少女終末旅行×映像研には手を出すな!のクロスオーバーです。

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アニメ3話のエンドカードが素敵で、あと映像研SSが一作もないので書きました。



終末世界には手を出すな!

 芝浜高校。湖上に浮かぶ人工島の上に建っている公立高校で、度重なる増改築により複雑怪奇に入り組み、謎の高低差が生まれ、校内の至るところに川が流れている。およそ普通の学校らしからぬ特異な自由性、その迷宮の如き異様を、人は“公立ダンジョン”と称していた。

 

 そんな公立ダンジョンの放課後は、盛んな部活動の騒がしい声でより一層賑わっている。

 

 とはいえ、帰宅部である二人の少女には関係ないことであり、二人は警備部と何かの部が揉めているのを背に校門へ向かっていた。

 

「ユー、またレーションなんか食べてんのか」

「だってこっちの方が、なんか落ち着くし」

 

 そう言って、金髪碧眼の少女────ユーリは携行糧食をかじった。軍隊で、作戦行動中の栄養補給として支給される野戦食(レーション)

 食料廃棄率は世界でもトップクラスという不名誉な称号を得るほど食べ物に溢れた日本でそんなものを食べているのはかなり珍しいが、彼女は別にレーションが特別好きだというわけではない。寧ろユーリはガッツリ肉食系で、しかも幾ら腹にモノを詰め込んでも全く太らない。

 

 それでもなんとなくレーションに手を出してしまうのは、彼女……否、彼女たちが()()()()でそればかり食べていたので、中毒症状のような感じになっているからかもしれない。

 

 黒髪の少女────チトは、溜息をついた。呆れではなく、もっと深くて遠い、過去の境遇を思い起こした郷愁からだ。

 あのときは、それしか食べられなくて。一度だけ“さかな”を食べたことはあったけども。それほどに、物資も少なく豊かとは言えなかった。この世界に来て、日本の発展振りに触れて、ぼんやりとは感じていた『自分たちの状況は結構苦しかったのだな』という自覚が確固たるものになった。

 

「ここは良いな。本が好きなだけ読めて、ごはんも沢山食べられて」

「でも銃は好きに撃てないよね。銃刀法違反とかなんとか」

「それは仕方ないだろ」

「私の中で、何かを蜂の巣にしたいという衝動が湧き上がってくるんだぜ」

「怖えよ」

 

 とはいえ、確かにユーリにとって銃は身体の一部みたいなものだったし、レーションと同じでなんとなく持ってないと落ち着かない、というようなものなのだろう。だったら銃を使える部に入ればいいのに、「ちーちゃんと一緒がいい」とか言って帰宅部を継続している。

 チトは本が好きだからそういう部に入りたいのだが、体力が有り余ってる自由人なユーリが大人しく図書室で座っていられるわけがない。

 

 後ろで複数回の銃声。どうせ警備部だろう。流石に実弾ではないと思うが、こうも学校でパンパン撃たれるといつか流れ弾を喰らうんじゃないかと漠然とした不安を感じた。

 

 川沿いを暫く歩いていくと、不意に目の前に一枚の紙が舞い降りた。紙は風に乗って、川の方へと落ちようとする。

 

「おおっと」

 

 慌ててチトが掴む。ザラリとした、コピー用紙よりは厚い紙の感触。まず見ると紙面は何も書いていない。どこかから落ちてきたのだろうけど、これは一体誰のどんな。

 

「何だろこれ」

「ん、見せて見せて」

 

 裏返すと、そこには絵が描いてあった。雪の降り積もった、周りに機械の残骸が散らばる廃墟の絵。鉛筆で細部まで詳細に描かれている。なかなか上手い。然るべき大会に出せばしっかり入賞しそうな。

 

 その絵をじっと見つめて、あることに気がついた瞬間、二人は底冷えがした。

 

 それは、見覚えのある都市だった。ずっとずっと、彼女らと共にあった風景だった。朽ち果てた建物群も、給油塔も、四足歩行の機械も、変な白い円柱みたいな象も。

 

 それは────チトとユーリが旅をしていた、終末の高層都市そのものだったのだ。

 

「……どうして」

「これ、誰が描いたんだろ」

 

 もう見ることはないと思っていた。最早二人の心の中にしか存在し得ない、閉鎖された記憶。遺された文明を観覧しながら、上層を目指し続けたあの旅路。

 

 最上層には何もなく、雪合戦の後に黒い石にもたれて静かに永久の眠りに着き……気がついたらこの世界に生まれ変わっていた。

 食べ物の心配なんてすることなく何不自由なく暮らせて、これは夢なんじゃないかと疑念をもっていた。でも成長するにつれ、夢はあの終末の方なんじゃないかと思い始めた。けれど前世の家族に再会して、前の世界は現実のものだったんだと安心した。

 それでも、少し寂しかった。いずれ滅ぶ世界であっても、あの都市はチトとユーリの故郷だったから。その故郷をもう見ることはできないと思うと、なんだか悲しかった。

 

 けれど、その故郷は今、一枚の紙の上に現れた。あの時のまま。まさかこんな形で。もう一度、都市の風景に逢うなんて。今までの旅の記憶が脳内で廻り出す。

 

 その内、なぜかチトの視界は滲んだ。目から熱いものが溢れて止まらず、頬を伝う。

 

「あっ!」

 

 時を同じくして、声がして向こうから駆けてくる足音。あっという間に目の前に立ったのは、小柄な少女らしき生徒。

 

「あ、あの。それワシので、ってええええ!?」

 

 少女はチトの表情を見るなりギョッとする。ちーちゃん、と肩を小突かれてハッと我に返った。いけない、人前で泣くなんて。それもユーリではなく知らない人の。恥ずかしいし情けない。

 涙を袖で拭うと、視界はクリアになる。眼前に立った丸っこい小柄な少女は心配そうにこちらを見ていた。

 

 程なくして、もう二人誰かやってくる。二人の女子生徒はチトの泣きはらした赤い顔を見るなり同じようにギョッとした。

 

「浅草さん、見つかった? ……て、えっ」

「……浅草氏が泣かせたんですか」

「ち、違うわい!」

 

 二人の女子生徒の内、一人は見覚えがあった。読者モデルで財閥令嬢という、美と富を兼ね備えた。『天は二物を与えない』の最有力否定根拠の水崎ツバメだ。背の高い美脚の少女は、この間生徒会と何か話していたような。

 

 暫し考えて、チトとユーリは思い至る。

 この三人娘は、確か映像研究同好会、通称映像研のメンバーだ。この前の予算審議委員会でクオリティの高いアニメーションを上映して話題になっていた。

 そういえばこの浅草という少女は、生徒会相手によく分からない啖呵を切っていた。チトには全く理解出来なかったが、ユーリはうんうん頷いていた。

 

 なるほど映像研のメンバーなら、これだけ上手い絵だって描けるだろう。

 

 チトは呼吸を整え、掠れた声で絵を浅草に返した。

 

「ごめんなさい、勝手に見てしまって」

「いやお気になさらず……というか、何故に泣いたので?」

 

 言葉に詰まった。この感情は、理由は、どうしたってずっと言葉に出来ない類のものだ。

 黙ったままのチトに代わって、ユーリが言う。

 

「ねぇ、それアナタが描いたの?」

「え、ええまぁ……」

「すごいねー。こんだけ凄いの描けるなんてさ」

「それは、ど、どうも……」

 

 予算審議委員会での威勢の良さの割に、目の前の浅草は控え目で人見知りといった感じだ。

 

 チトの目は、未だに浅草に返却された絵に釘付けになっていた。しかしふっと目を伏せて、何かしら逡巡した後に足を前に向ける。

 

「それじゃあ。頑張ってください、これからも」

 

 ぺこりとお辞儀し踵を返して、二人は歩き出した。終末の寂寥は薄れて、現実の騒々しさが帰ってくる。何やらガヤガヤ話しながら、映像研の三人も戻っていく気配。

 校門を出て、完全に映像研が見えなくなってから、深呼吸してチトは言った。

 

「さっきの。なんであの子、あれが描けたのかな」

「さあ……ほら、運命の悪戯ってやつじゃない?」

「悪戯にしては出来が良すぎるよ……」

 

 さっきの都市の絵。浅草の想像力が、天文学的確率であの風景を引き当てたのだろうか。だとしたら、きっと彼女はタダモノではない。あの小さな体に、どれだけスケールの大きな世界を秘めているのか。

 映像研。面白そうな人たちだな、と関心が湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレハブ小屋の部室に戻って、三人娘は300万円のソファーに凭れる。

 

「まさかスケッチブックの紙が急に千切れて飛んでいくとは……」

「もっと気をつけてくださいよ」

 

 浅草は開かれたスケッチブックの上に千切れた紙を置いた。横から水崎が覗いて、絵を見つめて瞬く。

 

「なんかさ、この絵っていつもの浅草さんのイメージボードとはちょっと違うよね」

 

 雪が降り積もる廃墟の絵には、独特の、奥底が見えないような冷たく暗い寂しさがあった。設定の細部まで拘ったメカは出てこない。見ているだけで、孤独感に苛まれて切なくなる絵だ。

 

 金森も覗き込んで言う。

 

「確かに浅草氏の作風とは異なりますね」

「ううむ、我ながらそう思っていたところなのだ。なんだかこれを描いてるとき、自分が考えて描いてるような気が全くしなかったんだよ」

「でも浅草氏が描いたんですよね? なら浅草氏が考えたものでしょう?」

「それはそうなのだが、そうじゃないのじゃよ……」

 

 首を捻る浅草。そういう創作者の感情的な問題は、金森には共感することも理解することも出来ない。そういうのは水崎の担当だ。そして、予測通り水崎はこくこくと首肯している。

 

「わかる。私もそういう経験あるから……っていうか、ついこの間したばかりなんだけど」

 

 言って、水崎は自分のスケッチブックを広げた。そこに描かれているのは二人の少女。軍服を着た、黒髪と金髪の。その姿は、先ほど出会った少女二人に極めて似ていた。

 

「この前、あの子たちとすれ違ったことがあるんだ。そのときに、急にパッてこの絵が思い浮かんで」

「はぁー、なるほど」

 

 軍服の少女二人の絵は、浅草の廃墟の絵と同様に無辺の寂寞を感じさせた。少女二人は二人でひとつの存在のような、連帯感か何かを思わせた。

 

「……ねぇ、この絵とさっきの浅草さんの絵、ちょっと重ねてみない?」

「む、合作か」

 

 浅草は廃墟の絵を取り、水崎が切り離した少女の絵と重ね合わせて、窓から漏れる日光に透かした。

 少女二人の立ち姿の後ろに、忽ち雪に漂白されかけた都市が浮かび上がる。二枚の絵はまるで元々同じ絵だったかのように馴染んでいた。

 

 その絵の向こうに、見えた気がした。

 

 阻害する人間は誰もおらず、笑って、泣いて、いずれ迎える終わりのときまで静寂に包まれた都市を旅する、虚無感に満ちているがどこか楽しげで美しい二人ぼっちの光景が。

 

 

 

 

 

 

 この少し後。終末世界を生きた少女二人と映像研の三人は何やかんやで再び出逢い、そうして結成された浅草探検隊一行は、芝浜高校の奥地にチトとユーリのかつての相棒だった半装軌車を見つけるのだが……

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 




浅草氏の喋り方が難しい。


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