BanG Dream! セレクト!音のクリスタル   作:水卵

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[行間]

 ──苦しい。
 息が詰まるほど苦しい。
 頭が重い。
 まるで風邪をひいたかのような感覚。
 さっきまではなんともなかったのに、どうして急に? 
 苦しい、苦しい、痛い、痛い、誰か──助けて。


第7話 俺たち、ウルトラマンになります 7/空から落ちてきた絶望

 これは、夢だろうか。

 それとも現実か。

 ……いや、本当はわかっている。これが現実だということを。

 しかし、脳がそれを処理できていない。耳に聞こえてくる悲鳴、頬を撫でる熱波、体中を駆け巡る恐怖、それら全てが今目の前で起きていることが現実だと証明している。

 それなのに、脳が処理できていないせいで、夢と現実の狭間のように感じるのだ。

 そんな曖昧な感覚の中でも、ひとつだけ判ることがある。

 それは、走らなければ死ぬということ。

 だから走る。走る。走る。

 ただひたすらに、迫る“死”から逃げるために足を動かす。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 空から落ちてきたのは、背中に四本のコイルのようなものを備えた巨大生物だった。黒っぽい茶色の体に、鋭利な牙がずらりと並んだ口。不気味な四つの黄色い光は目だろうか。怪獣映画に出てきそうな巨大生物の出現に、人々は一瞬だけ好奇心をくすぐられ、カメラアプリを起動したスマートフォンを向ける。

 だが、好奇心はすぐに絶望に変わった。

 巨大生物が背中のコイルから電撃を放ち、あたり一面を地獄へと変えたのだ。

 紅蓮のように真っ赤だった紅葉が、本物の紅蓮に燃える。

 誰もが一斉に走り出した。悲鳴を上げ、アレは“死”をもたらすものだと理解した人々の顔が恐怖に染まる。

 走る人々の群れはまるで濁流だ。我先にと、他人を押し倒してでも生きるために走る。

 休日だったことが、最悪の方向に転んだ。悲鳴が響く森林公園はあっという間に地獄絵図と化した。

 そんな流れる濁流の中に詩希の姿があった。

 

「有咲ちゃん!!」

 

 濁流からはじき出されるように抜け出した詩希は、有咲の名を叫ぶ。

 しかし、どこにも有咲の姿はない。逃げ惑う人々の中に、有咲の姿が見当たらない。

 この最悪の状況で有咲と逸れてしまったのだ。

 

「くそっ!」

 

 吐き捨てて、有咲の手を握っていたはずの自分の右手を握り込む。

 この手は、確かに有咲の手を握っていた。しかし、巨大生物の姿を認識し、恐怖から逃げ始めた人たちの濁流に飲み込まれ、離れてしまったのだ。それに気づき、有咲の手をもう一度掴もうとした詩希だったが、逃げる人々の阻まれ、気づけば姿を見失ってしまっていた。

 スマートフォンで連絡を取ろうにも、こんな状況のせいか電波が混雑していてつながりにくくなっている。これではいつ相手につながるかわからない。連絡手段はないと考えるべきだ。

 

「落ち着け……落ち着けっ……!」

 

 爆発しそうな心臓を抑えるため、何度も口に出して言う。

 こういった状況こそ、冷静な判断が必要になってくる。焦っていてはまともな判断ができないのだ。非常事態の時こそ、落ち着いた方がいい。

 だが、有咲を見失ってしまったこと。そして何より“巨大生物出現”という非現実的な状況を前にして、落ち着けるわけがない。

 何より、破壊行動を続ける巨大生物の姿が、詩希に嫌なことを連想させる。

 

「鈴音、律希……香澄ちゃん、有咲ちゃん……全員、無事だよな……」

 

 この場にいないメンバーの安否が気になる。どうか無事でいてほしいと願うが、破壊行動を続ける巨大生物を前にすると、どうしても最悪の結果が頭を横切る。

 つまり、誰かの命が消えるかもしれないということ。

 そもそも、“巨大生物出現”というアニメや漫画の中でしかないような出来事が起きている今、無事な場所はあるのだろうか。あの巨大生物が出現してからまだ数分しか経っていないが、あたりはもう地獄絵図だ。多くのゲガ人、下手すれば死者だって出ているかもしれない。

 こんな状況で、全員が無事でいられる確率は極めて低いだろう。

 だから、詩希の心が余計に不安に押しつぶされていく。この場を無事に逃げられたとしても、あの巨大生物をどうにかしない限り、無事なんてない。待っているのは『終わり』だけ。

 まさに絶望。

 これが絶望なのだろう。決して覆すことのできない絶望。

 今日、この世界が終わる。

 全てが、終わる。

 そんな絶望に突き落とされる中、

 

 

 

「兄貴!!」

 

 

 

 聞き覚えのある声が詩希の耳に届いてきた。

 それは、何度も聞いたことのある声。何度も呼ばれたことのあるその声が耳に届いたときにはすでに、詩希は声の方に振り返っていた。

 

 

 

 そこに、律希がいた。

 

 

 

 

 弟の姿を確認し、その顔に安堵の色が生まれる。

 詩希は急いで弟の元へ走った。

 その瞳が潤んでいるのは、きっと気のせいでは──

 

「律希! 無事だっ──」

「──兄貴何あれ! すごくね!?」

 

 ──ないと言いたかった。

 先ほどまで潤んでいた瞳は、やたらとキラキラとした瞳で巨大生物を指差す弟の姿を前に消え失せた。

 残ったのは、こんな状況で好奇心が勝っている弟に対する呆れと、一周回って生まれた尊敬だけ。

 

「……こんな状況でも好奇心が勝っているお前は大物だよ」

 

 普通であれば“恐怖”と“不安”しかないこの状況で、一体どんな神経をしていれば目をキラキラとさせることができるのだろうか。余程肝が据わった性格をしているか、ただ単純にアホなだけか。

 おそらく前者であると思っているが、いくら好奇心旺盛な性格をしているからといって、こうなるのは話が別な気がする。

 とはいえ、弟が無事であることに変わりはない。吹き飛んだ感情が徐々に戻ってくる中、合流したのが律希ひとりだということに気づき、再びざわつき始める。

 

「お前……香澄ちゃんと鈴音と一緒じゃなかったのか?」

「え? ああ。逸れた」

 

 そのひと言に再び詩希の感情が爆発する。

 

「はあ!? お前、こんな時にふざけるなよ!! どうして一緒にいないんだよ!!」

「兄貴だって! アリッサと一緒にいたのに今いないじゃん!! 逸れたんでしょ!?」

 

 怒鳴られた律希が即座に言い返す。

 

「っ、それは、そうだけど……」

「ほら〜、兄貴だって人のこと言えないじゃん〜」

「お前なあ……そんなこと言ってる場合じゃ──」

 

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 

 

 ──巨大生物の咆哮が空気を震わせた。

 

「……兄貴の言う通り、ふざけてる場合じゃないな」

「どうする……香澄ちゃんたちを探しに行くか……それとも、おれたちも避難するか……どうする……どうすればいい……」

「考えたって仕方ないだろ。ここは──」

 

 律希の言葉を遮るかのように、詩希の耳に“声”が聞こえてきた。

 

「……今、声が」

「……やっぱり、兄貴も聞こえてるんだな」

「“も”って……まさか、お前にも?」

「ああ。たぶん、兄貴と同じ時期。初めは夢からでしょ? 内容は、女性の声。何かを頼んでいるよな声で、最初は夢の中だけだったのに、次第に現実でも聞こえるようになった」

 

 律希の問いに詩希はうなずく。

 それを受けて、律希は真面目なトーンで語り始める。

 

「実は、今日の車の移動中と、ここにきてから別行動をしている間、周囲の音を録音してたんだ。そしたら、俺と兄貴が聞こえてる“声”は録音データにはなかった。空耳、幻聴の可能性も考えたけど、今ので確信した。これは、俺と兄貴しか聞こえてない声だ。ふたり一緒のタイミングで幻聴を聞くなんてありえない」

 

 律希は詩希をまっすぐと見て、

 

「今からすごくバカなこと言うけどいい?」

 

 と言ってきた。

 

「この、“巨大生物出現”っていうアニメや漫画の中でしかあり得ない状況で、俺たちにだけしか聞こえない特別な声がある。これって、()()()()()()()()()()()()()()()なんじゃないかなって俺は考えてる」

「……」

 

 普通なら『あり得ない』と一喝していただろう。何バカなことを言っているんだと罵倒しているかもしれない。

 だが、今回は違う。

 律希の言葉に一理あると思っているのだ。非現実的な状況だからこそ、非現実的な可能性があってもいいのかもしれない。

 いや、これはむしろあってくれないと困る。こんな絶望的な状況で、なんの希望もないのはあまりにもひどすぎる。

 この絶望をひっくり返せる、ほんの小さな希望の可能性がもし“声”なのだとしたら、詩希たちが起こすアクションはひとつしかない。

 

「律希」

 

 ひと言。詩希は弟の名前を呼んだ。

 そのひと言で、律希も理解したのだろう。うなずき、ふたりは走り出そうとして、

 

 

 

 

 聞き覚えのある少女たちの悲鳴を聞いた。

 

 

 

 

「──今のって!」

「香澄ちゃんの声だ!!」

 

 ふたりの顔が焦りの色に染まる。

 走り出すふたり。

 森林の中を駆け抜け、その先で見たものに息を飲んだ。

 

 

 

 

 巨大生物を前に腰を抜かしている香澄と、そのそばに寄り添う有咲の姿。

 そして、そのふたりを四つの黄色い光が捉えているということ。

 

 

 

 

「「────っ!!??」」

 

 ぞくりと、ふたりの背筋に嫌なものが走る。

 今、あの巨大生物は間違いなく香澄と有咲に視線を向けている。その姿を、その存在を認識している。

 それが何を意味するか分からない──いや、考えたくないと言った方が正しい。このまま何もなく無視されるか、それとも何かしらのアクションを起こすか。

 わからない、という恐怖を頭で理解した時、詩希はすでに行動に出ていた。

 走り出しす詩希。転がっている石を何個か手に取ると、巨大生物目掛けて投げた。

 

「こっちだ! おれに気づけ!!」

 

 巨大生物の注意を引こうと、石を投げ声を上げる。

 側から見れば非常に危険な行為。自分の命を危険にさらす行為は決して褒められたものではないだろう。だが、そんなことを考えている暇などなかった。香澄と有咲の身に危険が迫っていると認識した時はすでに体が動いていたのだ。

 

「兄貴!!」

 

 詩希のあまりにも危険な行動に律希から声が飛ぶ。

 しかし、詩希は止まらない。否、止まることを許されないのだ。今ここで足を止めれば、間違いなく死に直結する。

 その証拠に、巨大生物が電撃を放つ。

 

「!?」

 

 咄嗟に体を投げ出し、地を転がる。回避できたのは奇跡だろう。

 だが、いつまでも地に転がっているわけにはいかない。急いで立ち上がり、巨大生物に視線を向ければ、次の攻撃行動に移っている。

 詩希は急いでその場から飛び退いた。

 巨大生物の腕が鞭のように伸び、さっきまで詩希がいたところに振り下ろされる。鞭自体は回避することができた。しかし、地面を叩いた衝撃と、砕かれた土が詩希の背中を直撃する。

 

「がはっ!」

 

 肺から酸素が吐き出される。

 背中に感じる激痛。体から力が一気に抜けた。

 たった二撃。それだけで詩希は詰んだ。体を動かそうとしても、背中の激痛が邪魔をする。立ち上がることができない。

 

「く、そ……」

「兄貴!!」

 

 律希が血相を変えて駆け寄ってくる。

 来るな! と叫びたいが声が出ない。

 その上では、死を告げる光が帯電している。

 そして、律希の伸ばした手が詩希に届くとき、

 

 

 

 

 死の雷撃がふたりを消し去った。

 

 

 

 




先週は更新できずすいません。
本日より、更新再開です。

そして、次回いよいよ登場します。




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