人修羅のヒーローアカデミア   作:ストラディバリウス

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老紳士と喪服の淑女

 俺には幸せを微かにでも願うことも許されないのか。久しぶりにいい気分で寝た日に限って最悪な事が起こる。

 これがただの悪夢ならどんなに良かった事か。だがこの邪悪な気配が、圧倒的なオーラが、あの魂の奥まで見通しているような鋭い眼光がそんな儚い希望を持つ事を許しはしない。あの白いスーツに身を包んだ車椅子の老紳士は俺が空想で生み出せるような存在ではない。もっと悍ましい、超常のナニカだ。

 

 

「悪魔の力を宿せし少年、人修羅。ここは魔界、アマラの果て。」

 

 

 ああ、こちらの都合も困惑も絶望も無視し、あちらの都合だけを押し付けてくる。そうだ、彼女等はそう言うモノだ。この喪服の淑女も見た目のままの存在ではないだろうし、こちらが話の内容を理解しているかなど気にもしていないのだろう。

 

 

「あなたは今はまだ弱く、アマラのマガツヒにもただ流されるだけ……

 ここに来たのは、迷い込んだも同然に思えるでしょうが……案ずる事はございません。」

 

 

 俺が案じているのはここに迷い込んだ事じゃない、お前たちに出会ってしまった事実そのものを案じているんだ。

 

 

「今のあなたが、この地ですべき事は何もありません。そう、今の力弱きあなたには……」

 

 

 お、今回は何事も無く帰れるのか……何だ、この違和感は。俺は何かを忘れている。致命的な何かを忘れているぞ。

 これは混沌王ルートと同じく無印の真・女神転生IIIではなく、後に販売されたNOCTURNEマニアクスのイベントだった筈だ。初めて人修羅がアマラ深界に迷い込んだ時、何か良くない事があったような……?

 

 

「……ですけれど、これは渡しておきましょう。その燭台……ロウソク立てはメノラーと言います。この世界で力を得たければ、そのメノラーが道を与えてくれるでしょう。」

 

 

 あ、え?嘘だろ?ああ、クソッ!何で忘れていた!何で俺はこんな重要な事を忘れていた!!

 俺は人修羅なんだ……<魔人>とは切っても切れない縁がある事を失念していたなんて!

 

 

「これで、この<王国のメノラー>はあなたの物です。<マガタマ>から取り出せば、周囲の人も共に運命の場に引き込まれるでしょう。

 では……またの機会まで。宿命が望むのであればまた会うこともありましょう……」

 

 

 キイキイと幕が下りていく。やけに耳に残る音、不快な音だ。意識がこの場から離れていく。気分が悪い。

 

 

・・・

・・

 

 

 

 ……最悪の目覚めだ。ただの悪夢だと思い込みたいが、<マガタマ>の中に確かに<メノラー>の存在を感じ取れる。車椅子の老人、或いは金髪の少年……ルシファーにとって見た目など己を着飾るための戯れでしかないのだろう。あの闇の勢力のトップは俺が力を持つことへの禁忌感を感じ取ったに違いない。それならば、この<メノラー>の存在は確かに俺にとって良い牽制と言える。もう一度言おう、最悪だ。

 

 <メノラー>は複数存在する。そしてその所有者同士はそれを奪い合う運命にある。では、俺以外の所有者は誰なのか。万人に等しく凶事と死を撒き散らすモノ、理外の存在<魔人>。それらが他の<メノラー>を所持しており、真・女神転生IIIでは事ある毎に主人公人修羅の行く手を阻み、その凶悪な能力でプレイヤーを恐怖のどん底に陥れた。

 

 俺がコレを所持した事で<魔人>に何時、何処で襲われてもおかしくない状況になってしまった。しかもあの喪服の女、最後に最悪な情報をくれやがった。彼女は言った、「<マガタマ>から取り出せば、周囲の人も共に運命の場に引き込まれる」と。つまり、俺がこの<メノラー>を取り出す、或いは手放せば、無関係の人が<魔人>に襲われる可能性が非常に高くなると言う事だ。

 

 そしてこれを所持している俺は、今後何の前触れも無く死の体現者と戦う運命を背負った訳だ。これまで以上に力を求めざるを得ないし、俺が敗れれば<魔人>達がその後この世界に凶事と死を撒き散らすのは想像に難しくない。

 

 巻き込めない。誰もこの運命に巻き込めやしない。何が共に運命の場に引き込まれるだ。仮に今後新しい友人を作れたとして、その人を死の体現者との戦いに巻き込むか?絶望への道連れにするか?

 

 <メノラー>は決して<マガタマ>から取り出さない。まんまと乗せられているのだろうが、俺には元から選択肢は無い。今後待ち受ける運命を相手に生き残るには強くならねばならなかった。今もそれは変わらない。ただ、明確な基準が現われただけだ。

 単独で<魔人>と戦い、勝つと言う絶望的な基準だがな。

 ハハハハハ、笑えるな、おい!

 

「……俺が力を求めない場合、周囲の者を巻き込むと言いたいのだろう。いいさ、乗ってやる。」

 

 父さんも母さんも良い両親だ。俺の価値観、倫理観は彼等に大きく影響されて成長した。息子がこんな運命を背負って居ると知れば必ず悲しむ。いや、母さんは怒るか。兎に角、彼等を巻き込むのは無しだ。

 八百万とは別の道を進めて本当に良かったと今は前以上に思っている。彼女は結構天然な所があるが、妙に鋭い所もある。下手に探られてこの狂った運命に巻き込まれていたなら、俺は正気で居られる自信が無い。

 

 <人修羅>が力を求め続けた結果<混沌王>に至るのに、俺は回りを巻き込まない為に力を求めざるを得なくなった。仮に<混沌王>へ至らなかったとしても、恐らくその先に俺の人としての居場所は無く、今後人との繋がりを作れば、崩壊の運命への道連れ候補と成る得る。

 

 ああ、油断していたな。覚悟したつもりだったが、足りなかった。分かっていた筈だ、高校入学が何かのトリガーになることは。

 

 

 「……俺の女神転生はここから始まるのか。」

 

 

 救いは無く、選択肢はそれぞれ違う破滅の未来。進む毎に掌から大事なものが零れ落ち、最後には自分一人しか立っていない。実に女神転生らしい。最強へ至る事を回避するために強くなるしかない。もう、どうにもならないんじゃないか。

 

 

 ダメだ、ネガティブになってしまっている。

 思考がループする時は碌な結論に至れないと誰が言ったか……ああ、八百万が似たような事を昔俺に言ってたか。まあ、実際そうなっている訳だ、一旦リセットしよう。難しいかもしれないが、この状態で父さんと母さんと顔を合わせれば、確実に俺が何かを抱えているとバレる。特に母さんの直感は獣染みた所がある。

 

 空元気でいいから、思考を変えなければならない。そうだ、他に道が絶対に無いとは限らない。まだ始まったばかりなんだ。更に悪化する可能性にはこの際、全力で目を瞑ろうじゃないか。

 それに絶望だけじゃない。俺には一点だけ、この世界に生まれて非常に幸運だったと思う事がある。

 

 俺は人に恵まれた。父さんも、母さんも、八百万も、こんな俺に話しかけてくれたクラスメートでさえも、全員素晴らしい人達だった。

 ああ、道は必ずある筈だ。苦しませてなるものか。巻き込んでやるものか。例えこの先世界が大きな流れに飲まれようとも、見つけてやる。皆の居場所を守る道を。必ず。

 

 結果<俺>が世界から居なくなったとしても。

 

 

・・・

・・

 

 

「おはよ、人修羅。珍しく遅いわね、貴方が最後よ……早く食べてしまいなさい。」

 

「おはよう、修羅坊。試験での疲れが出ちまったか……今日はゆっくり休みな。」

 

「おはよう、父さん、母さん。」

 

 

 ああ、ダメだ。母さん所か、父さんもこっちを見た途端に何かを察している。微妙に嬉しく思ってしまうのは、仕方が無い事なんだろうな。自分の中で親に甘えたい気持ちと巻き込みたくない気持ちがせめぎ合っている。正直言って、未だ俺の精神は成熟しきっていない。前世の記憶を中途半端に持っているせいで大人びて見えるかもしれないが、これまでも散々迷ってきたし、親や周りから強い影響を受けて育ってきた。

 

 前世の影響は確かにあるのかもしれない。しかし俺は文字通り転生したのだ。俺は阿久間人修羅。父さんと母さんの子供なんだ。

 

 

「人修羅、あんたが私達に話してくれるまでは、気付かない振りしとくわ。何か知らないけど、一人で解決できるって言うなら、やってみせなさい。」

 

「千晶、気付かない振りはどこ行ったのさ……ま、俺も同意見かな。自分の矜持を侮辱しない限り、好きにしろ。男の子だもんな、修羅坊もな。」

 

 

 これだ。これだから、俺はファザコンでマザコンになってしまうんだ。優しい言葉より、よっぽど俺に刺さる。この信頼に、俺はどう答えればいいい?どうすれば、俺は……

 

 

「私はこのまま会社へ行ってくる。今日の重役会議、資料をもう一度チェックしたいから早めに出るわ。勇はもう少しゆっくりする?」

 

「いや、行き先一緒なのに別々に行くのもなんでしょ。俺も行くよ。他のデザイナーと話し合っていた新しい構想が固まってきたからね。早めに行ってラフだけでも描いておくさ。」

 

「いっていらっしゃい、二人とも……ありがとう」

 

「ふふ、何の事かしらね。じゃあね、人修羅。」

 

「雄英受かったら寮生活になるんだろ?家が少し静かになっちまうなあ。

 じゃ、いってくるな、修羅坊。」

 

 

 涙腺に来る事言わないで欲しい。

 今の会話で分かると思うが、母さんは会社勤めの人だ。祖父の興した会社で若い時からメキメキ頭角を現し、今では役員の一人を務めている。若くして出世が早いとやっかみも多そうだが、反対派閥は今はもう無いらしい……詳しい事は怖くて聞けていない。

 

 父さんは、母さんとの結婚を機に主夫に専念してきたが、数年前に母さんの進めで、会社が新しく設けたファッションブランドの部門でデザイナーとして雇われた。元々デザイン関係の大学を出ていた父さんはオシャレに強い関心を持っていたらしく、俺が中学に上がって安心したのか、この仕事を引き受けた。才能は元々あったらしく、若者を中心に結構人気のブランドになっているらしい。残念ながら俺にはその才能は引き継がれなかった。普段着なんてジャージやパーカーで十分じゃないかな。

 

 ああ、二人のお陰で少し気が紛れた。悲観してても始まらない。もう賽は投げられたのだ。あの試験に受かったかは分からないが、俺が行く高校が雄英であろうが、他のヒーロー高校だろうが変わらない。巻き込まない為にも、守るにも、生き残らなければ、話にならない。

 

 対策は必要だ。実技試験での実戦を経て、課題も見えてきた。やることは山ほどある。

 一つ一つやっていこう。希望を見失わなければ、一歩でも前へ進めるのだから。

 

 

 

 八百万。兄さんは頑張ってるからな。お前もお嬢様学校で大変かも知れないけど、お互い頑張ろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




父からは拗らせた個人主義者の価値観と倫理観を。
母からは弱肉強食の価値観と倫理観を。
完璧な人格形成だな!



以下、蛇足です。

コメントの中に今後本編中に明かされない疑問が一点あったので、ここで答えておきます。

入学試験中、人修羅君と青山君(?)が遭遇しているのに、緑谷君とは違う場所に居る理由としては、人修羅君が破壊したロボットによるバタフライエフェクトですね。
その影響で、爆豪君も地味に原作より数点ヴィランポイントが減少しています。
まあ、原作の流れが大きく変わるほどではないです。

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