人修羅のヒーローアカデミア   作:ストラディバリウス

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体調不良で投稿が遅れ気味。
皆さんもしっかり食事と睡眠を取って体調管理には気をつけてくださいね。


アクマとヒト

 教師陣が退出した後、今回の決定をもう少し纏めると残った校長は一つの資料を手に取った。刺青を顔に施したような容姿。鋭い眼差し。こんなにも自分の心を乱されるのは何時振りか。

 

 

「立場が上の人間が残業するのは感心しないね。皆帰り辛い上、身体に良くないよ。」

 

 

 振り返るとそこには小柄の年配の女性が立っていた。顔にはバイザー、トレードマークの白衣を着込んでいるこの人物は学校自慢の看護教師で、校長とも旧知の仲だ。

 

 

「リカバリーガール。皆と一緒に帰ったんじゃなかったのかい?」

 

「あんたが心配になって残ったのさ。さっきのあれは何だい?他の教師は納得していたみたいだけど、相澤先生は明らかに不審に思っていたわね。何故あんな分かりやすい言い訳を……?」

 

 

 彼女が直接言葉にすることは無かったが、例え個性が無くとも雄英高校の校長の根津には件の生徒、人修羅についてであると分かっただろう。今正にその事で頭を悩ませているのだから。

 

 

「ねえ、リカバリーガール。僕の<個性>ハイスペックは頭脳の能力を人間以上に著しく上昇させている。当然、これまで見聞きした事を忘れた事なんて一度も無いと思っていたんだ。」

 

「いきなり何の話だい……思っていた?」

 

「そう、思っていた。僕はこの生徒の書類を見て初めて知ったし、接触した覚えも無い。でも、彼の写真を見た時、僕はこう思ったのさ、「あ、人修羅だ」ってね。」

 

「……」

 

 

 眉間に皺を寄せ、怪訝そうな表情をする。根津の言っている事は不可解だ。話の前後が繋がらない。何が言いたいのか。

 

 

「僕はね、知らない事を知ると言う体験は何物にも代え難いものだと思っている。教師として未知を、新しいものを生徒に教えられる立場は素晴らしいものだと自負している。

 でもね、知らない筈のモノを知っている体験なんて知らない。聞いたことが無い。コレは恐ろしい体験だったんだ。」

 

 

 校長の表情に若干狂気が混じりだす。リカバリーガールも彼と長い付き合いだが、こんな表情は始めて目にする。

 

 

「昔はね、自分が何者なのか、どうして自分のような存在が生まれたのか悩んだものさ。<ヒト>ではなく、動物が個性を発動した自分の存在意義を探していた若い頃は今となっては笑い話さ。

 それがあの少年を見てから、蘇ってきた。何故僕は彼を知っていた?誰かが僕に何らかの<個性>を使ったのか。意図は?これは僕の出自に関係しているのか?彼は何者なのか?

 未知が恐ろしく感じたのは久しぶりだ。」

 

「根津、アンタ……」

 

 

 思わず本名で呼んでしまう程度には彼女も動揺し始めていた。彼の言葉が真に迫っていた事もあるが、校長に<ヴィラン>の魔の手が既に掛かっている可能性が浮上してきたとなれば、心穏やかではいられない。

 

 

「伝手を駆使して、資料も漁って彼について調べたけど、有用な情報はまったく得られなかった。杞憂かと思う事にして、今日まで過ごしたけど……今日彼をモニター越しに見て懸念は確信に変わった。」

 

 

 動物のような頭部は既に表情をなくしている。

 

 

「情報が頭に浮かぶんだ。アレは<アクマ>じゃないって。アレは<ヒト>ではないって。

 アレは……<人修羅>だってね。」

 

 

 彼が少年の名を呼ぶ時、リカバリーガールは違和感を覚えた。聞き逃すような差異だが、言葉のニュアンスが若干違うように感じたのだ。人名ではなく、一般名詞を指している様な……

 

 

「この出所不明の知識の意味も理解できないんだ。彼の<個性>は確かにファジーな<悪魔>ではあるけれど、<アクマ>じゃないと言えるほどのモノじゃない。<ヒト>ではないは更に意味不明だ。彼は確かに実の両親から生まれた<人間>だ。でも……」

 

「無視も出来なかったんだね。もしこれが誰かの<個性>によってもたらされた情報なら、警戒しないわけにはいかない。

 校長、わざと彼を補欠合格にしたんだね。悪い意味で特別扱いするために。」

 

「もし彼が無罪潔白なら悪い事をした事になるけど、監視の眼は必要だ。でも困った事にこの件に関して根拠はまったく無い。

 ならば彼を特別な存在に仕立て上げるのが手っ取り早かった。他が勝手に注目してくれるし、<ヴィラン>と何かの繋がりが見えてきたら儲けものって訳さ。」

 

 

 教師としては憚れる行動だが、彼はヒーローの卵を預かる高校のトップだ。あの<知識>に何らかの意味があるのなら、他の生徒を巻き込みかねない。しかし彼を不合格にすると、裏に居る存在を見逃してしまう。それに結局自らに<個性>を使われた痕跡は見つからなかった。謎が多すぎる。

 懸念は少ないほうがいい。生徒も彼が校長のお情けで入学したと見れば、少なからずそういった目で見てくれる。不審に感じている相澤先生も彼を見極めてくれるだろう。

 

 

「危険な賭けだよ。この少年が本当に裏と繋がっていたなら、獅子身中の虫。学校の存続に関わる大事件に発展しかねない。」

 

「それでも、彼を目に見える所に置いておきたかった。教師達に彼を合格にしたのは個人的な理由と言ったのは、強ち間違いじゃないのさ。」

 

 

 校長の言葉を聞き、目を瞑り、小さくため息をつく。彼は常の状態ではない。いつも冷静であり、情報を見極め、胡散臭くも全体の利益を優先していた姿とは異なって見える。だが、異常と言える程の違いではない。人は感情の生き物だ。超人的頭脳を持つ彼も例外ではなかったにすぎないのだろう。

 

 

「分かった。私もできる限りフォローはするわ。でも相澤先生には時間を見つけてしっかり説明するんだよ。仮にも自分の担当するクラスの生徒の問題なんだからね。」

 

「……君の言う通りだね。僕も冷静じゃなかったのかな。

 分かった、折を見て話し合ってみるよ。」

 

 

 話は纏まり、教師達に宣言したように、根津校長は今回の合格者の情報の整理し、書類に纏める。先ほど話題に上がっていた少年の資料を目にする時、確かな狂気がそこにはあった。

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

 今朝の両親との会話ですっかりセンチな気分になってしまった。冷静に考えてみれば、俺の置かれている状況は初期想定とあまり変わらないのだ。つまり俺は弱く、迫り来る運命は熾烈にして残酷で、強くなければ生き残れず、強くなりすぎるとヒトの道から外れて戻って来れなくなると言う訳だ。

 改めて聞くと酷い内容だが、生まれた時から考えていた来るべき始まりとそう懸け離れたものではない。だが実際想定していた運命の輪が実際廻り始めると自分の置かれている悍ましい状況が現実味を帯びて恐ろしくなる。それに<アマラ深界>、或いは<魔界>を夢で垣間見た直後の俺は錯乱状態に近かったのかもしれない。

 

 何はともあれ、明確な基準が設けられた。<魔人>と言う理不尽を倒せる事が前提ではあるが、生き延びる目はあるということだ。魂の器の拡張に伴い、習得した<フォッグブレス>も俺に大きな希望をもたらしてくれている。この<スキル>は格上殺しに成り得る優秀な搦め手だ。活用しない手はない。

 

 更に実戦を経験して気付かされたのは自分の立ち回りの弱さだ。ゲーム中の人修羅は生まれた時から悪魔が蔓延る中で戦闘を続けて実戦の立ち回りを習得していったのだろうが、俺は自主錬と脳内シミュレーションしかしてこなかった。戦闘での想定外に非常に弱い。 今後高校に通う傍ら、どうにかしてこの欠点を補いたいが、一人ではどうしようもない問題だ。人を頼るにしても伝手がある訳でもないし、少し考える必要がある。

 

 <魔人>が何時襲ってくるかだが、考えて見れば警戒しても無駄だと分かった。アレは地震や津波と同じ災害だ。警戒したからといってどうにかなる存在ではない。故に対処法も同じだ。来た時に備えて心構えをしっかりして、慌てず行動する。出来るかは兎も角、来る前に焦ってもどうしようもないのだ。少なくとも理屈の上ではそうだ。今も自分を蝕んでいる心の焦燥を入学までには何とかしたい所ではある。

 

 つらつらと色々考えていると、ふと時計を見れば両親が帰ってくるまで時間がそんなに無い事に気付いた。今日は二人に救われた部分もあるし、料理でも作って驚かせてみよう。凝ったものを作れる訳でもないので、無難にカレーを選択。冷蔵庫を覗いてみると昨日の料理で消費し切れなかった豚肉と春野菜があった。定番の人参とジャガイモは無かったので、玉ねぎと豚肉のシンプルなカレーを作った後に軽く炒めた春野菜をトッピングで乗せる事にした。油で揚げる方が美味いとは思うが、自分の料理の腕と手間と後片付けを考えると断念せざるを得なかった。

 

 

 

・・・

・・

 

 

「おおー、修羅坊!家に帰ると料理があるなんて最高だな!

 思ったより嬉しいもんだ……!」

 

「大げさすぎだよ、勇。ありがとね、人修羅。」

 

「何だよ、千晶だってにやけてるじゃ……いや、何でもないよ。」

 

「そう、それは良かった。」

 

 

 二人は思ったより喜んでくれて、何だか照れくさく感じてしまった。大した料理ではないし、昨日の二人が作ってくれた物とでは比べる気にもなれない。でも美味しそうに食べる父さんと母さんを見ると、心にあった言いようの無い不安が少し和らげられている気がしてくる。

 

 

「修羅坊を応援はしているけど、雄英の寮に行って欲しくないって思っちまうなー。」

 

「そんな事、冗談でも口にしないの。合格発表の通知は直接住所に送られてくるらしいから、用がないならその日は外出しないようにね、人修羅。」

 

「分かったよ、母さん。」

 

 

 高校生活か。知識として生まれた時からある訳だが、実体験としての記憶ではないし、そもそもヒーロー養成学校のカリキュラムや設備が当てはまるかは未知数なところがある。変にクラスメートを巻き込みたくないので友人を作るわけにはいかないが、当たり障りの無い知人として楽しく過ごせればいいなあと妄想してみる。失うその日までは日常を謳歌したい気持ちが無いわけではないのだ。無理だと知っていてもね。

 

 

「お、この炒め物父さんの使ってる秘伝の調味料使ってるな。」

 

「ただのスパイスを混ぜ合わせたヤツでしょ。美味しいけど。」

 

「絶妙な割合で混ぜてるんだよ!この味出すのに一年は研究したんだからな。」

 

「はいはい。」

 

 

 二人が言い合う姿を見るのも残り少ないと思うと目頭が熱くなる。高校で楽しく過ごしたいと思うのも両親との日々の代替を無意識に求めているからなのだろうか。

 

 

「そうそう、人修羅。今晩少し母さんに付き合いなさい。多分相談する気無いでしょう?」

 

「……え?」

 

「私、頼られるのを待つ性分じゃなかったわ。じゃあ、十時ごろお話しましょ。」

 

 

 急な話に頭が空っぽになっていると、父さんが優しく俺の肩を叩いた。

 

 

「がんばれ。」

 

 

 その目は優しく、同時に同類を見つめるような色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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