でもまあ、メンバーが違うしいいだろうということで、レッツゴーです。
帰宅した鈴音は、香澄と有咲の姿を見つけると、真っ先にふたりに向かって一直線に歩いた。
途中、愛娘の帰宅に笑顔を覗かせた父親の横を華麗に通り過ぎたのは、あまりにも自然な流れすぎて思わずその場にいた全員の表情が引きつった。
一方、さすがにショックだったのか、その場に崩れ落ちる父親。
「そんな……鈴音が、父さんを無視するなんて……」
「父さん、さすがに友達の前で父親とハグは恥ずかしいって」
「昔は、笑顔で飛び込んできてくれたのに……」
「うん、その時は小学生だから。父さん、もう鈴音高校生だからね」
父の背中から漂う悲壮感に、思わず声をかけてしまった詩希。しかし詩希の声は聞こえていないのか、ボソボソと何かを呟き続けている。
きっと、響介の中では鈴音はまだ幼い天使なのだろう。たとえ思春期の高校生だとしても、父親から見ればまだ可愛い娘であることに変わりはない。
とはいえ、気になることもあった。普段の鈴音であればいくら友人の前だからといって父親をスルーするようなことはしない。ただいまの一言やハイタッチくらいはするはずだ。それなのに、なぜ今回はスルーしたのか。
そんな疑問を考えていると、ふと、背後に視線を感じた。チラリと振り返ってみれば、こちらを見ていた鈴音と目が合う。すると、鈴音はぺろっと舌を出して、片目を閉じた。その表情は、まるでちょっとした悪戯の成功に喜んでいる子供のようだ。
すぐに先ほどのスルーがわざとやったのだとわかった。
「うわー、わざとだアレ。父さん、鈴音に何かした?」
「……え? んー……あ、もしかして昨日夜、冷蔵庫にあったりんごパイ食べたのが原因か?」
「それだ!」
詩希の脳裏に、冷蔵庫の中にりんごパイをしまう鈴音の姿が思い浮かんだ。あれは間違いなく鈴音が、夕食後のデザートとして食べようと思っていたもの。それを響介は食べてしまったのだ。よりによっって、鈴音の大好物であるりんごを使ったお菓子を。
響介も自分がやってしまったことを理解したのだろう。顔を真っ青にして震え出した。
「ど、どうすればいいんだ詩希!?」
「おれに聞かないでくれよ……」
あたふたとし始める父。そしてその相手をすることになってしまった詩希の会話を背にして、鈴音は改めてふたりに向き直った。
そして、ニィッと笑みを浮かべると、
「ねえ、
と、元気に言った。
急な提案にポカンとなる香澄と有咲。背後でわちゃわちゃしていた詩希と響介も、ふたりの空気に流されて黙ってしまう。
ほんの少しだけ、シーンとなる店内。
そんな中、有咲がポツリと呟く。
「……鈴音って、たまに香澄みたいになるよな」
「有咲ちゃん、それどういう意味?」
「香澄みたいに突然物事を提案するとこ」
「自覚ある分わたしの方がマシじゃない?」
「自覚ある方が悪いっつーの!」
吠える有咲を、まあまあと宥める鈴音。
「それでどうかな? 紅葉狩り、今週末くらいに行かない?」
改めてといった様子で、ふたりに問いかける。
真っ先に返答したのは香澄だった。
「行く行く! 有咲も行くでしょ?」
「まあ、別に予定はないけど……」
「なら決まりだね!」
「勝手に決めんな!」
「行かないの……?」
「うっ」
少し寂しそうな目で有咲を見る香澄。泣き落としを前にたじろぐ有咲は、やがて渋々と言った様子で、
「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば」
と、観念するのだった。
「ありがとう、有咲〜!」
「だー! 抱きつくな!!」
「ふふふっ、ほんと、有咲ちゃんは素直じゃないんだから」
「お前もニヤニヤしてないで助けろー!!」
♢ ♢ ♢
ひとまず興奮してしまった有咲をなだめて、なんとか落ち着いたところで詩希は切り出した。
「それにしても、急に紅葉狩りに行こうなんてどうしたんだ?」
「まだ秋らしいことしてなかったから、なにかしたいなーって思ってたら思いついたの」
「なるほど」
なんとも鈴音らしい理由に思わず唸ってしまった。
すると、鈴音は何か考える素振りをしてから、くるりと詩希に向き直ると、
「シキ兄も一緒に行く?」
と、訊いてきた。
「え? おれも?」
「おお、いいんじゃないか? たまには休んで羽を伸ばしてこい」
いつの間にか復活し、早速自作のTシャツを壁に飾っている響介からも賛同の声が飛ぶ。
詩希としては勝手にTシャツを店内に飾っている行為に言葉を投げたくなるが、今は先に鈴音の誘いに答えなくてはいけない。喉まででかかった父への言葉を飲み込んで、妹への返答を口にする。
「いや……いいよ。鈴音たちで楽しんできな」
「えー、なんで?」
「だって、おれが言ったら邪魔だろう? 友人同士の間に水を刺すようなことはしたくない」
最もいちばんの理由は、女子高生の中に社会人が混ざるのはなんか気まずいと言う理由だ。知り合って半年ではあるが、詩希がふたりと会うのは『SONG』に来店してくれたときと、ライブハウスに行ったときしかない。学校で毎日会っている鈴音とは交流する頻度が違う。
同い年の友人の中に、突然年上の異性がやってくるのは少々困るだろう。そう思って丁寧に断ろうと言葉を続けようとしたら、
「私は気にしないですよ」
詩希の予想は反対の言葉が聞こえてきた。
「え?」
詩希は思わずと言った様子で声の主、香澄の方を見る。
「人数は多い方が楽しいですし、それに私、もっと詩希さんとお話ししたいと思ってたんです!」
「……」
「一緒に、紅葉狩り行きませんか?」
参ったな、と詩希は思った。鈴音から話は聞いてたが、戸山香澄という少女はここまですごいのか。
普通であれば年上の、しかも異性が入ってくることに抵抗があるはずだ。それなのに、香澄からは全くそういったものを感じない。本当に心の底から詩希とお話がしたいのだと、純粋な想いが伝わってくる。
「いや、でも」
「有咲も詩希さんとお話ししたいよね?」
「……」
「有咲……?」
香澄の問いかけに反応を示さない有咲。見てみれば、ボーッと詩希の方を見たまま固まっている。
香澄が何度か名前を呼ぶが、まったく反応がない。やがて、ぶつぶつと何か呟いていることに気づく。
「男の人と……初めて遊ぶ……鈴音の、お兄さん……これって、男友達ってことか……それとも……」
「有咲?」
「うわっ!? な、なんだよ!?」
「なんだよじゃないよ。さっきから名前呼んでいるのに全然反応しないんだもん」
「え? わりー、ちょっと考え事してたわ」
「ふーん。それで、有咲はどう? 詩希さんも一緒に来ていいよね?」
「……別に構わねえけど、他のみんなはどう答えるかだよな」
「大丈夫だよ、みんな詩希さんを歓迎してくれるよ」
「まあ、詩希さんなら問題ないよな」
「シキ兄ぃ、よかったねぇ〜。可愛い女の子に囲まれて」
ニヤニヤと肘で突いてくる妹。
この流れ的に、詩希が不参加の意思を見せるのは難しくなってきた。
「……わかった。お言葉に甘えて、お邪魔させてもらうよ」
「やったー! これで“足”は問題ないね」
「ん? “足”?」
「うん。わたしが行こうと思ってる紅葉狩りのところ、電車で三十分かかるんだよね〜。だから、シキ兄に車出してもらおうと思って」
「……もしかして、それがおれを誘った本当の理由?」
怪訝な顔で問いかけてみれば、鈴音はとてもいい笑顔を返してきたのであった。
♢ ♢ ♢
紅葉狩り当日。待ち合わせの時間より五分ほど早く香澄と有咲はやってきた。
最初は詩希が運転する車で迎えに行こうかという案もあったのだが、迎えに行くより一箇所に集まってからの方がいいだろうと鈴音の案により、葵家に集合することになった。
「うぅ〜、まさかみんな予定があるなんて」
有咲の隣で、肩を落とす香澄。理由は簡単で、香澄と有咲以外のPoppin’Partyのメンバーとの予定が合わなかったのだ。それぞれ家の手伝いであったり、バイト出会ったり、塾であったりと、話し合ってみれば予定が空いていたのは香澄と有咲だけだった。
別の日にする、という案もあったが、今日を逃せば紅葉シーズンは過ぎてしまうためふたりだけでも楽しんできてと、メンバーに送り出される形になった。
「仕方ないよ。お土産に、いっぱい写真撮ろうね〜」
よしよし、と香澄の頭を撫でる鈴音。
詩希も、いつも五人でいるイメージがあるPoppin’Partyが集まらないのは、なんだか不思議が感じがしていた。
まあ、もし集まってたら女子高生五人の中に成人男性ひとりと、もっと肩身の狭いことになっていそうだが。
「……で、それはそれとして」
ひとり言のように言葉を漏らしてから、詩希は気になるところへ視線を向けた。
詩希が向けた視線の先にあるのは葵家の自家用自動車、白のミニバンだ。一応『SONG』を宣伝するため、店の名前が書かれたステッカーが貼ってある。
その助手席に、律希が座っているのだ。本日の紅葉狩りのメンバーに、律希は含まれていない。一応紅葉狩りに行くことが決まったその日に、鈴音が声をかけたはずだが、律希は何か調べ物があるとことで不参加の返答をしていたのを鈴音から聞いている。
それが、ゼリー飲料を飲みながらバイト代を貯めて購入したらしいノートパソコンを操作しているではないか。
コンコン、と窓をノックする。
詩希に気づいた律希が窓を開けて、「何」と訊いてくる。
「なんでいるの?」
「??? いちゃ悪い?」
「いや、悪くないけど、お前今日調べ物あるんじゃなかったのかよ」
「あるよ。だからここにいるんじゃん」
「???」
「だから、調べ物をするためにここにいるの。ちょっと広いとこに行く必要があってさ、兄貴たちが行こうとしてる紅葉狩り、結構広いとこに行くんでしょ? だからついでに乗ってこうかと思って」
「……」
なんとも図々しい弟だ。遠出する必要が出てきたから、遠出する詩希たちの中に当日混ぜてもらう気でいる。これには、呆れを超えてその神経を褒めるしかないだろう。
自分の兄を足に使う妹に図々しすぎる神経をした弟。そんな弟、妹に振り回されるのが、兄の務めなのだろうか。
「あれ? リツ兄? 今日は行かないんじゃないの?」
詩希が少しだけ遠い目をしていると、その隣で鈴音が律希の姿に驚きの声を上げていた。
「おう、鈴音。わりーけど、ちょっと俺も参加させてくんない? 大丈夫、そっちの邪魔はしないから」
「わたしはいいけど、ふたりはどう?」
元々律希は参加しない予定であったため、香澄と有咲もこの場に律希がいることに少しだけ驚いている様子だった。
そんなふたりに確認の言葉を投げかける鈴音。
「私は大丈夫です」
「つか、もう乗ってる時点で降りるきないでしょ」
「大丈夫だって」
ふたりが特に異論がないことを、律希に伝える鈴音。
「サンキュー、かすみん、アリッサー」
「そのへんなあだ名はやめてください!」
「えー、可愛いじゃん。アリッサ」
「可愛くないです!」
「かすみんはどう思う〜?」
「私も可愛いと思います! ねえ、アリッサ」
「香澄までそのあだ名で呼ぶなー!!」
羞恥からなのか、顔を真っ赤にして叫ぶ有咲。
律希はこうして、親しい間柄や気に入った相手をあだ名で呼ぶ癖がある。そのセンスはお世辞にもいいとは言えないが、本人は他者との距離を一気に縮められるからやめるつもりはないらしい。
実際、人見知りな有咲との距離は詩希より早い段階で縮めており、本人曰く、あとはいつ敬語を外せるかの勝負らしい。
いい性格をしていると、詩希は常々思っている。
「詩希」
と、有咲が律希にいじられているのを見ているところへ、詩織がやってきた。
何やらものすごく真剣な表情をしているが、詩織がこの表情をするときは高確率でロクなことを言わないとわかっている。
そんな、半ば興味のない視線を向けられた詩織は詩希の肩に手をおいた。
そして、とても真剣な声でこんなことを言ってきた。
「いくら香澄ちゃんと有咲ちゃんが可愛いからって、手を出しちゃダメだよ」
ぶっ飛ばしてもいいだろうかと本気で詩希は思った。
「……」
「やーね、そんな目でママを見ないの。ちょっとしたジョークじゃない」
「知ってる? ジョークっておもしろおかしく笑えるのがジョークなんだよ」
「……ごめん、ちょっとおふざけがすぎたわ」
どうやら詩希の目から思いが伝わったようだ。
頬を引きつらせながら、一歩ずつ下がって行く詩織。
「とにかく、運転に慣れているとはいえ、十分に気をつけて行くのよ」
と、最後にとても母らしいことを言ってきた。
詩希が運転するときは、商品の納品や鈴音を学校へ送り届けるなど、基本身内関係の人しか載せてない。こうして家族以外の人を乗せるのは、実は初めてだったりする。
「……わかってるよ」
「わ!? リツ兄何持ってこうとしてるんですか!?」
「あー、それー? ちょっと必要だからそこ置いといて!」
トランクを開けた鈴音から驚きの声が上がる。
律希が何を持って行こうとしているのか気になる詩希だったが、振り返ったときは鈴音が既に荷物を置き終え、車に乗り込んでいるところだった。
どうやら全員乗車完了のようだ。
助手席の窓から律希の急かす声が聞こえてくる。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
詩織に見送られながら、詩希は目的に向けて車を走らせた。
導入部が長い……気がする……。
おそらく、次あたりから話が進むと思われます。