移動中の車内は大きく賑わっていた。後部座席に座る女子高生組の楽しげな会話をBGMに車を運転する詩希は、その光景に少しだけ胸を撫で下ろしていた。
というのも、詩希自身、他人が運転する車に乗ることに対して結構緊張するタイプだからだ。中学生時代、部活の練習試合や大会で他校に行くとき、同級生の親が運転する車に何度か乗ったことがある。友人の親とはいえ、初めて会う人が運転する車に乗るのことに対して慣れていなかった詩希は、大体黙っていることが多かった。だから香澄と有咲も、詩希が運転することに緊張して、車内は静かになるものだと思っていたのだ。
しかしそんなことは杞憂だったらしく、蓋を開けてみれば大きく賑わっている。よく考えてみれば、ムードメーカ的存在である香澄と鈴音がいる時点で、そんな心配はいらなかったのかもしれない。
時折、詩希に振られる会話に相討ちを打ちながら、車は目的地に向けて順調に進んで行った。
一方、もうひとつ意外だったのが、助手席に座る律希が静かにしていること。こういったとき、どちらかといえば騒ぐのが律希の性格だ。それなのに今は調べ物に熱中しているのか、さっきからずっとパソコンとにらめっこしている。
途中、気になったのか鈴音が律希に、
「リツ兄、さっきから何調べてるの?」
と、問いかけていた。
「んー? 秘密ー」
パソコンから顔を上げずに返答する律希。
「えー、教えてくれてもいいじゃん」
「高校生には難しいこと」
「むー」
律希の対応がお気に召さないのか、膨れっ面になる鈴音。
途中、赤信号で止まったとき、身を乗り出して律希のパソコンの画面を覗いていたが、画面を埋め尽くすデータやグラフ見て一気に表情を曇らせる。まるで、テストで意味不明な難問を前にした学生のように。
「……え? 何これ、全然わかんない……。有咲ちゃんわかる?」
「……わかんねえ……」
有咲に助けを求める鈴音だったが、有咲の方も眉を八の字にしている。香澄も気になって見てみるが、「???」と首を傾げるだけ。
「シキ兄」
「運転してるから無理」
兄にまで助けを求めてくる鈴音だったが、運転中の詩希が確認できるわけがない。
仕方なく、鈴音は律希が何を調べているのか知るのを、諦めることにした。
ちょうどこのタイミングで、信号が青に変わった。それを確認した詩希がアクセルを踏んだところで、
「────」
詩希の耳に、微かだが何か声のようなものが聞こえた。
「鈴音、今何か言った?」
「??? 何も言ってないよ」
「それじゃ、香澄ちゃんか有咲ちゃん?」
「私も何も言ってませんよ」
「私も」
香澄に続いて、有咲も答える。
「……」
なんとも不気味な感覚が詩希の体に走る。
(香澄ちゃんたちを乗せての運転に緊張してるのか? それとも、ここ最近見る妙な夢のせいか……)
詩希が最近早起きなのは、とある妙な夢が原因だったりする。
それは、何か女性の声のようなものが頭の中に響く夢だ。何を言っているのかはっきりとは聞こえないが、何かを頼んでいるように聞こえる女性の声。それを毎晩夢で見るのだ。
何を言っているのかわからない声。
でも、何かを頼んでいるのだとわかる声。
毎晩、何度も同じ夢を繰り返し見ているせいか、ついには起きている間に空耳として聞こえるようになってしまったのだろう。
何かストレスでも感じてるのか? と疑問を抱く詩希の横では、
「……兄貴も聞こえてるのか」
律希が、車内いる全員に聞こえない程度の音量で呟くのだった。
♢ ♢ ♢
「わあ〜! きれ〜い!」
「おぉ……すげえ景色だな」
目的地の森林公園へと到着し、目の前に広がる光景に対して真っ先に歓声を上げたのは、一目散に車を飛び出した香澄だった。その後を慌てて追いかけた有咲も、目の前に広がる赤と黄色の世界に圧倒されている。
絶好の紅葉シーズンに当たったのだろう。森林l公園に並ぶ木々は、まるで紅蓮に燃える炎のように赤く染まった葉と黄金のように輝く黄色の葉を広げ、ひとつの世界を作り出してた。
見渡す限り続く、赤と黄色の世界。たったそれだけで、ありふれた森林公園がどこかファンタジーを連想させる世界へと変貌していた。
他にも、様々な催し物が開かれており、ちょうど週末ということもあって、多くの人たちがこの幻想的な世界に訪れている。
「……ヤベェ、これ絶対調べ物できないパターンだわ」
律希も目の前の世界に圧倒され、本来の自分の目的を達成できないかもしれないと、息を飲んでいた。
そんな兄の呟きを聞き逃さなかったのか、鈴音が素早く律希の元に近づく。
「なら、リツ兄も遊ぼうよ。せっかくこんなにきれいなところに来たのに、調べ物なんてもったいないよ」
「鈴音の言う通りかもな……いや、でもなあ」
「律希、その調べ物ってどれくらいかかるんだ?」
「うーん、データを測ってまとめて……まとめるのを帰ってからにすれば、数十分くらい?」
「手伝おうか? そうすれば早く終わるし」
「いや、いいよ。兄貴は鈴音たちと遊んできなって。すぐに終わるからさ」
そう言って、律希は車のトランクを開けると、自分の荷物を全て取り出す。
取り出されたのは、大きなリュックサックと一瞬メガホンのように見えた黒い測定器。それらを手に取ると、「じゃ」と言って律希は森林の方へ向かって歩き出した。
「……とりあえず、こっちはこっちで楽しむか」
「だね」
マイペースな弟に若干困りながらも、詩希と鈴音は香澄と有咲の後を追う。
先に飛び出していたふたりは、紅葉を楽しむ前に催し物を楽しんでいた。紅葉に目を奪われていたが、あたりを見てみれば草笛体験や竹トンボ、カヤック、屋台などが開かれている。
そのうちの草笛体験にふたりはいた。
「〜〜〜〜!! ……ダメだあ、全然鳴らない」
「むやみに吹けばいいって感じじゃなさそうだな」
講師の方からアドバイスを貰いながら挑戦しているようだが、なかなかうまく音が鳴らないようだ。
香澄に至っては顔を真っ赤にしている。
「香澄ちゃん、顔真っ赤だよ。気をつけて」
鈴音がやや慌てた様子で止めに入る。
これ以上吹けば、酸欠に近いことになるかもしれないと危惧したのだろう。
鈴音からの忠告を受けた香澄は「うん、そうする」と言って休憩に入った。
その一方で、詩希は講師の方から葉っぱを受け取ると、それを口に当て早速吹いてみる。すると、「ピュー」ときれいな音が辺りに響き、一部の参加者の視線が詩希に向けられた。おそらく、一発で吹けた詩希に驚いているのだろう。
実際、休憩していた香澄が驚きの声を上げる。
「詩希さんすごい! 一回で吹けてる!」
「子供の頃、おじいちゃんの家に遊びに行ったときにやったことがあってね。結構前だからできるか不安だったけど、意外と感覚は覚えてるみたい」
「どうやったんですか?」
「え? んー、説明が難しいな……ほとんど感覚だったし……えっと、ピーって感じかな」
「ピーですか」
アドバイスを求めた有咲だったが、返ってきた言葉に少しだけ困惑の様子を見せる。
無理もない、『ピー』と言う擬音説明ではしっかりとしたアドバイスになっていないのだから。
しかし、詩希もこの説明以外に的確な表現方法を思いつかないのだ。昔祖父から教わったのも、もう十年以上前のことになるので、具体的な説明があったとしても覚えていない。
もっとマシなアドバイスができないかなと悩んでいると、有咲の口元から小さく音が聞こえた。
「できたっ!」
「有咲! 今のいい感じじゃん」
「さすが学年一位。今のシキ兄の説明でわかったんだね」
「もう一回やってみせてよ!」
香澄に言われ、もう一度挑戦する有咲。途切れ途切れではあるが、確かに音は鳴っている。
それに触発された香澄が「よーし」と言って再度草笛にトライする。
「ピーって感じで……」
しかし、香澄の口元からは空気しか漏れていない。
「え〜、なんで〜? 有咲、教えて〜」
「仕方ねえな。ほら、こうやって」
有咲のアドバイスのもと、再び挑戦してみる香澄。
その隣で鈴音も草笛に挑戦してみる。
最初はなかなか音が鳴らず苦戦するふたりだったが、有咲のアドバイスのおかげでだんだんと音が出るようになっていった。
♢ ♢ ♢
「次! あれやろうよ!」
草笛体験を終えた詩希たちは、その後も様々な催し物を回った。
正確には香澄が興味を持ったものに片っ端から挑戦していき、その後を必死に追いかけると言った方が正しいかもしれない。
カヤックをやって疲れたかと思えば、次の瞬間絵手紙コーナーに突撃している。休む気配のない怒涛の動きに、振り回される詩希たち。
「香澄ちゃんって、いつもあんなに元気なの?」
「すいません……ああいうやつなんです、香澄は」
どことなく申し訳なさそうにする有咲。香澄のパワフルさに慣れている有咲と鈴音はいつも通りではあるが、これを初めて体験する詩希は少しだけ面食らっていた。鈴音がよく友達の話をするので、なんとなく戸山香澄がどういう人間なのかを聞いてはいたが、ここまでパワフルだとは想像していなかった。律希も割とアグレッシブな性格をしているが、人が違えばそのアグレッシブにも違いがあるんだなと学んだのは、いい勉強になったのかもしれない。
遊びに遊び尽くし、ようやく広場のところにやってきたところで、
「ねえ、少し休憩しようよ」
と、鈴音が言った。
さすがの鈴音も、動きっぱなしに疲れたのだろう。
広場にやってきたということもあって、自然とこの場所で休憩する流れになった。
この公園はキャンプ場としても利用できるらしく、広場もそれなりに広い。調理場もあるようだが、今日は鈴音がお弁当を作ってきているようなので使う機会はなさそうだ。
鈴音はバッグからレジャーシートを取り出す。持ってきたシートはそれなりの大きさのもので、四人で休憩するには十分な広さだ。
続けてお弁当を取り出し並べる。蓋を開けてみれば、おにぎりやサンドウィッチ、唐揚げに卵焼きとなかなかに気合の入ったお弁当に仕上がっているではないか。
「わ〜! 美味しそう!」
「これ、鈴音がひとりで作ったのか?」
「そうだよ」
「すげえー、よくひとりで作れるな」
「わたしが誘ったんだもん。これくらいはやって当然だよ〜」
だから朝早くに起きてたのか、と詩希は珍しく朝早くに鈴音を見かけた理由を知って納得していた。これだけの量を作るのであれば、早起きして相当気合を入れなくてはいけないだろう。我が妹の気合の入れ具合に称賛していると、
「おっ、ナイスタイミングで俺合流してんじゃん〜。いただきまっすー」
そんな軽い声と共に、ヒョイっと、詩希の横から伸びてきた手がサンドウィッチをひとつ取り上げる。
全員の視線が詩希の横に向けられる中、詩希だけが呆れた顔で振り返った。
そこにいたのは、サンドウィッチを頬張る律希の姿。
「律希、行儀悪いぞ」
「
「食べてから喋れ、食べてから」
三口でサンドウィッチを食べ終わると、ブーツを脱いでレジャーシートに腰を下ろす。そしてそのままの流れでふたつ目のサンドウィッチを手に取ると、
「うん、うまい」
と、感想を述べた。
「おかえり、リツ兄。調べ物は終わったの?」
「ああ。十分にな。あとは家に帰ってまとめるだけ」
「何を調べてたんですか?」
「んー、気になる?」
「はい!」
律希の問いに対して、うんうんとうなずく香澄。その隣では鈴音も知りたいのか、同じように首を縦に振っている。
「仕方ないな、そこまで気になるなら教えてあげよう。います俺が調べてるのは──」
不適な笑みを浮かべる律希。
あ、これ絶対ロクなこと言わない顔だと詩希が思っていると、
「──宇宙人との交信の仕方だ」
やけにキメ顔でそう言うのだった。
次回、いよいよ彼らの日常が……。
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