俺は花宮さんとペアを組み、飛び方を教えていた。
「最初は両手を広げてバランスをとりながら上昇してみようか」
初心者はバランスを崩しがちな為、両手を使ってバランスをとるのが一般的なやり方だ。
「えっと、こうですか?」
楽花宮さんが両手を真横に広げた。
「そんなに硬くならなくていいよ。狭い足場に乗ったとき、つい両手を広げちゃうよね。そんな感じかな」
何とも下手くそな説明だ。どうやら俺にコーチは向いてないらしい。
「じゃあ、このくらいでしょうか?」
肩の力を抜き、さっきよりも両手を少し下げて広げた。
「うん、そんな感じ。次はそのままエアリアル・スペルを展開してみようか」
「はい!」
花宮さんはその場でエアリアル・スペルを展開し、花宮さんを中心に風が吹いた。
「その調子で5メートルほど上昇してみてくれ」
花宮さんは俺の顔を見て頷き、少しずつ上昇していく。
「よし、じゃあそこで一旦止まって……わっ!」
俺は咄嗟に顔を背けた。花宮さんの周りに吹いている風の影響でスカートの中が見えそうだったのだ。
「流川さん?どうしたんですか?」
「い、いや!何でもない!」
そんなことを本人に言えるはずもなく、俺は顔を背けたまま、花宮さんと同じ高さまで上昇する。
「よ、よし。じゃあ次は……」
俺は気を取り直して説明を続けた。
「流川さん。今日はありがとうございました!」
学校も終わり、今は花宮さんと一緒に下校している。
「気にしなくていいよ。空を飛びたいっていう気持ち、俺にはよく分かるから」
花宮さんは筋が良く、言ったことをすぐに理解し、覚えてくれる。俺なんてすぐに追い抜かれそうだ。
「それにしても流川さんってとても速く飛べるんですね。今日、凄かったですよ!」
辺りは夕陽を受けて真っ赤に染まり、俺達は人気の無い道路を並んで歩いていた。
「全力で飛んだのは5年ぶりくらいかな?ずいぶんと体が鈍ってしまった」
「じゃあ、全盛期はもっと凄かったんですか?」
「あぁ、あの時の100メートルの自己ベストは4.7秒だったよ」
「なんかもう、めちゃくちゃですね……」
などと会話を繰り広げながら歩いていると、不意に花宮さんが立ち止まった。
「あ、私の家はこっちなので、ここで失礼します」
「あぁ、じゃあまた明日」
花宮さんは軽く一例し、とてとてと帰路を辿っていった。俺はその小さな背中を見送り、
「さて、俺も帰るか」
俺はそう言って一歩を踏み出した。
その時
「は、離して下さい!」
「ッ!」
この声は、花宮さんの!
俺は花宮さんがさっき進んでいった方向に目を向けた。
俺は絶句した。
花宮さんは二人のチャラい男に挟まれ、更に片方の男に腕を掴まれていたのだ。二人の男はにやにやと頬をつり上げ、花宮さんに向かって何かを話している。
一方、花宮さんは恐怖で肩が震え、目には涙が溜まっていた。
「…………」
俺は無意識に走り出した。その後の事はよく覚えていない。
私は流川さんと別れたあと、真っ直ぐ家に向かって歩きだした。
「今日の流川さん、かっこよかったなぁ」
本人の前では恥ずかしくて言えないことを呟く。今日のことを思い出しただけで自然と笑みが零れた。
「明日も、楽しみだなぁ」
私が何気なくそう言った直後、
「ねぇねぇそこの君、ちょっといい?」
目の前から歩いてきた二人の男性のうちの一人に声をかけられ、私は咄嗟に返事をした。
「は、はい!何でしょう?」
するともう一人の男性が私の背後に回った。
「え?」
私が疑問に思った、その直後。
「はい、捕まえたー」
正面に立つ男性が私の腕を掴んできた。
「へぇー、結構かわいいコじゃーん。ねぇ、俺達と遊ばない?」
私はようやく非常事態であることを察した。正面の男性に腕を掴まれ、背後にも男性が一人。どう考えても女子高生一人の力ではどうにも出来ない。
でも、抵抗しなきゃ……!
「や、止めて下さい!離して下さい!」
捕まえた手を振りほどこうとするが、男性の力に敵うはずもなく、
「暴れんなって、どうせこんな人気の無い場所なんだから叫んだって誰も来ねーよ」
「大人しく俺達と遊ぼーぜぇ、へへへ」
二人の男性が舐め回すように私の体を見る。
「っ!」
とてつもない恐怖と屈辱で、上手く声が出せない。
「うっ、うぅ……」
嗚咽と共に涙が瞼に溜まるのが分かる。
二人は頬をつり上げ、私の体にゆっくりと手を伸ばした。
(助けて……流川…さん)
私はぎゅっと目を瞑り、心の中で彼に助けを求めた。彼とはさっき別れ、来るはずが無いことは分かっていた。
しかし、いつまで経っても手は私の体に届かない。
「ぐはっ!」
その代わりに聞こえてきた、男の声。
「な、なんだてめぇ!」
ゆっくり目を開けると、正面の男は焦ったような表情を浮かべていた。どさっと大きな音をたて、男の足元にもう一人の男が転がってきた。その男は気を失っているようで、口から泡を吹いている。
「………え」
一体誰が。そう思った直後、私の腕を掴んでいた手が引き剥がされた。男が数歩後ろに下がり、私との間に入った人物を見て、私は目を見開いた。
「流川……さん……?」
こちらに背中を向けているため、表情は確認できないが、間違いなくさっき別れたはずの流川さんがそこに立っていた。私を守るように右腕を広げ、左手で拳を強く握っていて、さっきとはまるで別人のように怖い雰囲気を漂わせている。
「はっ!正義のヒーロー気取りか!?ムカつくんだよ、そーゆーのは!」
男が鬼のような形相で流川さんを睨み付け、叫んだ。
「………ない」
「はぁ!?聞こえねぇよ!」
苛立った男が再び叫ぶ。
「ゆるさない、絶対に」
流川さんは鋭く刺さるような声で言った。
「この…クソガキィ!」
逆上した男が流川さんに殴りかかろうと走ってきた。
しかし、流川さんはその場から全く動かない。
「死ねぇぇぇ!」
流川さんに向かって男の拳が飛んできた。
「流川さん!」
私はたまらず声をあげた。
しかし、男の拳は流川さんに当たることなく、空を切った。
流川さんが体を左にずらして避けたのだ。そのまま流川さんは男のがら空きな脇腹へ右拳をめり込ませた。
「が…あっ!」
鈍い音と共に男が声をあげ、その場に倒れた。
「この……クズ野郎……」
そこでようやく、流川さんの表情が確認できた。
怒りと憎しみに溢れた顔で足元に倒れている男を睨み付けている。
「流川さん!」
彼の名前を呼び、私は彼に思い切り抱きついた。
俺は……一体、何を……
「はっ!」
俺はようやく自我を取り戻した。視線を落とすと、何故か花宮さんが俺に抱きつき、胸に顔を埋めている。
「花宮……さん……?」
よく見ると肩を震わせ、すすり泣いている様だ。
俺は彼女の背中に腕を回し、彼女が落ち着くまで抱き続けた。
今回は少し長めにしました。
ヒロインのピンチを助けるという王道的展開になりました。これからこの二人の関係はどうなるんでしょうかねw