セレクトショップ『SONG』は基本的に
経営は安定しており、品揃えや詩織が考えたデザインの服などいくつか理由があるが、一番はやはり詩希の人気だろう。人当たりがよく面倒見のいい性格をしているからなのか、それとも天職だったのか、接客スキルがかなり高く、中でもやや垂れ目の甘いマスクから放たれるスマイルは十二分に武器と呼べるものになっていた。
アッシュグレーに髪を染めてから漂い始めた透明感と、メガネをかけたことでその人気に拍車がかかっている。
間違いなく詩希の存在が『SONG』の売り上げに影響をもたらしていた。
「気になってますか?」
臆することなく、柔和に男性客へ声をかける詩希。
相手は二十代前半の、漂う雰囲気から大学生だろうか。どうやら冬物のアウターを探しているようで、来店してからアウターコーナーを右往左往していた。
そして、その視線がコート類に止まった。どうやら気になるものを見つけたようで、先ほどとは別の意味で視線を右往左往させる。そんな男性客に対して、頃合いを見て声をかけたのだ。
「今年人気なやってどれなんすか?」
「今年はビックサイズのコートが人気なんですよ。よかったら試着してみます?」
手際良く接客していく詩希。当初はそんな息子に対抗心を燃やしていた響介だったが、大人には大人と言ったように、詩希ではまだ対応できない範囲を対応するのが彼の役目となっていた。
詩希と響介が対応できない女性客を詩織が対応する。そんな役割が自然と出来上がり『SONG』の1日は流れていく。
♢ ♢ ♢
「ありがとうございました」
満足そうに『SONG』を退店する女性客。本来であれば女性客は主に詩織が対応することになっているのだが、ちょうど買い物に出かけてしまっていたため詩希が対応することになった。これまでも何度か女性客の対応をしたことはあったが、男性客とは勝手が違うためどうしようかと思ったが、求めていたのがコートだったため何とか不備なく対応することができた。午前中にコートを求めていた男性客を対応していたため、より素早く動けたのも大きいだろう。
女性客を笑顔で見送った詩希は一息つく。これで店内にいる客は全員退店されたことになる。
つまり、束の間の休息が訪れたと言えよう。もちろんいつ新たな来店者が来るかわからない状況であるため、堂々と休むことはできない。展示品の整理をしつつ、ゆっくりと時間の流れを感じていようと考えていたが、
「……あれ? 父さん?」
ふと、父親の姿が消えていることに気づいた。
「まさか……!?」
嫌な予感がした。こうやって響介が姿を消し、再び現れた時は決まって“アレ”を持ってくるのだ。そう、詩希が直して欲しい父親の欠点その二がもうすぐでやってくる。
そんな事態に頬を引きつらせていると、自動ドアが開き秋の風と共に元気な少女の声が店内に響いて来た。
「こんにちはー!」
「おい
やって来たのは、鈴音の友人であり『SONG』の常連客の二人。花咲川女子学園高校の制服に身を包んだ猫耳のような髪型が特徴の
入店するなり元気な挨拶をした香澄を慌てた様子で注意する有咲。そんな二人に営業スマイルではない自然な笑みを浮かべて詩希は挨拶を返す。
「いらっしゃいませ、二人とも」
「ど、どうも……」
「詩希さん! 今日もメガネ似合ってますね!」
「ありがとう。香澄ちゃんは今日も元気だね」
「えへへへ」
ふたりと知り合ってから、かれこれ半年以上経っているため、かなりフランクに接している。特に香澄は敬語は残りつつも、始めの頃のような固さはすっかりなくなっていた。
その反対に元々人見知りな有咲は、未だ詩希との会話に慣れていない様子だった。今も少しだけ視線を外してしまっている有咲に、ついつい声をかけたくなるが、下手に踏み込んでしまえば鬱陶しく思われてしまうため深入りをしないように気をつけることにしている。
「今日は練習ない日なの?」
詩希は一瞬だけ視線を香澄が背負っているギターケースに向けてから訊いた。いつもであれば彼女たちはこの時間、有咲の家にある蔵でバンドの練習をしているのだ。
今年の春に香澄が発起人となって結成されたバンド『Poppin’Party』。香澄がギター&ボーカルを務め、有咲がキーボードを担当。ここにはいないが、香澄と同じくギターを担当する
その予想は的中のようで、香澄は少し残念そうに肩を落としてから、
「はい。みんな予定があって、練習はお休みにしようって。私と有咲は特に予定がなかったんで、来ちゃいました」
と言った。
「そんな軽いノリで言うなよ、失礼だろ」
「あははは、大丈夫だよ。ちょうどお客さんいないし……あ、そうだ! 冬の新作何点か入ってるから試着してみる?」
「いいんですか!?」
「うん」
「わーい! 有咲も着ようよ!」
「私はいい」
「えー、有咲も着ようよー」
「引っ張るなー! わかったよ、自分で行くから!」
新作の試着にノリノリな香澄は、あまり乗り気ではない有咲の手を引いて新作が並ぶ商品棚へと向かった。新作の品々に目をキラキラと輝かせる香澄。一方の有咲は渋々と言った様子で商品を見ていたが、次第に気に入ったものを見つけたのか目を輝かせる。
そんな、よくある光景に頬を緩ませていると、
「おー、香澄ちゃんたち来てたのか。いらっしゃい」
響介が帰って来た。
その手に段ボールを持って。
「………………………………あー」
さっきまでにこやかだった詩希の表情が一気に雲っていく。原因は響介がその手に持っている段ボールだ。
「父さん……その箱って」
「おー! そうなんだよやっと届いたんだよ。俺の新作!」
「新作!?」
新作というワードが気になったのか、トレーナーを手にしたまま香澄が飛んできた。
「そうだよ〜、キラーンっとTシャツ! 香澄ちゃんが言ってたキラキラドキドキに影響されて、夢の輝きを言語化してみたんだ」
「わ〜、星だ」
「そうなんだよ、この星が一番のこだわりなんだ」
響介が取り出したのは、黒字に黄色い星と『キラーン』と文字が書かれたTシャツ。本人は満足のいく品なのか、とても得意げにプレゼンをしている。
しかし、一方で詩希と有咲の方は何ともいえない表情をしていた。
おそらく、詩希と有咲は同じことを思っているだろう。
「父さん……何でまた変なTシャツ作ってんの? 在庫が増えるだけでしょう!?」
「だけどな、詩希。いつまでも母さんひとりに頼ってるわけにはいかないだろ。ここいらで父さんがビシッと一発いいものを作れば、母さんの負担を少しでも減ると思ってな」
「いや、Tシャツ作りのセンスはどう頑張っても母さんには叶わないから」
「そ、そんなことないぞ! 母さんも『斬新なデザインね、きっとそれはキョーくんにしか作れないやつね』って褒めてくれたんだから」
「……それ、褒めてるって言えんのか」
「有咲ちゃんの言う通りだよ、全く」
つい本音が漏れてしまったのか、詩希に賛同されてから慌てた様子を見せる有咲。
実際のところ、デザインを学んでいた詩織がデザインするTシャツとデザイン素人の響介が作るTシャツでは、どうしても差ができてしまう。響介としては、自分が商品を作れるようになれば、家事もしている詩織の負担を軽減できると考えての行動だが、実力が見合わなければ売れないのが商売だ。
「とにかく、作るのはいいけど在庫が残らないようにしてくれ。今だって前作ったやつが残ってるんだから」
「……」
「いや、いい歳こいて不貞腐れないでよ……」
「私はいいと思うけどなー」
「「「え?」」」
香澄の放った一言に、三人はそれぞれの反応を示す。ふたりは驚き、ひとりは歓喜の声を。
「星がドーンッとしてて、キラキラっとしてるから、私は好きかな〜」
「……有咲ちゃん、翻訳をお願いします」
「星が真ん中にドンっとあって、キラキラ輝いているから私は好き……って、詩希さん!?」
「なるほど。さっすが有咲ちゃん、香澄ちゃんのことよくわかってるんだね」
「ち、違います!!」
褒められることに慣れていないのだろう。顔を真っ赤にして抗議する有咲を、柔和な笑みで見守る詩希。それが有咲にとっては余計に恥ずかしいのか、もっと何か言おうと口を開くが、言葉は出てこない。
正確には出そうとしているが、飲み込んでいるようだ。詩希は店内で香澄と有咲のやり取りから、彼女がどういう人間なのかを少しだけ理解しているつもりだ。
端的に言えば、恥ずかしがり屋の少女。恥ずかしくなると、つい声を荒げてしまう毒舌な一面がある。
香澄とのやりとりを見ていれば、彼女が毒舌だということがわかる。それが詩希に対して吐かれないのは、詩希が年上だからだろう。年上の相手だから、香澄の時のように強くものを言うことができない。
だけど、詩希としては別にそんなことを気にする必要なないと思っていた。別に毒を吐かれたからと言って、それで相手に対する印象が大きく変化するほど、自分の器は小さくない。
だから、ここは年上のお兄さんとして、息の詰まりそうな少女に助け舟を出そうとしたら、
「ただいまー。あ! 香澄ちゃん、有咲ちゃん、来てたんだね」
葵家の長女、鈴音が帰宅してきた。
次回もよろしくお願いします。