BanG Dream! セレクト!音のクリスタル   作:水卵

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2019/02/17
鈴音の口調を編集。


第2話 俺たち、ウルトラマンになります 2/葵家の朝

 詩希(し き )は体力の限界を迎えた父親を運び、朝の支度を済ませたると弟の部屋へと向かった。

 弟の部屋の前に立つ兄。ドアを三回ノックして、

 

「おーい、律希(りつき )ー? 起きてるかー? 朝だぞー」

 

 声をかけてみるが反応はなかった。

 

「律希? 今日は朝から大学だろ?」

 

 今度は少し声を張ってみるが、やはり部屋の中から反応はない。

 代わりに背後から応答があった。

 

「あれ、シキ兄? どうかしたの?」

「鈴音、おはよう」

「おはようございます」

 

 にっこりと笑顔で挨拶を返してきたのは、葵家の長女であり詩希と律希の妹・葵(りん)(ね )だ。くせ毛である詩希とは違い、ストレートで艶のある髪が今日はサイドテールでまとめられている。

 鈴音はちょうど自室から出てきたところだったらしく、自室のドアを閉めながらこちらに視線を送っていた。そして、その視線が律希の部屋のドアに向けられると、「あー」とどこか察したような声を上げる。

 

「もしかしなくても、またリツ兄寝坊してるの?」

「そ。母さんが時間だから無理やりにでも起こせって。律希ー、そろそろ起きないと母さんが動くぞー」

 

 再度ドアをノックするが返答はない。

 

「リツ兄、朝だよ〜」

 

 鈴音も声をかけるが、応答はない。

 ふむ、と鈴音は顎に手を当てて、

 

「これは、相当深い眠りについてるね〜」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。その隣で「はぁ」とため息をつく詩希。

 こうなってしまった律希はなかなか起きない。これがひとり暮らしだったら別に問題はないが、家族で暮らしている以上、生活リズムを合わせるのが葵家のルールなのである。

 それに律希は大学生。寝坊すれば今日の一限目に遅刻することになってしまう。学校に遅刻することを、母親は絶対に許さないのだ。

 

「シキ兄、今日ぐらいはほっといたらいいんだよ。一度痛い目見ないと、リツ兄は学ばないよ。きっと」

「起こさなかったら後々文句を言ってくるだろ。『なんで起こしてくれなかったんだー』って」

 

 実際、過去に一度起こしに行かなかったとき、小言を何度も言われたことがある。どう考えても律希が悪いので小言を言われるのはお門違いなのだが、小言を言われるのは嫌なので結局その日以降寝坊しそうになったときはこうして毎回起こしに行くことにしている。

 

「でも」

「まーあとあれだ。弟を思う兄心だと思ってくれ」

「……シキ兄は真面目だね」

「それしか取り柄ないから、ははは」

 

 乾いた笑い声をあげる詩希。

 

「さて、そろそろ本格的に行きますか」

「手伝おっか?」

「いや、鈴音は母さんの手伝いに行ってくれ。父さんがダウンしちゃったから」

「お父さんが?」

「そ。まあ、半分俺のせいかもだけど」

「もしかして、またお母さんの前でカッコつけたの? まったく……」

 

 娘にまで呆れられる父親に対し、若干の慈悲を感じつつ詩希は弟の部屋のドアノブに手を伸ばす。

 

「じゃ、そっちは頼んだよ」

「わかりました」

 

 鈴音が母のいるキッチンへ向かうのと同時に、詩希はドアノブを回した。

 弟の部屋へと入室する兄。さすがに兄弟とはいえ、無断で部屋に入るのはプライバシーの侵害と言われるかもしれないが、これ以上寝坊されては困るので強硬手段だ。

 部屋に入ると、早速詩希は顔をしかめた。一週間前に掃除したはずの弟の部屋は、見事に散らかっていた。お気に入りだと言っているカーディガンとヘッドホン、通学に使用しているリュックは無造作に放り投げられており、星に関する本や好きなアーティストのCDがあちらこちらに散乱している。大学のレポートだろうか、くしゃくしゃに丸められた紙が床を埋め尽くしており、少しだけ頭が痛くなってきた。

 

「……一週間でこうなるか?」

 

 つい小言を言ってしまうほどに、散らかり切った弟の部屋。足の踏み場がない、という訳ではないのでまだマシだろう。もしここに来たのが母親だったら、絶叫していただろうと思うと、自分が来て良かったと安堵するのだった。

 整頓したい衝動を抑えつつ、まず第一の目的である弟の方へ向かう。ベッドの上では、アイマスクをしてぐっすりと眠っている弟の姿があった。

 

「おい、律希、朝だぞ。起きろ」

「…………」

「起きろって。じゃないと母さんが突撃してくるぞ」

「………………」

「おい」

 

 ペチペチと、軽く弟の頬を叩く兄。僅かな反応なあった。今度はちょっとしたいたずら心からリズミカルに叩いてみると、さすがの律希も鬱陶しくなったのか唸り声を上げる。

 

「りーつーきー」

 

 なかなか起きないことをいいことに、あれこれ遊んでみる詩希。

 すると、ようやく律希から反応が返ってきた。

 

「ん〜……あと三十分……」

「またベタな返しを……つか、それじゃ遅刻するだろ。起きろ」

「一回くらい……遅刻したって、問題……なぃ」

「遅刻なんてしたら母さん怒るぞ。怒った母さんが面倒くさくなるの、お前も知ってるだろ」

 

 特にヤンチャして何度も叱られたことのある律希は、怒った時の母親の面倒くささを詩希より身に染みて理解している。

 まだ寝ていたい衝動と面倒くさいモードの母親の相手をする。その両方を天秤にかけたのだろうか、渋々といった様子で状態を起こした。欠伸をし、アイマスクを外して寝ぼけ眼で詩希を見上げる。

 

「やっと起きたか。いい加減、おれに起こされないで一人で起きるようになれよ。もう成人しただろ」

「わかってるよ。てか、言われなくても目覚ましセットしたし」

「本当かよ」

「本当ですー。母さんが動かないギリギリまで寝てるつもりだったんですー」

「ふてくされるなよ……それより、何でこんなに散らかってるんだよ。これじゃあどこに何があるかわからないだろ」

「大丈夫、天才はどこに何があるか把握してるから」

 

 本当かよ……と詩希が続けようとしたところで、律希がセットしていたスマートフォンのアラームが鳴り出した。

 本当にギリギリまで寝ているつもりだったのか、と思いながら律希をみると、ニヤリと笑い返してくる。ベッドから降りてアラーム音を鳴らし続けるスマートフォンを探す律希(りつき )。しかし、部屋に散乱した紙が行手を阻む。音は聞こえるのに、どこから鳴っているのかわからないのか、なかなか見つかる気配がない。

 

「…………」

 

 そんな弟を冷めた目で見る兄。

 

「……おい、どこに何があるのか把握してたんじゃないのか? 天才様」

「……どうやら俺は凡人だったようだ」

「馬鹿なこと言ってないで、早く見つけるぞ」

 

 さすがにアラーム音がうるさくなってきたので詩希も探すことにした。

 

「くぅ、天才だったらすぐ見つけるんだろうなぁ」

「そもそも天才は部屋をこんなに散らかさないだろ」

「いやいや、意外と天才の方が散らかすかもよ?」

「だとしたら、律希の言った通りどこに何があるのか把握してるかもな。あった」

 

 音の発生源であるスマートフォンを見つけ、画面をタップして音を止める。そして、律希の方へ向き直りスマホを手渡す。

 律希はそれを受け取りながら、もう一度あくびをして、

 

「かもなー。今度聞いてみよっ」

 

 と言った。

 

「??? まるで知り合いに天才がいるような言葉だな」

「いるよ。本物の天才」

「は?」

「前に話さなかったっけ? ほら、俺が前プラネタリウム行った時知り合った子がマジの天才だったって話。何だっけ、パス何とかってアイドルの子だった気がするなあ」

「……“天才”、ね」

「あ……あーダメだ、思い出せねえなー。それより、なんか目覚めちゃったし、飯でも食べに行くかー」

 

 勢いよく立ち上がり、近くに脱ぎ捨てられているカーディガンを手に取ると、

 

「ほら、兄貴も早く行くぞ」

「……うん」

 

 起こしに来たはずの詩希を置き去りにして、一足先に部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 セレクトショップ『SONG』。それが(あおい)家の大黒柱、葵(きよう)(すけ)が経営する店の名前である。

 秋も深まってきた現在は冬物の品がズラリと並んでおり、どの商品たちもいつ自分が選んでもらえるのか。その時を今か今かと待っていた。

 数ヶ月前までは夏物のTシャツばかりだったのに今あるのは冬物。こうした季節の移り具合を目で確認できるのが、この仕事の好きなところの一つであったりする。

 

「さて、今日も頑張りますか」

「ちょっと詩希! 忘れ物」

 

 営業に向けて準備をしている詩希(し き )のもとに、詩織(し おり)がやってきてある物を渡す。

 

「……本当にこれつけなきゃいけないの?」

「当たり前でしょ。これつけたら売りあ──コホン。よりかっこよくなるんだから」

「でもな……」

 

 と、少し躊躇いのある視線を母に向ける息子。

 詩織が渡してきたのは、どこにでもありそうな至って普通の黒縁の眼鏡。前提条件として詩希は別に視力が低い訳ではない。裸眼でも両眼1.0以上はある、むしろ視力がいい方の人間だ。つまり、詩織が差し出した眼鏡は伊達眼鏡ということ。目が悪い訳ではないのに、なぜ眼鏡をかけなければいけないのか。そんな疑問を意味を込めた視線を向けてみる。

 

「ほら、眼鏡をかけると男の格が上がるっていうじゃない。現に詩希目当てにくるお客さんもいるんだからさ、お店のためだと思って、さあ」

「おれ目当てって……ここはそういう店じゃないだろ」

「何よ。詩希だって眼鏡姿褒められて嬉しそうにしてたじゃない。しかも可愛い子に褒められてさ」

「それは、誰だって褒められれば嬉しいだろ」

「とにかく、これつけて。ケチ臭い男は女の子に嫌われるぞ」

「うるさいって……まったく、わかったよ」

 

 渋々詩織の手から伊達眼鏡を受け取る詩希。手に取ったそれをかけてみれば、詩織が満足そうに頷く。

 

「うん。さっすが私の息子。よりイケメンになったわ」

「おお〜、さすが俺の息子だ。バッチ似合ってるな」

 

 父親である響介までもが詩希の眼鏡姿を絶賛する。

 一方の詩希は、相変わらずむすっとしたままだ。

 

「……」

「こら、むすっとしない。せっかくのイケメンが台無しよ」

「そうだぞ詩希。せっかく俺に似てカッコいいんだから、その魅力を十二分に発揮していくんだ」

「……はあ、わかりましたよ」

 

 本当に、どうして眼鏡なんてかけなければいけないのかと、何度も考える詩希。別に眼鏡が嫌いという訳ではない。視力が悪い訳でもないのに、眼鏡をかけることが少し恥ずかしいのだ。

 とは言っても、実際のところ眼鏡をかけている姿の評判がいいのは確かなことだった。お店の売り上げを出すためにも、仕方なのないことだと割り切ってやるしかないだろう。

 

「なあ母さん。俺も眼鏡かければ昔みたいにカッコよくなるかな?」

「さあ! 今日も張り切っていきわよー!」

「ちょっとしーちゃん!? スルーはひどくない!?」

 

 後ろで何やら起きているが、気分的に関わりたくないのでスルーすることにした。

 

「さて、今日も頑張りますか」

 

 セレクトショップ『SONG』開店である。

 


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