人修羅のヒーローアカデミア   作:ストラディバリウス

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自身とコトワリ

 生まれて暫くして人修羅である現状を理解した頃、俺はふと疑問に思った事があった。俺の記憶についてだ。朧げな前世の虫食いの記憶。商品名や人名などの固有名詞が殆ど失われており、ついでに自分やその周囲についてもほぼ忘れている。何故か真・女神転生についての記憶は異常なほど覚えているのにだ。

 

 その時、俺の脳裏に浮かんだのは恐ろしい仮説。自分の記憶すらあのルシファーによって捏造されたものではないのかと、思ってしまったのだ。それからは、何一つ<自己>について確かな事が無かった俺は非常に不安定な状態となった。赤子の身であった事もあり、精神的に弱った俺は良く泣いた。

 

 自分を支えていた土台は自分の前世の存在だったのだ。自分が自分であるために運命に立ち向かおうと思った矢先に、その土台があまりにも不確かで不安定な物であると自覚してしまった。ただただ目に見えない不安に押しつぶされそうになっていた時、俺を救ったのは母さんと父さんの愛情だった。俺を安心させようと二人に優しく抱きしめられ、親としてかけられた言葉は前世と言う不確かな物とは違う、確かに感じられる、俺にとっての真実となった。

 

 ただ生き残るために運命に立ち向かおうとしていた胎児の時とは違い、二人の想いに触れたてからの俺はこの世界の人間として、もう一歩進んだ気がした。

 転生者としての俺と二人の子供としての俺、この二面が俺の真の意味での土台であり、今の俺を形作ってきた。

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

 

「来たわね人修羅……そんな顔しなくても苛めるつもりは無いわ。」

 

 

 戦々恐々と呼ばれた時間にリビングに行ってみると、母さんが既にソファーに座って待っていた。どんな表情なんだこれは。楽しそう?

 

 

「あなた今悩んでいるでしょう?何についてかは分からないけど。

 ふふふ、いいわね。ついに思春期突入か。」

 

 

 思春期?何の話だ?俺が悩む事と思春期に何の関係があるというのか。

 

 

「怪訝な顔しているわね……分からないか。人修羅、あんたこれまで自分で色々決めてきたけど、悩んだの何て初めてだって自覚ある?」

 

 

 いやいや、そんな馬鹿な……あれ?可笑しいな、悩んだ記憶は全て来るべき未来をどうするかについてであって、何かを決めるのに悩んだ記憶って確かにあまりないぞ……

 

 

「その様子じゃ、やっぱり自覚無かったか。この際だから言ってしまうわ。あなたが今まで悩まなかったのは取捨選択してきた決定が基本的に私か勇の価値基準を使ってきたからよ。」

 

「……え?」

 

 

 ガツンと頭に衝撃を受けたかのように錯覚した。母さんが言った言葉があまりにも唐突過ぎて理解する前に疑問符で脳内が軽くパニック状態だ。

 

 

「人修羅、あなたは今まで私達の意見に異を唱える事なんて殆ど無く、模範的なすっごくいい子だったわ。

 私はあなたに力なき意思に意味は無いって教えてきた。あなたはそれを当然だと言わんばかりに受け入れたわ。」

 

 

 まあ、力が無かったら生き残れないし……女神転生だし……そりゃねぇ?

 

 

「勇が自分を第一に考えろって言った時も、すごく納得していた。」

 

 

 人に構ってる余裕が無いし、自分を助ける事が結果的に世界を救う事になるから……

 

 

「私や勇は自分と家族さえ無事なら、最悪周りは切り捨てるわ。でも私達と違って、あなたは他人を簡単に見捨てられない。

 ……あなたが思い悩んでいるのってコレ?」

 

「!?……どうしてそれを。」

 

 

 エスパーか。読心術の権能なんて持っていたのか、母さん。

 

 

「単なる鎌かけよ。でもやっぱり思春期じゃない。ついに人修羅も反抗期かあ。感慨深いわね。」

 

「反抗期?いや、別に母さん達に反抗なんてしてないと思うけど。」

 

 

 少なくとも俺にそんなつもりなんて無いぞ。

 

 

「バカね、反抗期って言葉の通りだと思っていたの?

 そうじゃなくて、反抗期って言うのは親の価値観とぶつかり合って、自分だけの価値観を導き出すプロセスの一部の事よ。「親の言う事は何でも正しい」から「親の言う事は本当に正しいのか」って形で意識が変わって、悩むことが増えるの。基本的に新しい思想に触れるいい切欠になるわ。」

 

 

 普通に初耳だ。

 

 

「だから直接反抗しなくても、親と違う考えや思想を持ち始めたら、ある意味反抗期の始まりなのよ。

 人修羅、あなたは今自分だけの価値観や思想を持つためのスタートラインに立ったの。」

 

 

 ……思想?価値観?

 何だこの既視感は。母さんは実にいい顔をしている。嫌な感じがする。いや、母さんにじゃない。もっと、記憶の底にある何かが……

 

 

「別に私達が教えた価値観を捨てろって話じゃないわ。優先順位の話なのよ。私は力が何より大事。勇は自分が一番大事。重要な選択の時、私達は迷わずこれらを優先する。だから人修羅。高校生活の中で、あなたも自分にとっての一番を見つけなさい。

 そうすればきっとその悩みも乗り越えられるわ。」

 

 俺にとっての一番。俺の思想……?

 

 

「じゃ、言いたい事言ったから寝るわ。お休み、人修羅。」

 

「え、俺の悩みについて聞きたいんじゃあ?」

 

「息子の悩みを無理に聞く趣味は無いわ。今の話は高校入学前の餞別よ。大いに悩みなさい、若者。

 じゃあね。」

 

 

 手をヒラヒラして母さんはリビングを去っていった。

 しかし俺はそれ所じゃない。記憶を漁って募る不安を拭い去ろうと必死だ。思想、そう思想だ。この言葉が引っかかる。真・女神転生IIIにおいて思想と言えば……<コトワリ>?

 

 

「俺に<コトワリ>を啓けってのか、母さん……」

 

 

 ソファーで小さく呟く。真・女神転生IIIで重要なファクターであり、分岐でもある<コトワリ>。新たな世界を生み出すために必要な強固な思想。作中では主人公の友人達や初期の黒幕がそれぞれ別の<コトワリ>を啓き、どの思想を選択するかでエンディングが分岐した。

 そう、作中人修羅は自分では<コトワリ>を啓けないのだ。他人の思想に添う事しかできない。或いはだからこそ、真の意味で<アクマ>となる<混沌王>ルートが生まれたのかもしれない。

 

 逆に言えば、だ。母さんの言うように俺が自分なりの<コトワリ>を啓けば、<混沌王>へ至らない可能性が高まる訳だ。確実とは言えないが。

 

 俺が思春期なのかは兎も角、この高校生活は確かにチャンスだ。人と接し、精神的に成長し、自分だけの思想を身につけるのだ。問題点は人との交流で多くの思想に触れる事が望ましいのに、人と必要以上に仲良くしないようにする事の難易度の高さか。

 いや……無理だろ、これ。

 

 

・・・

・・

 

 

 母さんと話してから暫くして、雄英高校から一つの映像媒体が送られてきた。合格の可否は映像で伝えてくるらしい。ハイカラなのは結構だが、自分としてはさっさと紙で結果を伝えて欲しかった。仕方なく映像を再生すると、ネズミのような頭部を持った子供ほどの背丈の人型の生物が映し出された。正装に身を包んだそれは自らを雄英高校の校長を名乗り、俺の補欠合格を伝えてきた。何でも筆記の結果も実技の結果も問題は無かったが、俺の<個性>の情報が実際の物とは異なったため、評価の足を引っ張ったとか。

 

 

 <個性>関連の申請は結構面倒で、情報更新のために態々専門の病院予約して診査して役所で更新申請して、とまあ手間が掛かる。ついでにそれによるメリットは無いに等しい。殆どの人は子供の頃に行った個性診断の結果をそのまま使っている。

 俺の<個性>は<マガタマ>由来の能力であるため、汎用性が高いが、言い換えれば万能に過ぎる。一つの権能で現すには無理があったのだろう。

 

 こちらとしては補欠だろうと何だろうと、合格できたのなら文句は無い。映像の校長先生の話が終わり、父さんと母さんに合格を伝える事を考えていると、場面が切り替わり、なんと校長の代わりにオールマイトが映っていた。なんでも彼がこの新学期から雄英の教師を勤めるとか。少なからず、この情報は俺に衝撃を与えてくれた。

 

 オールマイト。平和の象徴。ナンバーワンヒーロー。その名に恥じぬ実力と性格を持ち、数々の伝説を築き上げたバケモノだ。<アナライズ>を習得してからテレビ越しに彼のレベルを測定してみたが、結果は<UNKNOWN>。自分より圧倒的格上や<BOSS>属性の敵の場合に見られる測定不能の別名だ。感覚的にレベル五十オーバーだと思っていたのが、上限不明のバケモノだと知ったときは乾いた笑いが漏れたものだ。

 

 彼はこのMAGが溢れる世界においても異質であり、圧倒的だ。それゆえ、俺はある一つの仮説を立てた。彼がこの世界の実質の支配者ではないかと言うものだ。何も無根拠に言っているわけではない。通常、<異界>にはMAGが満ちており、そこに発生する悪魔はその支配権をめぐって争うことがある。何故ならそこの支配者になれば、他の悪魔たちからMAGを徴収したり、特殊なルールをその異界内で敷く事ができるのだ。オールマイトが意識的にこの世界のボスになっているかは判断が付かないが、彼が多くの人間に信仰されており、秩序と言うルールを敷いているのは間違いが無いと思われる。

 彼の理不尽な実力も何割かは人々の信仰心から彼に流れるMAGの影響もあるのだろう。彼が突然変異レベルのバケモノである事には変わりは無いが。

 

 さて、何故俺が長々と仮説を語ったのかと言うと、目の前に移っているオールマイトから感じ取れるMAGの威圧感だ。明らかに以前見た映像の時より落ちている。原因が何かまでは分からないが、衰えている。それも結構なスピードでだ。

 もし彼が本当にこの世界のボスであり、秩序と言う名のルールを敷いていたのなら、オールマイトが一線を退いた時、誰が代わりに立ち、どのようなルールを強いるのか。長らく続いた平和な時代は終わりと告げるのかもしれない。

 

 何より、タイミングが良すぎる。俺が高校に入学する時期にオールマイトが明らかに弱体化しており、更にそんな重大人物が俺が入学する高校に教師として活動すると言う。これで何も起こらないと思えるのなら、それは嵐の日に川の様子を見に行くくらいには能天気な人間だ。

 オールマイトに取って代わろうとするものは確実に現れる。或いはその後継者になろうとするものかもしれない。ある意味ではこの世界の<メシア>であるオールマイトを信仰する狂信者達が暴れまわるかもしれない。最悪を想定するなら、抑圧された歪な<個性>社会の秩序が異形型などからの攻撃を受け、現体制が崩壊するかもしれない。

 

 全ては杞憂であれば、笑い話で済む。俺は備えるしか出来ない。最悪に備えて。

 

 今はただできる事をしよう。待ち受ける高校生活に不安と僅かな希望を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ほぼオリジナルの人修羅の両親の出番は今後ほぼないのでご安心ください。僕のヒーローアカデミアはこう言った作品では珍しく親にもスポットが当てられるので、主人公の生い立ちを飛ばして話を始めるのが勿体無く感じてしまったのです。

 プロットについてですが、一話投稿時点で細かいところは別として、最終話まで道筋は決まっています。

 後は書く暇さえあれば……うん。

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