第1話 俺たち、ウルトラマンになります 1/終わりからの日常
世界の終わりは、ある日突然やってくるもんなんだ……。
“世界の終わり”──それはよくテレビや漫画の世界で使われるありふれたワード。もちろん現実世界でも世界の終わりを耳にすることはあるが、〇〇説といった作り話のようなものばかりだ。
絵空事、というのが正直な捉え方だろう。
だけど、実際に“世界の終わり”が目の前で起こると、何もできないのだと感じた。冷静になれると言い換えるべきだろうか。もちろん最初は恐怖で体が震え、泣きそうだった。でも、それが驚くほど落ち着いたのは、きっと“あれ”からは逃げられないと悟ったからだろう。さっきまでは迫ってくる“死”から必死に逃げていたというのに、今はそんな気力はなくなりただ呆然としているだけ。
驚くほどにあっさりとやってきた世界の終わり。心の準備なんてできているわけがない。そもそも今日世界が終わるなんて誰が予想できるだろうか。
隣で腰を抜かしている
有咲たちの目の前に広がる光景を一言で表すのであれば、間違いなく“地獄”。
「……有咲、私たち……死んじゃうのかな?」
「香澄……」
普段聴くことのない香澄の声。
「いやだよぉ……まだ、死にたくないよ……」
次第に嗚咽が混ざり始め、しかしそんな香澄になんと声をかければいいのか判らない。
「……私だって」
──死にたくない。そう続けようとした有咲だったが、それを遮るかのように空気が振動した。
『──!?』
空気を伝い体にやってきた振動に息を飲むふたり。冷や汗が頬を伝った。
「なんなんだよ……夢なら、覚めてくれよ……!」
しかし有咲の願いは届かない。これは夢ではなく現実なのだと、頬を撫でる風が教えてくる。
そう、これは夢ではない。
目の前で“
肌に伝わってくる熱が、鼓膜を揺らす巨大生物の雄叫びが、目の前の光景は現実だと伝えてくる。
ほんの数分前、突然現れた巨大生物は背中にある四本のコイルを模したものから電流を放ち、あたり一面を地獄へと変えた。その巨大な足で木々を踏みつけ、大地を揺らし、あたり一面を破壊していく。
なぜそんなことをするのか、何を目的として行動しているのか、雄叫びしかあげない巨大生物からわかることなんて何ひとつなかった。ただわかるのは、このまま巨大生物が暴れ続ければ間違いなく世界は滅ぶということ。断言できるほどに巨大生物は圧倒的だった。
このまま巨大生物が暴れ回り、世界は終わりを迎えるだろう。60メートルを超える巨体だ、安全な場所なんてどこにもない。
「……香澄」
だからだろうか。気づけば口が自然と動いて、隣にいる少女の名前を呼んでいた。
「その……こんなときだからはっきり伝えとこうかと思って」
今なら自然に言える気がする。いつもなら恥ずかしくて言えないことを、本当は伝えたいこの思いを、今なら言える。
“終わり”が来てしまう前に伝えなくてはいけない。
「あのさ……その、いろいろとさ、ありが──」
だが、有咲の言葉を遮るかのように再び世界が揺れた。
「こ、今度はなんだよ!?」
せっかく人が大切なことを伝えようとしているのに、邪魔をした奴は誰だと辺りを見回すと、
そこには、二体の巨人が立っていた。
銀色をベースに黒いラインの体をした二本角の巨人と、黒色をベースに銀色ラインの体をした一本角の巨人。
頭部、胸、腕、足の鎧部分が二本角の巨人は赤、一本角の巨人は青色をしている。
身長は共に約50メートル以上。
「…………うそ……だろ……」
その光景に有咲はさらなる絶望の底に突き落とされた。
巨大生物が三体。これはもう、破滅へのカウントダウンが始まったと言えるだろう。巨大生物が三体ともなれば世界などあっという間に終わる。ただでさえ一体で地獄と化した世界が、三体となればどうなるのか、考えたくもなかった。
終わりだ。今度こそ本当の終わりがやってきたのだと思った有咲だったが、次の瞬間、
「──え?」
「戦ってる……?」
目の前の光景に再び驚かされた。
香澄の言う通り、巨大生物同士が戦っているのだ。最初に現れた巨大生物に向かって、二体の巨人が駆け出す。破壊行動を続ける巨大生物を止めるかのような行動に、疑問を感じるふたり。あの巨人は巨大生物の仲間ではないのだろうか?
「どう言うこと?」
「わかんねえよ」
むしろこっちが説明してほしいくらいだ。一体何が起きている? 疑問しか浮かんでこない頭を必死に動かそうとする有咲。
目の前では、先ほどまで暴れている巨大生物と二体の巨人が戦っている。しかし巨大生物の方が強いのか、巨人の攻撃をあっさりと躱し、コイルから電撃を放ち巨人たちを地へと沈める。
青い角の巨人が立ち上がり、反撃のため駆け出すが、巨大生物の腕が触手のように伸び巨人の胸を打つ。青い巨人と入れ替わるように赤い巨人が攻め込み、取っ組み合いとなるが巨大生物にあっさりと押し返されてしまう。
まるで歯が立っていない。そもそも巨人たちはただ巨大生物に向かって走り込んでいるようにしか見えず、戦い方をわかっていないようだ。ただ突っ込んで返り討ちにあって、もう一度立ち上がってまた突っ込むの繰り返し。歯が立たないのも納得できる。
一瞬だけ、巨大生物を倒してくれることを期待した有咲だったが、今の様子から判断するにそれは無理なことだと考えを改めた。あの巨人たちが巨大生物を倒せる光景がイメージできない。
期待するだけ無駄だろう。
そう思っていたときだった。巨人が吹き飛ばされ、有咲たちの目の前にやってくる。
巨人の向こうで巨大生物がコイルに電気を溜めはじめる。
いやな予感が有咲の脳を横切った。
有咲の考え通り、巨人は電撃を回避しようとアクションをする。おそらくそれで巨人は電撃を回避するだろう。
しかし、今、巨人の背後には有咲と香澄がいる。巨人が回避した先に位置する有咲と香澄はどうなる?
「──っ!!」
背筋が凍った。巨人が電撃を回避すれば、その延長線上にいる自分たちに電撃がやってくるだろう。巨大生物が放つという以前に、生身の人間が電撃を受けて無事でいられるはずがない。
“死”がやってくる。
「────だ」
巨人に向かって声を飛ばそうとする有咲。香澄も自分たちが置かれた状況が理解できたのか、真っ青になった顔で叫ぼうとした。
しかし、それよりも先に電撃が放たれる。巨人たちはすぐに回避行動に出ようとして、
赤い角の巨人がこちらに振り返った。
『!?』
突然振り返ってきた巨人に、驚きで目を見開くふたり。巨人の光る瞳は確実に有咲と香澄の姿を捉えている。
そして、ギリギリのタイミングで赤い巨人が回避行動をキャンセルした。結果、放たれた電撃は赤い巨人の背中を撃ち抜き、火花を散らせる。直撃を受けた赤い巨人は苦悶の声を上げ、地に手をつく。大ダメージを受け、すぐには動けない様子の赤い巨人に向けて再び電撃を放とうとする巨大生物。コイルが電気を帯び、その輝きは巨人を仕留める威力が十分にあるのだと感じる。
しかし、電撃が放たれる前に青い巨人がその手から水流を放ち巨大生物を怯ませる。コイルに充電されていた電気は霧散し、赤い巨人が振り向き様に火球を放ちダメージを与える。
巨大生物が怯んだことを確認した赤い巨人は、一度有咲と香澄の方を振り返る。その視線からは、まるで二人の無事に安心している様子が見受けられる。
「……私たちを、守った……?」
疑問の声を上げる有咲。
巨人は一度視線を巨大生物の方へ向けたあと、互いに視線を合わせ、頷き合い駆け出す。
再び衝突する三体。しかし、今度は力負けしていなかった。両足に力を入れ、踏ん張り、絶対に押し負けないという気迫を感じられる。そして驚くことに、二人の巨人は巨大生物を持ち上げ、遠くへと投げ飛ばしたのだ。
悲鳴を上げ、倒れる巨大生物。
ハイタッチを交わす巨人たち。再び巨大生物へと攻め込み、パンチ、キックを繰り出していく。赤い角の巨人が左腕を、青い角の巨人が右腕を引き絞り、同時に放ったパンチが巨大生物の腹部に突き刺さる。
先ほどまでとは違い、連携して攻め込んでいく巨人。
何かが変わっている。先ほどまで巨人から感じられた雰囲気が今は全く違う。何か覚悟のようなものが決まったのだろうか。その瞳から力強い意志を感じる。
巨人は再び駆け出す。その足は力強く、真っ直ぐにかけて行く。
「有咲……もしかして、あの巨人は私たちの味方なんじゃないかな」
微かな“光”が有咲の心に灯り始めていた。
♢ ♢ ♢
そんな、世界の終わりが起こるより前の時間。これより先の時間に“世界の終わり”がやってくるなんて思ってもいない青年・
ここ最近は朝早くに目が覚めることが多く、なかなか二度寝をすることができないため、こうして朝に走ることが多くなっている。
軽く汗をかく程度にとどめ、自宅へと帰宅する詩希。
「ただいまー」
「おかえり」
帰宅した詩希を出迎えたのは、母親の葵
詩織はペットボトルを差し出しながら、
「さすが若者! 今日も精が出るわねぇ〜」
と言ってきた。
詩希はそれを受け取り一口飲んでから言葉を返す。
「まあね、働き始めてから体動かす機会減ってきてるし、動けるときに動いとかないと」
「その心意気、我が息子ながら尊敬するわー。そういうところは、
「……もしかして、あいつまだ寝てるの?」
語尾の調子を変えた母親のセリフに、いやな予感がした詩希は問い返す。
すると案の定、呆れた顔で頷いた。
「なんか、昨日も遅くまでいろいろやっていたみたいなのよ。熱中することはいいことだけど、一緒に暮らしてるならせめて生活リズムは合わしてくれないと。せっかく作った朝ごはんも、冷めちゃったらもったいないじゃない。それに洗濯だってあるんだから」
「あはははは……」
愚痴をこぼす母親に対し、詩希は苦笑いを返す。
「遅くと言えば、逆に詩希の方はここ最近早起きよね。どうして?」
「どうしてって……別に。単に朝早くに起きちゃうだけ」
「そう。ならいいけど。早くシャワー浴びてきなさい。汗臭いわよっ」
「わかってるよ」
最後の余計な一言にカチンときつつも、ここで反応したら面倒くさくなるのがこの母親の性格だ。それを避けるため、喉まで出かかった言葉を飲み込んで風呂場へと向かう。
と、そこへ詩織が何かに気づいたのか辺りを見回してから詩希に問いかける。
「ねえ、詩希。パパは? 一緒じゃなかったの?」
「…………………………あ」
詩希の顔が青く染まる。急いで玄関へと戻り、自分が走ってきた方角へ視線を向ける。果たして、そこには今にも力尽きそうな瀕死の状態に見える中年の男性がひとりいた。
その男性は紛れもなく詩希の父親。今日は父親も一緒に走っていたのだと思い出した。
「父さーん!!」
息子は急いで父の元へと走った。齢五十を超えている父親にとって、スポーツ経験者である二十三歳の息子に付いていくのは至難なことだったようだ。今にも倒れそうなほどふらふらと危ない足取りの父。倒れないのは父親としてのプライドだろうか。
とにかく、詩希は一緒に走っていたことをすっかり忘れてしまっていた父の元へ走る。向こうも詩希の姿を認識したのか、その視線には強い怨みの感情が込められていた。
「はーっ、お、お前っ、父さんを、置いて、走って」
「ごめん父さん! 今日一緒に走ってたのすっかり忘れてた」
必死に謝罪を述べながら肩を貸す詩希。しかし、体力的に限界なのか一歩も動ける様子ではない父親。
「大丈夫、父さん。歩ける?」
「む、無理……もう無理、父さん、動けない」
「頑張って、もう少しで家に着くから」
励ます詩希だったが、父親は『無理ー』と根を上げてしまっている。こうなれば背負っていくしかないと考える詩希だが、さすがに走った後に父親を背負うのは厳しいものがある。どうするかと考えていると、
「キョーくーん! 大丈夫ー?」
母親の声が聞こえてきた。見れば玄関から出てきた母親がこちらに向かって走ってくる姿がある。
と、次の瞬間詩希の右肩が跳ね上がった。予想外のことに尻餅をついた詩希は、呆気にとられながらも視線を向けてみる。
そこには先ほどまでふらふらだったのに直立不動の父の姿があった。
「父さん……?」
「はははは、どうしたんだい? 母さん」
「パパが倒れてるのが見えたから」
「はははは、俺が倒れてるだって? 何を言っているんだい母さん。見ての通りピンピンしてるぞ」
「そう。てっきり詩希に置いてかれて死にかけてると思ったんだけど」
「ぐ、な、何を言っているんだい。朝の景色に見惚れてただけさ。詩希もただ走るんじゃなくて、景色も楽しまないとな」
「あ、ハイ」
さっきまで生まれたての小鹿のようだったのに、母親が来た途端の急な変わり様に呆気にとられていた詩希だったが、もともと父親はこういう人だったことを思い出した。
葵
ちなみに、今回詩希のランニングに付いてきた理由は昨日詩織から、
『キョーくん、ちょっと丸くなった?』
と言われたからである。
「さ、早く帰って母さんの美味しい朝ごはんを食べて、今日も元気に行くぞ!」
そう言って自宅へと向かう父。
詩希はため息を吐いてから立ち上がり、
「やっぱり無理だ……」
「父さーん!?」
やはり無理をしていたのか、すぐに倒れた父親のもとに急いで駆け寄るのだった。