ブラックボックススキル、【スライム園の園長】。
簡単に言うと、『楽園』に住むすべてのスライムと仲良くなるスキルだ。
それだけって思う? 残念ほんとにこれだけ。
でも、俺にとってはまさに神スキルだった。
この神スキルを会得した経緯をお話ししましょう。
ゲームが始まる前の俺は、リアルでメンタルがやられていて、とにかく癒しを求めていた。
そのとき、このゲームの宣伝を見たんだ。そこにはとてつもないクオリティのグラフィックに、高度なAI、ド派手な戦闘……はどうでもよくて、とにかく綺麗だったんだ。
この綺麗な世界で癒されたいと願った俺は、ゲーム発売日から即プレイを始めた。
そして見た。聞いた。感じた。
本当にそこに暮らしている人たちを、遊んでいる子供たちの声を、そこを吹き抜ける風を。
いてもたってもいられなくなり、当時メンタルボロボロながら、必死に聞き込みをして、街の東口から出ていくと綺麗な平原が広がっていて、こちらから刺激しなければ何もしてこないやつらしかいない(あとから考えたらモンスターのことだった)場所がある、という情報を得た。
そのまま即行きました。
どこまでも続いていそうな平原、吹き抜ける心地よい風、それに揺られさわさわと聞こえる草の音色。
俺はすぐに走った。平原をまっすぐ走って走って……疲れて、倒れこんだ。
荒い呼吸を繰り返していても、心はずっと爽やかだった。
こんなにも、優しい場所があるなんて。
ここでなら、心のケアに最適じゃないかと思えた。
しばらく寝転んでいたら、ふと何かが目に入った。
スライムだった。平原と同じような、淡い緑色の。
可愛い。思わず撫でてしまった。ひんやりしてるかと思ったけど、なんだかちょうど良いぐらいの温かさだった。
けど、忘れていた。
モンスターに刺激を与えると、アクティブになり襲いかかってくる。
やばいと思って立ち上がりながら、でもこんな可愛いスライム倒せないと思いつつ初期装備の短剣に手をかけて……そこで気付いた。
スライムは全然敵対してなかった。ぽよんぽよん跳ねてた。可愛い。
結局俺は、ログアウト寸前までそのスライムと一緒にいた。
撫でたり、遊んだり、話したり(返答は当然ないので独り言)、とにかくずっと一緒にいた。
ログアウト時間が迫って、俺がここを離れなきゃいけないと知ってか知らずか、とても悲しそうに見えた。
だから俺は、名前を付けて、約束した。
必ずまた来るから、その時はもっとたくさん遊ぼうな。もっちぃ。
…………回想長い? 大切なことだったからちゃんと聞いておくれよ。
次の日、すぐログインして、ゲーム開始後5回無料で宿泊できる宿を飛び出し、そのまま東へ東へ。
この頃は満腹度の設定もまだなくて、とにかく1日中遊ぶために平原へ急いだ。
ちなみにこの時点で平原はクソ狩場認定され、
平原に入ってからもしばらく走った。もっちぃと出会ったのはかなり進んだ先だったから。
で、走って割とすぐぐらいに、前方で跳ねてるスライムを見かけた。というかもっちぃだった。
覚えてくれていたこととか、わざわざ向こうもこっちに進んできてくれてたこととか、なんだか嬉しくて涙が出て止まらなかった。
それを見たもっちぃがたぶんびっくりして、跳ねたり足元に擦り寄ったりしてきたのが可笑しくて、笑った。
その日も遊び倒して帰った。
次の日も遊び倒そうと思って平原に行ったら、もっちぃの他にスライムが3匹いた。遊び倒した。
次の日は、さらにスライムが増えていた。
遊び倒した。
次の日は、スライムまみれになっていた。
遊び倒した。
そして帰ろうとして、宿がないことに気が付いた。
どうしようかと考えていたら、まみれまくってたスライムのうちの1匹が、何かをくれた。
それは不思議な光る玉みたいなもので、なぜかそのまま俺の体に吸い込まれて消えて。
そして、俺は【園長】になった。
結局その日はスライムにまみれたままログアウトした。
とまあこんな感じです。
そこからずっと俺は【園長】となって、スライムたちとさらに仲良くなり続けています。
可愛い。