オーバーロード in Infinite Dendrogram   作:(◕(エ)◕)クマネーサン

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プロローグ
第1話


―――ナザリック地下大墳墓 第十階層<玉座の間> 【死の支配者(オーバーロード)】モモンガ―――

 

 

 西暦2138年某月某日、今日この日一つの世界が終ろうとしている。DMMO-RPG<YUGDRASIL(ユグドラシル)>という、『無限の可能性を追求できる』という謳い文句を掲げていたこのゲームも次々と台頭してくる新しいDMMO-RPGの人気に付いていけず、サービス開始から12年目でサービス終了となった。

 玉座の間の最奥に置かれた黒曜の玉座に座するは<死>そのもの。魔導を極めんと不死の存在へと至った強大な異形<死の支配者(オーバーロード)>が黄金に輝く宝杖を手に持ち純白の悪魔を侍らせ玉座の間の虚空を眺めていた。

 

 玉座に座るオーバーロード『モモンガ』がギルド長を務めるギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は、全盛期にはユグドラシル内のギルドランキングで九位にランクインする程の強豪であったが、時の流れと共に四十一人いたギルドメンバーはモモンガを含めて四人にまで減ってしまった。

 ある者は家庭を持ち、ある者は夢を叶え、ある者は転職を機にゲームをする暇が無くなり、ある者は新しいゲームに嵌り…全員が何かしらの理由でユグドラシルから離れていってしまった。それでもモモンガは自分の半生を費やしたユグドラシルから離れる気にはならず、最後の最後までユグドラシルに固執し続けた。

 

「楽しかったんだ…本当に、楽しかったんだ…」

 

 視界の隅に映る時計が刻一刻とサービス終了の0:00までの時間を刻んでいく。脳裏に思い浮かぶのはかつての栄光の日々。伝説と謳われるまでに至った1500人のプレイヤー撃退戦、手に持つギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を作り上げるための素材集めの日々、現実での出来事を忘れて過ごす何気ない一時…。

 

「あぁ…楽しかったなぁ…」

 

 間もなく0:00になる寸前、モモンガはそう呟くと全てを受け入れ(諦め)て目を瞑った。

 

 


 

 

―――??? 鈴木悟―――

 

 

「あれー、君は一体何なのかなー?」

 

「…えっ?」

 

 そこは見覚えのない空間だった。本来ならサービス終了と共に強制的にログアウトさせられ、目の前に映るのはVRマシン越しに見える自分の部屋のはずなのだが、木造の洋館を思わせる造りの書斎が広がっていた。ティーセットが揃ったテーブルに、座り心地のよさそうな安楽椅子、温かな光が漏れる暖炉。しかしそれは部屋の一部であり、声のした方を向くとそこには無数のディスプレイが投影された電脳空間が広がっていた。その中心に『ソレ』はいた。

 

「君、どうやって入ってきたのかなー?まだサービス開始から一ヶ月も経ってないのに、バグでも起きたのかなー?」

 

「…猫?」

 

 『ソレ』は無数のディスプレイの中でも特に大きな物の前に座って投影されたキーボードを打っていた『猫』だった。勿論只の猫ではなく、いきなりこの空間に混ざり込んだ異物―悟の姿を確認すると『歩いて』近付いてきたのだ。歩くどころか、流暢に言葉を発し話も出来ている。

 

「何だこれ…サービス終了が延期になったのか?それともユグドラシル2のチュートリアルでも始まったのか?クソ運営め…最後の最後までやらかしてくるなんて…」

 

「僕の話を聞いてるー?ちょっと落ち着きなよー」

 

 二足歩行するしゃべる猫『チェシャ』にそう言われ、悟は少し落ち着き自分が今置かれた状況を確認出来るようになった。現実世界ではありえない歩く猫に見たことも無い豪奢な書斎、何よりも無数のディスプレイが浮かぶ電脳空間をまざまざと見せつけられ、ここがリアルでないことはすぐに分かった。そして、今の自分がどの様な姿になっているのかも…。

 今の悟はほんの少し前まで、ユグドラシルにログインしていた時の姿とはうって変わっていた。強大な異形種オーバーロードの時は全身白磁の如き白骨であったが、今は栄養不良で痩せ細った一人の男に成り下がっていた。その頼り無さげな手を見詰めると、本当に全てが終わってしまったのだと実感してしまった。

 

「はは…本当にユグドラシルは終わっちゃったんだな…今まで俺が費やしてきた時間も無駄になっちゃったんだな…」

 

「うーん…よくわからないけど、お茶でも飲むかい?丁度休憩しようと思ってたんだ」

 

「お茶…少し貰おうかな…」

 

 チェシャはそう言うと、今まで広がっていた電脳空間が閉ざされて書斎のみの空間となった。そこに既に準備されていたティーセットをカチャカチャと弄り、何処からともなくお茶菓子を取り出した。その様子を眺めていた悟は「あぁ…やっぱりゲームのチュートリアルか何かなのだろう」と思い、特に突込みを入れる事無くお茶の準備が整うまで椅子に座って茫然としていた。

 紅茶の準備が整い、カップを悟に差し出すチェシャ。ほぼ条件反射で受け取ったがどうしようか悩んでいると、チェシャがお手本の様に飲み始めたのを確認してから自分も真似するように紅茶を飲もうとした時、違和感を覚えた。

 西暦2138年現在、発展していくVR技術だが幾つかの禁止行為がある。その一つが『五感の再現の禁止』である。仮想世界で現実世界同様と同様に五感を感じるようになると、脳が錯覚を起こし重篤な障害を起こす可能性があるためだ。にも拘らず、チェシャが差し出した紅茶からは香りを感じるのだ。慌てて飲んでみると舌は味を感じ、喉を通り胃袋まで到達する熱を感じるのだ。

 

「何だこれ…!?どうなってるんだ!?まさか、電脳誘拐されて変な実験をさせられてるのか!?」

 

「ちょっとちょっと、急にどうしたのさー?」

 

「だって、五感を感じるなんて電脳法に反している!これで落ち着けるわけ無いだろう!!」

 

「電脳法?一体何のこと…いや、ちょっと待ってー」

 

 慌てふためく悟を尻目に、チェシャはタブレットサイズのディスプレイを展開させると何かを確認するかのように流し見る。そして鋭い目を悟へ向けると、値踏みするかのような視線へと変わった。まるで目の前にいる悟が己を害する異物か否か確認するかのような視線である。急に態度を変えたチェシャに悟は、現在自分が置かれている状況が把握できずに混乱するだけだった。

 

「君、本当にどうやってここに来たんだい?正規の手順を踏んでないからバグかと思ってたけど、そもそもログもアドレスも()()()()()()()()()()()()()になっていて、追跡が全くできないんだけど?一体全体、どういう訳でここにいるんだい」

 

「何の事だよ…俺にはさっぱり…」

 

 狼狽える悟の様子を観察するように見て、悪意が無いと判断したのか少しだけ警戒心を解いたチェシャは恐慌状態の悟を気遣ってか穏やかな声色で話しかける。

 

「お互い今この状況を理解できていないなら、自己紹介から始めようか。僕は『Infinite Dendrogram』の管理AI13号チェシャ、よろしくねー」

 

「…俺は…鈴木悟、ただの人間だ…」

 

「うんうん、なら悟君と呼ばせてもらうよー。さて、お互いの名前を知ったことだし状況確認と行こうか。ここでの記録はログには残さないから、プライベートな話をしても大丈夫だよー。その代わり、包み隠さず話してもらうけどねー」

 

「…俺は…」

 

 ポツリポツリと、悟は身の上と自身に起きた現象を話した。自分の生きていた世界・時代のあらまし。この状況に陥る寸前までログインしていたユグドラシルのこと。気付いたらいつの間にかこの空間にいた事…。

 聞き役に徹していたチェシャは、悟の話を聞くにつれて表情を硬くしていく。凡その事を話し終えた悟は乾いた口を潤すために紅茶を飲むが、既に冷え切っておりお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 一分、二分と悟の話を反芻するように目を瞑りながら熟考するチェシャ。悟が飲み終わるころ、深い溜息を吐いて瞑っていた目を開く。難しい表情を浮かべるチェシャは慌てず、諭すように悟に話しかける。

 

「悟君…驚かず、そして慌てずに聞いてくれ。僕は最初、何かしらの原因でユグドラシルというゲームとデンドロのサーバーが混線したのかと思っていたのだけど、それは違うみたいだ。そもそも今は西暦2138年じゃ無いんだ、地球時間単位では2045年なんだよ」

 

「えっ…どういう事…?」

 

「…端的に言おう。先程まで僕達管理AIが緊急に思考内で会議をしていたのだけど、君は…いわゆる異世界転移をした可能性が高い…という結論に至った」

 

「異世界転移…?そんな…」

 

「それ以外考えられないんだよねー。デンドロ開始から混線とかは稀にあるけどそういうのはすぐに分かるんだが、君の場合本当に何も分からなくてねー。僕の同僚も原因追求しようとしてるけど一向に進展しないんだー」

 

「待ってくれよ…ここは現実世界じゃないんだろう?じゃあ、俺の身体はどうなってるんだよ?」

 

「言っただろう?自慢じゃないけど、僕達は既存のAIとは一線を画す存在なんだ。そんな僕達が下した結論は異世界転移…僕達でも分からないことだらけなのさ。一つ確実なのは、君は正規の方法…ゲーム機なんかの端末からでここまでやってきた訳じゃない。つまり君の意志だけが飛ばされてきたんだと思う」

 

「そんな…ことって…」

 

 チェシャの言葉に、悟は絶望した。訳の分からないまま異世界転移をしたと思ったら、ここは電脳世界。チェシャの言う通り現実での肉体が存在せず、どの様な状態になっているのかも分からないのに、今いるこの空間のサーバーが何らかの原因で止まってしまえば、己という存在が完全に無くなってしまうかもしれないのだ。

 呆然自失とする悟を労わるかのように、チェシャは努めて軽く声をかける。

 

「そんなに悲観的になることは無いよー。いざとなったら僕達が総出で事に当たれば元居た世界に送り返せるかもしれないしねー。君が望むなら総力を挙げて頑張らせてもらうよー」

 

「元の世界…か…」

 

 そう言われ、悟は元居た世界について思い返す。毒の大気に覆われ、マスクなしでは外出することもままならない荒廃した世界。生まれた時から覆すことの出来ない絶望的な格差社会。友人はおろか、家族もいない身の上。唯一の拠り所であったユグドラシルも終わってしまったそんな世界に、自分の居場所はあるのだろうか。

 呆けた様子の悟の身の上を聞いていたチェシャは、ある提案をする。

 

「君の事は僕達にとっても最大級のイレギュラーだからね、今すぐどうにかするのは流石に無理だよー。何か手掛かりが見付かるまでの間、よかったらインフィニット・デンドログラムをやってみないかい?」

 

「…お前が管理AIしてるっていうゲームの事か…?それってどんなゲームなんだ?」

 

「よくぞ聞いてくれました!それではご覧いただこう、インフィニット・デンドログラムの世界を!!」

 

 どこか懐かしさ(黒歴史)を感じる、舞台役者の様な仰々しいポーズで腕を広げるチェシャ。それと同時に先程の電脳空間とディスプレイが視界一杯に広げられる。ディスプレイには中世の街並みのような映像が映し出されたかと思うと、次には違う映像が映し出される。

 

白亜の城とそれを囲う堅牢な城壁の中世を彷彿させる騎士の国

はるか昔の時代に自分の国で見ることの出来た桃色の花が咲き誇る刃の国

幽玄な山々とその麓を粛々と流れる大河がある武仙の国

黒々とした煙がもうもうと噴き出る煙突の連なる鋼鉄と機械の国

雄大な広さの砂漠の中にあるオアシスに寄り添う商人の国

大海原を滑るように航海する大艦隊で構成された海上の国

かつての世界に似た巨大樹の麓に広がる花園と妖精の国

 

「これがインフィニット・デンドログラムの世界…。これって何を目的に進めていくゲームなんだ?」

 

「何でもだよー」

 

「何でも?」

 

「そう、英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、『Infinite Dendrogram』に居ても、『Infinite Dendrogram』を去っても、何でも自由だよー。出来るなら何をしたっていい」

 

「自由…」

 

「君は特別措置としてプレイヤーでありながら僕たちと同じ管理AIと同じサーバーに居てもらうことになるけどねー。君の半生を費やしたユグドラシルと比べたらいいか分からないけど、それに引けを取らないとゲームだと断言はできるよー。どうする悟君?」

 

「…俺は……」

 

 向かい合うようにして立つ悟とチェシャ。チェシャは助けを差し伸べるように、短い手を悟へと差し出す。差し出された手を見ながら、悟は逡巡する。

 一世を風靡し、無限の楽しさを追求できると謳っていたユグドラシルも結局はサービス終了してしまった。このゲームだって、いつかは廃れてしまうかもしれない。それでも、ユグドラシルの全盛期を過ごした時の楽しさを思い出してしまう。その楽しさを、また実感してみたい。

 今まで維持してきたナザリックを捨ててしまうのは不義理かもしれない。しかしここはギルドメンバーも自分を知る者が一人もいない世界。それならばいっそ…。

 

 悟は、差し出されたチェシャの手を握り返した。

 

 


 

 

―友たちよ、今の俺を見てどう思っているだろうか

 

―最後までユグドラシルに、ナザリックに固執していたこの俺が、不本意な形とはいえ結局投げ出してしまったんだから

 

―でも安心してくれ

 

―俺達が築き上げてきたナザリック地下大墳墓を、アインズ・ウール・ゴウンを

 

―この異世界であろうと並び立つものはいないものにしてみせる

 

―アインズ・ウール・ゴウンを、不変の伝説へとしてみせる

 

 

 




(◕(エ)◕)<新しい仕事と生活が漸く安定してきたので、再構成してみたクマー

(◕(エ)◕)<また楽しんでいってくださいクマー

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