測線は発生させずに。
「何を企んでいるかは知らんが……死ねやぁ!!」
「お断りだ。あと、死ぬのはお前だ。」
男がトリガーを引くと同時に少年も一気に引き金を引く。そして数秒後に起こった現象に男は驚愕に目を見開いた。
「なっ……!?嘘だろぅ!?
たった今少年は、飛来する銃弾をぶつけ合わせて自身に届く筈だったものを全て迎撃したのだ。これは光剣で銃弾を斬るというキリトの行動を見て彼が思い付いたことなのだが、これを成功させるには銃弾を斬るよりも難易度が桁違いに高い。
光剣でならば表示された弾道予測線に刃を合わせれば良いだけなのだが、銃の場合は銃口を寸分の狂いもなく合わせることに加えて相手が銃撃を開始するタイミングを読んでトリガーを引かなければならないのだ。
「驚いている場合か?」
「しまっ……!!」
男が驚きのあまり動きを鈍らせている隙をつき、少年は更に距離を縮める。彼の言葉に我に返った男だが、もう何をするにしても遅かった。懐に潜り込まれ、スイッチの入った光剣の輝きが見え始めている。
それが最後に見た景色となった。次の瞬間には横薙ぎに振るわれた光剣によって上半身が斬り飛ばされ、その傷口から順にポリゴンへと姿を変えた。
~《第五十七話 二人目》より~
「どうだ!これを見ても俺がソーヤみたいにおかしいと思うか!?」
「ええ、思うわ。そもそもとして、相手の攻撃を剣や銃で迎撃する時点でおかしいもの。ソーヤもそうだけど、あんたも大概よ。」
自信満々に胸を張ったキリトだが、シノンの言葉にバッサリと両断され、がくりと解説席から崩れ落ちる。彼のその様が面白かったのか、彼女は突然爆弾を投下した。
「そうだ。この際だからあのことも言ってしまおうかしら、女装変態さん?」
「じょ、女装変態!?シ、シノンさん?いきなり何です?」
「女装変態って……キリト君、何したの?」
前触れもなくシノンにとんでもない悪名を付けられたキリトが驚きの声を上げた。そして隣に座るアスナが驚愕半分、疑問半分の表情で彼を見る。だがその表情は返答次第で容易く怒りへと変わりかねない。
「あ、えっと……それはその……」
「下着姿を見られたのよ、自分が女だと偽って同じロッカーに入ってね!」
言い淀むキリトに変わってシノンがきっぱりと言い放つ。瞬間、この場の空気が凍った。アスナの目が自身の得物が如く鋭くなり、小さな姉弟は彼から一歩離れて距離を取った。
「あー、あの時の頬の跡はそれだったのか。うわぁ、流石に弁護できないよキリト。」
「キリトさん……最低です。」
「キ~リ~ト~君?」
どこから取り出したのか、自身の得物を手にキリトへと迫るアスナ。司会が役目を放棄したことを悟ったモニターは、自ら次のシーンを映し出した。
~同じ防御手段を用いるソーヤとシリカ~
突然視界が凄まじい速度で動き出す。縦横無尽に動く視界は現在何が起こっているのか視聴者に理解させることすら不能にしてしまう。これでは駄目だと瞬時に視点が背後を追うものへと変更されたが、映った映像は驚愕としか言い様がなかった。
娘はツインテールに纏めた髪をなびかせながら二人の敵の周囲を
「……えっ?」
「な、なんだありゃあ!?」
これには綾野夫妻も驚きを隠せない。母親に至っては普段絶対に見せないであろう困惑顔をしている始末だ。
そんな事など微塵も知らない娘は己の速度に追い付けなくなった二つの内一つの獲物に襲いかかる。死角にあたる位置からクリティカルでダメージが増加する部分を狙い、ナイフを抉り込む。
異物が無理矢理入り込んでくる不快感に悲鳴を上げた獲物はごっそり体力が減少したが、流石にナイフだけでは削りきれないのか僅かに残った。勿論、こうなることは想定済みの娘は連射銃を間髪無く発砲する。
ゼロに近い距離から放たれた弾丸を避けることなど事前に予測していなければ不可能である。獲物の一人は反撃することすら叶わずに物言わぬ骸と化した。
容易く獲物を仕留めた娘だが、当然狙われなかったもう一人が何もしないなどあり得ない。彼女の瞳に写ったのはトリガーに指を添え、銃口を向けるプレイヤーの姿。微かに見える口元は勝ちを確信したかのように曲線を描いていた。
数分前の息子と似た状況に、彼女らを見守る両親の間にも緊張が走る。しかしまたも娘は両親、いや観客全員を驚かせる動きを見せた。
「今の動き……あれって……。」
「ああ……創也と同じだ。あいつらは不思議な何かで常に繋がってんのか?全く、ラブラブなことで。」
画面にはたった今仕留めたプレイヤーの死体を盾にする娘の姿がある。なんと彼女はほんの少し前に愛する人が行った防御方法をそっくりそのまま再現して見せたのだ。勿論、この大会中に連絡を取ることは不可能。故に彼女の異常性が浮き彫りになる。
両親も含む多くの視線を一身に集めている娘は己がそれ程注目されているなど知らず、次々と表示される紫色のウィンドウの隙間から残りのプレイヤーをじっと見据えている。獣を内に飼う化物による教育の影響なのか、今の彼女は獲物を狩る獣のようであった。
~《第六十話 死体=無敵の盾》より~
「あ、私のシーンです!この時は少しヒヤッとしたんですよね。でも、まさかソーヤさんと同じことをしていたなんて驚きです!」
「それは俺もだよ。まぁ、あの状況を打開するにはこの手段が一番だったってだけだね。」
「いや、シリカちゃんにソーヤ君。いくらそれでもプレイヤーを盾にするなんて発想にはならないよ。」
自身の恋人が同じ防御手段を用いていたことに驚きながらも、当時を懐かしそうに振り返る二人にアスナが突っ込んだ。ちなみに彼女が手にしていたはずの得物は既に消滅している。
「そうでもないわよ、アスナ。これまでの大会でも遮蔽物として扱う人はいたわ。……流石に蹴り飛ばしたり手に持ったりするのは初めて見たけど。」
「あはは……」
「それはそれとして、シノン。……どうして狙撃銃を持っているの?」
「ああ、それはあっちを見てもらった方が早いわよ。」
相棒を背負ったシノンが指差す先には、大小の穴ができたまま倒れているキリトの姿があった。
「あちゃあ、結構派手にやったね。ごめん皆、次の振り返りは三人でお願い。ちょっとキリトの復活に時間がかかる。」
「ううん、謝らなくていいよ。私とシノンさんがやっちゃったんだから。」
「なんかキリトさんの扱いが雑な気がしますが、次のシーンに行きましょう!こちらです!」
~獣の力を引き出し、暴れるソーヤ~
「……コロス、コロシテヤル。」
そしてとうとうお決まりとなりつつある台詞と共に、内に眠る獣が解き放たれた。少年の双眸は血濡れの赤に染まり、口元には狂気に歪んだ笑みが浮かぶ。その様はかつて獣が彼に成り代わった時のよう。彼は今、過去最大級に獣の力を引き出している。それこそ、己の意識が朦朧となるぐらいに。
ただでさえ異常だった速度を更に引き上げ、久々に全開の力を振るう獣は視界を埋め尽くす圧倒的な弾幕を無傷で突破し、ただ銃を撃つ機械と化した獲物の片目にナイフを抉り込ませた。
潰された目を抑え、苦悶の声を上げる獲物。獣はその首を掴み、獅子王目掛けて放り投げる。
己が敵を狩り尽くす為だけに生み出された獣の戦い方は、この世界での常識など通用しない。自身が生きている内に対応出来なければ待つのは蹂躙による『死』のみ。といっても、仮に出来たとしてたどり着く結果は変わらないが。
「ガッ……くそったれが!!」
装備が重量制限を越えているのか、飛来するプレイヤーを避けきれずに体勢を崩して地面に倒れる獅子王。その絶好のチャンスを獣が逃す訳がなかった。再びその手にナイフと光剣を握り、弱った二匹の獲物を仕留めんと襲いかかる。
手始めに逃げられることがないよう、未だ獅子王に覆い被さったままの獲物の四肢を突き刺して地面に縫いつける。端から見れば残酷極まりないのだろうが、そんな価値観など少年には存在しない。彼の人間らしき部分は半分以上とうの昔に喰われて消え去った。
身動きを封じられた獅子王はこの拘束から脱しようと懸命に身を捩るが、上に乗るプレイヤーが既に抵抗を諦めているため、叶わぬ夢となった。
それならばと自身の上になるプレイヤーを自慢の力で押し退けようとするも、二人纏めて突き刺された光剣がそれを阻む。
獅子王を見下ろす獣は変わらず赤く染まった瞳を向け、口元には笑みが浮かんでいる。しかし今のそれは狂気に加えて歓喜が色濃く表れていた。
「……シネ。」
それが獅子王が最後に見た景色だった。無慈悲に振るわれた光剣によって上半身を縦に両断された獅子王ともう一人は自身の体力を散らし、物言わぬ骸と化した。
~《第六十一話 二兎追う獣は容赦なし》より~
「このシーン……もしかしてソーヤ君暴走してない?言葉も片言になってるみたいだし。」
「いえ……ギリギリしてないです。普段のソーヤさんなら相手を地面に縫い付けるなんてことしませんが、ちゃんと自我は残っている筈です。もし仮に自我を失っていたのなら、自分の力だけで元に戻ることは不可能らしいですから。」
「というか、ソーヤのあの状態は何なの?一度遭遇したけれど、最早別人のようだったわ。」
シノンの脳裏に浮かぶのは光剣を引き抜きながら、赤い瞳を向けてくるソーヤの姿。その姿が放つ恐怖は今になっても健在のようで、彼女は人知れずぶるりと体を震わせた。
「あれはソーヤさんのもう一つの人格らしきものを、全開近くまで解放した状態ですね。ソーヤさんが『獣』と表現するものです。」
「だからソーヤ君はよく自分のことを『化物』なんて言うの。でも、私はそう思わない。」
「ええ、私も同意。アスナやシリカと比べると彼と関わった時間は短いけれど、決して『化物』ではないことは断言できる。」
「勿論です!ソーヤさんは私の恩人にして自慢の恋人です!……すいません、次のシーンに行きましょう。」
自身の恥ずかしい発言に気づいたシリカは片手で顔を覆い、もう片方でモニターに手をやった。
~互いの過去を明かすキリトとシノン~
「何も知らないくせに、勝手なこと言わないで!戦いに負けてもこれは私の戦いなの!誰にも文句は言わせない!!それとも、この……
頬から涙を流し、半狂乱になったシノンは殴っていた手をキリトに見せつける。目の前に突き出された彼女の手は人間の命を一つ奪った手だ。事故ではない、自分の意思で殺した正真正銘の人殺しの手だ。
どうせ握ってくれないだろうと予想していたシノンだろうが、彼女の目の前にいる男も同じような過去を持っていた。故に彼はあっさりと突き出された手を取った。
驚愕のあまり一瞬硬直してしまったシノンだが、即座に再起動すると未だ内で渦巻く感情に任せて口を開こうとする。しかしそれよりもキリトの方が早かった。
「……握れるさ。俺だって同じだからな。」
そこに先程までの勢いはない。まるで自分にも言い聞かせるような柔らかい口調になったキリトはもう片方もシノンの手へと伸ばし、包み込むように彼女の手を握る。
思いもよらない事態についていけず、さらにキリトの言葉に驚愕したシノンは口をぱくぱくさせるばかりで何も言えないでいた。
シノンは以前の話から、キリトがあのデスゲームの被害者であろうことは予想済みだったのだが、まさか自分と同じことをしてしまっているとは考えもしなかった。
動かぬ石像と化したシノンをじっと見つめたまま、キリトは己がしでかした過去を話す。ゲームオーバーがそのまま現実での死となる狂った世界で、殺しを嬉々として行う集団がいたこと。そして……その討伐部隊に召集された自分は手にした剣でその集団に属する人間を何人も斬り殺したこと。
全てを明かし終えたキリトにシノンは何か声をかけようとするも、適した言葉が浮かばなかった。どんな慰めの言葉をかけても無駄だと直感的に思ったのだ。
だから、今度は互いの傷を舐め合うようにシノンが自身の罪を告白し始めた。まだ小学生だった頃、母親と行った銀行で強盗が現れたこと。そして……狙われた母親を守る為に強盗が持っていた拳銃を奪って撃ち殺したこと。
普段なら思い出すだけでも吐き気を感じ、心臓の鼓動が早くなるのだが、シノンの心は不思議と今だけはそれほどひどい拒絶反応を示さなかった。
「ねぇ……キリト。」
同じような過去を持つ少年に、シノンは顔を近づけた。ただでさえ視界いっぱいだった彼との距離は更に縮まり、額がくっついてしまいそうな状態になる。
恥ずかしさでおかしくなりそうな思考など浮かぶ余裕などなく、シノンは掠れた声でキリトに一つの質問をする。自身と同等かそれ以上の地獄を味わったにも関わらず、それに怯えず強くいる彼に彼女は救いをすがったのだ。
「あなたはその過去を……どうやって乗り越えたの?」
~《第六十六話 人間と化物の境界線》より~
「助かったぜ、ソーヤ。本当にお前は凄いな。」
「いや、ちょっとシステムを弄っただけだよ。お礼を言われる程じゃな……あ、このシーンは不味い。」
重症を負ったキリトの回復を終えたソーヤが彼を連れてシリカ達の下へと戻ってくる。しかし現在流れているシーンを確認したソーヤは早足で担当位置へと避難した。
戦友の行動に疑問符を浮かべたキリトだが、自分の恋人が背後に般若を出現させていることを発見し、顔色を一気に悪くする。
「キ、リ、ト、く、ん?シノンさんに何をしているのかな?」
「ご、誤解だ!決してやましいことじゃない!ほら、シノンからも何か言ってくれ!」
復活した瞬間に再度死亡の危機に見舞われたキリトはシノンに助けを求める。しかし彼女は数秒間思考の後、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。キリトの表情が絶望に染まる。
「実はこの後、キリトにやましいことをされそうになって……ソーヤとシリカが来てくれなければ危なかったわ。」
「ふーん……ならそんな変態さんには、お仕置きが必要みたいね。」
「ア、アスナさん?シノンの言ってることは嘘なんだ!頼むから信じてくれ!!」
キリトの必死な嘆願も今のアスナには通用しない。ならばと彼はソーヤとシリカに視線を送るが、二人は触らぬ神に祟りなしとばかりにそっぽを向いた。
「それじゃ、次のシーンに行きましょうか。どうぞ。」
「誰か、助けてくれぇぇぇ!!」
~境界線を飛び越えるシリカ~
『アハハハ……!!』
狂気が少女の意識を侵食していく。身体は半ば彼女の制御を離れ、再び乗っ取られようとしている。今の彼女は勝手に反撃しようとする身体を抑えるので精一杯だった。
捕らえた獲物が死ぬまで終わることのない獣の乱舞が少女の残り少ない体力を削る。大したダメージではなくとも塵も積もれば山となり、遂に黄色から赤色へと変化した。
一瞬『敗北』という二文字が少女の脳裏をよぎる。それはそうだろう、この状況を見れば誰しもがそう思う筈だ。おまけに自分は解き放った狂気に振り回されている。此処から逆転するなど万に一つもあり得ないと言っても何らおかしくはない。
ならば諦めるのか、このまま何もできずに終わるのか。少女は自身に問う。反射的に飛び出した答えは否。そもそも諦めるのなら、嫌悪感を抱く狂気を再度解き放つような真似はしない。
闘志という名の炎が更に燃え盛る。負けたくない、ただその一心で自らが持つ全てを振り絞って戦う少女は自身の限界をぶち破ると共に
「……!?」
獣を宿した少年が攻撃を外し、珍しくはっきりと驚愕の表情を浮かべる。だがそれはあっという間に笑みへと変わった。それは頂点である自分と並ぶに値する者が現れたかもしれないことへの歓喜か、それとも壁を越えて自身と同類になった少女を喜ぶものか、はたまたその両方か。
どちらにせよ少年の喜びの眼差しを向ける先には、不可能と思われた暴力の牢獄から脱出を果たした少女の姿があった。残り体力は残り僅かであり、満身創痍をそのまま体現したような状態だ。更に彼女の右足は不規則に痙攣を起こしていた。
何故少女は獣の包囲網を突破できたのか、その答えは彼女の右足が物語っている。一度捕らわれれば永遠に体勢を崩され続ける蹂躙という名の嵐は正攻法では到底逃れることは不可能。逆を言えば、正攻法でなければ可能性はあるということだ。
少女はその可能性に賭けただけ。崩されたままの体勢で無理矢理右足を踏み込み、後はスピードに特化した自身のステータスで一気に範囲外に移動したのである。現実ならば確実に足が駄目になる行動を、彼女は躊躇なく行った。
「ハァ、ソーヤサン……勝負はこれからです!」
~《第六十八話 ライバルという存在》より~
「ああ、このシーンか。この戦いは本当に楽しかったよ。」
「私もです。本気のソーヤさんと戦えたんですから。」
「いやいや、何よこれ。私とキリトがデス・ガンと戦っている時にこんな戦闘をしていたの?動きがおかしいどころの話じゃないわ、これ。」
「そうだよ、二人ともやりすぎだよ。シリカちゃんに至ってはかなりの無茶してるし。」
「「だって、本気で戦うって約束してたから。」」
呆れるシノンに同意し、ソーヤとシリカを注意するアスナだったが、二人の返答に絶句してしまった。
「さて、最後のシーンの振り返りに行きましょう!その間にソーヤさん、キリトさんの復活をもう一回お願いします。」
「あぁ……さっき起こしたばかりなのに。でもあれはタイミングが悪かったか。」
~本当の友達を手に入れたシノン~
「詩乃。」
声がする方を向けば、いつかの洞窟のような体勢でくつろぐ創也と珪子の姿があった。頭を撫でられて幸せそうな表情を浮かべる彼女に一度視線を落とした後、彼は口を開いた。
「さっきも言ったけど、俺はバケモノだ。だけどこんな俺でも、珪子や此処にいる皆が友達だと思ってくれている。人殺しが悪くないとは言えないだろうけど、俺の友達はそんなことで詩乃を遠ざけたりはしないよ。」
ほら、と創也は私の後ろを指さす。振り返れば此処にいる皆が彼の言葉に同意するかの如く頷いた。明日奈も、里香も、エギルも、そして和人も。此処にいる誰もが私を普通の友達だと言っているようだった。
「ありがとう、これからよろしく。」
そこにもう、涙はない。多分この時の私は、過去一番の笑顔を浮かべていたと思う。
~《第七十話 友達》より~
「最後はこのシーンなのね。本当に皆には感謝しかないわ、ありがとう。」
「ふふ、お礼なんていらないですよ、シノンさん。誰も過去のことなんて気にしないんですから。」
「シリカちゃんの言う通りだよ。そんなことって言うのもあれだけど、そのことが嫌ったり遠ざけたりする理由にはならないんだから。」
改めて感謝の言葉を口にし、頭を下げようとするシノンをシリカとアスナが止める。その三人の顔には笑顔が浮かんでいた。
「いたた……俺としてはもう少し穏やかになって欲しいもんだな。」
「うーん……それは、キリト次第じゃないかな?」
再度ダウンしていたキリトを連れ、ソーヤもウィンドウを消しながら皆の所へ帰って来る。こちらもまた同様の表情をしていた。
「全く、ソーヤの言葉に同意ね。キリトはほんっとにデリカシー無いからね。さて、プレイバックも終わったし、そろそろ締めに行きましょうか。」
「そうだね!それでは皆様、今度はマザーズ・ロザリオ編の総集編でお会いしましょう!ばいばーい!」
「「「「ばいばーい!!」」」」