「……ん? あれ? 生き、てる……?」
体に感じる謎の浮遊感に詩希は目を覚ます。そして、自分が生きていることに疑問の声を上げた。
たしか、律希と一緒に巨大生物の電撃を受けたはず。人間があの電撃を受けて、生きているはずがない。それなのに、こうして意識があるのはなぜだ?
呆然とする詩希は辺りを見回して、
「なんだ、ここ……」
驚きで目を見開いた。
詩希がいるのは、白一色に輝く光の空間だった。辺りを見渡しても、白い輝き以外何もない。上下左右どこまでも白い輝きが続いている。
ふと、ここが死後の世界なのかと思った。それなら、こうして意識があるのも理解できる。
「……兄貴?」
隣から、律希の声が聞こえた。
どうやら律希も同じ空間にいるようだ。目が覚めたばかりなのか、若干まぶたが半分しか開いていない様子だったが、すぐにカッと見開かれる。
「──って、ここどこ!? 天国!? それとも地獄!? 俺たちどうなったの!?」
「わからない……ここがどこなのかも、おれたちがどうなったのかも……」
「たしか、あの巨大生物の雷撃を受けた……よな?」
「ああ。そこまではおれも覚えてる」
「ならやっぱりここは死後の世界!?」
嘘だろー! っと頭を抱える律希。
律希もいること考えると、ふたりがあの電撃を受けたことは間違いないようだ。ならばここは、死者が最初に訪れるところで間違いないのかなと考えていると、突然ふたりの前に光が灯った。
眩しさから顔を隠す兄弟。やがて光が収まると、そこには全体的に青色をした大きなアイテムと、メダル型のアイテムが四つ。そしてそれを収納すると思われるホルダーが現れた。
「なんだ、これ……」
「もしかして、さっき俺が言った『何かしらの力』?」
ふたりの前に漂うアイテムたちは、小さな輝きを放つ。
そして、声が聞こえてきた。
『──戦って』
聞こえてきたのは、ふたりがここ最近聞こえるようになった声。今までとは違い、はっきりとした女性の声が聞こえる。
『戦って。この力で、怪獣を倒して。そして彼女を救って……!』
「彼女? 彼女って誰?」
『お願い、彼女を救うにはあなたたちに戦ってもらうしかないの』
詩希の言葉に対する返答はない。女性の声が、一方的に願いを告げてくるだけ。
そして次の瞬間、ふたりは頭を押さえる。脳にとある光景が流れ込んできたのだ。ふたりの青年が、先ほどの青いアイテムを構え、巨人へと姿を変える光景。
銀色の体に黒いライン。手、足、胸、頭部が赤色の巨人。
黒い体に銀色のライン。手、足、胸、頭部が青色の巨人。
やがて光景は、巨人へ変身したふたりが様々な巨大生物たちと戦うものへと変わっていく。
それは、戦いの記録。
それは、力の使い方の記録。
それは、あの絶望しかない状況に、希望をもたらす力の記録。
「……あれを使えば、俺たちも巨人になれるってこと?」
「たぶんな」
律希の言葉に、半信半疑でうなずく詩希。
『この力は、あなたたちに様々な試練をもたらすかもしれない。あなたたちに、残酷な運命を告げるものかもしれない。それでも、あなたたちにか託せない。あなたたち兄弟しかいないの。お願い、彼女を救って──』
そこで、女性の声は止まった。託す言葉を言い終えたのか、それとも詩希と律希の決断を待っているのか。
ふたりはお互いに顔を見合わせる。
詩希はまだどこか迷いのある表情をしているが、律希の方は既に気持ちが決まっているようだ。今すぐにでも手を伸ばしたいのに、そうしないのは詩希の決断を待っているからなのか。
「兄貴」
律希が詩希を呼んだ。
催促するような声音。
詩希はため息をこぼして、律希につられる形で覚悟を決めた。
──言いたいことはたくさんある。この力を手にすれば、先ほどの女性の声の通りいろんなことが待っているだろう。しかし、今こうしている間にも鈴音たちの身に危険が迫っているかもしれない。
なら、ここで止まっている暇はない。
「──行くぞ、律希」
「よっしゃ!」
ふたりは、同時にその手を伸ばした。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
そして、絶望の最中に希望の光が灯った。
破壊を行なっていた巨大生物が、その手を止めて空を見上げる。
空から舞い降りてくる光は──ふたつ。
銀色をベースに黒いライン。手、足、胸、頭部が赤色の巨人──ウルトラマンロッソ。
黒をベースに銀色のライン。手、足、胸、頭部が青色の巨人──ウルトラマンブル。
二体の巨人は、砂埃を上げて着地した。
逃げ惑う人々がその足を止めて舞い降りたウルトラマンに視線を向ける。
新たな巨大生物の出現。それが二体ともなれば、人々が感じるのは困惑と恐怖。あの巨人は見方なのか、それとも敵なんのか。誰もが固唾を飲んでウルトラマンを見ていた。
一方で、ウルトラマンへと姿を変えた葵兄弟は、
「……なんだよ、これ」
「すげえ……人が石ころみてえだ。面白え〜」
目の前に広がる光景の変化に驚いていた。
無理もない。今まで見上げていた木々たちが自分の膝丈ほどしかなく、人間は掌に乗りそうなほど小さく、車もまるでラジコンのように見えるのだ。今まで見ていたものが、全て小さく見える。対等に見えるのは、目の前の巨大生物くらいだろう。
高いところに立っているとは違う感覚に戸惑いを見せる詩希と、反対に面白そうにはしゃぐ律希。
そんな律希を宥めようとして、視界の端にふたりの少女を捉える。
「香澄ちゃんと、有咲ちゃん! 無事だったのか……」
詩希が見たのは、先ほどと同じ状態の香澄と有咲だった。香澄の方は腰を抜かしたままで、有咲はそばに寄り添うような形で香澄の隣にいる。ふたりとも、ウルトラマンの登場に驚いているようだが、有咲の方はその表情が絶望に染まっている。
きっと、ウルトラマンを敵だと思っているのだろう。その誤解を解こうとする詩希だったが、その前に巨大生物が威嚇をしてきた。
ふたりの意識を切り替わる。
「……よーし、行くぞー!」
「ああ、おい! まったく」
律希──ウルトラマンブルが勢いよく駆け出す。その後を詩希──ウルトラマンロッソが追いかける。
巨大生物も迫ってくる巨人を迎え撃つため、雄叫びを上げて戦闘体勢に入る。
激突する巨大生物とブル。ブルのタックルを受けても、巨大生物は怯まない。まるで巨大な岩にぶつかったかのような衝撃が返ってきて、ブルがよろめいた。
体制を立て直し、再び巨大生物へ迫るブル。ゼロ距離で始まる攻防を見て、ロッソどうしようかとその場でたたらをふむ。
一瞬の思考。背後に回って攻撃しようと思いつき、ロッソは巨大生物の背後に回る。しかし、その動きは読まれていたのか、ブルの相手をする傍で腕を触手のように伸ばしてきた。
横から殴られ、地に倒れるロッソ。
「兄貴!」
兄の行方を気にしてしまう弟。
その隙をつかれて、巨大生物がブルを押し返す。雷の追撃がブルを襲い、地へと沈めた。
地へと倒れ伏すブルと入れ替わるように、立ち上がったロッソが攻め込む。巨大生物の頭部を掴み、押さえ込むように力を入れるが、あっさりと振り解かれてしまう。
再び攻め込むブル。大振りの拳はあっさりと躱され、電撃によって再び倒される。
背後から飛びつくロッソだったが、触手のように伸びた腕に胸を打たれ後ろへ吹き飛ぶ。
「くそっ!」
体に感じる痛みに堪えながら、吐き捨てる詩希。既に額には汗が浮かんでおり、歯が立たない悔しさから拳を握りしめている。
「なんでだよ……全く歯がたたねえじゃんか! 力手に入れて、一発逆転する展開じゃねえのかよ!」
「力は貰えても、使いこなせるかはおれたち次第ってことか」
詩希の言葉通り、使いこなせるかは詩希たちの力量にかかっている。今のレベルでは、巨大生物一体とまともに戦うことすらできないレベルなのだろう。これでは、せっかく貰った力なのに宝の持ち腐れだ。
再び攻め込むロッソとブルだったが、巨大生物のタックルによって大きく吹き飛ばされる。
「あーもう! 一体どうすりゃいいんだよ!?」
「落ち着けって! 焦っても仕方ないだろ!」
「このままだと負けちまうぞ!? どうすればいい!?」
「だから落ち着けって!!」
思うようにいかないことから焦り始める律希。落ち着かせようとする詩希だったが、詩希もまた敗北のことが頭に浮かび始めていた。
このまま打開策がなければ、ふたりは負けるだろう。そうなれば、この世界は今度こそ終わる。
そう考えただけで、背筋が凍る。
自分たちのせいで、世界が終わる。
それはなんとしても避けたい。
どうするか、と考えていると巨大生物の背中にあるコイルが電気を帯び始めた。
回避しなければ、大ダメージとなる一撃。
ふたりはすぐに回避行動にでた。
しかし、直後、
(──待てっ。たしかさっきふたりが見えたはず!!)
詩希──ロッソは自分の背後へと振り返る。
──そこに、真っ青な顔をした香澄と有咲がいた。
「──!?」
このまま回避すれば、巨大生物の一撃は二人を襲う。
ロッソはすぐに回避行動をキャンセルした。
ギリギリ、本当にギリギリのタイミングでロッソが回避行動をキャンセルしたことで、電撃は香澄と有咲を襲うことはなかった。
電撃はロッソの背中を撃ち抜く。
「がはっ」
肺から空気が押し出される。
「兄貴!? なんで……──っ!!」
回避しなかった詩希に疑問を投げかける律希だったが、兄が何を守ったのかを見てすぐに理解した。
そして、追撃をしようとしている巨大生物に気づき、咄嗟に右手を伸ばす。右手から放たれる水流。まるで高圧水のような一撃は、巨大生物を怯ませるのに十分な威力を秘めていた。
続いて、ロッソが体を無理やる動かし、振り向きながら右腕を振り抜く。放たれた火球が巨大生物に大きなダメージを与える。
地に手を着き、肩が上下するほど呼吸が乱れている中、ロッソは背後に視線を向ける。
背後にいた香澄と有咲は無事だった。ふたりとも驚いた表情をしており、それがなんだかおかしくて詩希はこっそりと笑みをこぼした。
「兄貴! 大丈夫か!?」
「……ああ。なんとか動ける」
まだ痛みが残る体を動かして立ち上がるロッソ。
「ごめん、俺気づかなくて……」
「律希。いったん世界のこと忘れよう」
「え?」
「おれたちに世界を守るなんて無理だ。だから、もっと簡単な理由にしよう」
「簡単な理由って……」
「後ろにいる香澄ちゃんと有咲ちゃんを守る」
詩希は宣言した。
「ふたりを絶対に守ること。ほら、これなら世界を守るより簡単だろ?」
「……ははっ、確かに」
世界がどうこう、なんて難しいことは忘れて、もっと身近なものを守るために戦う。
今のふたりには、それくらいがちょうどいい。
だからだろうか。ちょっとだけ肩が軽くなった気がした。
ふたりは頷き合うと気を引き締め、駆け出す。
衝突する三体。そのまま力比べとなるが、今度は負けるわけにはいかない。
「「負けるかああああああ!!」」
徐々に、巨大生物の足が地を離れていく。
持ち上げられるとは思っていなかったのだろう。足をばたつかせて、巨大生物が困惑の悲鳴を上げる。
「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおお!!」」
そして、見事に巨大生物を投げ飛ばしてみせた。
悲鳴を上げ、地へと落ちる巨大生物。
兄弟はハイタッチを交わす。
起き上がろうとする巨大生物に向けて駆け出すウルトラマン。巨大生物の体制が立て直される前に、パンチ、キックで追撃していく。
ロッソが左腕を、ブルが右腕を引き絞り、
「「せーのっ!!」」
同時に放った拳が、巨大生物の腹部に突き刺さる。
三度悲鳴を上げる巨大生物。
「まだだ!!」
「俺たちの反撃はここからだぜ!!」
絶望に震える少女たちを守るために、ウルトラマンは駆け出す。
もうふたりの頭に『敗北』なんて文字はない。
ただひたすらに、守るために戦え!
次回、決着!
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