俺は腕時計で時間を確認した。
「8時23分…ギリギリだな。」
俺の腕にしっかりとしがみついている花宮さんに聞こえない程度の小声で呟く。もう少しスピードを上げようかと思ったが、どうやらその必要はないようだ。
「花宮さん、見えてきたよ、冷泉。」
「うぅ…、やっと着いたんですかぁ。」
まだこのスピードに馴れていない様子で答える。不覚にも少し怖がっている花宮さんが可愛いと思ってしまったのは内緒である。
俺は雑念を振り払って残りの距離を飛ぶ。田舎にある学校にしては大きめの校舎とグラウンド越え、校門の方へ向かう。校門では俺達のように時間ギリギリに来た生徒が駆け足で校門をくぐる。
俺達は指定された離着陸スペースまで飛んできた。
「花宮さん、着地体勢をとるから、両手を広げてバランスを取って。」
「は、はい。こうですか?」
花宮さんは覚束ない動作で両手を広げ、必死にバランスを取っている。
「そう。そのままゆっくり下降するから。」
俺はゆっくりと高度を下げ、先に花宮さんを着地させた。
「わっ…と、ふぅ…。」
着地の際に少しよろけてしまったが、なんとか体勢を立て直した。
「よっと」
俺は空中で魔法を解除し、花宮さんから少し離れた地点で着地した。
「よし、早く校舎に入ろう。花宮さん、こっち。」
辺りをキョロキョロ見渡している花宮さんに声をかけ、俺は校門へ向かった。
「あっ、流川さん、待ってくださいよ〜」
校門の前では、一人の教師が遅刻する生徒が居ないかを見張っていた。俺はその人へ向け、
「おはようございます、如月先生。」
その人が俺の存在に気付く。
「おっ、湊、遅いじゃないか。遅刻するんじゃないかと思ったぞ。」
目はキリッとしているが、優しそうな印象を与える口元。昔は背中までかかっていた髪を肩までに切り、メイクの類いは一切施していない。スーツの代わりに柄の入ったTシャツにダメージジーンズを身に付け、その上から白衣を羽織っている。
少なくとも教師には全く見えないこの人こそ、俺に飛び方を教えてくれた師匠の如月葵羽(きさらぎ あおは)さんだ。
「お、おはようございます、如月先生。」
俺に続いて花宮さんが先生に挨拶をする。
「ああ、おはよう。花宮、転校初日から遅刻するところだったぞ?」
「うぅ…、ごめんなさい。寝坊してしまって…。」
「全く、初日から私の仕事を増やさないでくれよ?」
全く、と言っているが、先生に怒っている様子は微塵も無く、愉快そうに笑顔を浮かべている。
「でもまさか、湊と一緒に飛んでくるとはな。予想外だった。」
「えっと、まあ…色々あって。」
実は俺も寝坊したとは言えない。
と考えていると、急に如月先生が真剣な表情になる。
「お前が空を飛んでいるところを見たのは、久しぶりだな。戻る気にでもなったのか?」
戻る、という言葉が何を表しているのか、俺はすぐに分かった。
「いえ……、やっぱり俺は、戻るつもりはありません」
自然と表情が暗くなってしまう。
「……そうか。飛びたくなったら、いつでも戻ってきていいんだぞ」
「………はい」
少し気まずい空気になってしまった。さて、どうしたものか…。
と、考えている俺の袖がくいくいと引っ張られた。
「あの…、」
花宮さんだった。
「えっと…、どうかした?」
「いえ、流川さんが少し難しい表情をしていたので…」
どうやら、俺を心配してのことだったらしい。
「あぁ、ごめん。別にたいしたことじゃないから。」
「それならいいんですが…」
途端、学校のチャイムが俺の耳に届く。はっと腕時計を確認した。
8時30分、どうやら遅刻はしなくて済んだようだ。
「今日も遅刻者なし、と」
如月先生がそう呟き、
「湊、お前は早く教室に行け。花宮は私と一緒に職員室に行くぞ。」
「はい」
「は、はいっ!」
俺達は同時に答え、俺は教室へ、花宮さんは如月先生と職員室へ向かった。
花宮さんの前を歩く如月先生の横顔は、懐かしいような、寂しいような、複雑な表情だった。
コロナウイルスの影響で、しばらく休校になってしまいました。
日本でも感染者が増えてきているようです。なるべく早く収まって欲しいですね。
次回からクラスメイトを何人か増やす予定です。
ぜひ読んで頂けたら幸いです。